―― 嘘ツキとタイヨウ ――

 

 

 

半年もの間行方不明だった鋼の錬金術師が、セントラルの郊外で見つかったという。

 

 

しかし正確には、“それらしき少年が”ということらしい。

 

身体的特徴は一致するものの、本人が意識不明のため確認のしようがないとのコト。

荷物が見つかっておらず、また所持品も衣服くらいで身元を証明するものを持っていないとのコト。

それに加えて、見つかったのが彼一人だったということも、不確定要素を増やす要因となったらしい。

 

そう、彼は一人きりだったのだ。

 

 

その少年が発見されたのは、三日前の夜。

すっかり夜も更けた頃、突如としてセントラルの郊外から小規模ではあるが爆発音が聞こえてきたのだ。

何かが燃えているらしく、夜空に薄くたなびく煙がはっきりとその場所を知らせていた。

 

急いで憲兵が駆けつけると、瓦礫の山となった爆心地からは燻った炎がチラついている。地面にはそれを囲むように、幾何学模様を伴う円が描かれていた。恐らく錬成陣だと思われるが、損傷が激しくて解読は不可能だったらしい。

そしてその陣の外側に、件の少年が倒れていたのだ。

 

たった一人きりで。

 

 

 

 

 

マスタング大佐の下に、意識が戻ったとの連絡が入ったのは今朝方のことだ。

鋼の錬金術師と軍部では最も親しかった大佐に、確認を要請したいとのこと。

それを受けて大佐が病室に駆けつけると、あちこちに包帯を巻かれた少年がベッドでぼんやり空を見上げていた。

少年は部屋の扉が開いたことに気付いたのか、首を動かして大佐を見た。二人の目が合う。

 

それは、覇気の無い瞳だった。

いつもの自信に満ちた、あの生意気な目はどこへ行ってしまったのか。

 

「大佐・・・?」

そう呟く声も、輝かしい金髪も、相変わらず小柄なその容姿も確かに彼のものなのに。こんなにも違和感を覚えるのは一体何故か。

「君は本当に、エドワード・エルリックなのかね?」

大佐の放った硬い声に、少年は小さく笑みを零して頷いたのだった。

 

 

エドワードが大佐にした説明は、至極簡素なものだった。

何かを錬成しようとして、失敗をした。

ただ、それだけだ。

その他のことは、思い出せないと言う。

何を錬成しようとしたのか、何故あの場所にいたのか、失敗の原因は何か・・・、そんなことを全て忘れてしまったと言う。

 

それきり、エドワードは口を噤んだ。

まるで、話はそれで終わったとでも言うように。

そんな様子を見て、大佐は口を開かねばならなくなった。先ほどの説明の中からはごっそりと抜け落ちている、ある一点について。

それをエドワードが言いたくないのだとしても、言わせなければならない。それは、情けで看過できる類のものではないのだから。

 

「鋼の・・・、君の弟はどうした?」

 

無闇に感情を煽ったりしないようにと、できる限り冷静な声で問いかける。けれども、そんな大佐の心中をよそに、エドワードの様子は変わらない。逸らしていた目が再び大佐を捉えたくらいだ。

少しだけ拍子抜けする。なんだ、もっと喚き散らして暴れるのではと思ったのに。

 

「アルは・・・」

 

乾いた唇が、ぽつりと言葉を落としていく。その目は酷く濁っていた。こちらまで、悲しみに引きずり込まれそうな程。

 

「死んだ・・・・・・」

 

それきり、エドワードは黙り込んだ。一切を拒絶するような、そんな沈黙。

 

「・・・何故?」

「・・・分からない。」

「何故、分からない?」

「覚えてないから。」

「・・・弟が死んだということだけを、覚えているのか?」

「そう。・・・錬成が失敗したことと、アルが死んだことしか、覚えてない。」

「・・・・・・その二つに、因果関係はあるのか?」

「・・・さぁ?」

かくんと首を傾げたエドワードは、まるで天気でも尋ねられたかのような、暢気そうな声を出した。

 

「君は、・・・人体錬成を、したのか?」

 

絞り出すような声で尋ねる大佐に、エドワードは微かな笑みを浮かべる。

 

「・・・そんなこと、覚えてない・・し、もう・・・どうでもいい。」

「・・・・・・・・・」

「この世界にアルが、いないのなら・・・」

 

・・・それは酷く、濁った目だ。空虚のみを抱えた、哀れな姿。

あの、焔を宿した黄金の瞳はもう、この世のどこにもなくなってしまったのだ。

 

 

 

 

 

変わり果てたエドワードを、大佐は国家錬金術師の資格無しと判断した。

 

それは精神面をかんがみてのことだったが、事実、エドワードの錬金術に関する知識の欠如は致命的だった。

基礎的なことさえ覚束ず、術の成功率も著しく低くなっていた。錬成陣無しでの錬成も、もはや出来ない。本人曰く、錬金術に関する記憶だけが霞がかったように曖昧になってしまったとのことだった。

 

マスタング大佐は、それからすぐに報告書を作成した。

錬金術の失敗による弟の死亡と、それによる本人の精神錯乱及びその後遺症による国家錬金術師としての能力の欠如を記載し、資格の剥奪を求める内容とした。

その報告書を読んだ上層部は一度エドワードの様子を見に来たが、そのあまりの変貌ぶりで諦めがついたらしく、エドワードが発見されてから一週間も経たないうちに国家資格の剥奪と相成った。

 

 

 

数日後、大佐が病室を訪れると、エドワードは身支度を整えているところだった。

 

「鋼の、もう退院するのかね?」

「あぁ、元々大した傷じゃねーし。こんなトコに居たって気分は晴れねぇしな。」

「そうか・・・。では、これにサインしたまえ。それで君は、一般人に戻れる。」

 

エドワードは受け取った用紙を一瞥し、どうでも良さそうな素振りでサインした。大佐はそれを回収すると、今度は反対の手でメモを渡す。

 

「知り合いの宿なのだが、行くところがないのなら、どうかと思ってね。もちろん、ずっとそこに居ろと言う訳じゃない。ただ、これからどうするのかを考えるための仮の住まいにどうだというだけの話だ。」

「・・・そこ、メシ美味いの?」

「それは、勿論。ついでに言うと、女将はかなりの美人だぞ。」

「あっそ。」

 

エドワードはメモを見つめたまま動かない。そうやって一人きりで佇む彼は、酷く小さく見えた。

 

「じゃー、暫く世話になろっかな・・・。」

「そうか。」

 

ふと、何かを思い出したようにエドワードの視線が動く。手を動かしかけて、はっとしたように声を零した。

 

「・・・あ、銀時計。失くしちまったみたいなんだけど・・・。」

「あぁ、それなら報告を受けているよ。君が発見された時は、その身一つだったそうだね。身元を示すようなものは何も持っていなかったから、その赤いコートと金髪で、ようやく君ではないかという話になったそうだな。」

「・・・なんか、変だよな。いつも、身に着けていたはずなのに・・・」

 

そう言ってエドワードは、空を掴む自分の手を見た。

 

「まぁ、なくなってしまったものは仕方がない。」

 

大佐は、その言葉を何気なく口にしてからハッとした。それは、今の彼にとって禁句ではないのか。

 

「そうだよな・・・。もう、どうしようもない。」

 

口元だけを歪めて、エドワードが笑う。その目は笑ってはいなかった。光を失った瞳。そこから浮かび上がる、果てしない絶望と諦念。

 

「じゃあな。世話になった・・・。」

 

赤いコートが翻り、みつあみがふわりと風になびいた。

 

 

そうしてゆっくりと、ドアが閉まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エドワードは、機械的に足を動かして街を歩いた。

 

とりあえずは教えてもらった宿へと赴くつもりだ。ここからもそう遠くないし、その場所は中央司令部からも近かった。

 

いくばくか歩いたところで、大通りの人並みを避けるようにして路地へと足を踏み入れる。落ち着かなかったのだ。あの人波のどこかに、弟がいるんじゃないかという気がして。

 

頭では分かっているのに。そんなものは願望でしかないって。だって他の部分は曖昧にもかかわらず、アルフォンスを失ったという感覚だけは、鮮明に強烈に刻み込まれているのだから・・・。

それには抗えない、否定も拒否もできない、受け入れるしかない。それが今の現実だ。

 

大通りから少し外れただけで、心をかき乱していた喧騒が随分と遠くなった。

 

それにホッとしたのも束の間、今度は孤独が忍び寄ってくる。自分以外に誰の存在感も感じない。あの優しい魂の気配はもう二度と、帰ってはこないのだ。

 

少し薄暗くて湿った匂いが鼻に付く。

空気だって淀んでいるような気がするのは一体何故か。

あの青くて遠い空は、世界のどこに居たって同じもののはずなのに、どうしてこうも見知らぬもののように感じてしまうのか。

 

 

 

そんな思考に沈む中、エドワードはピクリと気配を感じた。タタッ、と軽い足音が追い掛けてくる。一瞬身構えてから、すぐに阿保らしくなって口の端を緩く吊り上げた。

 

「あの。」

 

今度は声が追い掛けてきた。高く澄んだ心地良い声。

 

エドワードはゆっくりと振り返る。

 

そこには、髪も瞳も金色の少年が立っていた。

 

ジッとこちらを凝視したまま、動かない。

エドワードも同じように見返した。

二人の視線は逸らされない。

 

「あの。」

 

少年が再び口を開く。

 

「僕の“兄さん”を知りませんか。」

 

遠慮がちにかけられる声。

 

恐れと甘さとを含んだそれは、酷く耳に心地良い。まるで時間が止まったかのような錯覚を覚える。

表通りの喧騒がウソみたいに、二人を包む空間は静かだった。

 

「・・・さぁ、知らねぇな。」

 

そう口にするエドワードの顔には、不敵な笑みが広がっていく。

 

その瞳は再び、鮮烈な光を宿し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かの少年が鋼の錬金術師でなくなってから、半月程の時間が過ぎた。

 

 

中央司令部のある一室に姿を現したホークアイ中尉は、彼女には珍しくも浮かない表情をしたままだった。困惑しているような、戸惑っているような、言葉にできない複雑さを伴って。

 

「どうかしたのかね?」

マスタング大佐は声をかけながら、もしやと昨日の会話を思い出す。

顔馴染みの部下達と話題にしたのが、エドワードのことだった。

連絡の一つも寄越さないでと文句を言いながらも、みな心配しているのがありありと窺えるような、そんな会話だったのだ。

中尉は会話に加わりはしなかったものの、気にかけていたのは間違いなく、時折窺うような視線が寄せられていた。

 

「昨日の帰り道に、やはりエドワード君のことが気になってしまって、外からでも様子が伺えないものかと、その下宿まで行ってみたんです。」

 

大佐は彼ももう子供ではないのだからと静観を決め込んでいたのだが、中尉は随分と心配だったらしい。なんとも特別扱いを受けていて羨ましい限りだ。自分にはいつも、厳しくしか接してくれないというのに。と、うっかり心中で愚痴を零してしまった大佐だが、まぁ、それはともかく。

 

「あの宿にいる、という保障もないのだがね。」

「えぇ。だから何も分からないかもしれないとは思ったのですが、偶然にもその宿にエドワード君が入っていくのを見かけたんです。」

「それは・・・、なんともラッキーだったな。・・・で、あれはどんな様子だった?まだ、憔悴したままだったのかね?」

その問いに、中尉は静かに首を振る。

「いいえ。・・・幸せそうに笑っていました。」

 

それは喜ばしいことであるはずなのに、中尉の声は沈んだままだ。

「エドワード君は、一人ではありませんでした。エドワード君とよく似た少年と、一緒だったのです。」

 

中尉はその先を、語り始める。

 

 

 

 

 

夕焼け色に街が染まる中でホークアイ中尉が目にしたのは、二人の少年の姿だった。

 

一人はエドワードに間違いない。もう一人は見たことのない顔だったが、何故か懐かしいような気がして不思議に思う。短い金髪は夕日を受けてキラキラと煌き、僅かに見えた横顔からは、瞳も髪と同じ金色だと窺えた。

初め中尉はエドワードに友達でもできたのかと考えたのだが、二人は連れ立ったまま当然のように一緒に宿へと入っていく。

その姿が扉の向こうへと消える間際、エドワードが浮かべた表情に、中尉は一瞬動けなくなる。その表情を、中尉はかつて見たことがあったのだ。

エドワードが浮かべたあの穏やかで慈しむような笑顔は、いつも彼が弟だけに向けていたものではなかったか。

弟へしか見せなかった特別な笑顔を、エドワードは今、隣を歩く少年へと惜しげもなく向けている。

 

これは一体、どういうことか。

あの少年は一体、何者なのか。

そしてなにより、弟を失ったばかりの彼が、何故あんな風に幸せそうにしていられるのか。

 

そんな二人とは入れ違いに中から女将らしき女性が出てきたので、中尉は思わず駆け寄った。

「あの。すみませんが、先ほど金髪の少年が中へと入っていきましたよね?」

「えぇ。それが何か?」

「知り合いに似ていたものですから、気になってしまって。」

「まぁ、本当ですか?似ているというのは、どちらの子です?」

中尉の言葉に、女将は何故かパッと顔を輝かせた。

「みつあみの子の方です。」

そう答えると、女将はちょっとがっかりしたようだった。

 

「どうかしましたか?」

「あ、いえ。・・・実はもう一方の子の知り合いを探しているところだったものですから、もしやと期待してしまって。」

少し残念そうに、女将は苦笑を零す。

 

「それは、どういうことですか?」

「あの短髪の子の方なんですが、実は記憶喪失なんですよ。自分のことは何も覚えていなくて、本当の名前だって分からないんです。だから、あの子の知り合いがどこかにいないものかと、探しているところなんです。」

 

そうして女将は、二人が初めてこの宿を訪れた時のことを語り始めた。

 

 

 

 

 

それは半月ほど前の、よく晴れた昼過ぎのことだった。

 

カラコロとベルを鳴らしながら扉が開いて、二人の少年が店内へと入ってきた。その一方の少年は女将のいたカウンターまで歩み寄ると、二週間ほど部屋を借りたいと言う。別に狭くても構わないからと。

女将は不思議に思って、少年の背後を見た。さっき一緒に入ってきたものだから連れ合いのように見えたのだが、短髪の少年はというと入口の側で所在無さげにしたままだ。

 

「あの子は一緒じゃないの?」

少年は女将の問いに頷いた後、自分もチラリと背後を見た。

「アイツはさっき道で会ったばっかなんだ。おもしろそうなヤツだったから、一緒にメシでも食いながら話聞いてやろうと思って。」

少年はニヤリと小さく笑みを浮かべる。二人分の昼食を頼んでからテーブルに着き、手招きをしてドアの前に突っ立ったままの少年を呼んだ。

 

それから向かい合わせになって座った二人は、特に会話らしい会話もせず、料理が出てくるまでじっと互いを見ていたという。

 

 

 

みつあみの少年は、配膳された料理にさっそく手を出しながら女将を見た。

「コイツ、記憶喪失らしいんだ。」

「まぁ、そうなの?」

女将が驚いた顔を向けると、短髪の少年はコクリと小さく頷いた。それから遠慮がちに言葉を続ける。

少し高めの澄んだ声だった。

 

「気が付いたら、僕は僕を助けてくれた方のベッドの上にいました。その方によると、僕は道端で倒れていたそうなんですが、何故そんなことになっていたのか覚えてなくて。それどころか、自分が何者なのかさえ分からないんです。」

「へぇ・・・。名前も、歳も分からねぇの?」

「はい・・・。」

「・・・女将さんは、コイツのこと見たことない?」

「うーん、そうねぇ。この辺りじゃ見かけない顔ね。」

 

その答えで、短髪の少年は少し肩を落とした。

自分で分からないのならば、自分のことを知っている人を探すしかない。しかし、少年の様子を見る限り、探しているもののまだ有力な情報には辿り着けてはいないのだろう。

 

「出身がセントラルじゃねえって可能性もあるからな。そうなると、知り合いを見つけるのは難しいな。」

「・・・そうですね。」

「そういえば、さっき俺に声かけてきた時のアレって、どういう意味?“僕の兄さんを知りませんか”って。」

 

そこで、短髪の少年は一旦フォークを置いた。皿の料理はまだ半分以上そのままだ。

改めて見てみると、身体は随分と痩せている。この様子だと、記憶喪失になる前には苦しい生活を送っていたのかもしれない。

 

「一つだけぼんやりと覚えているのが、僕に兄がいたということなんです。」

「へぇ・・・。だから俺に声かけたんだ?」

「はい。あなたの目も髪も、僕と同じ金色だから・・・。」

 

カチャリと食器の触れ合う音がする。みつあみの少年もフォークを置くと、左手で自らの髪の毛を梳くように摘んだ。

 

「・・・実は、俺にも一人弟がいたんだ。スゲー偶然だよな。・・・俺の弟もお前と同じで、髪も目もキレイな金色だったよ。」

「・・・そうなんですか。・・・偶然ですね。」

「そうだな。・・・なぁ、名前ないと不便だからさ、俺の好きな名前で勝手に呼んでもいいか?」

 

その提案に、短髪の少年はコクリと頷く。

 

「じゃー、“アル”。“アルフォンス”。」

 

「アルフォンス・・・・」

 

「・・・・・・ソレ、俺の弟の名前なんだ。この間、死んじまったんだけどさ、・・・イヤか?」

 

「死んじゃったの・・・?」

「あぁ。一週間くらい前にな。」

 

「・・・どんな人、だったの?」

「スゲーいい弟だった。優しいし頭も良いし可愛かったし。俺のこと、弟のくせに面倒みてくれてたしな。」

 

「仲、良かったんだね・・・。」

「あぁ、勿論。」

「・・・・・・。」

 

「アルフォンスって、呼んでも良いか?それとも死んだ人間の名前なんかで呼ばれんの、やっぱイヤか?」

 

少しの沈黙の後、少年は首を振った。

 

唇の形だけでもう一度、“アルフォンス”という名前をなぞる。

 

「・・・それ、僕が貰ってもいい?」

「大事にしてくれるなら。」

「うん、する。」

 

いま、この瞬間から“アルフォンス”となった少年は、ふわりと幸せそうな笑みを零した。

沈んだままだったその顔が初めて浮かべた極上の笑みに、女将は一瞬見惚れてしまう。

 

「ま、これも何かの縁だし、俺に出来ることがあれば言えよな。俺、お前の力になりたいし。」

「うん。ありがとう・・・」

 

そうして二人は互いを見つめて、また小さく笑みを零したのだった。

 

 

 

その翌日、エドワードは朝早くに宿を出て、夕方を過ぎた頃に帰ってきた。

右手には諸々の荷物、左手にはアルフォンスを携えて。

 

話を聞くと、二人でしばらく一緒に居ることにしたらしく、エドワードはだから二人用の部屋に替えて欲しいと申し出たのだった。

 

そんな様子を見て女将は、昨日会ったばかりなのに、とは不思議と思わなかったという。だってこれが、偶然だとは思えなかったのだ。

だってこれはもう、必然に決まっている。

 

弟を失った兄と、兄を求める弟が、出会ってしまったのだ。

惹き付けられない訳がない。

 

二人は出会うべくして、出会ってしまったのだ。

 

 

一緒に生活し始めた二人は、互いの欠けた部分を補うように、寄り添っていたという。

 

 

 

 

 

そこまで話し終えて、ホークアイ中尉はいったん口を噤んだ。しばらく思案した後、戸惑いを滲ませたままもう一度口を開く。

 

「・・・大佐はどう思われますか?エドワード君と一緒にいたあの子は、一体誰なんでしょうか?」

 

大佐は眉間に皺を寄せて考え込む。いくつか可能性は考えられるが、今のままでは情報が少なすぎて判断がつかない。

どちらにしても、一筋縄ではいかないだろう。それに何より今の大佐には、どうすることがエドワードにとって一番良い事なのかが分からなかった。

 

 

 

 

 

それから数日後、中尉が再び様子を窺いに行くと、二人の姿はすでに宿から消えていた。

一緒に旅へ出たらしい。どこへ向かったのかは、分からないとのことだった。

 

それからしばらく待っては見たものの、軍部に連絡が来ることもなく、足取りの手がかりが掴めないまま月日だけが流れていく。

 

 

 

 

 

そうして二人の少年が行方不明となってから一年ほど後、ある噂が人々の間でまことしやかに囁かれるようになったのだった。

軍の耳には入らないよう、ひっそりと・・・。

 

 

 

―――大衆のためだけに錬金術を使う二人の錬金術師が、

 

あちこち旅をしてまわっているという。

 

 

その二人組は、その輝くような容姿をなぞらえられて、

 

“太陽と月の賢者”

 

と、呼ばれているそうな・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜も更けた宿のある一室で、しゅるりと衣擦れの音が小さく響いた。

 

 

白い肌を晒した右腕が、まるで助けを求めるかのようにシーツの波間に溺れていく。

左手はふらふらと彷徨った後、自分に覆い被さる金属製の腕を捕まえた。

 

ふふと満足そうに零れ落ちた微笑が、波紋のように部屋と染み入ってゆく。

 

 

「・・・冷たいね。」

「・・・お前は熱い。」

 

触れ合った自分の体温で、金属製の腕は温くなっていく。

それに気を良くしてまた笑みを浮かべたら、その唇にキスが降ってきた。チュッと小さく音を立てながら、首筋へと下りていく。やがて、チクリと甘い疼きが与えられた。

 

「あっ・・・!ダメ、そんな・・・見えるところに、付けたら・・・」

「お前こそ、ンな声出すなよ。隣に聞こえるぜ?この部屋、壁薄いからな。」

 

わざと意地悪そうな声を出したら、恨みがましそうな目で睨まれた。けれどその頬は、狙い通りにいっそう赤くなっている。

 

「かわいーな、ホント。」

「もう!そんなの嬉しくないよ!」

 

最大級の褒め言葉だったのに、腕の中のかわいい人は拗ねてしまった。そんな所がより自分の可愛さを引き出しているってことに、どうして気付かないんだろう。

心の中でほくそ笑んでいると、もっともっと愛おしくなってきてもう一度キスをする。ぴたりと合わさった体温に、このまま溶け合えたら良いのにと、らしくないことを思う。

 

「ねぇ・・・」

「ぅん?」

「・・・今だけ、“兄さん”って呼んでも良い?」

「・・・どうした、急に。」

 

「だって、・・・何だか寂しいんだもん。“エドワード”なんて呼んでると、他人になっちゃったみたいで・・・」

「俺達、“今は”れっきとした他人だろ?」

「そうだけど・・・」

「“アルフォンス・エルリック”は、もう死んだんだ。お前は、俺の弟とは何の関係もないただの“アルフォンス”だろ?」

「うん・・・、分かってる・・・」

 

「そんな顔、するな・・・」

「うん・・・、でも・・・やっぱり・・・。兄さんのこと、“兄さん”って呼びたいんだもん・・・」

 

じわじわとその瞳が潤んでくる。けれど決して、それを零そうとはしないのが実にいじらしかった。

 

「・・・そりゃ、俺だって呼んで欲しいよ。俺のことそう呼べるの、お前だけなんだし。けど、もう・・・」

「うん・・・、分かってるよ。僕のワガママだって・・・」

「違う、それを言うなら俺のワガママ、だろ。こうしようって言い出したの、俺なんだし。」

 

「でも結局は、僕のためなんでしょ?あのまま軍と関わっていたら、いつバレるか分からないし、もしバレたとしたら僕も兄さんもどうなるか分からない。・・・それを心配してくれたんでしょう?」

 

見上げてくる瞳は深くて温かい、慈しみに満ちている。すっと伸ばされた右手が、繊細なものにでも接するみたいに優しげな仕草で頬に触れた。

 

「それは・・・確かに、な。・・・何たってお前は、“人体錬成の生きた成功例”なんだし・・・。俺が研究所の錬金術師だったら、どんな手を使ったって欲しいと思うだろうな。だから・・・このまま、“アルフォンス・エルリック”として生きていくには、リスクが大きすぎるんだ。」

「・・・うん」

「お前には、ホントにでかい犠牲を払わせちまったなって思ってる。いくら記憶喪失のフリっつっても、自分で自分の存在を消すなんて、辛すぎるよな・・・。」

 

俯き加減で零されたその言葉に、それは違うと首を振った。両手を精一杯伸ばして、逞しくなったその体を抱き締める。

 

「そんなの、兄さんが犠牲にしたものに比べたらどうってことないよ。表に出せなくたって、僕は僕のことを分かっているし、兄さんも僕のことを分かっていてくれるから。」

「アル・・・」

「僕は、兄さんと一緒にいられるなら、どうなったって構わないよ。」

 

「ホントか・・・?」

「ホントだよ・・・。」

「そっか・・・。」

「うん・・・。」

 

「・・・お前ソレ、スゲー殺し文句だな。」

「はぁ?」

「そんなこと、他のヤツには言うなよ?」

「バカ!言うわけないだろ。」

 

真面目だった空気が一気に霧散して、何言ってんだか、といった様子で溜め息を吐く。

それから思いついたように身体をずらして、床の上に広げた鞄の方へと腕を伸ばした。指先が冷たい金属の感触を捉える。

持ち上げると、ジャラリと鎖の触れ合う音がする。

 

そうして姿を現したのは、銀で出来た懐中時計だ。表面には殆んど装飾がない、シンプルなデザイン。けれどもソレは見せ掛けで、本当はそう見えるように二人で錬成し直したものだ。

 

白い指が動いて、パチンとその蓋が開く。

 

中の時計は止まったまま、蓋の内側には文字が刻み込まれている。

 

“Don’t  forget  3. OCT. 11”。

そしてその下には、もう一つ日付が刻まれていた。

 

一年程前のもので、こちらの傷はまだ新しい。

 

白い指がその部分をゆっくり撫でる。それは、その手によって付けられたものだった。

 

 

 

「この日からもう、一年が経ったんだね・・・。」

「案外、早かったな。」

「うん・・・。」

 

「・・・お前さ、何でソレ持ってきたんだ?俺は元に戻して軍に返そうと思ってたのに。」

「だって・・・これには、兄さんの想いがたくさん詰まっているでしょう。それを今度は僕も一緒に、背負っていかなきゃって、思ったの。」

「んなこと、別に気にすんなよ。」

「ヤだよ。あなたっていっつもそうやって、肝心なとこだけはぐらかすんだから。何でも一人で抱え込みすぎなんだよ。ちょっとは僕にも分ければいいだろ。」

「けどな・・・」

「ほら、今だってホントは何か抱えてるんでしょ?最近様子変だし、顔に悩みがありますって書いてあるんだよ。」

「バレたか・・・?」

「分かりやすいからね。」

 

その答えにうーんと唸った後、先ほど離れてしまった距離を埋めるように組み敷いたままの体を強く抱き締める。それに合わせて、こちらも抱き締め返される。しかもそれが当然のことのようになされたのが、嬉しくて堪らない。

 

「人体錬成した後で俺を気絶させてから、お前俺の記憶を錬成しただろ?」

「うん・・・。本当の記憶を封じ込めて、錬成が失敗して僕が死んだっていう記憶を錬成したけど・・・」

「それがさ、特にお前が死んだっつう記憶の方が、時々本物の記憶みたいに出てくることがあるんだ。」

「え・・・、ほんと?・・・僕が錬成した記憶の方は、僕が兄さんに声をかけたら消えるようにしてあったのに・・・。失敗しちゃったのかな・・・?」

「あ、待て!そうじゃない。あの路地でお前が俺を呼んだ瞬間から、錬成はちゃんと解けてたから、失敗とかじゃねぇよ。・・・これはどっちかって言うと、錬成された記憶を信じてた時の俺の感情が出てきてんだよ。あの間に俺が感じたことは、間違いなく俺の記憶として刻まれたわけだからさ、練成された記憶と一緒に消えたりしなかったからな。」

 

「・・・僕が死んだって思ってる間、そんなに辛かったの?」

「あぁそりゃーもう。お前だって声かける前の俺の顔、見ただろ?」

「うん・・・。思ってた以上に酷くて、びっくりした。」

「はは、死人みてーな顔だったろ?」

 

茶化すように冗談めかした声が振ってくる。それとは対照的にもう一方は、笑い事じゃないよと、その時を思い出したのか小さく震えた。

 

「錬成する前に打ち合わせたときはさ、俺がそういう演技するだけってことだったろ?だから適当に泣いて喚けば騙せるだろって、思ってた。でも、そんなの全然甘かったな。実際ああなってみると絶望とか喪失感とか酷すぎて、ろくに涙も出やしなかった・・・。」

「そうだったの・・・」

「だからさ、あんな想いはもう二度と御免だなって思う。」

 

「・・・どうしよう、僕・・・兄さんがそんなにショック受けることになるなんて、考えてなくて・・・。あんな酷いこと勝手にしちゃって、ごめんなさい・・・」

 

とうとう我慢できなくなったのか、ぽろぽろと雫が頬を伝う。

それを唇を寄せて舐め取りながら、やっぱり泣かせちまったなとちょっと後悔する。こうなることが予想できたから、あんまり言いたくなかったのに、と。

 

「謝んなよ、アル。結果的にはアレで良かったんだ。あれ位しなきゃ、軍の連中は騙しきれなかったと思う。」

「そう、なの・・・?」

「あぁ。・・・そういえば、何であんなことしたんだ?」

「だって、兄さん嘘付くの下手だから・・・。急に心配になっちゃったんだ。それに真理の向こう側から帰ってきたこの身体なら、記憶を錬成するなんて大それたことでもできる自信があったから・・・」

「そっか・・・。ま、いい経験ができたなって、今では思ってるから気にすんなよ。」

「ぅん・・・?」

「俺、やっぱアルがいないと生きてけないってのが、身をもって分かったわけだしな。・・・だからもう、絶対アルのこと離さないから、覚悟しとけよ?」

 

にいっと笑って見せると、ようやく沈みがちだった顔に笑顔が戻ってきた。

 

「僕ももう、絶対離れないよ・・・。僕は兄さんだけのものだから・・・」

「俺だってそうだよ。・・・つうか、お前だけのものになりたいから、こういう道を選んだんだし。」

 

「僕、最初は不安だったけど、この道を選択して良かったなって思ってる。大佐たちに嘘付いちゃったことが今でも心残りだけど、兄さんとずっと一緒にいられるのが本当に幸せなんだ。」

 

見上げてくる瞳は真摯で、一緒に歩んできたこの道の正しさを証明してくれているみたいだった。

 

「・・・お前の体を取戻すために、俺は“鋼の錬金術師”になった。軍の狗と呼ばれても、何とも思わなかった。アルのためなら、俺は何だって出来たんだ。」

「ん・・・」

 

「そうやって今までその名前と特権を利用してきたけど、こうやってお前を取り戻すことが出来た今、“鋼の錬金術師”はもういらない。大きくなり過ぎた名声も、それに伴う対価も義務も、必要なくなったんだ。そんなものに、アルとの二人きりの時間を邪魔されたくなんかない。」

「ぅん・・・」

 

「だから俺はもう、アルを愛してるただのエドワードに戻りたい。これから先はずっと、アルのことだけを考えながら生きて行きたい。そのためなら、いくら周りを欺くことになったって構わない。俺は、お前意外なら何だって捨てられる。でも、お前だけは絶対に失いたくはないんだ。」

「・・・うん」

 

「こんなの俺の我侭だよな・・・。色んな人に迷惑かけてお前にも嘘吐かせて、自分でも最低だって分かってる。でも愛してるんだ、お前のこと。だから俺はこれからずっと、何にも捕らわれずにアルのことだけを、愛していたいんだ・・・。」

 

ワガママな兄ちゃんでゴメンなと謝ると、僕だって同じ気持ちだよという優しい言葉が、キスと一緒に届けられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから後も、大衆のためだけに錬金術を使う二人の錬金術師の噂は絶えることなく、

 

今も国土のどこかを旅しながら、人々に錬金術の恩恵を与えてまわっているのだという。

 

 

 

 

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 エドのセリフを5行くらい書いて放っておいたヤツに、色々書き込んでみました。

 未来捏造では、軍属になってるのとか好きですが、こういうのもありかなって思うんですけどどうでしょう。

 まぁどっちにしろ、二人とも責任感とか強いから、

自分達の願いを叶えた後は、人のためになることをするんじゃないかと思います。

 

 

 

 

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