麗らかな午後。

黄色く色付いた落ち葉が、ひらひらと宙を舞う。

その行方を見届けた後、エドワードは目線を隣へと向けた。

 

そこには、十分前と同じ格好のままのアルフォンスがいる。

 

 

 

――― 僕 等 の 関 係 性 ―――

 

 

 

長い旅の果てに、エドワードとアルフォンスは人体錬成に成功した。

 

弟の錬成だけに集中したためエドワードの右手はオートメイルのままだったが、本人はアルフォンスの体が無事だった事に安堵し、気にする様子もない。

そのアルフォンスの方は、錬成直後は衰弱していたものの、リハビリの結果すぐに体力を取り戻した。

もう旅をする必要はなくなったのだから、リゼンブールに帰ってきなさいよと彼らの幼馴染は言ったのだが、兄弟は首を横に振った。

白い病室の中で、窓からの柔らかい日差しが金髪をきらめかせる。

兄弟の瞳には確固たる意思があったけれど、その表情は優しく明るくて。

その胸に秘めるのは重苦しい覚悟ではなく、自分達で未来を生きるための決意であった。

恩を返さなきゃいけないからと静かに言う二人に対して、幼馴染の少女は少し複雑そうに笑って、たまには帰ってきなさいよとだけ言い残し、セントラルの病室を後にした。

 

そうして人体錬成から半年後、エドワードとアルフォンスは軍人となった。

 

 

 

正式に軍人となって、もうすぐ2年が過ぎようとしている。

20歳になったエドワードは現在大佐の地位におり、19歳のアルフォンスは少佐として、マスタング将軍の元で働いている。

エドワードは少々荒っぽいもののその実力を認められており、本人の実態をよく知らない者からは一目置かれている存在なのだが、近しい者からすれば彼は相変わらずただの弟馬鹿であった。

一方アルフォンスはと言うと、その真面目で温厚な性格と確実な仕事っぷりから大勢の者に信頼され、また一部の者、特にエドワードの部下からは自分達の上司の暴走を食い止めるための救世主としてありがたられていたりする。

 

二人はセントラル司令部からさほど遠くない場所で部屋を借り、そこで暮らしている。

部屋は広くはないけれど二人で暮らすには十分で、アルフォンスによっていつも綺麗に整えられていた。

最初の頃は家事を交代でやっていたのだが、エドワードの方が帰宅時間が不規則なため、今では主にアルフォンスが家事をこなしていた。

初めは慣れなくて苦労したものの、今となっては随分楽しみも増えた。

例えば料理がそうだ。

おいしいものを作ること自体も楽しいのだが、アルフォンスにはその料理をおいしそうに食べる兄を見られることのほうが嬉しかった。

エドワードもまた、弟が自分のために心を込めて作ってくれることが嬉しく、幸せだった。

 

 

 

二人の休日が重なる事はあまりないのだが、今日は二人揃って休みだったため、久しぶりに一緒に出かける事となった。

午前中は二人で連れ立って、生活必需品などを買ったり店先に並ぶ珍しい商品を見たりして時間を過ごしたのだが、他にも用事があったアルフォンスが昼食後は別行動にしようと言い出した。

エドワードはそれじゃあ一緒に出かけてる意味がないだろと渋ったのだが、結局2時間後に近くの公園のベンチで待ち合わせることになった。

 

 

アルフォンスと別れた後、何気なく入った古本屋でエドワードは珍しい錬金術の本を見つけ、他にもあさっているうちに時間を忘れてしまっていた。慌てたままのエドワードが約束の時間より少し遅れて公園に到着すると、すでに弟はベンチに腰掛けていた。

エドワードはごめんと声をかけようとしたのだが、何か考え込んでいるようなアルフォンスは難しい顔をして前を向いたまま、微動だにしない。

エドワードの存在にも気が付いていないようだった。

弟の集中力の凄さは自分が一番よく知っているので、邪魔しない方がいいだろうと声をかけるのを諦めたエドワードは、仕方なく隣に座って弟が気付くのを待つことにした。

 

弟が何を見ているのか気になって、前方へと目を向ける。

日曜日という事もあるのか、少し離れた所に何組かのカップルの姿が見えた。

セントラルの中にあってもこの公園は広く自然豊かで、デートをするにはちょうどいい場所となっている。

しかも今の季節は紅葉が美しく、エドワードらが座るベンチの後ろにも何本か木が植えられており、黄色や赤の葉を散らせては地面の上を色鮮やかに覆ってゆく。

美しい景色の中、恋人達は手を繋いだり、微笑んだり、いかにも幸せそうだ。

そんな様子を見ていると、エドワードにはその恋人達が少し羨ましくも思えてくる。

 

自分とアルフォンスでは、あんな風に人前でいちゃつく事はできない。

 

 

といってもエドワード自身は、他人の目も、自分達が兄弟だという事も大して気にすること無く、どこだろうが隙あらばいちゃつこうとする。

仕事中でもしょっちゅうアルフォンスの元を訪れては、マスタング将軍にからかわれ、同僚からは呆れられている。

そして部下からも、仕事はきちんとしてくださいと何度も厳しく言われている。

けれどエドワードはそんなからかいも自分の部下への迷惑も顧みず、弟を溺愛してそれを表現しようとし、同時にその事を弟にも望んでいた。

常に弟の気持ちを知りたくて、自分の想いを伝えたかった。

キスや抱擁や愛の言葉、不安な時はよりいっそうそんなものが欲しくなった。

だからエドワードは、いつでもどこでもそうやって愛情表現しようとするのだが・・・。

 

アルフォンスは、それを嫌がる。

家に二人きりの時は、素直に甘えた態度をとるものの、一旦外に出れば、自分達の関係がばれないように普通の兄弟として振舞っている。

それは男同士、しかも兄弟で愛し合う事に、未だにアルフォンスが罪悪感を抱いているからだった。

生真面目な弟の性格も気持ちも分かるが、エドワードとしてはやっぱり寂しい。

今日だって買い物中、手を繋ぐ事さえ許してもらえなかった。

手、繋いでもいいかとにっこり笑って可愛らしくお願いしてみたものの、アルフォンスは気持ち悪いという一言で一蹴してしまった。

自分達が普通の恋人同士とは随分違うというのは、十分すぎるほどよく分かっている。

周りとの関係を大切にするアルフォンスが、自分達のことをなるべく隠したいと思うのだってよく分かる。

けれど、弟の家と外での切り替えの早さには、いつも戸惑ってしまう。

それと同時に、あの冷静さとそっけなさに、余計な事まで考えてしまう。

自分はいつでも弟のことで頭が一杯なのに、弟はそんなこと無いのだろうか?

それとも自分達の異常な関係に、いい加減嫌気がさしたのだろうか?

本当は、普通の女と普通の恋愛がしたかったのかも知れない。

あそこにいる、カップルみたいに。

 

 

・・・なぁアルフォンス、俺がお前の兄である事は、お前にとって不幸な事だったのか?

・・・本当は後悔、してるんじゃないのか?

教えてくれ、アル・・・・・・。

 

 

 

エドワードはいつの間にか、弟の整った横顔を見つめて考えにふけっていた。

今まで抱え込んでいた不安が溢れて、吹き抜ける風のように身体を冷やしていく。

 

「・・・兄さん」

 

突然聞こえてきた弟の声に、エドワードは我に返った。

呼びかけられたはずなのに、その声は独り言のようで、アルフォンスは前を向いたままだった。

不安そうな兄とは目を合わせることも無く、淡々とその先を続ける。

 

「・・・兄さんは僕のこと、好き?」

 

思いもかけない質問に、一瞬だけ間が空いた。

 

「・・・っんなこと、当たり前だろ!」

「じゃあ僕のこと、愛してる?」

 

間髪いれずに次の質問をすると、アルフォンスはエドワードの方に顔を向けた。

その綺麗な瞳で、しかもこんな近くで真っ直ぐ見つめられて、エドワードは顔を赤くした。

そうしていっそう自覚する。自分は本当にこの弟を愛しているのだと。

 

「・・・っそれも当たり前だ。お前以外なんて、俺はどうでもいい。俺はお前しか愛せないし、お前無しじゃ生きていけない。俺が愛しているのはアルフォンスだけだ。」

 

聞いているこっちが恥ずかしくなるようなセリフを真顔で、しかもこんな所で堂々と言うエドワードに、アルフォンスは正直呆れてしまった。

あれほど外ではそういう事をいうなと言っているのに、全然分かってくれてない。

まぁさっきのは自分が言わせたんだから、兄さんは悪くないんだけど。

そんな事をひとりごちながら、アルフォンスは本題へと戻る。

 

「・・・じゃぁ兄さんは、生まれ変わっても僕のこと、好きになると思う?」

「もちろん!」

 

アルフォンスはエドワードの見事な即答っぷりに、また呆れてしまった。

「生まれ変わったら僕たち兄弟じゃなくて、ただの他人かもしれないよ?」

「それなら禁忌犯さなくて済むから、いいんじゃねえの?」

「性別だって違うかもしれないよ?」

「大丈夫。アルは女になっても絶対かわいい。俺だって美人に決まってる。」

 

一体その自信はどこから出てくるのだろうか。

アルフォンスは兄のズレた回答に、心の中でため息を吐いた。

いろいろとツッコみたい所はあったが、話が進まなくなるのでそれは諦める。

そして、意を決して核心部分に触れた。

 

「・・・じゃあ、ふたりで人体錬成しなくても、僕のこと好きになったと思う?」

 

「・・・・・・・・・」

さすがの兄も、今度ばかりは黙った。

 

「さっきの生まれ変わってもって言うのは例えで、もし僕達が兄弟じゃなくて人体錬成もしなかったとしたらっていう事を言いたかったんだけど・・・」

「つまり、俺達の関係も人生も、今と違っていたら、俺達はどうなったのかってことか?」

エドワードの言葉に、アルフォンスは頷いた。その目は何かを思い出しているかのように、どこか遠くを見ている。

「うん。やっぱり、人体錬成をして僕達の関係は変わったと思う。・・・少なくとも僕は、兄さんが僕を命がけで助けてくれたことが嬉しかった。そこで、兄さんに対する想いが変わったんだ。」

アルフォンスは少し目を伏せて、人体練成のことを思い返す。

あの当時はそんな余裕が無くて、そのような心の変化には気付けなかった。実際、アルフォンスがエドワードのことを好きだと認識したのは、今の体に戻ってからのことだった。でもそれはただ単に、そのことを意識した瞬間がその時だったと言うだけのことであり、いつから自分の兄のことが好きだったのかと振り返ってみれば、やはりきっかけは人体錬成の時なのだ。

 

アルフォンスの言葉を聞いて、エドワードは少し表情を曇らせた。

「そ、うだな・・・。あのまま人体錬成なんてしなかったら、俺達は普通の兄弟のままだったかもしれない。でもな、アル・・・俺は多分、もっとずっと前からお前のこと好きだったと思う。」

「え、そうなの・・・?」

少し驚いてこちらに顔を向けた弟に、エドワードは苦笑した。

「あぁ、だってお前が持っていかれた瞬間に、俺はアルのことが好きなんだって気付いたんだ。その時に、何を差し出しても絶対に奪われたくないって、思ったんだよ。・・・だから、もし人体錬成をしなかったら、俺は自分の気持ちに一生気付かなかったかもしれないし、いつか気付いたとしても今みたいには伝えられなかったと思う・・・。」

だからお前の言う通り、人体錬成は俺達にとって色んな意味で重要な出来事だった。俺達の関係も人生も、今とは違うものだったら・・・、俺達は今みたいに愛し合ってはいないかもしれないな、とエドワードは小さな声で続けた。

二人の間に、ほんの一時沈黙が訪れた。

 

「・・・僕、いつも世間体ばかり気にして、兄さんに冷たい態度とったり、寂しい思いさせたりして、ごめんねって思ってるんだ。」

「・・・それはお前が悪い訳じゃない。」

申し訳なさそうな顔をするアルフォンスの髪を、エドワードはあやすように撫でた。

「・・・うん、だから思ったんだ。もし僕達が兄弟じゃなかったら、こんなこと悩まなくて済むのかなって。」

「そうか。俺も今、似たようなこと考えてた。」

「はは、やっぱり似てるんだね僕たち。」

「今は、紛れも無く兄弟だからな。」

エドワードはその逞しい腕で、アルフォンスの肩をぎゅっと抱いた。アルフォンスもエドワードに寄りかかるようにして、その体を預ける。

「・・・うん。兄弟だから悩むことも一杯あるんだけど、兄弟だったから僕は兄さんを好きになったんだと思う。生まれた時からずっと一緒にいて、ずっと側で兄さんを見てきたから、こんなにも兄さんが好きなんだと思う。」

「・・・そうか。俺も、お前が弟で良かったよ。」

そう言ってエドワードは、その愛らしい額にちゅっと口付けた。その途端にアルフォンスは顔を赤くし、人に見られたらどうするのと言って慌てて離れてしまった。エドワードはせっかく外でいい雰囲気になったのに勿体無かったなぁと残念がったが、まぁ続きは家に帰ってからゆっくりすればいいかと思い直して、少々いかがわしい笑みを浮べた。

 

 

 

二人並んで、ゆっくりと帰路を辿る。

周りに人影が見えなくなったため、エドワードはやっと手を繋ぐことを許可してもらった。

「・・・そういえばさ、お前はどうなんだ?生まれ変わっても、俺のこと愛してくれる訳?ちなみに俺は、どんなお前でも愛せる自信があるぞ!」

力説するエドワードをよそに、アルフォンスは何ともいえない表情を浮べた。

「・・・・・・・・・怒らないで聞いてよね?僕だって一生懸命考えたけど、やっぱり無理だったんだから。」

「・・・おい、いきなり何だよ!そのネガティブな発言は!」

「だって兄さんって、僕の好きなタイプと全然違うんだもん。それに僕、女の子の方が好きだし。」

「はぁ!?」

あっけらかんとしたアルフォンスの答えに、エドワードは大いにうなだれた。そんな兄の様子を気にすることなく、アルフォンスは言葉を続ける。

 

「だから兄さんが、僕の兄さんでよかったなって、思うんだ。」

「・・・それは、俺を好きになったこと、後悔してないってことか?」

「まぁ、そういうことかな・・・多分。」

目線を逸らした弟の顔は、薄っすらと薔薇色に染まっていた。それを見たエドワードは、意地悪そうな笑みを浮べて弟の顔を覗き込んだ。

「何だよ、多分って。本当アルは素直じゃねぇよな。」

「兄さん以外の人の前では、いたって素直だけどね。」

「・・・アールー、そんなことばっか言ってると、今晩どうなってもしらないぞ。」

「・・・〜っ、だって恥ずかしいんだもん。そんな風に堂々としてる兄さんのほうがおかしいよ。」

盛大に頬を染めた弟を見て、エドワードは拍子抜けしてしまった。

そういうことだったのか、と今さらながらに気付く。

 

「なんだ、お前照れてたのか?」

「ちょっ、笑わないでよ!」

「あーもう、アルは本当かわいいなぁ・・・!!」

「やだっ、こんな所で抱きつくなっ!!離せっこのバカ兄っー!!!」

 

辺りには、アルフォンスの絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

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