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――― この身に浸透する恋 2 ―――
夕日がリビングを照らし始めた頃、アルフォンスはダイニングテーブルに突っ伏して、こんがらがった頭の中を整理しようと試みていた。けれどもそれは、今のところ徒労に終わっている。
脳裏からは、金髪の青年の姿が離れない。 ・・・自分の兄だという、その人。
確かに、髪と目の色は自分と近いし、顔もどことなく父に似ているような気がする。だから、自分達が兄弟だというのは信じられなくもない。正直、あんな変人と血が繋がっているのかと思うと、かなり嫌だが・・・。まぁ、家族は自分では選べないのだから仕方がない。 とにかく自分の記憶に欠けた部分があるとして、ここまでは納得できる。でもそれ以上は納得できるはずもないし、ありえない話だ。 アルフォンスはハァ、と溜め息を零した。客観的に見れば、綺麗な人だし強い人なんだろうなと思う。自分もほんのちょっと、格好良い人だなって思ってしまったし。あくまで、黙っていればの話だが。 しかし、だからといって自分達が恋人だなんていう突拍子もないことを、そうやすやすと信じられるわけがなかった。想像するだけで気持ち悪い。鳥肌が立ちそうだ。ぜったいに絶対に、ありえない。あの人の記憶の方がおかしいんじゃないか、とさえ思ってしまう。
顔をしかめながらそんなことを考えていると、階段の方から足音が聞こえてきた。 けれどすぐに、それは様子を窺って躊躇うように速度を落とす。少しの間があってから、ようやくエドワードがリビングに姿を現した。 二人の目が合い、場の空気が一瞬にして固まる。
「・・・出たな、変態。」 「・・・・・・随分ストレートだな、弟よ。」 アルフォンスのこの上ない冷めた視線に負けまいと、エドワードも精一杯の不敵な笑みを浮べてみせる。 「・・・で、何か用?」 「・・・腹減った。」 「それで?」 「何か食べたい。」 「ふぅん、なら勝手にすれば?」
アルフォンスはどうでもいいような口調で返して、ふいとそっぽを向いた。何故そんなことをいちいち自分に言うのかと、不機嫌ささえ滲ませながら。 けれどエドワードは、なおもアルフォンスを見つめたまま気にする様子もない。 「アルの飯が食いたい。」 「・・・僕に作れって言うの?」
アルフォンスはエドワードの方へと視線を向けて、信じられないといった声を出した。その目が、兄弟とはいえ自分にしてみれば初対面の相手の食事を、何故作ってあげなければならないのかと訴えている。それでも、エドワードは怯まない。 「あぁ、今週の夕食当番お前だから。メニューはシチューでいいから。というか絶対シチューにしろ。」 「なに偉そうに命令してんだよ!ホントに信じられない。自分で勝手に作って食べればいいだろ!」
アルフォンスがかなり不機嫌なのを見て、エドワードは内心少しだけ焦る。こんなに嫌がられるとは予想外だ。元々料理好きなのだから、ついでに作ってくれるとばかり思っていたのに。 さて、どうしようか。アルフォンスが作ってくれなければ意味がないし、目的が果たせない。 しょうがねぇなと心の中で舌打ちして、さっさとアプローチを変えることにした。
「あぁそう。じゃあ俺が作ってもいいけど、もし何か入ってたとしても文句言うなよ?」 意地の悪い、でも妙に艶めいた笑顔を浮かべる。それで、アルフォンスが僅かに怯んだのが分かった。本人は必死に隠そうとしているけれども。 「な、何かって?」 「そうだな、・・・例えば睡眠薬とか、媚薬とか?なんせ俺は、お前のことが大好きな変態なもんでね。」 「・・・っ!ヤダ、分かった!僕が作るから、キッチンに入ってこないで!」
慌てて立ち上がり台所へと入る弟を、エドワードは内心ほくそ笑みながら見送った。 さっきまで弟が座っていた向かい側の席に着き、弟の後ろ姿を観察する。てきぱきとしたその動きには無駄がない。どこに何が置かれているのかきちんと把握できているようだから、日常生活に関する記憶には特に問題がないようだった。 キッチンに立つその姿は、昨日までと何ら変わりがない。 ・・・本当に記憶喪失なのかと、疑いたくなるほどに。
しばらくするといい匂いが漂ってきた。惹き付けられるようにキッチンへ入ると、急に腹の虫が騒ぎ出す。 「おぉ、うまそう。一日ぶりの飯だ。」 エドワードが近寄った途端、アルフォンスは後退する。それから訝しげな顔を浮べた。 「・・・朝ご飯は?」 「なに言ってんだよ、お前が階段から落ちたの、朝起きてすぐだったろ?急いで着替えて病院まで連れてって、飯なんか食う暇なかったし。」 「・・・じゃ、お昼は?」 アルフォンスは尋ねながら、確か自分が目覚めたのは昼を大分過ぎた頃だった、と記憶を反芻する。 「お前がいつまでたっても目覚まさねぇから、それどころじゃなかったし。」 「・・・朝からずっと、僕の側にいたの?」 「当然だろ?心配しすぎて、今日一日で大分やつれたぞ、俺は。その責任きっちり取れよ。」
言いながらリビングに戻る背中を見つめて、アルフォンスは困惑する。 ・・・目が覚めるまで、ずっと側にいてくれた。食事を忘れるほどに、心配してくれて。 さっきまでの乱暴な様子やきつい目付きからは、自分がそんな風に大切にされていたなんて想像もつかない。 椅子に座って大人しくシチューが出来上がるのを待つその人に、こっそりと視線を向けた。 病院で目覚めた時は、最悪な人だと思ったのに。本当は、もっと違う人なのかもしれない・・・。
二人で向かい合って食卓を囲む。 何か考え込みながら黙々とスプーンを口に運ぶエドワードの姿が気になったけれど、何を考えているのかなんて分かるはずもない。だから仕方なく無視して、自分もさっさと食事を進める。 沈黙がだいぶ続いた後で、アルフォンスはしょうがないかという気持ちで口を開いた。あまり積極的に会話はしたくないけれど、同じ家に住む以上、聞いておかなければならないことは沢山あった。
まずは目の前の人物について。年やら職業やらを尋ねたら、エドワードは複雑そうな顔をした。まぁ昨日までは当然のように理解していたことを説明しなければならないのだから、無理もないが。 軍の少佐で錬金術師だと聞いて、素直に驚く。けれどすぐに、家事はほとんどアルフォンスがやっていたということが露見し、兄への評価は急落した。さっきは夕食作りは当番制だみたいなことを言ってたくせに。 こうして、アルフォンスの中で、エドワードには嘘吐きというレッテルが貼られたのだった。
食事がひと段落ついた頃、アルフォンスはおもむろに口を開いた。 「・・・ねぇ、ひとついい?」 「何だ?」 アルフォンスの改まった声に、エドワードは身体を硬くした。目を合わせたまま数秒が経過し、軽く深呼吸したアルフォンスが宣言する。 「今後一切、僕に触らないって約束して!」 「・・・はぁ?」 「家の様子を見る限り、僕がここであなたと一緒に暮らしていたのは本当みたいだから一応ここにいるけど、約束破ったらすぐに大佐のとこ行くからね!」
目付きを厳しくして、アルフォンスは威嚇するかのように言い放った。けれどそんなことにエドワードが納得できるはずもなく、それに加えて大佐という言葉が余計に神経を逆撫でした。バンッとテーブルに手をついて、向かい側のアルフォンスに詰め寄る。 「何だよそれ!俺達恋人同士なのに触るなってどういうことだよ?」 「あなたが恋人だなんて、僕は絶対信じないからね!今の僕にとってあなたは初対面の人なんだよ?そんな人に馴れ馴れしく触られるなんて気持ち悪いんだよ。もしあなたが僕の立場になったとしても、そう思うでしょ?」
アルフォンスは言いながら、信じて疑わなかった。いくら変態とはいえ、肯定してくれるだろうと。しかしエドワードは真顔でその期待を裏切った。 「いや、全く。むしろアルに触られるなら嬉しいっつーか、興奮するっつー・・・」 エドワードは本気でそう言っていた。普段のアルフォンスは恥ずかしがって自分からは積極的に触れてこない。だからそれは、想像するだけでも随分とオイシイ状況だった。 けれども目の前にある恐ろしい顔を見て、告げる声とその妄想は尻すぼみになっていく。 「・・・・・・・・・」 「いや、冗談です・・・」 冷や汗をかきながら、エドワードは引きつった笑みを浮べた。それに合わせてアルフォンスの口元も笑みを形作る。けれどその目は、決して笑ってはいなかった。 「そう?で、どうするの?」 「・・・な、なるべく努力する。まぁ、自信ねぇけどな・・・」 「・・・・・・・・・」 「いや、嘘です、精一杯頑張らせていただきます・・・」 アルフォンスの無言の威圧に屈して、エドワードは土下座する勢いで頭を下げた。精一杯の謝意を表すその姿には、兄の威厳など微塵も感じられなかった。
夕食の後片付けを終えて、二人はリビングの隅にある電話の前に立っていた。 エドワードは受話器を握り締めて、さっさと出ろよとでも言いたげな険悪なオーラをにじませながらも酷く切羽詰っていた。一方、そんな兄にちょっとこっち来いと乱暴に呼ばれただけのアルフォンスは、どこにかけているのかも知らずにいた。
「もしもし、ウィンリィか!?俺だけど・・・」 『何!?もう壊したの!?』 開口一番のその言葉に、一瞬脱力しかける。それでも、エドワードは何とか怒鳴り返した。 「違ぇよ!!今、スゲー大変なことになってんだよ。だからお前の力を貸してくれ!」 『はぁ?』 受話器の向こう側からは、幼馴染みの素っ頓狂な声が返ってきた。
事のあらましをエドワードが喋り、それにアルフォンスが修正を入れながら説明は続いた。 頭を打ったということで、ウィンリィは心配そうな声を上げたが、身体には大したダメージはなかったのだと言うとほっとしたような声を出した。それから話はアルフォンスの記憶喪失に移ったのだが、特定の人物だけの記憶がなくなってしまいというのは、医者であるウィンリィにも原因は分からなかった。
『・・・ふーん、事情は大体分かったけど。でもこれって、あんたには不幸以外の何物でもないけど、アルにとってはいいことなんじゃない?』 「はぁ!?どこがいいことなんだよ!!」 『だってこれでアルは、変態兄貴から離れて清く正しい人生を送れるってことでしょ?よかったね、これでアルは絶対幸せになれるわ!』
始めは記憶喪失になったと聞いて心配していたウィンリィだが、なくなった記憶がエドワードに関することだけだったと知って、ポジティブな考え方に切り替えたらしい。それはウィンリィが日頃から、エドワードの存在はアルフォンスにとって有害だと思っている節があるためだ。しまいには、アルフォンスの幸せのためにアンタは身を引きなさいとまで言ってくる。
「ってめ、ふざけんなよ!!」 エドワードは目の前に本人がいれば掴みかかりそうな勢いで、電話口に向かって怒りをあらわにする。けれどもウィンリィは全く動じない。それどころか、面倒くさそうに軽くいなして怒鳴り返す。 『あーもー、煩い。あんたの話なんてもうどうでもいいから、早くアルに代わりなさいよ!』 幼馴染の迫力に気圧されて、エドワードはしぶしぶ受話器をアルフォンスのほうに向けた。
「もしもし、ウィンリィ?」 『うん、早速だけどあんたこの馬鹿のこと、どう思ってるの?』 「嘘つきでデリカシーがなくて乱暴で目付きも性格も悪い嫌な人。」 アルフォンスは真面目な顔をしてさらりと言ってのけた。その発言を聞いて二人は固まる。普段からエドワードの過剰な愛情表現をウザいと言っていたアルフォンスだが、それでもここまで酷評したことはさすがになかった。 『・・・エド、あんたこの子に何したの?』 ウィンリィの声は完全に引きつっていた。そこまで言われるなんて、相当酷いことをしたんだろうと悪い方ばかりに想像力が働く。何か間違いでも犯したんじゃ・・・。普段からの兄の変態性をほぼ犯罪だと思っているウィンリィには、その可能性を否定できない。 「何もしてねぇよ!なのにこいつ、俺の言うこと全然信用しねぇんだぜ?ひどいと思わないか?」 エドワードの弁明に、アルフォンスはさっと顔色を変えた。 「あぁ!また嘘吐いた!ウィンリィ聞いてよ!この人いきなり僕にキスしたんだよ!信じられる?」 『うわぁ、ソレ最悪。この際もうエドのことなんて、キレーさっぱり忘れたら?』
悲痛なまでのアルフォンスの声に、ウィンリィは完全にエドワードを敵視した。そこまで酷い奴だとは思わなかったと、あからさまな非難までし始める。このままキレーさっぱり忘れたままの方がアルフォンスは絶対幸せになれるという確信までもが、すでにウィンリィの中には生まれていた。
「おいっ、ウィンリィ!裏切るつもりか!?」 『何よ!元はと言えば、全部あんたが悪いんでしょ?自業自得よ!』 ズバッと核心を突くウィンリィの言葉に、エドワードは思わず詰まった。てっきり自分を助けてくれると思って幼馴染みに電話したのに、ますます窮地に追い込まれてしまった。ウィンリィには二人がいかに愛し合っていたのかの証人になってもらって、自分達が本当に恋人同士なんだってコトを証明して貰おうと思っていたのに。これじゃ、完全に逆効果じゃねぇか。
「・・・だって、仕方なかったんだよ!」 とうとう逆切れし始めた兄を横目に、アルフォンスは盛大な溜め息を吐いた。 「あーもう、いいから貸して!ウィンリィ、僕がこの人の弟だっていうのは本当?」 『えぇ、それは間違いないわ。背がちっちゃくて性格もガキだからそうは見えないかもしれないけど、エドはあんたの一歳違いの兄よ。』
小さいという言葉に、隣の兄は僅かに身体を震わせた。耐えるように、無言で拳を握り締めている。アルフォンスはそれを見て、あぁ身長のこと気にしてるんだな、と理解した。この様子だと相当なコンプレックスのようだから、今後身長の話題には触れないようにしようと心に留める。 「じゃあ、・・・えっと・・・僕達が・・・、その、仲良かったって本当?」 さすがにストレートには聞けなくて、随分遠回りな言い方をした。そのしどろもどろな口調で、ウィンリィはアルフォンスが本当に聞きたいコトに気付いたようだった。 『・・・そうね、物心ついた頃からずっと、あんたたちは仲良かったわよ。今となっては兄弟の枠を軽く超えてるけどね。』 「え、じゃあ・・・やっぱりそういうことなの?」
電話越しにもアルフォンスの声が震えているのが分かって、相当ショックだったんだなぁと同情した。それでも、このまま曖昧にしていてもしょうがないし、と彼女なりの優しさのつもりではっきりと述べる。 『そう。エドみたいなのにアルはスゴーく勿体無いけど。とにかく、あんたたちは恋人同士だったわよ。』 「ねぇ、ソレ本当?僕のことからかってない?信じられないって言うか、信じたくない!」
悲痛なまでのアルフォンスの叫びに、ウィンリィは複雑な思いがした。素直で聞き分けのいいはずのアルフォンスがそこまで拒絶するなんて、これまでの多少歪んだラブラブッぷりを見せ付けていた姿からは想像もできない。エドワードがやたら切羽詰っていた理由がようやく分かったような気がした。
『あらぁ、相当嫌われてんのね、エド。可哀想に・・・。』 今度はエドワードに対する同情を滲ませてそう言った。すると、僅かな沈黙を破って案外元気そうな声が返ってきた。もっとヘコんでいるかと思ったのに。 「っせーよ!こうなりゃ、何がなんでも思い出させてやる!」
何だか急にヤル気が出てきたらしいエドワードは、ブツブツ言いながら記憶を戻す方法について考え始めた。そういう、何事に対しても前向きなところが彼の長所ではあるが、それでも・・・。 いつも前向きに、というわけにもいかない。どうしても、薄暗い可能性というものが頭をよぎる。
『・・・・・・けど、もし』 「あ・・・?」
幼馴染みの珍しく沈んだ声に、エドワードは訝しげな声を出した。口に出すのを躊躇うような、そんな気配が伝わってくる。やがて意を決したような、硬い声が返ってきた。
『・・・もしも、このまま何も思い出さなかったら?その時は、どうするつもり?』
それは酷な質問だと思った。けれども、聞かないわけにはいかなかった。二人の将来に関わるかもしれない、大事な問題だから・・・。 エドワードはハッと息を呑んで、押し黙る。それは今まで、無意識のうちに避けていた問題だった。というよりは、考えたくもなかったことだった。 それでもやはり、避けては通れないものでもある。
深呼吸をして、自分を落ち着かせた。 アルがずっと俺のことを忘れたままだったら・・・? その時俺は、どうするんだ・・・?
アルが俺を好きじゃないとしても、アルを嫌いになんかなれない。俺は一生、アルフォンスを愛し続ける覚悟をしたから。 離れたいなんて言われても、離してやることなんか、もうできない。 だったら、俺は・・・。
「・・・・・・そうなりゃもう一回、俺に惚れさせてやるよ!」
エドワードは自信に満ちた声で、そう言い切った。 予想を裏切る、でも彼らしい返答に、ウィンリィは一瞬開いた口が塞がらなくなった。けれどすぐに、自然と笑みが零れてくる。その自信は一体どこから来るんだろう?別に根拠はない気がした。いつもは科学的にとか論理的にとか煩いくせに。
『・・・そう。じゃ、精々頑張りなさいよ。』 あぁ、とエドワードは短く返事をした。
受話器を置きながら、ウィンリィは何だか上手く収まるような予感がした。 あの二人には何か不思議な力があるのかもしれないと、彼女は信じている。どんなにつらい運命をも、変えてしまうような。 いつもはエドワードを自意識過剰だと思わずにいられないけれど、こんな時は頼もしく感じる。 さっきはあんなことを言ってしまったけれど、ウィンリィだってもちろんアルフォンスの記憶が戻ることを祈っている。 あの二人がどれだけお互いを想い合っているかを、最も理解しているのは彼女であるし、その二人の幸せを一番に願っているのもまた彼女なのだから。
「アル、何か飲むか?」 「・・・・・・いらない。」 エドワードの問いに、アルフォンスは力なく答えた。 ソファに沈み込んだままで、さっきのウィンリィの言葉によるショックからまだ立ち直れていないらしい。時々、恋人同士・・・などと絶望的な声で呟いている。
「じゃあ俺、もう寝るから。何かあったらすぐに呼べよ。」 コ−ヒーの香りを漂わせて、エドワードがキッチンから姿を現す。 「いや、やっぱり心配だし、一緒に寝た方が・・」 真面目な顔をして言ったにもかかわらず、恐ろしい顔で睨まれた。 「・・・心配すんなって、夜這いなんかしねぇから。」
降参とでも言いたげに、エドワードは両手を上げた。しかしそんな言葉よりも、その手に握られたカップの方へとアルフォンスは惹き付けられる。
「ねぇ、それって・・・」 「これが、どうかしたのか?」 アルフォンスが指差したそれを、エドワードは自分の目の前に掲げる。 「それ、あなたの?」 「そうだけど。・・・もしかしてこれの記憶もないのか?」 「うん、さっきキッチンで見つけた時、僕のと色違いだったからびっくりした。でも、見覚えないし・・・」
エドワードは何か言いかけて、すぐに口をつぐんだ。その顔が僅かに歪んだのを見て、アルフォンスは不安になる。 「・・・それ、何か特別なものだった?」 心配そうに揺れた声に、エドワードは弾かれたように顔を上げた。 「いや、大したものじゃない!・・・じゃ、おやすみ。」 上ずった声で早口に言う。それから慌てたように階段を上っていった。
エドワードが逃げるようにして立ち去った場所を見つめたまま、アルフォンスは思った。 あの人はとても、嘘を吐くのが下手だ。
バタンと部屋の扉を閉めて、口もつけずにカップを机の上へと置いた。ベッドに身を投げ出して、ふっと息を吐く。・・・酷く、泣きたいような気分だった。
「何だよアルの奴、・・・キレーさっぱり忘れやがって。」
声には僅かな怒気が含まれているのに、よく分からない感情をないまぜにした微笑が零れた。泣きたいんだか、いっそのこと笑いたいんだか自分でもさっぱりだ。
少し首をもたげて、エドワードは視線をカップの方へと向けた。脳裏には、あの日のアルフォンスの笑顔がまざまざと浮かんでくる。 それを自分は、昨日のことのように覚えているのに・・・。
「選んだのも、買ったのも・・・俺にくれたのも、・・・全部お前だろ?・・・それなのに、なんで忘れちまったんだよ?」 馬鹿アル、と悪態をついてぎゅっと目を閉じた。
世界が、真っ暗になる。 こわい、コワイ、怖い。寂しい・・・。 世界に忘れられる恐怖は、計り知れない。
自分にとっての世界は、アルフォンスそのものだ。けれど今、そんなアルフォンスの中に自分はいない。 世界の中に自分の存在がない、それは死にも等しいと、考えて想像して恐ろしくなった。
どうかこれが悪夢なら、一刻も早く覚めてくれ。
そう、信じていないはずの神に祈った。
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話が長く、シリアスになっていく。なんで・・・?冗談のつもりで書き始めたのに。
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