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――― サヨナラの練習 2 ―――
アルフォンスが家を出てから、1ヶ月が過ぎた。 相変わらず、今年の冬は厳しい。
俺は今、一人きりでガタゴトと汽車に揺られている。 そのレールが向かう先には、懐かしい故郷・・・リゼンブール。
・・・アルフォンスがいる場所。
窓の外を、何度となく見た風景が流れていく。そろそろ近づいてきたらしい。 俺はそれをぼんやりと眺め、そして自分の右腕へと目線を落とした。コートを着込んだ袖口からは、本来見えるはずの右手が出ていない。 実は数日前、仕事中に壊してしまったため機械鎧を外しているのだ。そんなナリじゃまともに仕事も出来ないというコトで休暇を貰った俺は、幼馴染の整備士の元へ向かっているという訳だ。
・・・ただ、それだけのことなのに、俺の中では何とも言えない複雑な感情が渦巻いていた。 いつもなら、また小言を言われるだとか、そういう類のことを考えて苦笑が零れたりするのだが、今日は正直それどころじゃない。 ただ単にウィンリィに会いに行くだけなら、何も問題はない。 けれど今、ウィンリィの隣にはアルフォンスがいる。
あれから一度だけ、俺を心配してウィンリィが電話をかけてきたのだが、アルフォンスとは一切連絡を取っていない。向こうからは何もないし、俺からもできなかった。 今の俺には、そんな勇気さえなかったのだ。
もちろん、アルフォンスが元気にやっているかは気になった。それに会いたい、声が聞きたいとも思った。けれど実際にそうしなかったのは、俺が結果を知ることに怯えていたから。 俺達の別れがアルにもたらしたものは何だったのかを、知りたくなかった。
アルフォンスには、いつも幸せそうに笑っていて欲しい。
けれど今、実際にそんなことされたら、俺は上手く笑い返せないかもしれない。俺がいなくてもアルは大丈夫なんだってこと、受け入れられないかもしれない。 今までそんな不安があったから、俺は動けずにいた。けれど機械鎧が壊れてしまったことによって、俺にはそこへ行かねばならないという必然が与えられた。 そして俺は心の底で、そういう契機を求めていたんだ。
数日前の任務の時だって、頭の隅のほうではずっとアルのことを考えていた。 元気にしてるかなぁ、とか今何してんのかなぁ、とか・・・。だから機械鎧を壊してしまったのは、俺の不注意のせい。けれど壊れてしまったと気付いた時に沸き起こった感情は、不注意に対する後悔ではなく、純粋な安堵感だった。 あぁ、これで・・・、アルフォンスに会いに行ける、と・・・。
俺はどこまで愚かなんだろう。 会えば何かが変わるんじゃないか、なんて淡い期待を抱いたりして。 この一ヶ月間で、アルの気持ちが変化したとは思えない。弟は一度決心したら揺るがない人間だし、俺はアルのそういうところが好きなんだって分かってるのに。
・・・もう昔には、戻らない。 俺達の関係も、変わっていくんだ。
兄弟愛が歪んで恋になり、今また正しい家族愛に戻る。 これはつまり、そういうことなんだ。
汽車を降りてのどかな景色の中を歩いて行くと、目指す場所が見えてきた。
実際に来てみれば、心の中は意外と穏やかだった。 そこには変わってしまったものを嘆くよりも、受け入れようとする自分がいた。ぐじゃぐじゃと悩んでいた俺は、ようやく根本的なことへと辿り着いたんだ。 それはつまり、俺が望むたった一つのことは・・・アルフォンスの幸せ。 それさえあれば自分のことなど、どうでもいいのだ。 アルが幸せでいてくれるのなら、俺はきっと一人でも生きていける。 今は無理にでも、そう思い込むことにした。
ロックベル家まであと数百メートルというところで、ふと、事前に電話をかけていなかったことに気が付いた。あぁ、また怒鳴られるかもしれない。おまけに腕も壊してるし。 スパナ片手に説教する幼馴染の姿は、容易に想像できて苦笑が零れた。それと同時に心の中をよぎる、痛みに似た感情。 あぁ、今日も彼女は、以前と同じように俺を出迎えてくれるだろうか・・・。
アルフォンスが結婚すると言った相手が、俺の知らない女じゃなくてウィンリィだったことに、今は少し安堵している。 よく知っているからこそ嫉妬もしたが、何だかんだ言っても俺はウィンリィを信頼しているから。彼女になら、安心してアルのことを頼める。医者としても腕を磨いているところだから、健康面に関しても安心して任せられる。アルは自分の体は普通の人とは違うからと言って、病院には行きたがらないから。
冷たい風に吹かれながら、ようやく玄関先に辿り着いた。
弟はどんな顔をして出迎えてくれるだろう。 ・・・多分、笑ってくれる。 俺の好きな、あの優しい笑みで。 ・・・だから俺も、笑い返せばいい。久しぶりだな、元気だったかって、兄としての俺らしく。
少し緊張した面持ちで、ドアをノックした。 ところが、しばらく待っても返事がない。それどころか家の中からは、物音一つ聞こえてこない。珍しいなと思って扉に手をかけると、鍵はかかっていなかった。扉を少し開けて一応声もかけてみたのだが、やはり返事はなかった。 仕方ないので、勝手に悪いなぁと思いながらも家の中へと入る。この寒さの中、ずっと外で待っているのは正直辛い。家の中へ足を踏み入れると、そこはさっきまで人がいたかのように温かかった。出かけたのはついさっきのことなのだろうか。辺りを見回して、以前ここへ来た時と大して変わっていないことに少し複雑な思いがした。 アルフォンスはここで、どんな風に暮しているのだろう。
そんなことを考えていると、二階からどさっという、何かが落ちたような音が聞こえてきた。やっぱり誰かいるのだろうか。もしかしたら、ウィンリィが作業台の上ででも寝こけているのかもしれない。あいつも仕事のこととなると、徹夜とか平気でやるからなぁと半ば呆れながら階段を上がっていった。
ところが、作業部屋を覗いてみても人影は見当たらない。少し寒いなと思ったら、窓が一つ開いていた。風で物が落ちただけなのかと訝りながら部屋の中央まで進むと、台の物陰から何かが覗いている。びくんと心臓が跳ねた。 それは床の上に散らばる金髪。 見間違うはずもない、アルフォンスの色。 急いで駆け寄ると、アルフォンスは床の上にうつ伏せになって倒れていた。慌てて抱き起こすと、その体は異様に熱い。
「アルッ、大丈夫か?!」
アルフォンスの瞼はきつく閉じられたままで、意識がないようだった。とにかく、こんな硬くて冷たい所に寝かしておく訳にはいかない。早くベッドに運ばなくては。 焦る心を落ち着かせながら、アルの体を抱き上げようとして自分の片手が役に立たないことを思い出した。間の悪さに舌打ちして、片手で何とか担ぎ上げる。 華奢な体は、想像以上に軽かった。
急いで隣の部屋へと向かう。 そこは元々患者用の部屋なのだが、旅をしていた頃はいつもそこを使わせてもらっていた。ドアを開けて中に入り、ゆっくりとベッドの上に体を寝かせる。布団をかけてからアルの額に左手を当ててみると熱くて、やはり熱があるようだった。
一緒に暮していた頃も、アルフォンスはよく体調を崩した。 長い間、真理の扉の中にあった体が、外界の変化にうまく付いていけなかったのだ。 それでも最近はずっと調子が良かったから、やっと体も慣れてきたんだと思っていたのだが。今年の冬の寒さは、アルには厳しかったのかもしれない。
顔を覗きこんで、額に浮いた汗をそっと拭った。呼吸が荒いのを見て、胸元をくつろげようと上着のボタンを外す。するとその拍子に、何かがするりとシーツの上に転がり落ちた。 チラリと掠めた残像に見覚えがあって、一瞬息が止まった。 震える指先でそれを拾うと、それはやはり俺があの日プレゼントした指輪だった。穴に細い鎖が通され、それが首にかけられている。
「アル・・・」
俺は堪らなくなって、愛しくて仕方ないその名前を呼んだ。 それに込められた意味は何だ? どうしてこんな風に身に付けてくれている? お前にとってコレは、特別な存在になりえたのか? そうすぐにでも問いただしたかったけれど、アルフォンスの瞼はきつく閉じられたままだ。額に浮かんだ汗を、左手でそっと拭う。そんなことしかしてやれない自分に、酷く焦燥感が募った。
その時、階下から何やら派手な物音が聞こえてきた。あっという間にそれは明確な足音となって階段を上ってくる。すぐに半開きになったままの扉が勢いよく開いた。
「・・・エド・・・・・・」
部屋の入口で呆然としたまま、ウィンリィは自分の幼馴染みの名前を呼んだ。 「下にアンタの荷物があって、それで・・・まさかと思って・・・」 ウィンリィの声がそこで途切れる。ベッドサイドに跪いたままの俺も、その顔を見つめた状態で何も言うことが出来ない。
「・・・ウィン・・リィ・・・」
熱に浮かされたように掠れた声にハッとして、急いでアルフォンスの方へと向き直った。上掛けからはみ出した白くて細い腕が、ゆらりと何かに縋るようにして宙を彷徨う。その手を、慌てて駆け寄ってきたウィンリィが優しく包み込んだ。
「アル、大丈夫。ここにいるわ。」 その穏やかな声に安心したのか、アルフォンスが薄く目を開いた。まだ夢の狭間を漂っているかのような瞳で、ぼんやりとウィンリィを見つめている。 「ごめんね、一人にして。あたしがずっと付いてれば、こんなことには・・・」 後悔に顔を歪ませるウィンリィを慰めるように、アルフォンスが優しくも儚げに笑う。
「こんなの、ウィンリィのせいじゃないでしょ?・・・それにね、すごく幸せな夢を見ていたんだ。だから、そんなに苦しくなかったよ・・・。」
「夢・・・?それってどんなの・・・?」
「・・・えっとね、兄さん・・・の夢だよ。・・・僕のことをぎゅっと抱き締めてくれて、名前を・・・呼んでくれたんだ・・・。昔みたいに、優しい声で・・・。」
「・・・・・・アル、それは夢じゃないわよ。だって、ほら・・・」
そういってウィンリィは真っ直ぐに俺を見た。 その視線の先を追うようにして、アルフォンスもゆっくりとこちらへ顔を向ける。熱で潤んだ金色の瞳が俺を捉えた瞬間、目を見開いたまま信じられないものでも見たかのように硬直した。
「・・・に、いさん・・・・・・」
その高く澄んだ声は、酷く懐かしい響きだった。 子供の頃から何度も何度も俺の鼓膜を揺らし、心地良く馴染んだ音。 俺を呼ぶために、アルフォンスだけが口にする言葉。大切な、家族の証。 俺達が離れていたのはほんの一ヶ月なのに、最後にそう呼ばれたのはもっとずっと前のことのように思えた。
「・・・アル、苦しいところはないか?」 「ううん、・・・大丈夫。多分、熱が出ちゃっただけだから・・・。」 「そうか・・・。」 アルの声は思ったよりもしっかりしている。さっき床に倒れているのを見た時は血の気が引いたが、命に関わるようなことではなさそうで、取りあえずホッと息を吐いた。
「アル、薬飲める・・・?」 ウィンリィの問いに頷いてから、アルフォンスは自分で薬を飲んだ。二人は随分と落ち付いているように見えて、もしかしたらこんなことが前にもあったのかもしれない。 外界の変化のせいで免疫力が弱まっているのか、体温調節がうまく出来ていないのかは分からないが、とにかく後でこの頃のアルフォンスの体調についてウィンリィに聞いてみなければならない。 ベッドに横になったアルフォンスが、あ、と小さく声を出した。
「兄さん、右腕・・・ないの?」 「え?・・・あぁ。ちょっと仕事中に・・・壊しちまって・・・」 何でお前は自分が大変な時にそんなことばっかり気が付くんだ、と呆れそうになる。 厚手のコートを着たままだから、よく見なきゃ分かんないはずなのに相変わらず目ざといな、と容積を失って頼りなげになった右肩に触れた。 言いながら、重大なことを思い出してだんだん尻すぼみになっていく。 恐る恐るウィンリィの顔色を窺うと、案の定険しくなっていた。また怒鳴られるかもなんて思っていたら、返ってきたのは怒声ではなくて不安げな弟の声だった。 「ねぇ、どこか怪我したの?」 切羽詰ったような声が、アルの不安を表しているようだった。そんな様を見て、八つ当たりにも似た感情が心を占める。 あぁ、自分が倒れている時にまで、どうして人の心配ばかりしてんだよ、お前は。 いつもいつも、自分のことだけを考えてればいいのに。 ・・・俺のことはもう、いいから。
その時、アルフォンスが俺に触れようとして手を伸ばしてきた。 ほっそりとした頼りない腕が、ふわりと誘うようにして動く。 しかし俺は、咄嗟にそれを避けてしまった。身体を後ろに引いたので、アルフォンスが腕を伸ばしても届かない。 行き先を失ってぱさり、と力なく腕が落ちた。
「・・・心配すんなって。俺が怪我なんか、する訳ねぇだろ?」 「・・・・・・うん。あんまり、危ないこと・・・しないでね。」 「分かってる・・・。」
視線を合わせられないまま俺が頷くと、僅かな沈黙が流れた。 さっき咄嗟に避けてしまったことを、アルはどんな風に思っただろう。 何とも居た堪れない空気が漂っているような気がする。さっきまではアルフォンスが倒れていたことで動揺していたからそれどころじゃなかったけれど、落ち着いてみればやっぱり居心地が悪い。 アルもウィンリィも、俺のことをどう思ってるんだろう。 さっきの親密そうな様子を見る限り二人の生活は上手くいっているみたいだし、はっきり言って邪魔だよな・・・。この家の中で、俺の存在だけが浮いているような気がする。 こんなことなら、腕なんか壊さなきゃよかった。 確かに離れている間、アルがどんな風に暮らしているかずっと気になっていた。でもそれを実際に目の当たりにするのは、思っていた以上にキツイかもしれない。
そんなことを少々惨めな気持ちで考えながら視線を彷徨わせていると、ウィンリィが突然立ち上がって無言のまま扉の方へと向かった。それからくるりと振り返って、俺を真っ直ぐに見る。 「じゃ、あたしは夕食の支度してくるから、アルのこと頼んだわよ。」
そう一方的に言い残して、さっさと扉は閉められた。 俺は呆然として扉を見つめたまま、動けなくなる。
一体二人っきりでどうすればいい? 何を話していいのかもさっぱり分からない。 三人でいるのも微妙だったが、二人っきりの方がよっぽど微妙だ。 何て声をかけたらいい? どんな態度で接すればいい? 今までと同じようにっていう訳にはいかないよな? だって俺達の関係は、一ヶ月前とは違うのだから。
ここに来るまでに考えていた、いわゆる兄らしい自分の姿が霧散していく。
だって俺は、そんなもの知らない。だって俺は、兄としてじゃなく一人の男としてアルフォンスに接してきたのだ。それはもう、幼い頃から・・・ずっと。 気が付いた時にはすでに弟のことが大好きだった。 その気持ちはいくつになったって変わらなくて、それどころか年を追うごとに大きくなり、今もなお俺の中に息づいている。 そんな風にしか弟に接してこなかった俺に、今さら普通の兄のようにして振舞うなんてことが、出来るとは思えない。
「・・・兄さん」 アルが小さな声で俺を呼んだ。その掠れた言葉を聞き漏らさないようにと、覆い被さるようにして顔を近づける。懐かしい、アルフォンスの香りがした。 「・・・ちゃんと、ご飯食べてた?」 「あぁ・・・。」 「掃除もしてる・・・?」 「あぁ。」 「洗濯は・・・?」 「大丈夫だって。」 あの夜の言葉が思い出されて、くしゃりと顔が歪んだ。笑ったつもりなんだけれど、上手くできなかったかもしれない。 「・・・・・・ここまで運んでくれて、ありがと。」 「な、なに礼なんか言ってんだよ!当然ことだろ。」 思いがけない言葉にうろたえる俺を見て、アルフォンスが微かに笑った。いつもどおりの、仕草と表情で。 そんな様子を目の当たりにして、思う。 ・・・あぁ、アルは何も変わっちゃいない。
俺は恐る恐る手を伸ばして、弟の頭を撫でた。 昔、こうやって熱が出た時にそうしたみたいに。
身体が弱っている時のアルフォンスは実に素直だった。普段は頑なに噤んでいるその唇が、いとも簡単に不安や孤独を訴えてくる。 その度に、俺は頭を撫でたり手を握ったりしてアルフォンスを落ち着けた。どうやら人の温もりを感じていると安心するらしかった。
今日もその効果があったのか、あるいはただ単に薬が効いてきただけなのかは分からないが、アルフォンスは穏やかな眠りの中へと落ちていった。 少し痩せたように見える寝顔を見つめながら、アルは何も変わってないなと改めて思う。 一ヶ月前あんな風にして別れたのだから、最悪避けられたりもっと気まずく思ったりするんじゃないかと本当は危惧していたのに、アルが俺に向けてくれる優しさは子供の頃からのそれと根本的には一緒だった。 二人を繋ぐ関係性がどんな名前であろうと、アルにとって俺が特別な存在であることはきっと間違いないし、それはこれからもそうだろう。 この先に何があったとしてもあの優しい声で俺を呼び、あの柔らかい微笑みを向けてくれる。 そうだ、別に嫌いだとかいう単純な感情で別れた訳じゃない。 仕方がなかったのだと、割り切れてしまいそうな程の別離でもあった。 お互い、最早感情だけで恋愛が出来るほど純真ではない。 俺達は、世間と倫理と法とに縛られて生きている。 だから頭の良い計算をして、最も幸福度が高く弾き出された答えが、それだったのだ。
自分達でも薄々分かっていた。 この関係性の歪さと、出口の見えない袋小路とに。
だから、多少行き過ぎた情愛を軌道修正して、ちょっとばかり後退させた。 肉親に対する兄弟愛の枠の中へと納まりきるように。
胸の奥で渦巻く劣情を、純粋な想いへと昇華させるのには骨が折れたが、やってできないことじゃない。 アルの幸せを願えば願う程。 俺は何だって出来ると思った。
アルフォンスが、愛おしい。
俺達を繋ぐ関係性が恋人だろうとただの兄弟だろうと、関係ない。 例え一方通行の思いでも報われなくても、アルが誰かを愛しているとしても、嫌になって疎ましく思われようとも。 俺は、アルフォンスが愛おしい。 この想いは生涯消えないだろう。 だったらそれだけを抱えていれば良い。 この胸をジクジクと痛めつける切なさには蓋をして。 アルが幸せになってくれるなら、その痛みですら報われるのだから。
弟の綺麗な金色の髪に、自分の指を差し入れた。クセのない素直な髪の毛は俺の指からさらさらと零れ落ち、シーツの海へと溺れていく。
口付けて抱き締めたいなんてちょっとだけ思ってしまったが、今はもう・・・側にいられるだけで、良い。その顔が笑みを湛えているだけで良い・・・。 俺のことなんかよりも、アルフォンスの幸せを。 幼かった昔みたいに多くを望んだりはしないから、どうかそれだけを。
叶えてくれ、
神様・・・。
窓の外が真っ暗になった頃、ウィンリィが俺を呼びに来た。
眠ったままのアルフォンスを起こさないようにと、無言のままで階段を下りていく。 ダイニングに入ると食卓の上には食器が二人分しか用意されていないので、どうやらばっちゃんは留守らしい。 何となくぎこちない動作で席に着こうとしたら、前触れもなしにいきなりスパナで殴られた。一瞬頭の中が真っ白になる。
「痛ってぇ!何すんだよ、いきなり!」 「それはこっちのセリフよ!あたしの大切な大切な機械鎧を、アンタまた粉々にした訳?!信じられないんだけど?!」 「突然スパナで殴ってくるお前の方が信じらんねぇよ!殺す気か?!」 「機械鎧はね、あたしにとって可愛い子供みたいなものなの。それを壊されたりしたら殺意も湧くっての。」 「お前、ちったぁ俺の心配もしろよ!俺だって好きで壊したんじゃねぇっつうの!」 そこまで大声で捲くし立てて、だんだん息が荒くなってきた。 「そんだけ鬱陶しいくらい元気なんだから、心配するだけ損でしょ?あたしはアルみたいにあんたに甘くないの!」 「・・・っとに!・・・昔から変わんねぇな、ウィンリィは。」
参ったとでも言うように降参のポーズを取って、何だかおかしくなって笑ってしまった。 目の前で繰り広げられた遠慮のない口喧嘩は以前と全く変わりなくて、さっきまで考えていたことはどうやら杞憂だったらしい。
「・・・変わったのは、アンタの方でしょ?急によそよそしい態度なんか取っちゃってさ。なに遠慮なんかしてんのよ?」 ズバリと痛いところを突かれて、グッと詰まる。それから、思い切って口を開いた。 一瞬唇が震えたが、それはまぁ仕方ないだろう。 だってこんなことを誰かに尋ねたことなんか、今までに無い。 もしかしたら拒絶されたり軽蔑されたりするかもしれないような、そんなことを。
「・・・・・・・・・ウィンリィはさ、その・・・、俺たちのこと、知ってんの?」 「はぁ?何の話?」 「・・・一ヶ月前まで、俺とアルがさ・・・その」 「恋人同士だったって話?」
俺は一瞬息が止まるかと思った。ウィンリィがあまりにもサラリと、その単語を口にしたもんだから。
「・・・アルが、言ったんだ?」 「まぁね。でも、そんなこと改めて聞かなくたって分かるっての、特にアンタはね。っとに、子供の頃から顔に出しすぎなのよ。アルだって何だかんだ言いながら、いっつもアンタのことで一杯だったしね。」
ウィンリィがハァーと呆れたような溜め息を零した。これでも上手く隠していたつもりだったのに、そんなにはっきりばれてたなんて思いもよらなかった。しかも子供の頃からだなんて、結構ショックだ。
「・・・・・・ならさ、気持ち悪いとか思わねぇの?俺たち男同士だし、ましてや実の兄弟なんだからさ・・・。」
自分で言っておきながら、自嘲が零れた。そんな風にして俯く俺に対して、ウィンリィは再び大きな溜め息を吐く。 「別に気持ち悪いとか、思わないわよ。まぁ、アンタ達ってホント馬鹿だわ、とは思うけどね。」 「はぁ?なんだよ、それ。」
思わず顔を上げて聞き返す。馬鹿って何だ?全然意味分かんねぇし、何でソコにアルも含まれてんだ? 訝しげな視線を向けはしたものの、すでに食事を開始したウィンリィは答えてくれそうもない。 仕方なく諦めて、俺も食卓に着いた。 立ち上る湯気がほかほかと温かいな、と思う。
今までと何ら変わりなく接してくれる幼馴染みに、最上級の感謝を込めて、いただきますと唇に乗せた。
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前後編で終わらそうと思っていたのに、あと二つくらい続きそうだな、みたいな・・・。 自分で書いててアレですけど、この話のエド、めっちゃアルのこと好きなんだなって思いました。 後は自己完結が激しすぎる、とかね。 ホント、これは暗い話で申し訳ないです。
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