泥沼にはまっていくのは、酷く容易かった。

 

 

スッと踏み入ることさえできれば、あとはただ、溺れていくのみ。

呼吸困難は甘美な苦しみだったのだ。

そう、それこそ始めのうちは。

 

でも結局は、後になって悔やむことばかりなんだ、もう手遅れだって言うのに。

あぁ、痛いほどに胸が苦しくて、重たい身体が沈んで行く。

 

今更浮上することなど、出来る筈もないのに・・・。

 

 

 

 

――― 溺れてく。 3 ―――

 

 

 

 

青い空に白い煙をたなびかせて、果ての見えない線路の上を汽車が走る。

 

そろそろ目的地への到着時刻だというコトで、車内はガヤガヤと騒がしい。

その高揚するような雰囲気の片隅で、ウィンリィも荷物を確認して下車の準備を整える。身体を少しずらして窓ガラスに顔を寄せると、前方には巨大なセントラルの街が広がっていた。

 

 

無事に列車を降りると、ウィンリィは辺りをきょろきょろと見回した。

駅の構内は賑やかに騒がしく、ぼうっとしていると人の波に飲み込まれてしまいそうだ。自分の日常にはない、この喧騒ばかりは何度経験しても慣れない。

「ふぅ。セントラルは相変わらず人が多いわねぇ。」

リゼンブールの景色を思い出してハハ、と笑みが零れる。

ここは何もかもが違うのだ、人の流れも時間の推移も。それを思う度に、あの兄弟が自分の知らない遠い世界に行ってしまったような気がして、僅かに寂しくなる。

 

分かってはいるつもりだ、いつまでも子供の頃のように三人仲良く、なんて不可能なこと。

自分達はもう大人になってしまった。だからこれから先は、それぞれが自分の道を信じて進んでいくべきなのだ。余計な口出しなんかはもう不要で、ただ静かに信じて見守ってあげれば良い。

例えば今まで平行線を辿っていた三人のその道が、この先交わることなどないのだとしても。

 

人の流れを避けて、近くの壁にもたれかかる。

あぁ、とりあえずこれからどうしようか?

うーんと唸ってみたものの、これといって良い案は浮かばない。

「ホント、うっかりしてたわ・・・。」

待ち合わせ場所を決めてなかったなんて。

ちょっと浮かれすぎてたのかしら、と訝ってみて、あながち否定できないなぁと思う。なんだか子供みたいで恥ずかしい気もするけど。汽車の到着時刻だけは、あんなにしっかり何度も伝えたのに。

 

ウィンリィの目の前を相変わらず沢山の人々が行き来している。

その様相や表情は様々で、所々では再会を喜ぶ人々の姿が見られた。迎えられる方にも迎える方にも、とびきりの笑顔が浮かんでいる。

そんな様を少し羨ましくも思いつつ、それが自分の身にも起こるのは、一体いつのことになるのやらと不安になってきた。迎えられる準備ならすっかり出来ているのに、肝心の迎えてくれる人が目の前にいないんじゃあどうしようもない。

「・・・こういう時は、下手に動かないで大人しくしてたほうがいいのかしら?」

そうね、すれ違ったりしたら困るしと自分を納得させて、ウィンリィは行き交う人混みに目を凝らした。その中から綺麗な金髪の頭を探す。

 

彼ならきっと自分を探し出してくれるだろうと、妙な安心感が生まれてきた。

一人でも大丈夫だと一応言ったのだけれど、迎えに行くよと言い出したのは彼の方だ。そんな面倒見のいい男が、こんなに可愛い女の子を放って帰るはずがない。

今だってきっと、一生懸命になってウィンリィを探しているはずだ。

それに他人の言動に敏感な彼は、物事の機微を読むのがとても上手で、子供の頃から何かを見つけたり誰かを探したりするのが得意だった。

そういう鋭敏で繊細なところは、鈍感で我が道を突っ走る彼の兄とは大違いだ。

あぁ、そういえば、勘の鋭さは兄弟揃って良かったから、素晴らしい偶然が味方して案外早く見つけてもらえるかもしれない。

 

楽観的な見解に気をよくして、ウィンリィは心配するのを止めた。

そして再び、人混みの方へと目を向ける。待ち人の姿を脳裏に描こうとして、はたと重大なことに気が付いてしまった。

金色の髪と瞳、白い肌、可愛らしい笑顔・・・。

そうやって思い描けるのは子供の頃の姿ばかりで、現在の彼の容姿をウィンリィは知らないのだった。

「・・・最後に会ったのって、いつだったっけ?」

うーん、とウィンリィは記憶を手繰り寄せた。が、浮かんでくるのは兄の方ばかり。

「・・・アイツとは何だかんだ言って、毎年一回は会ってんのにねぇ。」

 

兄の方がウィンリィの元を訪れるのは、主に機械鎧がらみでだ。

兄弟が二度目の人体錬成を行った時、小さな賢者の石では弟を練成することだけで手一杯だった。そのため、兄の右手と左足は今でも機械鎧のままだ。

そんな訳で、兄の方はちょくちょくリゼンブールへと帰っている。調整やメンテナンスの時はまだいいが、稀に派手にぶっ壊されていることもあり、その度に幼馴染みの二人は昔と何ら変わらない調子で一種のコミュニケーションとも言える喧嘩を繰り広げている。

 

しかし、そのような時にリゼンブールを訪れるのは兄一人だけで、弟の方はここ数年間殆ど故郷に帰ってきていない。

ウィンリィから何度か誘ってみたことはあるのだが、仕事が忙しくてなかなかまとまった休みが取れないのだと、いつも残念そうに言っていた。

 

相変わらずの兄とは違って、順調に昇進していく弟が忙しいというのは仕方のないことだろう。

この間電話で話した時も、大佐になってからやっぱり仕事の量も質も増えてしまったと言っていた。それでもウィンリィの心配に礼を述べはするものの、嫌だとかしんどいだとか弱音は一切吐かないし、きっと仕事の方は何とかなっているのだろうと思わせる明快な声音だった。

 

そんな調子だから、弟の方とは電話越しに話をするくらいで、リゼンブールにも帰ってこないし、たまたまウィンリィが用事でセントラルを訪れる際にも出張中だったり司令部に詰めている時だったりとタイミングが合わなくて、結局会えずじまいで終わってしまう。

しかしそれでも、兄がリゼンブールを訪れる度に律儀な弟は兄に土産を持たせて気分的に里帰りを楽しんでいるようだった。

その土産の選び方が毎回弟らしいもののため、ウィンリィはいつも兄弟一緒に帰ってきているような気分になって、残念だと思いはするものの会えないことを寂しいとは思わない。

けれども実際に言葉を交わしたり触れ合ったりしたいと願うのも正直なところだった。

一度なんて兄の機械鎧のメンテナンス中に、兄よりも弟の方に会いたいなぁなんてことをうっかり零してしまったこともある。

思いがけずにそれを聞いてしまった兄はというと、帰ってくるのが俺ばっかりで悪かったなと、珍しく不貞腐れていた。

 

「・・・最後に会ったの、確か三年前くらいだったかな?」

その時の風貌にはまだ少年期のあどけなさのようなものが残っていたような印象がある。

歳を取るにつれて目付きが悪くなっていく、もとい精悍さが増していく兄とは対照的に、弟の方は子供の頃の面影を多く残したまま成長していった。

それを考えれば、案外今もあの頃と大して変わっていないのかも知れない。

童顔はいくら気にしたって自分の力じゃどうしようもないし。身長も大して伸びていないだろうから、体型も思い出の中の姿に近いだろう。

兄のコンプレックスだった身長は、今や弟のコンプレックスにもなっている。

二度目の人体錬成で取り戻した身体は随分と小柄で頼りないものだった。それから遅い成長期を迎えはしたものの期待したほどには伸びなくて、兄弟揃って同じくらいの身長に落ち着いた。

内心安堵する兄をよそに、弟の方は兄を追い越せなかったことを思いのほか悔しがり、今でも気にしているようだ。

ウィンリィに言わせれば、二人とも平均並みには伸びたのだからそれでいいじゃないかという気がするのだが、本人達にとっては男のプライドに関わる大問題らしい。

 

と、そんなことをつらつらと思い浮かべて懐かしんでいると、辺りのざわめきから微かに自分を呼ぶ声が聞こえたような気がして、ウィンリィはハッと顔を上げた。

金髪の青年がこちらに向かって手を振っている。

それを見て、自然と頬が緩んだ。その姿はやはり、思い出の中の彼と大して違ってはいない。

 

「・・・アルッ!ひさしぶり!元気にしてた?!」

ウィンリィに勢いよく抱き締められて、アルフォンスは赤面したあと苦笑を零した。

「ウィンリィは相変わらず元気そうで良かった。それにこの前会った時よりもキレイになったんじゃない?」

アルフォンスがそんなことを真面目な顔をして言うものだから、ウィンリィは思わず噴き出してしまった。

「あぁ、もう本当に迎えに来てくれたのがアルで良かった!」

心の底からのウィンリィのセリフに、アルフォンスは疑問符を浮べている。

「だってもしも迎えにきたのがエドだったら、こんな人混みの中で絶対見つけてもらえる訳ないもの。擦れ違いまくった挙句へとへとに疲れきって、奇跡的に会えたとしても二人とも喧嘩腰で怒鳴りあうに決まってる。感動の再会どころじゃないわね。」

「そうかな?兄さんって人探し得意だと思うけど。僕なんか意図的に避けてるのに、いつもすぐ見つかっちゃうよ?」

「それは探してる相手がアルだからでしょ?アイツは、自分の関心のあることにしか能力を発揮できない駄目なヤツなのよ。・・・っていうか、避けなきゃやってらんないくらい、アイツウザいの?」

ウィンリィの顔が変わったのを見て、しまったなと思ったけれどももう遅い様だった。

「・・・あー、たまにね。でもっ、大したことないんだよ?ただちょっと、仕事中に下らないこと言ってくるだけだから。」

一応フォローらしきものを入れてみたものの、ウィンリィの顔は強張ったままだ。

「・・・分かったわ、アル。今度エドに会ったらしっからシメとくから、安心していいわよ。」

にこりと花開いた怖い笑顔を見て、アルフォンスは一瞬心の中で兄に謝りかけたが、これは自業自得だよねと思い直して、ウィンリィへと笑顔を向けた。

 

 

 

そんなこんなで無事にセントラル駅を抜けて、二人並んで街中を歩いてく。

 

「ウィンリィ、泊まる所はもう決めてあるの?」

「ううん、まだ。」

「何か希望はある?やっぱりなるべくきちんとしたキレイな宿の方がいいよね。あぁ、そういえばもう少し行った所になかなかいいホテルがあるんだけど、どう?」

 

道の先を指差しながら言うアルフォンスに、ウィンリィは少し残念そうな顔を向けた。

「・・・ねぇ、あんた達の家には泊めてくれないの?」

どうやら思いがけないセリフだったらしく、アルフォンスはたっぷり数秒間は固まった。

「・・・・・・あー、ウチ今すごく汚いし。」

「そんなの別に気にしないわよ。宿代がわりに掃除とか料理とかやってあげる。」

「・・・あぁ、そういえば客室に荷物とか本とか置きっぱなしで」

「寝られるとこさえあれば、大丈夫よ。」

「けど・・・」

 

何ともアルフォンスの様子は煮え切らない。

子供の頃から今でも、兄弟がリゼンブールでロックベル家に泊まっていくのは当たり前のことだったから、その逆も当然ありなんだろうと思っていた。自分は家族も同然の存在なのだし、喜んで迎えてくれるだろうと。久々に手料理なんか振舞って、夜遅くまで他愛無いことを話し合ったりしたいなぁと勝手に楽しみにもしていたのに。

けれども実際には困惑してしまったアルフォンスを見て、ウィンリィも戸惑う。

どうして・・・と考えた瞬間、ある一つの可能性が頭を過ぎった。

 

「・・・ねぇ、もしかして・・・彼女でも来てるの?」

「えぇっ?!」

「やだもー!そうならそうとはっきり言ってくれればいいのに!そうよね、邪魔しちゃ悪いわよねぇ。」

ケタケタと屈託なく笑うウィンリィに、面食らったアルフォンスは思いっきり慌てた。

「ち、違うよウィンリィ!そんなんじゃないよ!」

「大丈夫だって、アル。家の中に女物のものとかあったって、あたしは気にしないから。あぁ、それとも逆?あたしを泊めたりしたら、彼女に浮気したんじゃないかって誤解されちゃうから?」

それはマズイわよねぇ、とウィンリィは一人納得する。

 

どうにも子供の頃の気分が抜けてないらしい。

自分とエドワードはもう二十七歳で、アルフォンスだって二十六歳だ。

彼女がいたって何らおかしくない歳だし、ウィンリィの友人にはもうすでに結婚している者も多くいる。

それに今日久々に会ってみてよく分かった。

アルフォンスは幼馴染みの贔屓目を差し引いてみたとしても、格好良いと断言できる。

子供の頃から可愛らしい顔付きではあったけれども、今ではそれに凛々しさが加わっていて整った男らしさがある。性格だって穏やかで優しいけれどいざという時には頼りになって、誰からでも人好きするような感じだ。

これでモテない訳がない。

そんなアルフォンスが選んだ彼女ならきっと良い人なんだろうし、大事にされているんだろうなぁと思う。

この間まで、自分の小さな弟のように考えていたから、そういう現実を感じてしまうと何だか驚いてしまう。三人ともあの頃とは違うのだと頭では分かっているつもりでも、自分の知らないところで変わっていってしまうのをやはりちょっと寂しいなと思う。

 

そんな幼馴染みの心の内を知ってか知らずか、アルフォンスは軽く頭を抱えた。

「ウィンリィ、僕も兄さんも彼女とかいないから。今まで家に女の子を上げたこともないし。」

「あら、そうなの?」

「とにかく、ホテルの方が綺麗だし駅からも近いからホテルにしなよ。ほら、ここはどう?」

アルフォンスに促されて、ウィンリィは顔を前方へと向けた。泊めてもらえなかったことを残念に思いながらも、ホテルの上品な雰囲気に一応は満足して了承した。

 

 

 

フロントで手続きを済ませて部屋へと向かう。

ウィンリィが扉を開けて先に入り、荷物を抱えたアルフォンスが後に続く。

 

「アル、ありがとう。」

「どういたしまして。」

アルフォンスは何でもないことのようにニコリと微笑んだ。

さっきだってごく自然に荷物を持ってくれたし、元々そういう性質ではあったけれども、ここ数年でその紳士的な物腰に磨きがかかったようだ。これで彼女がいないなんてホントかしら、と余計なお世話だろうけれど考えてしまう。

 

「ねぇ、アルは今日は一日中お休みなのよね?」

「うん。ウィンリィの機械鎧の出張整備の仕事は明日なんでしょ?」

「そうよ。明日は一日中患者さんのところで、明後日の午後の汽車で帰るつもり。」

「じゃあ今からどうする?買出しとかに行くなら、荷物持ちくらいは出来るけど。」

「ありがと。じゃ、お願いね。」

「うん、何かこういうの久しぶりっていうか、懐かしいよね。」

アルフォンスが嬉しそうに微笑む。ウィンリィはそれを見て、あぁ、あの陽だまりみたいな笑顔は変わらないんだなぁと安堵感にも似た心地がした。

 

「こんな時間だし、先にランチでも食べに行こうか?」

腕時計を見ながらそう問いかける声に、荷物を片付けていたウィンリィは突然思い出したようにあっ、と声を出した。

「アル、下でちょっと待っててくれない?着替えたいから。」

「うん、いいけど。あんまり待たせないでね。」

「大丈夫!速攻で支度するから!」

 

笑顔でアルフォンスを見送って、ウィンリィは急いでカバンを開けた。

それから丁寧な仕草で中身を取り出す。広げてみて、あまり皺になっていなくてホッとした。

 

それは、春色のシンプルなワンピース。

ウィンリィはいそいそとそれに着替え、上からジャケットを羽織った。簡単に化粧を直して、備え付けの姿見に自分を映す。

くるりと身体を反転させたら、一瞬遅れて柔らかな裾がふわりと揺れた。まるで、舞い踊る桜の花びらのようだ。

やっぱり自分にはちょっと可愛らしすぎるデザインに思えて少し気恥ずかしいのだが、今はそんなことに怯んでいる場合ではない。

 

何たって、これは、特別な品なのだから。

 

 

 

「アルー!お待たせ!」

 

自分を呼ぶ明るい声に振り返ったアルは、一瞬目を見開いた。

それからウィンリィの顔とワンピースをまじまじと見つめる。そうしてやっと、少年のように破顔した。

 

「・・・・・・ウィンリィ、とっても良く似合ってるよ。」

「アル、これ覚えてる?」

アルフォンスの視線がやはりこそばゆくて、ウィンリィはちょっと俯いたままワンピースの裾を摘んだ。

「忘れる訳ないよ。だって、僕がプレゼントしたものだもん。僕に見せるために、わざわざ持ってきてくれたの?」

「そーよ。だってコレもって来ただけのエドには見せたのに、肝心の贈り主に見てもらえないなんて不公平でしょ。」

「うん、確かに。」

 

そう言って緩んだアルの表情が、ふと考え込むように硬くなった。

けれどもそれは一瞬の、しかも僅かなものだったため、傍目には分からないくらいの変化でしかなかった。それをウィンリィが見逃がさなかったのは付き合いの長さゆえだったが、そんなアルフォンスの様子に何か引っ掛かりのようなものを感じてしまう。

「ねぇ、兄さんは何て言ってた?その格好のウィンリィを見て。」

んー、とウィンリィは記憶を呼び覚ます。

ぶっちゃけるとその時は、弟に見てもらえないのが残念だという思いの方が強かったから、正直兄の反応などどうでもよかったのだ。それにあの性格からしてポジティブな感想を述べるとは期待してなかったし、実際そうだったような・・・。

 

「・・・お前ってそういうの似合わねぇよな、とか言われた気がする。どーでもいいことだったから、もう忘れちゃった。」

「・・・もう、兄さんったらどうしてそういうことしか言えないかなぁ。」

「いーわよ、別に。今日アルに見てもらえたから満足したし。」

全然気にしてないのよ、という意味を込めてニコリと微笑んだのに、アルフォンスの顔は冴えない。

「・・・・・・本当に兄さんもウィンリィも、素直じゃないよね。」

「エェ、そう?アイツなりの素直な感想だと思うけど。」

あっけらかんとしたウィンリィの言葉に、アルフォンスは何故だか複雑そうな顔で溜め息を吐いた。

 

 

 

ホテルを出て、アルフォンスがよく行くというカフェへと向かう。

 

今日は平日だというのにセントラルの街は賑やかで、擦れ違う人々や行き過ぎるショーウィンドウなどいつも見ていて飽きることもない。

けれども今回は隣にアルフォンスがいることで、いつにもまして特別に思える。

 

二人並んで歩きながら昔話や近況について話していると、何だか視線のようなものを感じてウィンリィは大げさにならないように辺りを見回した。

そうすると、行き交う人々の中に立ち止まったり振り返ったりしてこちらを見ている人がいるのに気が付いた。それは主に若い女性ばかりで、ウィンリィは彼女たちの視線の先を辿ってみてようやく納得した。

やっぱりアルってモテるのねぇ、とこっそりその顔を窺った。

身内を褒められたみたいで、何だか自分のことのように誇らしくなった。そしてそんなアルフォンスと一緒に歩いている自身を嬉しく思う。

この光景は周りからはどんな風に見えるのだろう?

やっぱり仲の良い友達同士とか、ひょっとしたら姉弟とかだろうか。

でももしかしたら、デート中の恋人同士に見えたりもして・・・。

などと、ウィンリィは自分で考えておきながら照れてしまった。

 

「ん、どうかしたの?」

アルフォンスが顔を覗き込んできて、一瞬どきりとした。やはり近くで見ると余計に整った顔立ちだなぁと、男だと分かってはいるものの羨ましく思ってしまった。

「な、何でもない。・・・あぁ、それより、腕組んでも良い?」

「え?どうしたの、急に。」

「だって、これってデートみたいで楽しいじゃない。・・・ねぇ、駄目?」

「僕は別にいいけど、恥ずかしくない?」

「いーの。・・・あ、もしかして変な誤解とかされそうで嫌?女の子と腕なんか組んでるところ、好きな人にでも見られたら大変だもんね。」

ウィンリィは少し探るような心持ちで幼馴染みへと視線を向けた。アルフォンスはまた、困ったような表情を浮べている。

「だから、今は彼女とかいないから・・・。」

「今は?・・・じゃあ昔はいたんだ?」

「・・・・・・あー、まあね。」

らしくない歯切れの悪い返事をしてから、アルフォンスはもうその話は終わりだと言わんばかりに腕を差し出してきた。

ウィンリィは珍しいアルフォンスの過去話に興味を引かれつつも、せっかくのチャンスを逃すまいと大人しく自分の腕を絡めた。

 

そっと触れ合うと温かくて、それは人間同士なのだから当たり前のことではあるのだけれど、アルフォンスの場合は一度無くしてしまっていたものだからこそ、より一層その温もりに安堵した。

あぁ、アルフォンスがちゃんと帰ってきたんだなぁ、と実感する。

人体錬成の直後もその後の数年間も、心配や不安の方が先立ってしまって、こんな風に純粋に嬉しいと思えることはほとんどなかった。

けれども今日は、こうやって普通の人と何ら変わりない様子を見ることができて、もう大丈夫なんだと実感することができた。

 

そんな感慨めいたことを思ったせいか、不意に涙が出そうになって俯く。

アルフォンスに寄り添うようにして、ゆっくりとした歩調で目的地へと向かった。

 

 

 

窓際の席について、注文したランチを頬張りながらおしゃべりに花が咲く。

 

「ウィンリィの方はやっぱり毎日忙しいの?」

「まぁね。患者さんが来てる時はもちろんそうだけど、空いてる時間には新しい機械鎧の開発とかしてるから、時間はいくらあっても足りないって感じね。」

「あぁそういえば、兄さんがこの間付け替えてもらった機械鎧、前のより軽くて楽だって言ってたよ。」

「あら、ホント?良かった。今度会った時に色々感想を聞かなきゃ。」

まだまだ改善点は一杯あるのよね、と言葉を続けながら、ウィンリィはデザートの甘酸っぱい味に小さく歓声を上げた。

「アル、これもすっごくおいしい。」

「気に入ってくれた?」

「うん!こんな素敵なお店に連れて来てくれてありがと、アル。」

ウィンリィの嬉しそうな顔を見て、アルフォンスはホッとしたように息を吐く。

 

「・・・ねぇ、ウィンリィはやっぱり、仕事が一番大事?」

「んー、そうね。今は仕事だけで手一杯だし、そんな生活に満足もしてるし。」

急に改まってどうしたの、というようにその表情を窺うと、何やら言いにくそうに口ごもっている。

 

「・・・あ、じゃあさ、・・・結婚とか、考えたこと無いの?」

 

その口から零れた思いがけない単語に、ウィンリィはデザートを食べる手を止めて目の前の幼馴染みを見返した。

「・・・・・・アル、あんた彼女はいないのに結婚したい人ならいるの?」

「えぇ?違うって、僕のことじゃなくてウィンリィのことを訊いてるの!」

「あ、そうなの。改まってそんなこと訊いてくるから、何かあったかと思ってびっくりしちゃった。」

屈託無く笑うウィンリィに、アルフォンスは脱力したように肩を落とした。

 

「結婚ねぇ・・・。あたしは今んトコ、そういう予定は無いわよ。憧れはするけど、肝心の相手がいないし。」

「あ、じゃあ・・・、兄さん・・・とかは?」

「へ?・・・結婚相手に?」

「うん・・・。」

 

二人の間にしばしの沈黙が流れた。アルフォンスは固唾を呑んで返事を待っているし、ウィンリィは目を見開いたまま固まっている。何だか下手に動けない緊張感が漂っている。

 

「・・・エドは、嫌だわ。・・・正直なところ。」

「・・・あ、そう。」

 

また、沈黙が流れる。何だろうか、この妙な空気は。

 

「・・・どうしたの、アル?エドの面倒見るの、嫌になったの?」

「え・・・?」

「うんうん、分かるわ。アイツってホント面倒くさいわよね。そりゃ嫌になったってしょうがないわ。っていうか今までよく耐えたわよね。あたしだったら無理。」

「ウィンリィ・・・?」

「うんうん、そうよね。あんなヤツの面倒なんか一生見るの、疲れるもんね。確かに、さっさと結婚でもさせたほうが得策かも。でも、ごめん、あたしはぶっちゃけ、嫌だわ。」

「そ、そっか・・・。」

 

小さく返事をしたアルフォンスは、少しだけ俯いた。

 

「・・・アルさぁ、エドのこと考えてあげるのはいいことだけど、自分のこともちゃんと考えないとダメよ?」

「うん、そうだよね。」

「あんた達って、たまに相手のためなら自分を犠牲にしてもいいとかって思ってることあるじゃない。あたしはその考え方、あんまり好きじゃないけど。・・・でもアルの人生は、アルだけのものなんだよ?アルが幸せになれるように、進んでいかなきゃいけないんだからね。」

「・・・うん、分かってる。」

 

 

ごめんね、変なこと訊いて、と言いながらアルフォンスは笑った。

 

けれどその笑顔は、ウィンリィの知る陽だまりみたいな笑顔ではなくて、今まで見たことの無い大人びたものだった。

 

 

 

 

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もう3ですが、まだ状況説明の段階です。本編はいつ始まるのやら・・・。

このお話は、意識して一人称に近い三人称で書いています。

毎回違う人の視点からなので、兄弟が何を考えているのかよく分からない不親切な仕様となっております。

が、そのうち兄弟視点でも書くので、気長に待っていただけるとありがたいです。

 

 

 

 

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