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――― 011. 声が耳に届く頃
※ 現代 アル:女子高生 エド:大学生 見ず知らずの他人
一目惚れだった。
道で擦れ違っただけの、女子高生に。
どうして、なんて分からなかった。 けど、その衝動に抗うことは不可能だと、それだけは容易く理解ができた。
数日経っても消えない面影を求めて、あの日彼女が着ていた制服の女子高へと、俺の足は自然と向かっていた。 夕方の講義をサボって校門付近に身を潜め、ずっと待った。 しかし中々上手くはいかなくて、ようやく彼女を見つけることができたのは裏門の方を見張っていた5日目のことだった。
気付かれないように距離をとり、彼女の家まで後をつけると、表札にはホーエンハイムという苗字が出ていた。 やっと彼女を見つけ、家までも突き止めた俺の心に広がったのは安堵だった。 これで、偶然擦れ違っただけの頼りなかった彼女の存在が、確かなものになったのだから。
翌日は休日だったので、俺は早起きして彼女の家まで行くことにした。 裏庭に面した二階の部屋にあたりをつけて見上げていると、薄いピンク色のカーテンが開いてパジャマ姿の彼女が一瞬見えた。 たったそれだけのことで、俺の心臓は煩く跳ねた。
俺の、今のこの気持ちを、世間では恋と呼ぶのだろうか。
この間まではそんなもの下らないと思っていたが、今ならクラスの奴らが騒ぎ立てていた気持ちが分かるような気がした。
昼前になると、彼女はどこかに出掛けるらしく、母親らしき人と一緒に玄関から出てきた。 仲の良さそうな二人は髪の毛の色は違えど、笑った顔はそっくりだった。
母親は彼女をアル、と呼んだ。 それでようやく、俺は彼女の名前を知った。
俺は毎朝、アルが無事に家から学校まで辿り着くのを見届けてから大学へ行き、講義の大半を彼女のことを考えながら過ごして、夕方になるとまた学校から家までを見送ることが日課になった。 アルは大抵友達と一緒だったので、途切れ途切れに聞こえてくる会話の内容からアルの人となりを知ることができた。 話を聞けば聞くほど、俺はますますアルのことが好きになった。 そして同時に、アルの隣を当然のように歩き、アルの笑顔を惜しげもなく向けられるそいつらのことが羨ましくて仕方がなかった。
願いは貪欲になるばかりで、もっと沢山もっと近くでアルのことを感じていたいと思うようになったのはすぐのことだった。
そこで俺は、自分の頭脳と大学の施設を惜しげもなく利用して、超小型で最高性能の盗聴器を一から全部自分で作った。 遠隔操作で移動ができる構造にしたので、これでアルの生活の殆んどを、俺は把握できるようになったのだった。
そうしてしばらくは満足できていたのだが、やっぱり欲は膨れ上がっていくばかりでどうしようもない。 俺は、アルを知ることができた。 けれどアルは、俺のことを知りもしない。 今度はそのことが、心に引っ掛かるようになった。
けれど、どうすることもできない。
アルの後をつけている時に、何度も声をかけようと思ったことはある。 でもその度に、見ず知らずの俺なんかに話しかけられても迷惑なだけじゃないかって、嫌われたらどうしようって考えただけで恐ろしくなるのだった。
そんなある日、俺は帰り道でアルが男に告白されているのを見てしまった。 アルは断ったのでそれはそれでよかったのだが、俺は背筋が凍るような恐怖に襲われた。
いつかアルが、誰かのものになるかもしれない。
その誰かはアルの隣を独占し、手を繋いだり身体に触れたりするんだろう。 アルもその誰かに愛を囁き、名前を呼び、触れて、笑顔を向けて、キスをして、身体を・・・。
駄目だった、それ以上は考えられなかった。 そんなの許せるわけがない。 奪われたくなかった。 今の、純真無垢なアルを、誰にも。
絶対。
・・・奪われて、たまるか。
翌日、俺は研究室のとある薬品をチョロまかし、ハンカチに染み込ませた。 これは、アルを眠らせるための準備だ。 これで、アルを傷付けることなく俺の部屋まで運ぶことができるだろう。
すでに、アルをここに呼び出すための手紙は学校の下駄箱に入れてきた。 あとは、ここにアルが来るのを待つだけだ。
ようやく、一方通行だった俺達が出会うのだ。
今日はなんて、素晴らしい日。
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――― 012. 冷たい素足
※ 現代 エド:一人暮らしの大学生
昨日の夜中に、エドワードは近所の路地で人間を拾った。
もっと正確に言うならば、少年が倒れていたので家に連れて帰ったのだ。
その時何故、躊躇いもなく拾ってきたりしたのだろう。 自分はお人よしでも、面倒見がいい方でもないのに。 パッと目に付いた自分と同じ金髪と、まだあどけない表情が、幼い頃に亡くした弟を思い起こさせたからかもしれない。
ほっそりとした身体を抱きかかえて部屋へと帰り、とりあえずはベッドに寝かせた。 別に怪我をしているとか具合が悪そうというわけでもなく、ただ眠っているだけのようだったので、昨日はそのまま様子を見ることにしたのだった。
今朝エドワードが目覚めると、少年はすぐそこで興味深げにこちらの様子を窺っていた。 不思議と、困惑や恐れを感じている様には見えなかった。
エドワードが身体を起こすと、少年はにこりと微笑む。パッと花が咲いたような笑顔だ。
「泊めてくれて、どうもありがとう。僕ね、きちんとしたベッドで寝たの一週間ぶりだったんだ。お陰でよく眠れたよ。」
すらすらと紡がれる声は興奮のためか少し上擦り、高めの声は本当に可愛らしい。 こんな子供がまともなベッドで眠っていなかったなんて、一体どういうことなんだ? 色々と尋ねようとしたら、少年の腹がぐうと主張を始めたので、とりあえずは朝ご飯と相成った。
「うわぁ、これおいしいなー。」
一人暮らしの大学生が作れるものなんてたかが知れているのに、少年は随分と喜んだ。
「お前、名前は?・・・俺は、エドワードだ。好きなように呼べよ。」 「・・・・・・僕は、アル。アルフォンスだよ。」 「ふうん・・・アル、歳はいくつだ?どうしてあんな所にいたんだ?」
エドワードの質問に、アルフォンスは少年らしくない仕草で薄く笑った。
「・・・歳は秘密だよ。身体の見た目は十四歳だけどね・・・。二つ目の質問に答える前に僕も訊きたいんだけど、エドはどうして僕を拾ってくれたの?何か犯罪でも企んでるの?それとも少年が趣味っていう性癖の人なの?」
アルフォンスの言い草に、エドワードは呆気に取られる。
「・・・・・・ただの善意だよ。・・・弟に似てたから、放っとけなかったんだ。」
アルフォンスはジッとエドワードを凝視した後、今度は屈託のない笑みを浮かべた。
「良かった、今回は当たりみたい。」 「は・・・?」 「あのね、拾ってくれたついでにもう一つだけ僕のお願い聞いてくれない?」 「・・・なんだ?」
「あのね、僕にエドの、血を頂戴?」
「は?」
「僕ね、吸血鬼なんだ。」
「え?」
「でも、人間とのハーフだからそんなに沢山は要らないんだ。一回の食事でちょっと大きめのスプーンに何杯かで足りるんだけど、駄目かなぁ?・・・あ、血を吸う時は痛くないし、吸われたって吸血鬼になったりしないから大丈夫だよ?」
ね、お願いとアルは甘えるようにエドワードを見つめる。
「ちょっと待て、冗談じゃないよな?」 「大真面目だよ、僕は。なにせ命に関わることだからね。」
「・・・・・・やっぱり、血を吸わねぇと死ぬのか?吸血鬼ってのは。」 「そうなんだ。僕、ここ何週間か血を飲んでなくて、もう飢え死にしそうなんだ。僕ね、血を飲ませてもらうのは合意した相手だけって決めてるから、いい人に出会えない時は本当にしんどいんだ。今回もかなり運が悪くて、昨日までずっと辛かったんだ。」
アルフォンスは本気なのか泣き落としなのか判断のつかない表情で見上げてくる。 あぁ、駄目だ。そんな顔されて、放っておける訳がない。
「・・・分かったよ。」
覚悟を決めて頷くと、アルフォンスは嬉しそうに抱き付いてきた。 そして、床に座っているエドワードを跨ぎ、向かい合わせになる。顔の距離が近いので、キスでもするみたいな体勢だ
「・・・すぐ終わるから、じっとしててね。」
薄く唇を開けたアルフォンスは、エドワードの首筋に顔を埋めた。 エドワードは、痛みに備えて身体を硬くした。だが、やってきたのは痛みではなく、まるでキスをされているような快楽だった。身体が自然と熱くなる。
時が止まったかのような、数十秒。
「・・・終わったよ?」 「え・・・?」
「痛くなかったでしょ?僕達の牙って、そういう風になってるんだ。ちょっと跡が残るけど、一時間もしないうちに治るから大丈夫だよ。」
アルフォンスは飢えが満たされたのか、うっとりとした表情で笑った。それを見て、エドワードの体温がまた上昇する。 けれどそれとは逆に、触れ合っているアルフォンスの体温は冷たいままで、それは二人の心の温度差をも顕著に示しているかのようだった。
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――― 013. なみだのかおり
※ 軍部兄妹 二人は違う部署で働いている
多分、こんなにショックなのは、無駄に期待をしたせいだ。
仕事中の格好良い兄を見られると、期待してしまったのだ。(ちなみに家では、ダラダラかデレデレしているところしか見られない。)
過保護な兄のせいで内勤の部署になってしまったから、兄妹が司令部内で出会うことは殆んどない。 よって、兄の軍服姿すら実は、あまり見る機会はないのだった。
しかし今日はなんともラッキーなことに、書類不備をチェックしてもらうために、兄の元へ行かねばならないという願ってもないチャンスが訪れたのだ。 結果、浮かれてしまったのは仕方がない。 だけど今思えば、仕事に私情を挟んだのがそもそもいけなかったのだ。
書類を抱えて兄の執務室の前まで行くと、ちょうどそこに兄がいた。
しかし何故か、数人の女性に囲まれて。
瞬間、ぴたりと足が止まってしまった。
兄はなにやら困ったような、でも少し嬉しそうにも見える顔で話をしている。 そんなもの見てしまったら、もう駄目だった。 ずんずんと周りを押しのけるように進み、兄の目の前に書類を突き出して、チェックお願いしますと一言。 あとは返事も待たずに逃げてしまった。
こんなみっともない顔で部屋に帰るわけにもいかず、こうして誰も来ない資料室に隠れて自己嫌悪に陥っているわけだ。
あぁ、もう本当に嫌だ。 たったあれだけのことで、涙なんか出てくるんだもん。
と、誰も来ないはずの資料室の扉が開いた。 びっくりして振り返ると、そこにいたのは兄だった。
「これ、チェック終わったぞ。」
さっきの書類を渡される。
「・・・・・・わざわざ探さなくても、良かったのに。」
不貞腐れて言うと、目じりにキスを落とされた。泣いていたのは、どうやらバレているらしい。
「ついでに、報告してやろうと思ってな。」 「・・・・・・?」 「さっきのでお前が泣くほど嫉妬してくれたなんて、俺は心から幸せだ。」
兄は微笑んで、今度は唇にキスを。 あぁ駄目だ、この人には敵わない。
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――― 014. 僕と君の距離を、定規で測ってみる
※ アル:高校生、17歳 エド:化学教師、26歳 兄弟ではない
エルリック先生は、少々めんどくさそうに生徒の名前を呼び上げて、この間の小テストを返却している。
答え合わせは自分でしとけ、なんて教師にあるまじき発言をしてブーイングを食らっていたが、それもまぁお馴染みの風景だ。
しかし、今日の先生はいつになく上の空のような気がする。 普段から、授業中にも自分の研究のことを考えているような人ではあるけれども、ここまで気がそぞろな先生も珍しいかもしれない。 よっぽど気になる実験でもしているのだろうか?
なんて物思いに耽っていたら、チャイムが鳴って号令がかかった。 あれ、と思って手元を見たけど、僕の答案はまだ返ってきていない。 顔を上げると、先生と目が合った。
「アルフォンス・ホーエンハイム、ちょっと準備室まで来い。」 「・・・あ、はい。」
僕は慌てて荷物をまとめ、隣の準備室へと入る先生の後に続いた。
扉を閉めた瞬間、ドクリと心臓が跳ねた。だって今、僕は先生と二人っきりなのだから。 どうしよう、どうしたらいい?
「アルフォンス・ホーエンハイム」
もう一度、名前を呼ばれた。返事をして顔を上げたけど、頬が赤くなっていないか心配だった。
「・・・これは一体、どういうことだ?」
そう言って先生が差し出したのは、さっきの小テストの答案だった。 受け取って見ると、点数のところが空白だった。 ついでに言えばこの答案、解答欄も真っ白なのだが。
「えへへ・・・」 とりあえず笑って誤魔化したら、先生は小さく溜め息を吐く。
「50点満点のこんなテスト、いつものお前なら楽勝だろ?・・・何かあったのか?」 てっきり叱られるかと思ったら、先生の表情はすごく真剣だった。どうやら心配してくれているらしい。 それを不謹慎だけど、ちょっぴり嬉しく思う。
「・・・何でもありません。ちょっと、ぼうっとしちゃっただけで。」 僕の言い訳に、先生はまだ納得できないような表情を浮かべたが、それ以上追求はしてこなかった。
でも、ぼうっとしていたのは半分ホントだ。 小テスト中に生徒の監督もしないで本に夢中になっていた先生に、見惚れていたのだ。 そしてあと半分は、このまま白紙で出したら先生は、何か言ってくれるだろうかと期待したのだ。 いつも、最高点を取れば先生は頑張ったなって言ってくれるけど。 それでも十分、嬉しいけれど。
欲が出た。 もう少し、先生との距離が縮まらないかなって、思ってしまった。 結果はご覧の通り、上々だったわけだが。
けど、そんなこと言えない。言えるわけない。 先生のことが、好きなんだって。
それは僕だけの、大事な秘密だ。
「・・・・・・今度は満点取りますね。」
想いを隠したまま僕は笑って、準備室を後にした。
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――― 015. 君が望んだ朝は来ない
※ 現代 兄:大学生 弟:高校生 二人暮らし
今朝、目覚めるなり俺が考えたことは、今から一体どんな顔をしてアルフォンスに接すればいいのかということだった。
しかも今日は土曜日で、二人とも出かける用事もなく、じゃあ一緒に大掃除でもするかなんて話をしたくらいだから、一日中顔を合わせないでいるなんてことは不可能だ。
俺は、重くのしかかる現実に頭を抱えて溜め息を吐いた。 ついでに昨日飲みすぎたせいで、体調もすこぶる最悪だった。
一体なにがあったのかというと、昨日の夜、酔った勢いで俺はとんでもない過ちを犯してしまったのだ。
よりにもよってアルフォンスに、俺はキスをしてしまった。 しかもあいさつのチューなんて言い訳はできないような、ディープなやつを。
なんでそんなことをしてしまったのかというと、半分は酔ってていつものように我慢ができなかったからで、あと半分はふらついた俺を支えてくれたアルが風呂上りだったので、つい欲情してしまったからだ。
俺はアルフォンスの両腕を拘束して廊下の壁に押し付け、何度もキスをした。 今思えば、相当色んなものが溜まってたんだろう。 キスの合間に、アル、好きだとか言ってしまったし、俺の気持ちは完全にバレたに違いない。
今となっては後悔ばかりが募っていくが、アルとしたキスは、本当に気持ちが良かった。
そして、俺のこの想いが気紛れでも勘違いでもないってことを身をもって教えてくれたのだから、そのことに関してだけは本気でよかったと思う。
色々と思い出していたら、身体が熱くなってきた。 アルフォンスの匂い、肌の滑らかさ、濡れた舌の感触、どれをとっても愛おしい。
しかしアルは、どう思ったのだろう。
・・・と、ここで、俺はあることに気が付いた。 それは、俺がキスをしている時に、アルフォンスは一切抵抗をしなかったということだ。 そして、その後で自室に逃げ込んだ俺を、追いかけてもこなかった。 そういえば、罵りも悲鳴も、制止を求める声すら、なかったのではないか・・・?
だとすば、それは一体どういうことだ? アルフォンスだって嫌なら抵抗するだろう。たったあれだけの力で抑え込まれるほど柔じゃないはずだ。 だとすれば?
もしかしてアルも、俺と同じ気持ちだったのか?
ありったけの期待を込めてリビングの扉を開けたら、そこにいたアルフォンスはいつものように優しい顔で笑っている。
「・・・おはよう。兄さん、昨日のこと覚えてる?玄関で寝てたでしょ?」
「・・・・・・?」
「兄さん揺すっても起きなかったから、僕が部屋まで運んであげたんだよ?」
「・・・アル?」
「昨日はかなり酔っ払っちゃったんだね。普段はお酒、強いのに。」
「・・・アル。」
「あんまり飲み過ぎないように気をつけてね?」
「アル・・・!」
俺はアルに詰め寄って、咄嗟に逃げようとする腕を捕まえて引き寄せた。 それから白いシャツの襟を掴み、力任せに引っ張る。釦がいくつか弾け飛んだ。
そうして露になったアルフォンスの白い首筋には、赤い跡がはっきりと付いていた。 昨日、俺が付けたキスの跡。
アルは俺の手を払いのけると、後ずさって距離を取った。
「これは、・・・虫に刺されたんだ。」 「っちが・・」 「っ違わない!」
アルフォンスは、今まで見たこともないような冷たい目で、俺を見た。 俺はぞくりと背筋が震える。 こんなアルを、俺は知らない。
アルは俺の気持ちごと全部、なかったことにした。
それが、アルフォンスの出した“答え”だった。
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――― 016. 刹那の少年
※ エド:マフィアの跡取り アル:暗殺者
「動くなよ、・・・命が惜しけりゃな。」
こめかみに押し付けられた冷たい銃口の感触に、アルフォンスは小さく息を呑む。
目の前の男は、余裕の笑みを浮かべてこちらを窺っている。 ついさっき、この角を自分が曲がるまでは、アルフォンスの方がこの男を尾行しながら暗殺の機会を窺っていたというのに。
男は道の向かいのホテルを顎で指し、再びその口を開いた。
「ちょっと話、聞きたいからさ。付き合ってくんない?」
男が視線を向けただけで、フロント係はすぐさま部屋の鍵を用意した。 そういえば、このホテルを裏で仕切っているのはこの男の父親だ。
アルフォンスは最上階の豪華な部屋へと連れていかれ、手荒にベッドに押し倒された。
「お前、・・・とりあえず服脱げよ。」
男は、言ってるそばから自分で脱がしにかかっている。 アルフォンスの衣類から仕込んだ武器を取り除いては、無造作に床へと投げ捨てる。 そしてとうとう、アルフォンスは下着姿になってしまった。
「お前、俺が誰だか知ってるよな?」 「・・・・・・・・・エドワード・ホーエンハイム。・・・ここらを取り仕切ってるヴァン・ホーエンハイムの息子で、その跡取り。」
「お前、名前は?」 「・・・・・・アル。」
「ふぅん、・・・家族はいないのか?」 「・・・・・・いないよ、孤児だから。」
「へぇ、・・・じゃあ、お前を拾って立派な暗殺者に育て上げ、俺を殺せって命令したのはどこのどいつだ?」
「・・・・・・それは、言えない。」
口を噤んだアルフォンスに、男は面倒くさそうに肩をすくめた。
「・・・言わねぇと、犯すぞ?」
「・・・・・・・・・・は?・・・僕、男だけど?」
「お前みたいな綺麗な男は許容範囲内だ。ちょうど、女とヤるのに飽きてたところだったんだ。・・・さぁ、どうする?」
男は明らかに面白がっていた。 僅かに頬が赤くなったアルフォンスの反応を見て、さらにからかってくる。
「何だお前、まだ童貞か?」 「・・・・・・っ絶対、言わない。」
「犯してもいーのか?」 「絶対言わない。」 「・・・頑固だな。」
男はどこかへ電話をかけ始めた。
「・・・あぁ、俺だけど。マスタングの野郎に繋いでくれ。」
出てきた名前に、アルフォンスの身体がビクリと跳ねる。
「あんたんとこのガキが一匹、俺のトコに来てんだけど、・・・どうする?」
「・・・あぁ、分かった。」
電話を切った男は、こちらを向いてニヤリと笑った。
「お前のこと、俺の好きにしていいってさ。ま、任務をしくじったんだから仕方ねぇよな。」 「・・・・・・・・・」
「お前また、行くとこなくなっちまったなぁ。」 「・・・・・・・・・」
「お前、今から俺の部下になれ。」
「・・・・・・は?・・・確かに僕にはもう帰るところは無くなったけど、信用なんかしていいの?」
「俺は、お前になんかやられねぇよ。ま、万が一そんなことにでもなれば、俺の人生はそこまでだったってことだ。それに俺は、この瞬間が楽しけりゃそれでいいんだよ。」
「・・・・・・・・・分かったよ。」 「・・・じゃ、今からよろしくな。・・・アルフォンス・エルリック。」
男は、伝えたはずのないアルフォンスの本名を口にして、またニヤリと、意味深長な笑みを浮かべた。
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――― 017. 歌を聞かせて、甘く淫らな君の歌
※ 遊郭にて エド:男娼 ロイ:エドの馴染みの軍人
「おい、クソ大佐!外のアレはなんなんだ?」
「いきなりそれかね、一ヶ月ぶりに会いに来たというのに。」
エドワードは不機嫌そうに、ロイの向かいに腰を下ろす。 ロイは構うことなく、手酌で杯をあおっている。
「俺は会いたくなんかなかったけどな。」 「はは。アレは私の部下だ。護衛を兼ねているから、特別にここまであげてもらったんだ。少々、社会勉強も含んでいるが。」 「ふーん、だったら中に入れれば?あんたの仕事も、見せるんだろう?」 「君が構わないなら、そうさせてもらおう。・・・アルフォンス」
静かに襖が開かれて、青年が姿を現す。軍人というには少々幼い感じがした。 興味を引かれたエドワードは側に寄り、その顔を覗き込む。
「・・・俺、自分以外で金髪で金目のやつに会ったの初めて。」
その髪に触れようとしたエドワードの手を、アルフォンスはパシリと払った。
「・・・触らないで下さい。」
蔑むようなその声音に、瞬間、エドワードの目が冷える。 こんな商売だから、そういうことには敏感だった。 ロイは、やれやれといった面持ちで口を挟む。
「アルフォンスはまだ、こういうことには潔癖なんだ。気にするな。」
すると突然、エドワードは何を思ったのか、アルフォンスに口付けた。 アルフォンスは目を見開いたまま硬直している。 それを見て、趣向返しが成功したことに満足したのか、エドワードは低く笑った。
「お前、初めてだろ?・・・残念だったなぁ、初めての相手が男の俺で。」
エドワードはまだ、笑っている。ロイは珍しいものでも見るように、二人の様子を眺めた。
「俺だって、好きでこんなことしてねぇよ。でも、これが俺の仕事だからな。」
アルフォンスは、はっとしたように口元を押さえた。
「ごめんなさい、僕・・・さっき酷いことを」 「何だ、・・・素直なやつだな。」 「ごめんなさい。」
エドワードはがしがしと頭をかくと、懐から紙を出してロイに手渡した。
「この間あんたが踏んでた通り、その二人は繋がってるみたいだな。ったく、あのおっさん口が堅ぇから、聞き出すのに苦労したぜ?」 「ふむ、・・・さすが手練手管に長けているだけのことはある。毎回助かるよ。この間のヤマも、お前のくれた情報が切り札になったよ。」 「じゃ、礼ははずんでくれよな。」 「少しまけてくれ。この間のデートでだいぶ財布が軽くなったんだ。」 「たんまりもらってるくせに、よく言うぜ。・・・で、他に欲しい情報は?」
そうやってやりとりと酒を酌み交わし、二人がこの部屋を出て行く際、アルフォンスは振り返ってエドワードを見た。
その目の金色は、何故かエドワードの心にはっきりと刻まれたのだった。
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――― 018. 天使が踊る花
※ エディ:14歳、エルリック家の一人娘 アル:23歳、執事
「エディお嬢様、お願いですからそんなこと仰らないで下さい。」
燕尾服を纏った青年は跪き、目の前の小さな主人に懇願する。 その主人――金髪の少女は、プイと顔を背けたままだ。
「ヤダっ!婚約者を決めるためのパーティーなんか、絶対出ないっ!」 「・・・お嬢様、パーティーは今夜なのですよ?今更、取り止めることなど出来ません。このために、沢山ダンスの練習もしたではありませんか。」 「・・・だって!あの時はこのためのだって知らなかったし、ダンスの練習相手がアルだったから、本当はダンス嫌いだけど一生懸命やったんだよ!」
少女は膨れっ面で執事を睨む。 仕方がないので、執事は別の方向から攻めることにした。
「実は、今夜お嬢様がお召しになる予定のドレスは、私が選んだものなのです。このドレスを着て踊るお嬢様はさぞ美しいだろうと、拝見するのを楽しみにしていたのですが・・・。」
執事が物憂げな表情を浮かべると、少女の心は大いに揺れた。
「・・・分かった。でも、婚約者なんか選ばないからな!パーティーに出るだけだからな!」 「・・・仕方ありませんね。旦那様にも、そのようにお伝えしておきます。」 「それから!ドレスを着て最初に踊るダンスの相手はアルじゃなきゃヤダ!」
このお願いには、さすがの執事も驚く。
「承知しましたが、私はパーティーには参加できませんので、始まる前でよろしいですか?」
少女は嬉しそうに頷くと、あんなにも嫌がっていたはずなのに、一目散に着替えに行ってしまった。
準備の整った少女を見て、執事は惜しみない賛辞を述べた。 少女ははにかみながら、早く早くと執事の腕を取る。
「お嬢様、ダンスは庭で致しましょう。」
疑問符を浮かべた少女を、執事は庭のある一角へと導いた。 そこには、満開を迎えた花々が咲き誇っている。
「そのドレスを見たとき、この花のようだと思いました。そして以前、お嬢様がこの花が好きだと仰っていたのを思い出したのです。」
執事が笑むと、そんな些細なことを覚えていてくれた執事の心遣いに感激した少女は、嬉しそうにその身に抱き付いた。
ふわりと風に揺れる花々の元で、ひらひらと舞うドレスの少女と執事が踊る様はまるで、素敵な物語の挿絵のようだ。
「・・・・・・なぁ、アルが婚約者、じゃ駄目なのか?」
「・・・それはいけません。」
「でも、他の男と結婚するなんて嫌だ。・・・結婚するなら、アルがいい。」
「駄目です、お嬢様。・・・お嬢様は私の主で、私はあなたの執事なのですから。」
執事が少し悲しそうに零した言葉の意味を、少女が身をもって知ることとなるのは、もう少し先の話だ。
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――― 019. ぽたぽた、滴る
※ エド:軍人 アル:人体錬成で妹に 二人暮らし
アルフォンスがこの身体になってから、早くも一ヶ月ほどが過ぎようとしていた。
最初はやはり戸惑いの方が大きく、こういった入浴の時など、自分で自分の裸を見ては恥ずかしがったりしたものだが、それにもようやく慣れてきたところだ。
アルフォンスは湯船に浸けていた右手を持ち上げた。 すると、なめらかな曲線のラインを辿って雫がぽたぽた滴る。
自分で言うのも変なのだが、女の子の身体って、どうしてこんなにすべすべで柔らかくて気持ちいいんだろう?兄が、よくアルフォンスの手や頬を触りたがる気持ちがよく分かった。
うっかり自室に着替えを忘れてしまったようなので、アルフォンスは仕方なくバスタオルを巻いて脱衣所を出た。
部屋に向かう途中で雨音に気付き、小窓から庭を窺うと、濡れた紫陽花の花がとても美しかった。 しばし、その色と雨の匂いと、ぽたぽたと滴る雨水の音を、ようやく取り戻した五感で堪能する。
と、今度はアルフォンスの髪からぽたりと雫が滴る。 あ、と思って視線を窓から外すと、リビングの扉のところに兄がいた。
「・・・あ、兄さん。お風呂あいたよ?」
声をかけたのに、兄は硬直したままだった。その顔を窺うと、何か違和感が・・・。
「・・・あ、兄さん。鼻血が・・・」
兄の鼻からぽたぽたと滴る赤い雫は、顎を伝い床に落ちていく。 アルフォンスが驚き慌てて駆け寄ると、その拍子にバスタオルが肌蹴てしまった。
「・・・あっ」
その瞬間、兄はあっけなく気絶した。
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――― 020. 片手には銃、片手には君
※ 軍部兄弟 戦争が始まる
「兄さん酷い!僕を置いて行くなんて、許さないから!何で自分は国境線のしかも最前線に行くくせに、僕は司令部に待機だなんて!」
「馬鹿、ここを守るのだって重要な任務だ!お前は攻めるのより守る方がうめェから、そういう人員配置にしてんだよ!適所適材だ!」
「・・・・・・あっそう、じゃ言わせてもらうけど。」
「・・・・・・なんだ?」
「僕は、エルリック大佐のこの案は、最善策ではないと思います。」
「・・・その理由はなんだね、エルリック少佐?」
「これでは、大佐の本来の力の半分も出ませんね。あなたには、こういう戦い方は向いていません。あなたには、前へ攻め込みながら尚且つ自分の背中と後ろの部下も守るなんていう器用な真似は出来ませんから。」
「・・・否定は出来ないな、残念ながら。・・・では、どうしろと?」
「あなたの後ろに、優秀な補佐官を置くべきです。それであなたは前のことにだけ集中でき、自身も部下も危険に晒す確率が低くなると考えられます。」
「・・・で、その結論は?」
「僕を連れて行け。」
「・・・その人選の理由は?」
「そりゃあ僕が、優秀な人材で、守る方が得意で、あなたの妙な言動にも対応できて、兄さんが安心して背中を預けられる唯一の人間だからだよ。」
「・・・アル」
「ねぇ、僕をこんなところで心配させながら待たすだけより、僕をあなたの側へ置いておいた方が断然、あなたが生きて戦場から還る確率は高くなるよ。だって僕があなたを、守るから。どちらか一人じゃできないことだって、僕達二人ならきっとできるよ。」
「・・・分かった。・・・アル、俺と共に戦場へ行ってくれるか?」
「勿論。お望みならば、地獄まで。・・・例えどこに行ったって、兄さんと一緒なら負ける気がしない。」
「はは、そりゃ頼もしい限りだ。」
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