[PR] ホワイトニング
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禁忌の意味なら、十分すぎるほど分かっている。 ・・・解かっているから。
こういう愛のカタチを、選んだ。
それも愛のカタチだと、信じて。
――― 溺れてく。 1 ―――
月日は確実に流れていく。
何かを得て何かを置き去りにし、その中で変わらないものを見つけたりしながら。 それでも淀むことなく、けして逆らえはしないものとして。
軍司令部のある一室。 その部屋の中では、黒髪の将軍がペンを走らす音だけが静かに響いていた。
いつも側に控えている優秀な副官の姿は、今日は非番のためにない。 常ならばサボリの虫が疼き出すところだが、今のところ大人しくしている。というのも昨日、上司には滅法厳しい彼女が置いていった机の上の書類を、一刻も早く処理してしまいたかったからだ。もし終わらないなんて事があれば、明日彼女はどんな顔をするだろう。 ・・・想像するだけで、恐ろしい。 小さく身震いをして、さっさと目の前の仕事に戻った。 中将という地位に登りつめた今でも、あの優秀な副官にだけは頭が上がらない。それは今も昔も相変わらずで、恐らくこの先もずっとそうなのだろう。少し情けないような気もするが、それはそれで悪くない。
やがて部屋の主は休憩でもするか、と椅子から立ち上がった。 硬くなった身体をほぐして、その動作にあぁ身体が随分なまっているなと苦笑した。 勲章の数を増やし、上へと上り詰めるに従って、部下へと指示を出すデスクワークの方が多くなった。若かった頃のように現場へと直接赴くことも、優秀な部下を持ったおかげで今では数えるほどしかない。 ふと、壁際に置かれた鏡に映る自分の顔を見て、それなりに歳をとったものだなと思う。自慢の黒髪と相変わらずの童顔のせいで、若く見られることは多いけれども。
コンコンと、優雅なノック音が部屋に響いた。 それだけで、訪問者が誰なのかを知る。扉の向こうで待っているであろう自分の部下の姿を思い浮かべて、ゆるく口の端を上げた。そんなことが分かるようになるくらい、彼との付き合いは長くなった。 席に戻りながら、相手に合わせてこちらも優雅に返事をする。
「失礼します、マスタング中将。」
予想通りの流れるような美しい動作で、一人の青年が室内に入ってきた。 お辞儀と共に、短く切り揃えられた金髪がさらりと揺れる。その所作はいつ見ても礼儀正しく丁寧で、身だしなみも完璧だ。 こちらへと歩み寄る彼の姿を見つめていたら、多くの面で正反対な彼の兄の姿が頭を過ぎった。兄弟のくせに、どうしてこういう部分には雲泥の差があるのだろうか。中将はそんなことをぼんやりと思う。
青年は机を挟んで自分の上司と向かい合い、ひとつ笑みを零した。それは言わば彼の癖のようなもので、誰に対する時も変わらない。そうやって、彼は相手を自分の方へと引き込んでいるのだ。それが自然に身についたものなのか、それとも故意なのかは中将にも未だ判断がつかない。
口元に微笑を湛えたまま、青年は脇に抱えていたものを丁寧な所作で差し出した。 「これが、先日頼まれていた資料です。」 長く綺麗な指からその紙の束を受け取って、一通り内容を確認すれば、今回のも相変わらず良く出来ている。満足げな笑みを浮べて、中将は自分の優秀な部下を見た。 「さすがだな、アルフォンス。君に頼んで正解だった。」 「これ、結構苦労したんですよ。あなたは本当に人使いが荒いんですから。」 うんざりしたような声で言うわりに、アルフォンスのその目は何かを期待するかのようにキラキラしていた。細身ながら随分と男らしくなった今でも、そんな子供っぽい仕草が不思議と似合う。彼が自分と同じように童顔なせいかもしれない。もっとも、同じ童顔といっても方向性は全く違うのだが。とにかく彼は中性的な印象が強くて、周囲の目には可愛らしく映る。それを本人が実は気にしているのだということは、恐らく中将しか知らないことだ。
「わかった、分かった。今度何か奢ってやろう。」 苦笑を零しながら言うと、アルフォンスはにこりと破顔した。途端に、よりいっそう可愛らしさが増していく。
「忘れないで下さいね?僕、美味しいお酒がいいです。」 「またか・・・。君と飲んでいると、いつも飲みすぎてしまうからなぁ・・・。」 明日の仕事に響いて困る、私も歳をとったものだと、また苦笑混じりに。そんなやりとりが、二人の間で何とも穏やかに行われる。
時々こういう風に、急ぎだったり極秘だったりの仕事を頼むことがある。 アルフォンスが中将の部下になったばかりの頃はそうでもなかったのだが、二人が気安い関係になるうちに、仕事が終われば願いをひとつ叶えるということがいつの間にか約束となっていた。それは上司と部下という関係性から言えば妙な話なのだが、中将のアルフォンスへの感謝の印であったし、アルフォンスがいつも願うのは奢って欲しいということだったため、そこには親睦の意味も込められている。
「君は今、二十六歳だったな。」 「えぇ。」 さっきまで自分の歳の事を考えていたせいか、ふとそんな言葉が口をついて出た。彼の歳の頃に自分は何をしていただろうと、そんなことが頭を巡る。 比較してみると、彼のほうが勤勉であるのは認めざるをえない。なにしろ、二十六歳で大佐の地位にいるというのは驚異的なことだ。 部下からの信頼は厚く上官からの評判もいい。錬金術や戦闘の腕も確かで、その上性格もルックスも申し分ない。 「仕事ばかりに精を出さず、もっと色々遊んだ方がいいと思うがね。若いのは今のうちだけだ。あっという間に歳をとってしまうぞ。」 からかって何気なく言ったつもりだったのだが、意外にもアルフォンスは困ったように曖昧に笑った。やがて僅かに目を伏せる。それから、なにか躊躇うようにして口を開いた。
「・・・僕は、早く歳をとりたいと思いますよ。若さのいいところは体力面だけで、精神的には未熟すぎて嫌になりますから。」 普段に比べて幾分歯切れの悪いその言葉には、何か苦いものが含まれているような気がした。どうやら謙遜とは違うらしい。少し探るような気持ちで言葉を返す。 「君は歳のわりに、かなり落ち着いていると思うがね。」 アルフォンスは眼を伏せたまま静かに頭を振って、それを否定する。しばしの沈黙の後で瞼を開いたが、その眼はどこか違うところを見ていた。言葉を捜すようにして、喋り始める。 「僕はいつまでたっても・・・」 ゴンゴンと、アルフォンスの言葉を遮った荒いノック音。再び実内に僅かな沈黙が訪れる。 全く間の悪い男だ、と溜め息が零れそうになった。ノック音だけで、こちらも誰なのか分かってしまう。残念なことに、彼との付き合いのほうが若干長いのだし。 「あれ、アルもいたんだ?」 ぶしつけにドアを開けて、もう一人の金髪の青年は返事も待たずに入ってきた。 しかも真っ先に口にしたのが自分の弟への言葉で、部屋の主である自分の上司には挨拶さえない。軽く無視されているような気さえしてくる。 そんな彼の礼儀知らずの態度は、何度注意しても一向に直らないし、本人にも大人しく直す気はなさそうだった。軍服の上着も羽織っただけといった風で、身だしなみの方もいつ見たって適当だった。それが中将の抱える部下の一人、エドワードだ。時と場合と彼の気分によって有能にも問題の種にもなるという、司令部の中でも一、二を争う扱い辛い人物である。 「ほら、コレ頼まれてたやつ。」 エドワードは、ばさりと紙の束を投げるように寄越す。 中将の口元からはあぁ、と深い溜め息が零れた。表紙を見るだけでも、相当汚い。恐る恐る中身もぺらぺらと捲ってみたが、やっぱり汚すぎて読めそうになかった。 彼に何か頼むと、いつもこうだった。ミミズがのたくったかのようなその独特の文字は、まるで暗号かと疑いたくなるほどで、本当に解読するのに手間がかかる。 ともあれ、中身についてはちゃんとしているのだし、そこには軽い嫌がらせも含まれているため、読めないところがあったとしても決して本人に尋ねるような無様な真似はしない。 ただ、どうしても分からないところはこっそりアルフォンスに読んでもらっている。さすがに付き合いの長い弟は、兄の筆跡はもちろん思考回路やらを理解していて、すらすらと暗号もどきを解説してくれる。 というように、そんな妙なやりとりを、この三人は幾度となく繰り返しているのであった。 「アル、ちょうど良かった。今からお前の部屋に行こうと思ってたんだ。」 中将に資料を提出して目的を果たした彼の興味は、すでに自分の弟へと移っていた。 自分の左隣に立つアルフォンスに向かって、機嫌良さそうに話しかけている。今日あったことやら、他愛ないことをつらつらと。目の前にいる上司のことは、もはや眼中にないようだった。 「・・って、アル!聞いてんのか?」 さっきから返事もしてくれないし、自分の方さえ見てくれない弟の様子に業を煮やしたエドワードが、少しだけ声を荒げた。 するとアルフォンスは視線だけを兄へと寄越す。その瞳が冷え冷えとした光を纏っているのに気付いて、エドワードは微かにうろたえた。 「エルリック少佐、ちょっとは口を慎んだら?誰に向かって話していると思ってるの?」 エドワードは弟からの冷たい声に一瞬驚いて、それから苦々しそうに顔を歪める。 「・・・・・・スイマセン、エルリック大佐。」 感情のこもらない謝罪を述べてから、叱られた犬のようにしゅんとなった。不機嫌そうに俯いて、コレだから軍部はめんどくせぇなどとボヤいている。 正式に軍人になった時から、エドワードは少佐の地位を与えられていた。 それは彼がこれからも国家錬金術師であることを望み、そして彼の実力が既に認められていたためだ。それから十年、功績を挙げるたびに昇進の話が持ち上がったが、本人が興味ないと言って断り続けたために、今ではすっかり諦められているらしい。勿体無いと惜しむ声もあるが、普段の素行の悪さを考慮に入れれば今の位置くらいがちょうどいいだろうということで落ち着いている。 そんな兄とは対照的に、弟は士官学校を卒業してから軍部に入った。 それは、兄が頑なに拒んだせいで国家錬金術師の資格を取れなかったためだ。それでも持ち前の優秀さであっという間に兄に追いつき、今では追い越してしまってさえいる。 なんともややこしいことに、普段の生活では偉そうな兄とそれに従う弟という二人の位置関係が、仕事上では逆転しているのであった。 そんなことだから、エドワードは軍部の中で弟に気安く話しかけるたびに、規律を重んじるアルフォンスに叱られているのだった。けれどそれでもなお、彼の素行は一向に改善さる様子はない。 目の前で繰り広げられる一種の兄弟漫才を目にして、中将はいつになってもこの兄弟は変わらないな、と軽い羨望にも似た感情を覚える。 それと同時に、こんな光景を見たら、噂の中の彼らを尊敬している下官たちはどう思うだろう。数々の功績を挙げ、戦闘にも錬金術においても優れたあの有名な兄弟の実態が、実のところは弟に頭の上がらない兄とそんな兄をなんだかんだ言って甘やかしている弟に過ぎないだなんて。随分と滑稽な話だ。 そんなことを考えている内に、ちょっとした悪戯心が芽生えた。クスリと一つ、笑みを零す。 「そうだ、アルフォンス。良いことを思い付いたぞ。」 「何ですか?」 軽く首を傾げて、アルフォンスがこちらを見た。その仕草も彼の癖の一種で、傍目にはやっぱり何とも可愛らしく映る。 「さっきの話だ。奢る代わりに、こいつを君の直属の部下として進呈しよう。」 笑みを浮べて、目の前のエドワードを指差す。当の本人はというと、話が見えずにきょとんとしている。アルフォンスは無表情のままそれを一瞥し、ふいと顔を背けた。それから、やけにきっぱりとした口調で答えを返す。 「そんな、手のかかるトラブルメーカーは要りません。余計な仕事が増えちゃうじゃないですか。」 「しかし、術師としては有能だぞ?」 「結構です。僕の部下にも、優秀なのがいますから。命令違反もしないし、真面目にやってくれるし、それで十分足りていますよ。」 アルフォンスの拒絶に近いような返答を聞いて、中将は内心おや、と思う。からかうつもりで言ったのは確かだが、半分くらいは本気だったのだ。 現在は二人とも中将の直属の部下、ということになっている。それぞれに部下を抱えているため、兄弟揃って同じ仕事をするということは実は殆どない。部屋も別々だし、同じ建物の中にいながら顔を合わせないという日もある。 しかしひとたび同じ任務に就いたとなると、二人の息はぴったりで、効率もよろしくミスもない。 色々と問題点の多いエドワードだが、弟の言うことには素直に従う。だったらいっそのこと、エドワードのことはアルフォンスに任せてみてはどうだろうかと、中将は常々思っていたのだが。そしてもしそうなった時に、アルフォンスは嫌がらないだろうと。何たって彼の面倒見のよさは折り紙つきなのだから。 どうやら自分の悪口を言われているらしいと気付いて、エドワードがむくれる。 「何だよ、アルっ!それじゃ・・」 「アル、じゃなくて大佐、でしょ?言葉遣いだけじゃなくて、その偉そうな態度もなんとかしてよね。」 あなたが騒動を起こす度に、僕のところに苦情が来るんだから。と、あまり背丈の変わらない兄を睨んだ。返す言葉のないエドワードは、さっと目線を逸らす。 エドワードは軍部でも有名な要注意人物なのだ。よく仕事をサボってはいなくなり、気に入らない仕事はやりたがらない。単独行動の方が性に合っているせいか、作戦中には自分勝手な行動を取るし、おまけに普段の態度もよろしくない。そのため、エドワードの部下がアルフォンスに助けを求めに来ることもしばしばある。なんせ、エドワードの暴走を食い止めることができるのは、アルフォンスだけなので。 「・・・なんだよ、いつもはそんなこと言わねぇくせに。」 エドワードは顔をそむけたまま、負け惜しみのようにぼそりと零す。 「だって一応上司の前だし。自主的には直らないみたいだから、ここら辺で一つ、上官への礼儀ってもんをきっちり教え込まなきゃねって思ったの。」 アルフォンスがにこりと微笑む。 はたから見れば天使の笑みだが、それはそんなに可愛らしいものなんかじゃない。大抵、よからぬコトを考えている時の表情だ。 こりゃ面倒なことになりそうだな、と弟を最も良く理解する兄は呻く。 「悔しかったら追い越してみなよ。まぁ、無理だろうけど。」 無邪気な顔で、さもおかしそうに笑われた。けれどそれは恐らく事実なのだから、別に腹は立たない。 エドワードには元々、出世欲などないのだし、最近では弟の下で働くのも悪くないなと思い始めている。弟に信頼され大事に想われている彼の部下を見ていると、少し羨ましいと思うくらいに。 ふと微かな声に気付いて横目で見たら、上司が忍び笑いをしていたのでそれにはムカついた。なので、いつも以上に目付きを険しくして睨み返す。一言言ってやりたいところだが、残念なことにこの上司に口で勝ったためしは一度もない。 「では、そろそろ失礼します。」 「あぁ、忙しいのにすまなかったな。」 「いいえ、大事なあなたからの頼みですからね。これからもご遠慮なくどうぞ。」 アルフォンスは優雅に礼をして、踵を返す。 その後ろ姿は随分と頼もしくなった。軍に入りたての頃はあんなに不安そうにしていたのに、あっという間に出世して、今では先に入っていたはずの兄を追い越してしまった。 それほどに、あらゆる面において彼は優秀だった。周りの連中は彼が手柄を立てるたびにその完璧さを賞賛するが、中将は時々不安になる。いや、完璧すぎて怖いのだ。アルフォンスがどこかで無理をしているのではないか、と・・・。 「・・・おい、アル!今日の晩飯なに?」 兄の問いかける声に振り返りはしたものの、アルフォンスは無言のまま出て行った。 あっさりと扉が閉まる。 どうやら敬語で話し掛けない場合は無視されるらしい。面倒くさいなぁとエドワードは頭をかいた。また上司が笑っている。 「何だよ。」 不機嫌そうな声に怯むことなどなく、中将は笑みを浮べたまま。 「イヤ、あの時のことを思い出してしまってね。」 「・・・どのことだよ?」 「彼にも上官の頭をはたいたという、素晴らしい前科があったなぁと。」 「・・・あぁ、そのことか。確かにアイツも俺のこと言えないよな。」 ふっと鋼の錬金術師が懐かしむように笑みを零した。いつも厳しい表情を崩さない彼がそんな顔をするのは、ごく限られた人間の前でだけだ。 「君のとアルフォンスのを一緒にするなよ。アレは完全に上官の方が悪かったのだからな。」 「・・・俺は別に悪いことしてねぇし。」 件の上官、もといエドワードは悪びれもせずにそっぽを向いた。それはもう随分と前の、アルフォンスがまだ中尉だった頃の話だ。中将はゆっくりと記憶を辿る。 「作戦会議に出席しても話をまるで聞いていない。だから現場では勝手な行動をとって作戦を台無しにする。そもそも作戦を聞く気がないのなら、嫌でも聞く気にさせるにはどうしたらいいかと考えて、会議にアルフォンスを参加させてみれば、ブラコンの兄は、弟が説明した部分だけをきっちり理解していた、と。」 この作戦の中核となるのが錬金術の発動と部隊との連携だったため、術師以外にも分かるような丁寧な説明が必要だった。よって、術式の発案者でもあるアルフォンスがその部分の説明を請け負うことになったのだった。 その部分を担当するのがエドワードなのだから、アルフォンスの話をきちんと理解してくれたのはありがたかった。しかし、その前後関係については、全くもって把握していなかったのだ。 その事実が発覚したのは会議が終了した直後、心配したアルフォンスがエドワードの元へと駈け寄って確認した時だった。 ちゃんと聞いてたの、と尋ねる弟に、兄は自信ありげに内容を要約して聞かせた。しまいには、アレお前が考えたんだろ?やっぱり俺の弟はスゲーな、と嬉しそうに。 ここまでは良かった。だがしかし。 これなら大丈夫かと安心して、けれど一応確認しておこうと、全体的な流れに話を向けた途端に事態は急変した。質問の後で僅かな間があって、返って来た言葉はさぁ?の一言。しかも無邪気に言うもんだから、余計にタチが悪いったらない。 アルフォンスは呆然とした表情で、しばしエドワードを見つめた。辺りには二人の成り行きを見守る多くの視線と、緊張感を伴う沈黙。 やがてアルフォンスは無言で兄の頭をはたき、会議室から出て行った。 エドワードも無言で頭を抱える。わりと痛かったらしい。 取り残された者達の中で、アルフォンスの上官に対する無礼を咎めるものは一人もなかった。みな口には出さないものの、自業自得だとして同情の余地もなく、内心ガッツポーズをしたものまでいたとか。・・・それほどまでに、エドワードの素行の悪さは悩みの種となっていたのであった。 マスタング中将は、まだ笑っていた。 「アルフォンスを会議に出席させて正解だった。アレ以降、君も少しは真面目に話を聞くようになったし。そういえばアレ以降、君の部下は彼のことをまるで救世主のように崇めていたな。」 「今でもあいつら、俺が何かする度に真っ先にアルのとこ行くんだぜ?アルは俺の保護者かっつーの。」 エドワードはそれこそ子供のような仕草で顔をしかめた。弟が大人びていくのに対して、彼のそういう部分はいつまでたっても変わらない。それは時に問題視されることもあるけれど、彼が人を惹き付ける要因の一つでもある。 「・・・君も、あと五年もすれば歳相応に落ち着くようになるのだろうかね?」 それを口にしながら想像してみたが、ありえないなと思った。周りの人間がどんなに変わっていっても、彼らしさだけは失われないような気がする。・・・いや、それは願望かもしれない。そうであって欲しいという。 中将の冗談半分の想像をよそに、エドワードは考え込むような表情を浮べた。僅かに瞼を伏せる。 「・・・俺は年取って落ち着きたくなんか無いね。むしろ、青臭くて馬鹿で自己中心的だった頃に戻りてぇよ。」 独り言のように呟かれた言葉の中で、中将には苦渋に似たものが含まれているように聞こえた。そして、アルフォンスとは正反対のことを言う、似ているようで似ていない兄弟の不可解さを思う。 「・・・何故かね?」 「無理に大人になったって、いいコトなんか一つもなかった。無駄に常識とか我慢とか覚えただけで。」 「過去に戻って、やり直したいという訳か?」 エドワードがふっと、自嘲的な笑みを小さく零した。 「そうだな。今はガキだった頃の素直さが羨ましいよ。」 エドワードらしくない気弱さが滲んだ声に気付いて彼のほうへ向くと、その目はどこか遠くを見ていた。何を考えているのかは、分からない。 いつもの単純明快さはなりを潜めている。少し前までは考えていることがすぐ顔に出ていたことからすると、確かに彼も大人になったということか。こんな表情をするようになるなんて。 そうして、じゃあな無能、と変わらない減らず口を叩いてエドワードも部屋を出て行った。
********** どうも、初めて本格的な軍部兄弟に挑戦してみます。 でもこの話、先行き不透明です。 とりあえず今のところ、最後にエドに言わせる一言だけ決めてます。
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