――― 彼と僕と金色の猫 ―――

 

 

 

庭に面した窓から、柔らかな光が差し込む。

思わずまどろみそうになるくらい、気持ちのいい午後。

リビングのソファに座って、僕は読書をしながら休日を楽しんでいた。

右隣には、僕の兄さん。

体を預けるように寄りかかっているけれど、体重をかけられていないから重くはない。

この人なりに甘えているんだ。

触れ合って体温を感じているとひどく安心するのだと、いつも幸せそうに言う。

 

どうしてこんなにも気持ちいいんだろうなぁと、俺は働かない頭で考える。

日差しのせいなのか、体温のせいなのか。

アルのせいだと言ってしまえば当たりなんだけど、それじゃあさすがに身も蓋もない。

どうしてこんなにもアルのこと好きなんだろうなぁ、俺は。

逆に、どうして俺のことが好きなんだろうなぁ、アルは。

俺のどこが好きなんだろう?

何度か聞いてみたけど、いつもはぐらかされてしまう。

アルはそういうことに関して、照れ屋だから。

 

兄さん、いつもこういう風に、大人しくしてくれたらいいのにな。

そうすれば僕だって、素直に甘やかせるのに。

 

アルのページを捲る指が止まってる。

お前も考え事か?

何、考えてんだ?

それが俺のことなら、スゲー嬉しいのに。

 

 

「・・・なぁアル、お前にとって俺は何だ?」

「はぁ?いきなり何言ってんの、あなたは僕の兄さんでしょ。」

 

いきなりの質問に、僕は少し呆れたような声で返す。

ずっと黙っているかと思えば、いきなりコレだ。兄さんには脈絡ってモノが本当にない。

まぁ慣れているから、大して気にもならないけれど。

 

「そうじゃなくて、お前にとって俺はどういう存在なのかってことが聞きてぇんだよ。」

「・・・うーん。そんなの今まで考えたこともなかったし、急に言われても・・・」

 

顔を上げて虚空を見つめるアルフォンス。

考え事をする時に、ちょっと首を傾げるのはこいつの癖だ。

背が伸びて逞しくなった今でも、その仕草は可愛らしい。

 

「じゃあ例えば、モノで表現するなら何だ?」

「あぁ、よく例えられるのは空気とか水とか?そういう無くては生きていけないものとかだよね。」

 

恋愛がらみの小説や映画の中のセリフを思い出す。

兄さんは興味ないみたいだけど、僕は時々そういうのも楽しむようになった。

 

「そうだな。・・・じゃあ俺は、お前にとって無くては生きていけないものか?」

「もう、そんな恥ずかしいこと、真顔で聞くなよ!」

 

顔を紅くしてそっぽを向いたアルフォンスに、俺は顔をしかめる。

本当にこいつは、何だかよく分からない。

ロマンチストっぽいところがあるにも関わらず、実際そういう雰囲気になってみるとかなり冷めてるし。

人が真剣に好きだとか言ってる時でさえ、まともに取り合ってくれないし。

まぁ、照れているだけなんだって分かっているから、そんなに気にしないけど。

 

「別に恥ずかしくない。なぁ、アル・・・どうなんだよ?」

 

そんな顔して僕を見るの、ホントに止めて欲しい。心臓に悪いから。

こっそりと深呼吸を一つ。

あぁ、いつものように冷静になれ、自分。

 

「・・・そりゃ、兄さんがいてくれなきゃイヤだけど・・・」

「・・・けど?」

 

正直、ちょっとがっかりする。

弟よ、俺がお前の側にいることは、イヤだとかイヤじゃないとかそういう好き嫌いの問題なのか?

兄ちゃん、いてくれなきゃ困るとか生きていけないとかそういう、俺って必要不可欠な存在なんだって感じがする答えがよかったな・・・。

しかもそれが、天然なのかわざとなのか分からないようにしているお前は、ホントにタチが悪い。

少しの間考えてから、アルフォンスが口を開く。

 

「兄さんは空気とか水とかって感じじゃないなぁ。・・・兄さんは空気なんかより重たいし、存在感キツすぎるし。水みたいに潤いを与えてくれる訳でもないし、むしろ生気とか吸い取られて逆に渇くし。」

 

言いながら、これまでの兄さんの所業が頭をよぎる。

数え上げればきりが無い、愛情表現という名のセクハラの数々。

それが家の中なら、まだいい。誰も見てないし。

でも職場だと、本当に困る。困るから、司令部の中ではなるべく出会わないようにと努めているのに。

逃げれば逃げるほど、追いかけてくるんだこの人は。

違う部署で働いているはずなのに、いつもあっさりと捕まってしまう。

そういう時ばかり有能で、本当に困る。

その独特な存在感に絡め獲られて、呼吸も奪われて。

満たされているのにもっと欲しいと思わせるような、渇きに似た衝動を教え込んで。

絶えることなく、ぼくの中に刻み込んでゆくんだ。

・・・あなたという、存在を。

 

「・・・・・・なに、その言い方じゃまるでヤな奴みたいじゃねぇか。俺ってお前にマジで愛されてんの?」

 

急に不安になってきた。アルから見ると、俺って自分勝手な人間なのか・・・?

ピンッと、この間の出来事が頭をよぎる。

アルの奴、まだあのことで怒ってんのかな。

確かに、軍の廊下で一方的にキスなんかしたのは悪かったと思ってる。

でもアルにキスしたいなぁって思ったら、勝手に体が動いたんだよ。不可抗力だったんだ。

それにお前、キスした後で思いっきり俺のこと殴っただろ?スゲー痛かったんだからな!それでおあいこってコトでいいじゃねぇかよ。

そういえば生気吸い取られるとか言ってたけど、何だよそれ。訳わかんねぇ。

俺は、お前の愛を貰う代わりに、それ以上の愛をお前に注ぎ込んでんだよ。

何でそれを分かってくれてねぇんだ?兄ちゃんは悲しいぞ。

 

「・・・・・・・・・・・・。」

 

僕って兄さんのこと、愛してんのかな?

あんなセクハラ兄貴のどこがいいんだろう?

あれ、何か分かんなくなってきたな、どうしよ・・・。

 

「っコラ!黙るなって、頼むから笑顔で肯定してくれっ!」

 

アルが遠い目をしている。

本気で勘弁してくれ、頼むから。これ以上傷が深くなると、立ち直れなくなる。

 

 

「・・・そういう兄さんはどうなの?」

「えっ、俺か?」

「うん、兄さんにとって、僕は何なの?」

 

そうだ、言い出したのは兄さんなんだから、僕ばっかり聞かれるのは不公平だ。

でも、やっぱり聞くの怖いかも。凄いこと言われそうで。

 

そういえば、自分の答えは考えてなかったな。

俺にとって、アルは・・・。

かけがえのない存在。なくては生きていけないもの。

けど俺の場合にも、空気とか水とかは相応しくない気がする。

もっと直接的で俺の内側にある、生命の根源に近いようなもの・・・・・・。

僅か緊張した身体が、浅く息を吸った。

 

「・・・俺にとって、アルは」

「・・・僕は、何?」

「・・・アルは、俺の心臓。」

 

その言葉がひどく重たく、僕の心に落ち込んだ。

重たいけれど、不快じゃない。

・・・でも。

 

「その理由は・・・?」

「アルは、俺が生きていく上で一番重要なものだから。お前がいなくなったりしたら、俺は絶対死ぬ。俺の生死を握ってんの、アルだから。」

「・・・僕は兄さんの、命ってコト?」

 

アルが俺の目を見て、尋ねてくる。

そうだ、俺にとってアルは命そのものだ。

アルのためなら、神にだろうが悪魔にだろうが何だって差し出せる。

 

「まぁ、平たく言えばそういうことだ!」

「・・・そう。」

「どうだ、嬉しいだろ?俺はお前がいなきゃ生きていけないって言ってんだぜ?究極の愛情表現だと思わないか?俺にこんなに愛されて、アルも幸せだろ?」

「・・・・・・・・・。」

 

兄さんが得意げに笑っている。幸せそうで何よりだ。

・・・自分の命より僕の方が大事だなんて言われて、まぁ、嬉しくないわけじゃない。

でも、何と言うか。

素直に喜べない部分はある訳で・・・。

そういう所、兄さんはちっとも分かってない。

 

「・・・ん、アル?」

 

特に反応を示さないアルフォンスの顔を覗き込んだ。

やけに無表情だ。ちょっと怖いくらい。

えぇ、何で・・・?

 

「・・・・・・兄さんの愛、重いよ。イヤだ、勘弁して。」

「・・・・・・?!」

「・・・・・・。」

 

予想通り、兄さんは固まった。

けど案外、立ち直るのも早かった。

 

「はぁ!?フツーここは感激して泣くところだろ!?」

 

あぁ兄さん、逆切れなんかして・・・。せっかくの綺麗な顔が台無しだよ?

って言うか、何でそこで僕が泣くっていうシナリオが出来上がってる訳?

兄さんのフツーは世界のフツーとはかけ離れてるんだってこと、いい加減気付きなよ・・・。

焦る兄さんに向かって、僕は極上の笑みを浮べた。

どうしよう、この人をからかうのって本当に楽しい。

 

「うん、兄さんの自立性の無さには泣けてくるよ。もういい大人なんだから、一人でもちゃんと生活できるようになって。僕にそんなに依存されても困る。兄さん、あんまり重いと逃げられるよ?」

 

嘘だ、うそだ。本気じゃないよな、アルフォンス?

お前の笑顔、スゲー怖いんだけど。

 

「お前、俺の世話焼くの好きだって言ってたじゃねぇか!」

「いや、好きとまでは言ってない。」

「絶対言った!俺の天才的な記憶力を舐めんなよ!」

 

あぁ、兄さん。今、ショックのあまりに記憶を捏造したね。

あなたみたいに手がかかる人の世話なんか、喜んでできる訳ないだろ?

毎度毎度、気苦労の連続だよ。

 

「確かに兄さんの世話を焼くのはイヤじゃないけど、僕がいなくなったからって死なれるのも困る。」

「・・・これくらい重く深く束縛しとけば、絶対大丈夫だって思ってたのに・・・」

 

アルは押しに弱いからって言ったくせに、何だよウィンリィの奴。

逆効果になっちまったじゃねえか、責任取れ!

 

兄さん、大丈夫ってナニが?

もう、誰に吹き込まれたんだろうね、そんなこと。

ウィンリィあたりかな?

今度会ったら、あんまり兄さんをからかわないでって言っておこう。

結局、その被害を被るのはいつも僕なんだから。

 

「・・・・・・相変わらず勝手な思考回路してるんだね。僕を束縛したがるわりに、自分はすぐどっか行っちゃうくせに・・・。・・・・・・あ、分かった。」

「・・・ん?」

「兄さんは僕にとっての猫だ。うん、ぴったり。」

 

ようやく答えを見つけて、アルフォンスが無邪気に笑う。

・・・・・・・・・猫、か。

確かにアルにとって、大事なものには違いねぇけど・・・。

 

「・・・その理由は?」

「構ってあげないと不機嫌になるくせに、すぐどっか行っちゃって僕に心配ばかりかける。でも最後には僕のところに帰ってきて、また勝手に甘えてくるんだ。ほらね、自分勝手で世話がかかるし、けど意外と寂しがり屋で甘えん坊で・・・あぁ、目付きが悪いところもそっくりだ。」

 

自分の出した答えに満足する。これ以上ぴったりなものはきっとない。

 

理由を聞く限り、褒められてる気はしない。むしろ、文句を言われているような気さえする。

でも、俺が猫っていうコトは、つまり・・・。

つまり、そういうことなんだろ?

 

「・・・お前、猫のこと好きだよな?」

「うん。」

 

神妙な面持ちで尋ねてくるので、可愛らしい笑顔で答えた。

猫は、とても好きだ。一緒にいるだけで、幸せになれる。

 

「問答無用で拾いたくなるくらい、大好きだよな?」

「うん。」

「・・・じゃあ、その猫にそっくりな俺のことも、大好きだってコトだよな?」

 

身を乗り出して、必死の思いで尋ねたら、恐ろしい答えが返ってきた。

 

「兄さんが可愛かったらね。ほら、猫はみんな可愛いじゃない?」

 

にこりと、恐ろしく可愛らしい笑み付きで。

俺の周りだけ、空気が冷たくなったような気がした。

 

「・・・俺は、可愛くないのか?」

「何言ってんの?兄さんが可愛かったら、気持ち悪いだろ。」

「・・・そうか。」

 

笑顔で一蹴された。

駄目だ、俺はもう・・・立ち直れない。

 

しゅんとうなだれた兄さんを見て、そろそろ甘やかしたくなってしまう。

結局はこうやって、何もかも許してしまうんだ。どんな兄さんをも、受け入れて。

強がっているこの人が、本当は寂しがりやで意外と脆いってことは、僕だけが知っているから。

 

「・・・そんなに落ち込まないでよ、冗談だから。兄さんも可愛いよ。」

「はぁ?」

「そうやって僕の気を引こうと必死なところとか、僕のことだけ見ていてくれるところとか、僕の態度に一喜一憂してるところとか。・・・そういうの、全部とっても可愛いよ。」

「・・・本当か!?」

「うん、本当。だからね、いつもついつい世話を焼いちゃうんだ。」

 

優しく言われて、顔が赤くなったのが自分でも分かった。

いつもはそんな態度をとると鬱陶しがるくせに、心の中ではそんな風に思っててくれたなんて・・・。

兄ちゃんは、感動して泣きそうだ。

 

 

「・・・もし、俺が道端に捨てられてたら拾ってくれるのか?」

 

兄さんの言葉に、僕の笑顔が固まった。

質問の意味が理解できない。

・・・それはつまり、兄さんが猫だったらってコト?

ちらりと目の前の人を見る。

目が本気だ。

これ以上からかってたら、えらいことになりかねない。

とりあえず笑顔は崩さずに、口を開いた。

 

「うん、そうだね。家まで抱っこして連れて帰って、優しく撫でながら体をきれいにしてあげる。それから、おいしい牛乳を好きなだけ飲ませてあげる。」

「最後のはいらねぇよ!」

 

兄さんが叫んだ。

至れり尽くせりのコースなのに、勿体無い。

猫になったら、牛乳だっておいしく感じるかもしれないのにね。

 

「そう?じゃあ何か別のもので。お腹一杯になったら、一緒に遊ぼうね。庭から猫じゃらしも取ってきてあげるし、毛糸のボールとかも沢山あるよ。」

 

楽しそうにアルフォンスが笑う。

そうだな、お前と遊ぶのはきっと楽しいだろうな。

でもな、アル。

俺は、それよりももっと楽しいことがしたいんだ・・・。

 

「・・・それもいいけど、俺、アルと一緒に昼寝したい。ほらお前、猫は一緒に寝てると温かくて気持ちいいとか言ってただろ?」

「そうだね。・・・でも、兄さんの場合には遠慮しとく。」

「何でだよ?」

「じゃれ合ってるうちに止まらなくなって、昼寝どころじゃなくなるから。」

 

言いながら、いつの間にか服の中に潜り込んでいた左手をつまみ出す。

本当にこの人は、懲りてないと言うか。

さっきまで落ち込んでたのが、嘘みたい。

 

「さすがアル!兄ちゃんのこと、ちゃんと理解してくれてて嬉しいぞ。」

 

全然反省してない顔で、兄さんが頬にキスをした。

 

「あぁ、もう!昼間っから止めてよ。はいはい、兄さんに構ってあげる時間はもうおしまい。買い物とか行かなきゃいけないんだからね、僕だって忙しいの。」

 

アルが立ち上がろうとして、俺の身体を押し返す。

でも、離してなんかやらない。

いや、もう・・・離せなくなってる。

 

 

「・・・なぁ、アル。」

「・・・なぁに、兄さん?」

 

ぎゅっと腕の中に抱き込んだら、アルは観念したのか大人しくなった。

柔らかさとか温かさとか、ようやく取り戻したものを堪能する。

陽だまりの中にいる時のような、心地良さが沁みてくる。

 

「俺さ、お前に拾ってもらえるんなら猫でもいいかって思ったけど、やっぱりお前の兄貴のままでいいや。」

「どうして?」

「だって人間同士じゃなきゃ、こんな風に愛し合えないだろ?」

 

 

・・・ぁっと思った時には、もう唇が塞がれていて。

相変わらずな、ひどく乱暴にも思えるキス。

あっという間に、貪り尽くされるような感覚に支配される。

それと同時に、何か大きくて温かいものに心が充たされていくのも事実で・・・。

 

 

「アルのこと、世界で一番愛してる。」

「・・・うん。」

「だからずっと此処にいろ。何処にも行くな。お前がいなくなったら、俺は生きていけなくなるんだからな、・・・ちゃんと覚えとけよ!」

 

さっき重いだの何だの言われたけど、これが俺の愛し方なんだから仕方ねぇだろ。

こんな俺に捕まった、お前が悪いんだよ、アル。

お前が俺を拾い上げて、甘やかしたりするから。

俺はお前から、離れられない。

 

「兄さんこそあんまり心配かけさせないでよ。どこでも好きなだけ行っていいけど、最後にはちゃんと僕のところに帰ってきて。・・・もし自力で帰ってこられないのなら、拾いに行ってあげるから、無茶しないで。」

 

そうだ、結局となりを空けて待っているのは、この人のことが好きだから。

一人で何もかも背負い込んで、一人で突っ走ってしまうところに、いつも寂しさを感じるけれど。

それでも、信じてる。

兄さんだけは、僕を一人にしたりしない。

きっと僕のとなりへ、帰ってきてくれるって。

 

返事の変わりに、もう一度キスをした。

 

何があったって、帰ってくるに決まってる。

お前という陽だまり以上に心地いい場所なんて、あるはずがない。

 

 

 

 

 **********

 

 一人称が読みにくくてスイマセン。でも、こういうのもおもしろいかなぁと思って。

 猫については勝手な私のイメージです。普段はあんまり猫と触れ合わないんで、実態がよく分からないのです。

 内容がよくわかんないですけど、私にもよくわかってないんで、雰囲気で何かを感じてください。

 まぁ、通学途中に思いついて、勢いだけで書いちゃいましたから。

 

 

 

 

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