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――― サヨナラの練習 3 ―――
もうすぐ、春がやってくる。
いくらか寒さの和らいだ風を受け、庭先でシーツがはためいている。 俺は洗濯物を干し終えて、今度は掃除に取り掛かった。と言っても、普段は寝に帰っているような家だから、まぁ簡単に済ませてしまう。 自室はもうちょっと丁寧に頑張って、最後にアルのいた部屋を綺麗にして、それで終わりだ。
アルフォンスの部屋の家具はそのまま置いてあるから、その残り香に時々酔いそうになる。 けれど、それにもようやく慣れてきたところだ。
昼になったらキッチンで、アルが買ってきた料理の本をぺらぺら捲る。 冷蔵庫の中身と相談しながらメニューを決め、あぁコレ食ったことあるなぁとか思い出すワケだ。ついでにアルが書き込んだメモを指先でなぞってみたりして・・・、と無意味な行為を繰り返す。
アルはよく、料理が楽しいと言っていた。 うまくできれば満足そうだったし、俺が美味いと感想を言えば嬉しそうに笑っていた。 慣れてくると、自分でレシピを考えたりもしていて、栄養のことをふまえたりと俺の身体を気遣ってくれていた。 だから・・・最後のあの日も、外食ばかりでは駄目だと注意してくれた。
それで、こうやって休日は自分で料理するようになったのだ。仕事の日はそんなに時間に余裕がないから、簡単なものや外食に頼ったりもしてしまうが、休日は手の込んだものにも挑戦している。 最初の頃は料理なんかできるのかと不安だったが、やってみたら案外できるもので、今ではレシピがあれば大抵作れるようになった。
味もそんなに悪くはないし、シチューなんかはだいぶ研究したからかなり美味い方だと思う。 アルが言っていた通り、料理自体は錬金術に似ていて確かに少しおもしろい。
だけど、それを一人で食べるのはなんとも味気ない。 一人で無言で、黙々と。 会話も無い、ただ咀嚼していくだけで・・・。
時々、ちらりと向かいの席、アルフォンスが座っていた場所を見ては溜め息が零れてしまう。 だけど、もう少しすれば一人の食事にも慣れてしまうのだろう。
午後は買い物がてらぶらぶらしたり、読書をしたり、その日の気分によって色々だ。 俺にはこれと言った趣味もないし、アルがいた頃だって何もせずに休日が過ぎていくなんてざらにあった。 だらだらしながら時間を過ごす。 それは今でもあの頃でも同じことなのに、その質は全然違ってしまった。 あの頃は、アルと一緒にいるだけで幸せだったのに・・・。
今日は、ソファに座ってぼうっとしているうちに眠ってしまっていた。 夕方になって目が覚めて、それから洗濯物を取り込んだ。 適当に畳んでから、今度は夕食の準備に取り掛かる。 今晩はシチューを作ることにした。これなら、明日の朝メシにもなるからな。
とにかくこんな感じで、アルに言われた家事は一通りできるようにはなった。 俺一人で暮らしていくことも、やってみたらできないことじゃなかった。 今のところ仕事も充実しているし、一人になった俺を気にかけてくれる仲間もいる。 休日もこうやってのんびり過ごせるし、特に不満などもない。
アルが出て行ったばかりの頃に感じていたあの身を切るような寂しさも、今ではだいぶ薄らいだ。 とは言っても、寂しさが消えた訳じゃない。 ただ単純に、俺の心がそれと上手くやっていく術を身に付けただけだ。
結局、根本は大して変わっていない。 今でもアルを愛しているし、アルの側にいたいと思っている。 アルなしで生きている今の自分を不思議に思うくらい。
けれど時間に流されて、表面上は変化していく。 アルがいなくても、成り立っていく俺の生活。 俺はそれを、戸惑いながらも受け入れていく。 本当は、こんな生活に慣れていく自分が恐ろしいのに。
けれどもし、ここにアルがいたのなら、それでいいのだと笑って言うだろう。 何も不安がることはないのだと。
・・・そうやって徐々に俺は、アルのいない世界を肯定していく。
結局俺は、アルがいなくても生きてゆけた。 料理も掃除も洗濯もできたし、仕事も休まず真面目にこなしている。朝だって一人でちゃんと起きるし、体調管理も問題ない。 周りの奴らが拍子抜けするくらい、アルがいなくても、俺の生活も人生も成り立っていく。
そのことに、少しだけ苛立つのは俺のエゴだ。
俺がもし、今頃精神がイカレて死にかけていたならば、アルは帰って来ないだろうかなんて考える、浅はかな俺の一部。 そんなことになって一番悲しむのは、アルなのに・・・。
アルは、俺を一人にした自分を責めるだろう。だけど、だからといって俺の元に帰ってきたりはしない。 そんな半端な覚悟なら、アルはこんなことしなかった。そしてアルは、俺が一人でも大丈夫だって思ったから、こうしたんだろう。 アルは俺を、信じてくれている。
だからそれだけは、間違ったら駄目なんだ。
アルが願ったのは普通の幸せで、それは自分と俺と、両方の幸せだ。
寂しくなったら誰かを愛せばいいと、その相手は絶対に見つかると、断言したあの日の声が焼き付いている。 普通の幸せが欲しいと言うアルフォンスを俺が手放したように、アルも自分に囚われ続けることなく、俺の望むように誰かを愛してくれと願ったんだ。 それは痛いくらいに、分かっている。 こうやって俺とアル、両方のために別れを選んだというのに、それで俺が不幸になることなんて許されないと。 分かって、いるのに・・・。
本当はすぐにでも、俺も結婚するから、なんて式の招待状でも渡せれば、アルも安心して暮らしていけるんだろうけど・・・。 その方が、アルのためになるって思うんだけど・・・。
それだけは、できそうにない。
だって俺の心は全て、アルに捧げてしまったから。もう他の誰かにやる部分なんて、これっぽっちも残っていないんだ。 こんな心で、アル以外の誰かを愛することなどできやしない。 だから俺は、一生結婚などしない。と言うか、できない。 それを、アルは心苦しく思うだろうけど・・・。
でもどうか、許して欲しい。 アルを愛すること自体が俺の幸せなのだから、俺の幸せを願ってくれるのなら、このままでいさせて欲しい。 この気持ちをアルフォンスに告げたなら、それじゃ別れた意味がないと怒るかもしれない。 だけどいいんだ、心配してくれなくも大丈夫だ。 アルと別れて暮らす間に、俺にも気付いたことがあるから・・・。
歳月を重ねるごとに、変わらないようでいて変わっていく俺達の関係性。 ずっと一緒だった子供の頃、二人きりで支え合った旅の間、帰る場所と決めたこの家での日々。 家族愛、兄弟愛が恋人同士の愛してるに変わったのは、いつだったかなんて分からない。 手を伸ばせば、アルに届いた。 じかに触れ合って、体温を感じることができた。それが叶わない間でも、はっきりと温かな魂の存在を感じることができた。 たくさん抱き締めあって、キスもした。離れていることが不安になる位、いつもずっと側にいた。
だけど今じゃこの通り、俺に出来ることといったら、ここでアルフォンスのことを想うくらいだ。 今も殆んど、連絡は取っていない。
あの、機械鎧を壊してリゼンブールに帰った日から1ヶ月位して、調整と点検のためにもう一度だけリゼンブールに帰った。 アルフォンスに会ったのは、それだけだ。 あとは、ウィンリィから何度か電話があったくらいで、俺からはまだ連絡が取れるほどの心構えが出来ていない。
だって、やっと慣れたばかりだ。 家事にも一人暮らしにも、アルのいない生活にも。
それどころか、何気ない日常のどこかにアルの欠片を見つけては、綻びそうなくらい柔な傷口。
俺とアルが恋人同士として過ごした時間は、一年にも満たなかった。 だけどその短い時間があまりにも濃密で幸せすぎて、俺もアルも感覚がおかしくなっていたのかも知れない。 そのことに、アルは先に気が付いたんだ。
これは、“依存”なんだって。
このままズルズルと続けていたら、きっと二人とも駄目になるだろうって。
“自分がアルに依存していた?”と、意識すればあっさり答えは出る。 あぁ、間違いなくそうだったと。
兄弟のままでいた頃も、それに近いものはあった。 でも漠然とこの先の未来において、俺は俺の人生を、弟は弟の人生を、というようにいつかは分かれていってしまうものだと思っていた。 その頃からアルを愛しているという自覚のあった俺にとって、それは単なる諦めの気持ちに過ぎなかったが・・・。
そんな気持ちを抱えていた俺には、元に戻った弟が病弱であったことは薄暗い喜びだった。 それはつまり、まだ弟の側にいられるということだった。
人体錬成という特殊な経緯の身体の弟が、一般の病院にかかるにはリスクが大き過ぎる。 だから、必然的に俺を頼らざるを得ない状況だったワケだ。
俺はアルが元に戻ってしまったら、きっとすぐに俺の側からいなくなってしまうだろうと思っていたから、本当は嬉しくて堪らないのを必死に隠して献身的にアルに尽くした。 思えば、この頃から依存は始まっていた。
扉の向こうで痩せ衰えた肉体が健康を取り戻すまでは、自力で立っていられるのがやっとという状態だったのだ。 しかも錬成後に越して来たばかりのこの家で、一日の大半を俺と共に過ごす生活。 外部との連絡も取れるわけなく、外を出歩くこともできない。 あの頃のアルフォンスには、俺しかいなかった。 そういう、閉ざされた生活だった。
最初のうちは、アルも素直に俺を頼った。 それが嬉しくて、俺はいっそう世話を焼いた。そこには多分、今までの分の独りよがりな謝罪と罪滅ぼしの気持ちもあっただろう。 しかしそんな俺に対して、だんだんアルフォンスは罪悪感を覚えるようになってしまった。
手を貸そうとすれば、放っておいてくれ一人で大丈夫だと頑なに拒み、またある時は、ごめんなさい迷惑をかけてと子供のように涙を零した。 俺が機械鎧のままであることも随分と気にしていた。
アルフォンスは、なかなか良くならない身体に憔悴していたのだろう。 そんな痛々しい様を見ているのが辛くなって、少しでもアルの罪悪感を軽く出来ればいいと思い、俺はとうとう言ってしまったのだった。
俺はアルを愛しているから、望んでお前の側にいるのだと。 それで俺は幸せなのだから、アルが心配することは何もないのだと。
嘘ではないと言うようにぎゅっと抱き締めれば、細い腕が恐る恐る背中に回された。 そして愛しい弟は、とんでもないことを呟いたのだった。
僕も兄さんを愛している、だなんて。
冬の間にしっかり養生すると、春には普通に外を出歩いても平気なくらいに回復した。 それに伴い、俺は中央司令部で仕事、アルは家で過ごすという生活になった。 とは言っても、アルはまだ病弱な身体のままだったから、ちょっとしたことで調子を崩すことも多く、そんな日は司令部から持ち込んだ仕事をしながらアルの看病をした。
普段の俺の仕事は正式な軍人という訳ではなく、マスタング大佐の元で個人的に雇われた形になっている。 研究書の解読や資料整理といった仕事内容で、家でもできないことはないから、出勤についてはあまりこだわらなくていいというようにしてもらった。 それと引き換えに、錬金術師や有能な人員が必要な作戦には参加するようにと言われている。
アルの具合が悪い日は、アルを俺のベッドに寝かせることにした。そうすれば、同じ部屋の中で看病と仕事ができる。 まぁ仕事の効率は落ちるけど、熱で気弱になったアルを独りぼっちにしなくてすむからちょうどよかった。俺だって、少しでも目を離すのは不安だったから。
アルは仕事をする俺を見て申し訳なさそうな顔をしたけど、俺が頭を撫でたり手を握ったりしてやれば、穏やかに眠りについた。 ある時なんか、薬よりも兄さんの方が効くみたい、なんて可愛いことを言って俺を悶絶させたりした。
そんな風だから、俺はアルが一人で出歩くのをあまりよしとはしなかった。俺の知らない所で何かあったら、と考えるだけで不安だったのだ。 本当は仕事に行くのも嫌だったのだが、いつまでも甘えている訳にはいかないし、受けた恩はしっかり返したかった。 その思いはむしろアルの方が強かった。 だから当然のように、国家錬金術師になりたいと言い出した。俺がそれに反対すると、今度は何か仕事をしたいと言う。 アルの意思が外に向き始めたことに、俺は内心焦っていた。だからせめて来年になるまでは様子を見た方がいいと、体調を気遣う兄を装って、俺はアルをこの家に閉じ込めた。
完全に俺のエゴだった。 外に出て今より断然広い世界の中で、アルが様々な繋がりを持つのが嫌だった。俺だけを見ていて欲しかった。
その気持ちが今なら、異常だったと思えるのに。
そういう、色んなことが重なって、依存は進んでいったんだろう。 俺はそれが心地良くて、都合の悪いことには目を瞑るようになった。 でも、アルはそうじゃなかった。
アルの様子が変わったのは、もうすぐ秋になろうかという頃だった。 時々、思い詰めたような顔をするのでどうしたんだと尋ねてみても、慌ててなんでもないとはぐらかす。 べったりだった関係に、一定の距離ができた。 そして頻繁に一人で出歩くようになった。 俺の手伝いがしたいと司令部まで付いて来て、顔馴染みの連中と楽しそうに笑ったり。 そのうち、友達ができたと言って外泊するようにもなった。 まぁこれは、本当はウィンリィの所へ言っていたワケだが・・・。
とにかく、俺とアルはすれ違っていった。 そうして、あのクリスマスを迎えたのだった。
あの日まで、アルはどんな気持ちで過ごしたのだろう。 俺が呑気に笑っている隣で、何を考えていたのだろう。 アルフォンスを全て理解できるはずもないけど、悩んで苦しんでいたのは間違いない。 辛い思いと覚悟をして、あの答えを出したんだろう。
それは別れを告げられた時から思っていたのだが、その後で二度リゼンブールで会った時に、あぁやっぱりと思うことがあった。 アルが俺に、尋ねてきたのだ。まだ兄さんと呼ばせてくれるのか、と。 なんでそんなこと訊くんだと問えば、嫌われたかもしれないと悩んでいたらしい。 俺が好きなように呼べば良いと言ってやると、アルはありがとうと嬉しそうに笑ったのだった。
俺がアルを嫌うことなんて、きっと生涯無いだろう。 アルは気付いてないけれど、俺はあの別れの朝に、アルがごめんと零したのを聞いてしまったから。
ずっと一緒にいることが、全て幸せだとは今は言えない。
例えばもし、あの日、俺達が別れを選択しなければ、今もこの家で一緒にいたはずだ。 だけどそれで本当に、幸せになれたかどうかは分からない。 あのまま一緒にいればいる程、依存は酷くなっただろう。 俺の性格からすれば、どんどん歯止めが効かなくなって、いつかは本当にアルをこの家に閉じ込めるようなことをしでかしたかもしれない。 そして恐らく、それがどんなに異常でおかしなことなのか、気付きもしないだろう。
あぁ、俺達はなんて危うい関係だったんだ・・・。 こんなはずじゃなかったのに・・・。
アルの瞳に俺だけを映したいと、思ったのが間違いだった。 そう思うのは、俺がアルを愛している証なんて綺麗なもんじゃなくて、ただの俺のエゴなんだ。 アルの意思を無視した行為が、アルの自由を奪う行為が、お前を愛しているからなんて身勝手な論理で許される訳が無い。 俺達の場合には、特にそれに注意しなければならなかったのに、目の前の二人だけの空間が幸せすぎて目が眩んでしまっていた。 いや、本当はいつでも心の中で危惧していたのに、見ないフリをしていたんだ。 怖いから、逃げていた。 考えないようにしていた。 気にしなくて良いと思い込ませた。
だけど何時だって現実は冷たくて、酷な真実を突きつける。 アルと二人で買い物に行く時、俺は大概デートのつもりで過ごしていた。けれどそれはあくまで気持ちはということで、実際には、家の外で恋人らしいことはしなかったし出来なかった。
とにかく、外では普通の兄弟を装った。 それに反比例するように、家では甘い依存に陥った。
自分達が世間から認められない関係だというコトは、十分に認識できていた。 同性愛の上に、近親相姦。
二人とも禁忌という言葉には敏感だった。 他人から奇異の目で見られる辛さも、身に染みて分かっていた。特に、アルフォンスは。
幼い頃に俺達が求めたのは、家族三人でまた一緒に暮らしたいというありふれた幸せだった。 その気持ちは純粋な願いだったのに。それは叶うことはなかった。 それを叶える為に選んだ方法が間違っていたからだ。 いや、そもそも願った時点で間違えていた。 死んだ人間を蘇らせて一緒にまた暮らしたとしても、それが普通の幸せだなんてことはありえない。
俺とアルの関係だって、そうだったんだ。同性愛の上に近親相姦まで犯しておいて、普通の幸せなんか望む方がおかしかったんだ。 普通じゃない俺達には、最初から普通の幸せなんて存在していなかったんだ。 街中で手を繋いで、キスをしたり抱き締めあったり、祝福された結婚も、血を分けた家族を作ることも、世間に認められることも、ない。 俺達に残されていたのは、たった二人だけで世間から隠れて孤独に愛し合うという道だけだった。
俺は、それでもいいと思っていた。俺はアルさえいてくれるなら、どんな最悪な人生になろうとも構わなかったからだ。 だけどアルは、そうじゃなかった。
俺はあの別れの日、アルフォンスに訊いた。こんな関係が嫌になったのか、それとも疲れたのかって。 アルはそれを肯定したけど、きっと理由はそれだけじゃなかったはずだ。 今なら、行き過ぎてしまった俺達の依存を、アルフォンスは元に戻そうとしていたのかもしれない、と思う。 アルは、別れるのは俺のことが嫌いになったからじゃないとはっきり言ってくれた。リゼンブールで会った時も、アルが俺に向けてくれる根本的な愛情は変わっていなかった。
今なら、これも一つの愛の形だと思えるんだ。
離れ離れであっても、いつも心の中で相手を愛し、その幸せを願うような穏やかな感情。
アルフォンスとウィンリィは、結婚と言う名前で結ばれた。 けど、俺とアルの間に流れているものに、一般的な名前など付けられない。これは二人の間だけに存在する、特別なものだからだ。
ふと、そんな風に思うようになったのは、二度目のリゼンブール行きの時だった。 まだ冬の寒さが和らぐことのないせいか、アルフォンスはまた体調を崩してベッドに臥せっていた。 俺が少し痩せたかと聞くと、心配しないでと熱っぽい声で返された。 髪をすくように頭を撫で、手を握ってやると、安心したように笑ってくれた。俺もつられて、頬が緩む。
しばらくそうしていると、洗面器とタオルを持ったウィンリィが入ってきた。 俺は場所を譲ってから、部屋の壁にもたれて二人の様子を見ていた。 一度目に訪れた時は自分の事でいっぱいいっぱいだったからそんな余裕はなかったけれど、その時はちゃんと目を逸らさずに見ることができた。
かいがいしく世話をするウィンリィと、それにありがとうと返すアルフォンス。 そんな様子を見て、なんだか血の繋がった家族みたいだと思ったのだ。もちろん結婚しているのだから家族に間違いないのだが、“夫婦”じゃなくてまるで母親と子供みたいな・・・。 思わずそれが声に出てしまうと(お前ら、なんか親子に見えるなって、独り言のつもりだったのに聞こえたらしい)、アルは複雑そうな顔をしたが、ウィンリィは何故か大爆笑していた。
そんな風に思うほど、アルフォンスとウィンリィの間に流れているものは穏やかで綺麗なものに見えた。俺とアルの間にあった、渇くような激情や生々しい独占欲など微塵も感じられない。 同じ愛情だというのに、こんなに違うのかと驚いた。 それからはっと、気が付いたんだ。
愛し方というのは、たくさんあるものなんだって。
アルフォンスの、俺へとウィンリィへとの愛し方は違うけど、それでどちらの方がより愛されているかなんて比べるのは無意味だろう。 それに、どういう風に愛せばこういう風な関係になる、なんてきっちり区分もできない。
だから、俺とアルの間には、俺とアルにしか分からないような情があるのだと思う。 アルと一緒にいる間、その思いは強くなった。 手を握れば握り返され、頭を撫でれば心地良さそうに目を細め、名前を呼べば“兄さん”と返してくれる。そんな些細なやりとり全てが、愛おしくてたまらなかった。
俺とアルの“愛してる”は、“普通の幸せ”には繋がらない。
だからアルは、“普通の幸せ”のためにウィンリィと共にいることを決めた。 そして俺にも、“普通の幸せ”を望んでいてくれる。
アルのすぐ隣で生きていくことはできないけれど、俺達はこの先もずっと特別な愛情で繋がったままなんだ。そう思えば、この遠い空の下でアルの幸せを願いながら生きてゆける。
アルフォンスの残したものが今はまだ俺の心の空虚を揺らすけど、あともう少し時が過ぎれば、切なさは愛しさに変わるだろう。 身を切られるような冷たさが、包み込まれるような温かさに。 きっと思い出は優しいものになる。
その晩、俺はアルフォンスのベッドで眠った。
そうしたら、夢でアルフォンスに逢えた。目が覚めたら、アルが笑ってる夢だったなぁなんて曖昧なことしか覚えてなかったけど、朝っぱらから頬が緩みきってしまってなかなか直らなかった。
昨日のシチューを食べながら、今度の休暇にはリゼンブールに帰ってみようかと思う。 それで、アルフォンスに俺のシチューを食わせてやろう。
兄さんすごいって、笑ってくれればいいな。
その三日後、一通の手紙が届いた。
殴り書きのような宛名が、ところどころ滲んでいる。それに何か入っているらしく、妙に膨らんでいた。
差出人を見て、なんだか嫌な予感がした。 ウィンリィからだった。
俺は乱暴に封を開け、中の紙を引っ張り出し、綴られた文字の羅列を追いかけて、頭が真っ白になった。
震えて滲んだそれは、たった一言。
“アルフォンスが、死んだ。”
封筒の中から指輪が滑り落ち、カツーンと高い音を立てた。
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