それは、雨の日。

 

部屋の中に閉じ込められて、二人きりで過ごす日。

薄暗い空間の隅っこで、兄さんが僕に甘える日。

誰にも知られないように、禁忌の扉を開ける日。

 

・・・・・・それが、雨の日。

僕と兄さんの、雨の日。

 

 

 

――― それは、こぼれ落ちる雫のように ―――

 

 

 

窓の外を窺おうとして、アルフォンスは首を動かした。薄暗い室内に、かしゃりと鎧のたてる音が響く。

「雨、結構ひどくなってきたね。」

「・・・そうだな。」

弟の独り言のような呟きに、兄はどうでもいいような気の無い返事を返した。

「・・・大丈夫?痛くない?」

ベッドに腰掛けていたアルフォンスは、兄の方に顔を向けた。鎧がまた、かしゃりと小さな音をたてる。

その音を聞いて、壁際の椅子に座ってぼうっとしていたエドワードは、アルフォンスの方を見た。それから、機械鎧の付け根に軽く触れる。

「いつものことだ。」

「無理しないでね。」

「・・・ああ。」

 

昨夜から降り始めた雨は、雨足を強めて窓ガラスを打つ。

今日は朝から賢者の石の情報を求めて、街の図書館や近くの遺跡やらを巡るつもりだったのだが、真っ黒な空と大粒の雨を見てその気は萎えてしまった。

エドワードは朝食を食べながら、今日は宿に籠っていようと弟に言うと、弟もそうだねと同意をした。

それがちょうど半時ほど前のことである。階下の食堂から部屋へと戻り、特にすることも無いままぼうっとして時間だけが過ぎた。そして、先ほどの会話が唐突に始まったのであった。

 

ザァザァと、雨の音が周りを遮断してゆく。

 

その音を聞きながら、エドワードはふと子供の頃を思い出した。その当時は、雨の音が何もかもを消してしまう感じがして、少し恐ろしく思っていた。

けれど今は、それがそんなに嫌では無くなった。

雑音が掻き消されていく感じは、自分が本に集中している時のようで心地良くさえある。

いつもは本の中の世界に入り込んでいくのだが、今は自分の思考の中に沈み込んでいく。

そうやって沈んでいくと、やがて真っ暗な底に辿り付く。そして、そこで見つけるのは、淡く光るアルフォンスの姿。それは、闇に捕らわれた自分を照らす、希望の光に似ている。

そうやって、再認識するのだ。自分の世界の中心・根本は、アルフォンスなのだと。

 

ふと、思考の海から浮上し、現実に戻る。

顔を上げれば、エドワードの視界に映るのはたったひとり。アルフォンスだけ。

雨音が何もかもを消し去り、世界には自分と目の前のアルフォンスしかいないような気がしてくる。

それがおかしな感覚だと理性では分かっているものの、どうにも止めることができない。

きっと、そうならいいのにという心の奥底の、秘められた願望なのだろう。

「・・・なぁ、アル・・・そっちいってもいいか?」

アルフォンスの返事を待たずして、エドワードは隣に座り、その大きな体に抱きつく。

それは、常ならば決してとらない行動だ。鋼の錬金術師らしくない、弟だけに見せる無防備な姿。

「・・・・・・冷えちゃうよ・・・?」

「いい。」

弟は兄の行動に戸惑う。

そして結局、何もすることができないまま時間だけが過ぎていく。

 

 

 

 

今日も始まった、と僕は思った。

 

雨の日は兄さんの身体を休めるために、なるべく外出しないようにしている。

旅を始めたばかりの頃、兄さんはじっとしていられなくて勝手に出かけたりしていたが、五年が過ぎた今となっては諦めのほうが大きくなったらしい。

昔のように無茶はしなくなった。

それでも、部屋に引きこもって文献を読んでいるうちは良かったのだが・・・。

 

とある雨の日の午後、兄さんは突然、僕を愛してると言い始めた。

 

雨の日に部屋で二人きりになると、兄さんは僕のそばに来て、抱きついて、僕に愛してると囁く。

たまらなく甘い声で、そっと触れる指で、鉄の味しかしないキスで、僕に愛してると囁き続ける。

こんな大雨のときは、特に。

 

最初はただ、甘えているのかと思っていた。雨の日なんかに二人きりでいると、何だか世界から隔絶されたような気分になって少し淋しいから・・・。

それに、疲れているのかもしれないとも思っていた。兄さんはいつも、頑張りすぎているから。

そんな風に思って、最初はあまり気にしていなかった。兄さんがそんな事を言うのは雨の日二人きりになった時だけで、他の日は至っていつも通りの兄さんだった。愛してるなんて言うような雰囲気は微塵も感じられないし、雨の日のことについて触れることも無い。

それは、普通の兄の姿だった。まるで、雨の日のあの姿が夢なんじゃないかと思えるくらいに。

けれど、そんな事が何回か続くにつれ、兄さんの愛は少しずつエスカレートしていった。言葉だけだったものに一方的な抱擁が加わり、最近では恭しく口付けられるようになった。

そんな時の兄さんの表情を見て、僕はますます戸惑う。そんな時の兄さんは、何ていうか・・・恐ろしい程、妖艶な顔をしているのだ。普段の明るくて勝気な姿からは想像できない、優しげに細められた目元やうっすら染まる頬、うっとりと夢を見ているようでいて憂いを含むその表情・・・。

 

僕には兄さんが何を考えて、こんなことをしているのかが分からない。

分からないから、どうすることもできなくて少しだけ怖い・・・。

もう、僕には兄さんを止められない。

肝心の兄さんには、止める気なんてさらさら無い。

 

 

 

 

昔、大嫌いだった雨の日。

それが今となってはこの様だ。

雨の音が、俺とアルを世界から隔絶してくれる。

薄暗い空が、俺とアルを世界から隠してくれる。

漂う寂しさが、俺とアルの距離を縮めてくれるから・・・。

 

雨の日は好きだ。

 

今となっては・・・。雨の日は、好きだ。

アルが、俺を受け入れてくれるから。

アルが、俺だけを見ていてくれるから。

・・・アルが、俺だけのものになるから。そう、思い込むことができるから。

・・・雨の日は、たまらなく好きだ。

 

アルフォンスに俺の真意が伝わっているかどうかは、分からない。

けれど、伝わっていなくても構わないんだ。むしろその方が、好都合なのかもしれない。

そうすれば、アルフォンスは俺を拒まない。俺を無条件で、受け入れてくれる。

 

最初は、この弟に対する異常な感情を、吐露するつもりなんて無かったんだ。

でも、抱えていられなくなってどうしようも無くなってしまったんだ。

だから俺は、雨の日を利用する。

 

みんな雨のせいに、してしまえるから・・・。

 

 

 

 

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