――― サヨナラの練習 5 ―――

 

 

 

ウィンリィは顔を上げると、宙に視線を動かした。

 

どこか特定の場所を見ているわけではないが、そこに何かいるとでもいうような、優しい目付きをして眺めている。

 

「さてと、まずは謝らなきゃね。・・・アル、絶対言わないって約束、破っちゃってごめん。あたし、やっぱり全部話すね。でも、きっと大丈夫だから心配しないで。」

 

そう語りかけると、今度は俺の方を見た。

 

「エドにも謝らなきゃいけないの。あたしと、アルもだけど、あんたに嘘を吐いたわ。ごめんなさい。」

ウィンリィが頭を下げたので、俺は慌てて首を振った。

 

「アルね、死ぬまでずっとあんたのこと考えてたんだよ。それをこの話が終わるまで、ちゃんと心に留めておいて。」

ウィンリィが泣きそうな顔で笑う。俺が神妙な顔で頷くと、幼馴染みはとんでもないことを告げた。

 

 

 

「結婚したって、嘘なの。」

 

「・・・・・・え?」

 

「アルが生涯好きだったのは、エドだけ。あたしは違うの。アルは誰とも結婚なんかしてないの。それが1つめの嘘よ。」

・・・俺は目を見開いたまま、しばらく息をするのも忘れていた。

 

「・・・2つめの嘘は、アルが死んだのは事故じゃないってこと。・・・3つめの嘘は、アルの身体はもう無いってことよ。」

 

静かなウィンリィの声が、頭の中を巡っていく。

簡素なその言葉自体の意味は分かる。だけどその言葉が一体何を示しているのか全く理解できない。

 

ウィンリィはしばらく無言のままで、やがて伺うように視線を寄越した。俺は何とか心を落ち着けて、覚悟を決めると頷いた。

 

「・・・結婚するって言ったのは、アルがエドから離れるための理由がそれくらいしか思い付かなかったから。あたし達が結婚してると思ってたのはあんただけよ。村のみんなには療養のためって言ってあった。でもね、あたしとアルがあんまり仲いいもんだから、結婚するのかなんてウワサされたけどね。」

ふふ、とウィンリィが思い出したかのように苦笑した。

 

・・・確かに、あの時のアルとウィンリィはとても仲が良さそうに見えた。それどころか、すごく幸せそうに見えたのに・・・。

あれは全部、偽物だったってことか・・・?

アルは幸せではなかったのか・・・?

 

それに、俺と離れるためって・・・

 

「・・・・・・あんた、前に言ってたじゃない。あたしとアルが親子みたいだって。」

「え?・・・あぁ。」

 

「エドがそう言った時、すごくぴったりだと思った。あたしはもちろんアルのこと大好きだけど、本当はね、ラッシュバレーに婚約者がいるの。アルだってあたしのこと大事に思ってくれたけど、あの子の一番はいつだってエドだった。・・・あたしとアルは夫婦ではなかったけれど、あたしはアルを守ってあげたいって思ってた。その気持ちはすごく、家族愛に近かったと思う。それをあんたに指摘されて、アルは嘘がバレたんじゃないかって焦ってたけどね・・・、あたしは、アルに愛されたあんたにはやっぱり違いが分かるんだなって感心したの・・・。」

 

何か眩しいものでも見るみたいに、ウィンリィが目を細めて俺を見た。

それに何て返したらいいのか、分からない。

 

俺は、握り締めていた左手をゆっくり開いた。

 

「・・・それ、ね、あたしがアルに、頂戴って言ったの。アルが処分するって言うから・・・。」

 

俺の掌にのったアルフォンスの指輪を見て、ふいにウィンリィの顔が歪む。俺は、処分という言葉にビクリと震えた。

 

「内側に文字が彫ってあるでしょう?それね、アルが手で彫ったんだよ。錬金術じゃなくて。」

「そう、なのか・・・」

 

「あんたが機械鎧ぶっ壊して来た後にね、道具貸して欲しいって作業場まで来て、一生懸命彫ってた・・・。“エドへの遺言?”ってあたしが訊いたら、“出来たら処分するから遺品にはならないよ”って笑ってた・・・。“どうして処分するの”って訊いたら、“こんなもの残して逝ったら、兄さんが縛られるだろう?それが嫌なんだ”って、また笑ったの。・・・だから、エドには絶対言わないから、その指輪、あたしに頂戴って言ったのよ・・・。」

 

ウィンリィは、笑おうとして失敗したらしかった。耐えられなくなって、雫が頬を濡らしていく。

俺も笑ってやろうと思って、失敗した。

 

「・・・お前、堂々と約束破るなよ。今頃アルのヤツ怒ってるかもしれねぇぜ?」

「あはは、そうかもね。」

 

二人とも、笑ってんだか泣いてんだか分からなかった。

 

「・・・アルがあんたに言いたかったことを、あんたに貰った指輪に刻み付けて、これはただの自己満足だって言ってた。・・・“ありがとう”って、短い言葉だけど、そこにアルの気持ちが全部詰まってるんだよ。それを自分の手で処分なんてさせられるわけないし、あんたが知らないのも絶対にダメだと思った。」

 

ウィンリィは涙を拭って真っ直ぐに俺を見た。

 

「・・・ねぇ、その指輪に縛られそうだって思う?アルのありがとうって気持ち、知らないままだった方が良かったって思う?」

 

俺は何度もかぶりを振った。両手でぎゅうっと指輪を握りしめる。

 

「・・・すげーあったかいんだ。アルがそばにいるみたいで。・・・だけどそれと同じくらい、アルはもういないんだって実感する。俺一人だけが生きてるんだって・・・。けどアルとの思い出とかアルがくれたもんとか全部、俺は覚えてるから、・・・俺は一人じゃないんだって思うんだ。」

 

俺は、自分が自然に笑えたことに少し驚いた。

そんな俺に、ウィンリィも涙に濡れた顔で笑いかけてくれた。

 

「ホント、あんた達って二人で一つなんだから。・・・っとに、よかったねアル。アルの気持ち、ちゃんと届いたから・・・。」

 

ウィンリィの言葉の後ろ半分は、この部屋の中もしくは空間にふわりと溶けていったようだった。

俺は、ゆっくりと息を吸って吐いた。またぎゅっと指輪を握りしめたら、アルが大丈夫と言っているような気がして安心できた。

 

「・・・・・・アルは、自分が死ぬって、分かってたんだな。」

 

ぽつりとそう呟くと、ウィンリィが小さく頷いた。

・・・嘘を吐いて俺から離れていった、アル。なるべく思い出を残さないようにして、自分で身辺整理をして、体調は思わしくなく、遺言という言葉を使い、事故では死んでいない。そして俺に看とられるのを拒絶して、遺体も死因も隠そうとした、アル。

 

「・・・・・・結局、俺のせいなんだろ?」

「違う・・・」

「違わねぇよ・・・。アルの身体を錬成したのは、俺だ。・・・俺の力が足りなかったから、・・・アルの身体は不完全だったってことなんだろ?」

 

ウィンリィはしばらく黙ったままで、小さな溜め息を溢してから口を開いた。

 

「・・・そうよ、アルは病気じゃなかった。単なる体調不良でもない。ただ純粋に、身体がこの世界で生きていくのに耐えられなくなったの・・・。ありとあらゆる可能性を試してみたけど、駄目だった・・・。」

 

幼馴染みの声からは、医者としての悔しさが滲み出ていた。

それはそうだろう。

何とかしたいのにどうにもできない時、自分がいかに無力かを思い知る。

コイツの性格からしたら、人より何倍も辛かったに違いない。

そしてその辛さは、当然アルにも伝わって、あの優しい心を苛んだのだろう。

・・・そうやって二人が苦しんでいた中、俺は一体なにをしていた?

何にも知らないまま、気付かないまま、自分のことで精一杯で・・・!

・・・あぁ、反吐が出る。

 

「・・・っとに、ガキの頃から変わんねぇ。ちっとも成長できてねぇ。いつもいつも俺のせいで、・・・アルにばっかり辛い思いをさせちまう。」

 

俺が自嘲したように呟くと、ウィンリィの眉間のシワが深くなった。

 

「・・・確かに、成長してないのは間違いないわ。・・・あー、もう!スパナで殴ってやりたい。・・・っとに、あんたは何でいっつも自分だけのせいにするのよ?!アルが安心して逝けなかったのはあんたのせいだからね!」

 

さんざん泣いて笑った後、とうとう怒り出した幼馴染みは、ようやくいつものペースを取り戻したらしかった。

 

「やっぱり俺のせいじゃねーか。・・・錬成のことはともかく、俺が弱いから、アルはお前も巻き込んで、こんな大がかりなことをやるはめになったんだろ?・・・あの時の俺じゃ、静かにアルの死を受け入れることなんて出来なかったから。」

 

ウィンリィが苦い顔をして口をつぐむ。

 

「・・・アルがもうすぐ死ぬって知った俺が、何しでかすか分かんねぇから、アルは俺から離れてお前のとこに来たんだろ?俺が人体錬成しないよう、あんな保険まで付けてさ。」

 

俺は笑い出しそうだった。

自分がとんでもなく惨めで、愚かで、ろくでもないヤツだと心の底から思う。

過去に戻れるのなら、自分を気が済むまで殴ってやりたい。

俺の存在は、アルにとって重荷でしかなかったのだ。

俺は死ぬまでアルを苦しめたんだ。

ここに俺がいなければ、俺があんな風にアルを愛してさえいなければ、アルはもっと穏やかに死ねただろうに・・・。

あるいは俺が最期までそばにいることを、許してくれたかもしれない・・・。

 

「・・・・・・ねぇ、分かった?あんたがそうやって自分を責めるから、アルは何も言わずに全部終わらせたかったのよ。・・・アルはあんたを傷付けたくなかったの。・・・・・・アルの身体が長くはもたなかったことを、アルは誰のせいにもしなかった。あたしがアルに身体のことを打ち明けられた時、・・・夏の終わりくらいだったけど、その時もうすでにあの子は自分の身体のことを事実としてちゃんと受け入れてた。それでもちゃんと笑ってた。それから後も、死ぬのが怖いとか、何も言わなかったんだよ・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・あの子が怖いって言ってたのは別のことで、・・・それが何かあんたに分かる?」

 

聞かれて俺は首を振った。

自分が死ぬのより怖いこと?

俺だったらそれは、アルを・・・・・・・・・。

 

「・・・アルが怖かったのはね、自分が死んだ後にエドも死んじゃうんじゃないかってことよ。」

「・・・あぁ・・」

「人体錬成して失敗するかもしれない、代価に自分の命を差し出すかもしれない。人体錬成しなくても、精神的に病んで死んじゃうかもしれないって・・・。」

 

震えたウィンリィの声を聞きながら、俺は背筋がぞくりとした。

それなら、俺にもよく分かる。そう考えて当然だ。

ましてアルがそれを考えていたのは、まさに最も依存状態が酷かった頃だ。

それがいきすぎた依存だと認めようともしない俺を見て、アルが自分がいなくなった後のことを不安に思わないはずがない。

 

・・・ふと、記憶の底に引っ掛かりを感じて、ズキリとこめかみが痛む。

 

そうして、さぁっと身体が冷えた。

 

「どうしたの・・・?」

「・・・・・・・・・思い出したんだ、俺・・・アルに、もし僕が死んだら兄さんはどうする?・・・って、聞かれたことがある・・・。」

「・・・・・・・・・」

「俺・・・、アルがいないと死んじまうって言ったんだ・・・・・・。」

 

・・・・・・あぁ、思い出した。

 

・・・・・・あの時、アルは少し悲しそうな顔をしたんだ。

 

・・・そうか、あれはもしもの話なんかじゃなくて、現実のすぐ先の未来の話だったんだ。

 

薄暗い部屋のベッドの中、アルを抱き締めたまま、情事の後だったから俺は睦言のつもりでそう言ったんだ・・・。

それくらいアルのことを愛しているんだと、アルがいないと生きていけないのだと伝えたくて・・・。

それは、紛れもない本心だった。

あの時の俺には、アルのいない世界なんて考えられなかったし、当然認めることも受け入れることも出来なかっただろう。

だけど俺は、アルがいなくなったら死ぬなんて、軽々しく口にするべきではなかった。

それはアルにとって、睦言どころか絶望の言葉でしかなかったんだ。

 

・・・今思えば、アルの様子が変わったのはこの頃だった。

アルは気が付いたんだろう。

俺達の関係の異常さや、このままでは二人とも駄目になってしまうことにも・・・・・・。

 

その時のアルフォンスの気持ちを考えたら、勝手に涙が溢れてきた。

 

心優しい俺のたった一人の弟は・・・どうにか俺を生かそうと、自分が死ぬまで思い悩み、苦しんでくれたんだ・・・。

 

一度、深く吸って吐き出す息。こぼれる音が震えている。

 

「・・・俺、時々アルって馬鹿なんじゃないかって思う。いっつも他人のことばっかり考えやがって・・・。自分のことだけ考えてりゃいいのにさ。・・・俺のことなんかどうでもよかっただろ?自分が死ぬ時くらい、自分の願いとか欲とか我が儘とか、何でも好きにすりゃよかったのに・・・!」

 

ぱさりとウィンリィがタオルを投げて寄越したので、ありがたく使わせてもらう。顔を隠すように埋めたら、微かにひなたの匂いがした。

 

「・・・バカねぇ、アルの願いならちゃんと叶ってるじゃない。」

「・・・は?」

 

俺は、きょとんとした表情のまま顔を上げた。目が合うと、ウィンリィが柔らかく頬を緩める。それから俺を指差した。

 

「あんたが今、こうしてちゃんと生きてるじゃない。」

「・・・ぁ・・」

 

俺は呆けたように口を開いて、その意味を反芻する。

俺が・・・?アルの最期の願いだった・・・?

 

「あのね、アルが一番最初にエドに内緒でここへ来た時、話し始めるなり“僕の最初で最期のわがままきいてくれる?”なんて言い出すから、これは何が何でも叶えてあげなくっちゃって思ったんだけど・・・、さすがのあたしでも今回ばかりは骨が折れたわ。ホント、・・・一生に一度にふさわしいわがままだった。」

 

懐かしむように話し始めたウィンリィの声は穏やかで、僅かに目を伏せたその顔がいつもと違って見えた。

 

「アルがあたしに頼んだのはまず、エドには内緒で自分の身体を徹底的に調べて欲しいってことだった。それですぐにあらゆる検査をして分かったのは、アルの身体がもう長くはもたないってこと。・・・今年の冬が越えられるのかさえ、微妙なくらいだった。でもそれは、本人が一番よく分かってた・・・。身体のあちこちに機能不全が出てたから・・・。」

 

俺はアルの様子を思い出す。

「・・・アルが風邪ひいたとか、身体がだるいとか言ってたやつか。」

 

あの頃は、外界に不慣れな身体のせいだと思っていた。・・・そしてそれは、これから環境に慣れて丈夫になるにつれ改善していくだろうと俺はバカみたいに信じていた。

 

「そうね、症状としてはそれに近いものもあったわ。ある程度は薬でも緩和できたし。でもこれが普通の病気じゃなかったのは、症状が一過性のものではなかったからよ。・・・秋頃になるとあんたに自分の身体の異常を悟らせずに暮らすのが困難になってきて、これからどうするのか、どうしたいのかをアルはずっと考えてた・・・。」

 

・・・・・・確かにその頃になると、俺とアルは以前のようなべったりとした関係ではなくなっていった。

アルはよく出かけたり、自分の部屋にこもったり、外泊するようにもなった。

そして俺の前では明るく振る舞っていたが、一人で思い悩む姿を見掛けるようになった。

 

「・・・あたしはね、アルに何度か言ったのよ。全部エドに話したら、少しは楽になるんじゃないって。だけどアル、それだけはダメだって言うの。・・・兄さんに嘘を吐くのは苦しいけど、兄さんを傷付けるのはもっと苦しいって。」

 

・・・アルは、たくさん色んなこと考えたんだろう。

それで、俺がどんな気持ちになるかも。

 

母さんを錬成した時のように、アルが俺を恨んでいるんじゃないかとは、もう思わない。

だけど、だからこそ、その分俺は自分を責める。

どうしても、考えてしまう。

俺なんかがいなければ、アルは今よりずっと幸せになれたに違いないって・・・。

 

「それにね、アル、兄さんに言っても状況は良くならないし、多分もっと酷くなるって。」

ウィンリィが伺うように俺の顔を見た。俺はそれに嘲笑して返す。

「・・・そうだな、アルの判断は正しかった。」

「自覚あるの?」

「・・・今は、な。でもあのままずっと一緒にいたら、気付かなかった。」

 

「・・・あたしは、エドに全部話してしまったら、アルの苦しみを二人で分け合えるんじゃないかって思ってた。旅してた頃みたいに・・・」

 

「・・・それは違うな。アルと両思いになってから、俺は弱くなったんだ。いつでもアルを失うことに脅えてた。・・・もし俺が全部知ってたら、俺はありとあらゆることをしたと思う。人体錬成だって、しただろうな。代価に俺の命、使ってでも・・・。」

 

「・・・エド」

 

「アルに死んで欲しくない、俺を一人にしないで欲しい。・・・どっちも、俺のエゴだ。兄貴の命で生き返ったアルが、どんな気持ちになるか考えてもいない。・・・あの時の俺は、そういう最低な思考回路しか持ってなかった。」

 

俺はずっとアルのことが好きだった。

そのアルが、俺を好きだと言ってくれた。

こんなに幸せなことはなかった。

本当に幸せだった。

この幸せを失いたくなかった。

手放したくなかった。

アルを捕まえて、とらえておきたかったくらい・・・。

 

「・・・ねぇ、じゃあ、アルと別れたのは間違いじゃなかった?」

 

ウィンリィの切実な問いかけに、俺ははっきりと頷いた。

人生の選択に正解などないが、俺はこれで良かったと思っている。

 

「・・・アルと別れてから、色んなことが見えてきたんだ。自分のことも、アルのことも・・・。今までのことも振り返って、色々考えた。・・・そんで、今までとは少し違う愛し方で・・・俺はこれからもアルを愛していようって思った。」

 

声がだんだん涙声になって震える。

・・・あのひとりぼっちの家で考えたこと。

・・・痛みのようなアルフォンスの痕跡を、優しく温かな思い出に変えるために。

・・・離れていても、俺は、アルを想う。アルも、そうだったらいい・・・。

俺を想ってくれるからこそ、アルはこうやって、辛いけど、希望のある別れを選んだのだろう・・・。

 

「・・・アルとウィンリィが一緒にいるのを見て、正直辛かった。けどそれは、アルが俺に“普通の幸せ”を願った望んだ結果だったからって、ちゃんと分かったから、・・・俺もいつまでも後ろばっか見てないで、俺なりに幸せになろうって思えた。」

 

俺が涙を拭って前を見ると、ウィンリィは泣き出しそうな、嬉しそうな顔で何度も頷いた。

 

「そうよ、あんたが幸せになれば、アルの願いは叶えられる。アルが残していった想いも報われるわ。ねぇ、分かった・・・?あんたはこんなに、アルに愛されてる。」

「・・・あぁ」

 

「アルね、いっぱい悩んで決めたんだよ。ずっとずっとエドのことばかり、考えてた。エドのために、自分は何が出来るだろうって。一人残される悲しみを、あんた達はよく分かってるから・・・。」

「そうか・・・」

 

「アルがあんたと別れようと決めた時、これは・・・死別のための予行演習だって言ってた。・・・今、別れることで、エドが一人でも生活できるようにしたかったみたい。・・・別れても、エドがちゃんと生きていけるなら、アルが死んだ後もきっと大丈夫だろうって・・・。」

「・・・そうか、あの“さようなら”には、そんな意味があったのか。」

 

・・・・・・・・・思い出す。

あの別れの日、玄関で・・・。

 

先にさよならを言ったのは、アルフォンス。

俺はそれにさよならを返して、振り返ることはしなかった。

呟かれた独り言のごめんなさいに、アルの苦しみも痛みも俺への感情も全部、感じることができたから・・・・・・。

 

「・・・こっちに来たばかりのアルは、さすがに元気なかったわ。あたし達に心配かけないようにって、頑張ってたけど。」

「・・・・・・・・・」

 

アルフォンスも、俺と同じように寂しさや喪失感を味わったのだろうか。

・・・・・・この心にぽっかりと空いた穴は、一生塞がらないんじゃないかって。

俺は、このまま自分を放っておいたら死ぬんじゃないかと思った。ほんのちょっとだけ、それでも良いとさえ思った。

けれどその度に、アルがまじないの様に言い付けた言葉がよみがえる。

朝起きてメシを食って、仕事に行って、洗濯して掃除して、時々自分でも料理して・・・。

そうやって、日々は過ぎていった。

アルを欠いた世界でも、最初から何も無かったみたいに日常は廻ってく。

だけど二人で一緒にいた場所、アルの部屋、レシピの書き込み、気に入っていたクッション、可愛がっていた野良猫・・・、アルがいた証はそこかしこに残っていて、それらは時に傷をえぐり、時に傷を癒していく。

・・・アルを想えば、心の穴が埋まる。

すきだ・・・、あいしてる・・・、いとおしい・・・、たいせつだ・・・、あいしてる・・・、あいしてる・・・。

 

「あんたが機会鎧壊してここに来た時、ちゃんと生活できてるみたいでほっとした。アルも、もう会えないかもしれないって思ってたみたいだから凄く喜んでたし。・・・それからは、よく笑うようになったんだよ。だからね、アルが穏やかに逝けたのは、あんたのお陰だって思ってる・・・。」

 

「・・・アルは、どんな最期だった?」

 

「ホントにね、身体が限界を迎えるまで精一杯アルは生きたわ。・・・あたしが抱えられるくらい身体は軽くなっちゃったけど、痛みや苦しみは無かったみたい。・・・そういう神経も全部、駄目になってしまったから。・・・内側から身体が分解されてるみたいだって、アルは言ってた。」

 

「・・・・・・」

 

まるで自分のことのように、苦痛を表すウィンリィの顔・・・。

きっとぼろぼろになって、酷い状態だったのだろう・・・。それでもあの弟は、幼馴染みを心配させまいと笑ったに違いない。

 

「・・・あの日、アルは朝から嬉しそうで、“どうしたの”って訊いたら“兄さんの夢を見たんだよ”って。“よく覚えてないけど、兄さんが笑ってくれた”って・・・。それからね、“僕、もうすぐ死ぬと思う”、なんて平然と言うんだよ?夢の中であんたに会えて嬉しかったって幸せそうな顔のまんま。・・・・・・だからあたし、泣けなかった。・・・言葉にはしなかったけど泣かないで悲しまないでっていうのが、アルのあたしへの最期のお願いだと思ったから。」

 

「・・・・・・」

 

「そのうちに、アルの意識が曖昧になってきて、あぁ本当に今日でお別れなんだって実感した・・・。アルをあんた達の家の跡まで連れて行って、あたしは“またね”って言ったわ。アルは“行ってきます”って、返してくれた。・・・それからあたしは、少し離れたところから見送ることにして、ホントは家に帰っててって言われたんだけど、・・・長かったような短かったような時間が過ぎて、・・・・・・ぱぁっと一瞬光った後に、きらきらした光の粒がふわって舞い上がって・・・風と一緒に流れて行った。・・・すごく、きれいだった。」

 

「・・・光って、まさか」

 

「・・・・・・アルね、自分で自分の身体を分解したの。心臓が止まったら発動するように、自分の身体に錬成陣を描いて。・・・あの子ね、自分が死ぬところも、その後のぼろぼろになった身体も見せたくないって・・・。」

 

「・・・アルの身体がもうないって、そういうことか。」

 

「うん・・・。あたしね、アルは冷たい土の中にいるんじゃないって思うと、少し安心するの・・・。今もね、この部屋の中で・・・見守ってくれてるんじゃないか、って・・・」

 

 

 

ウィンリィは、笑おうとして頑張って、結局また失敗した。

 

俺は、笑った。

 

だって、嬉しかったから・・・。

 

 

俺の周りの奴はみんな優しい奴ばっかりで、俺はこんなに愛されてる。

 

 

 

アルフォンスの為に、泣くウィンリィと笑う俺と・・・。

 

なぁ、お前は今、どんな顔をしてる?

 

俺には簡単に想像がつく。

 

 

・・・・・・お前はきっと、泣きながら笑ってるに違いない。

 

 

笑えよ、アルフォンス。笑ってくれ。

 

お前は、俺の笑顔が好きだと言っただろう?だから、俺も笑うから。

 

俺だって、アルフォンスの笑顔が好きだ。ずっと、笑っていて欲しい。

 

 

あぁ、アルフォンス。お前の存在は、俺を、生かす。

これまでも、今も、これからも・・・。

 

この手はもう、お前に触れることはない。今日、俺はまた、お前とお別れをする。

俺も、お前に言うよ。

 

ありがとう、アルフォンス。そして、さようなら。

 

だけどそれでも、お前が俺の中に残してくれたもの、お前の気持ち、お前の願い・・・、それらは決して消えたりしない。

 

だから俺はこの先も、お前と共に生きてゆくよ・・・。

愛してる、アルフォンス。

 

 

 

 

 

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