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背徳
“お前を愛している”なんて、軽々しく口にしてはいけない。 お前は大切な、たった一人の“家族”だから。
だけどもうすぐ、限界が来るだろう。俺の精神は、とうとう壊れ始めた。
“お前を愛している”なんて、軽々しく口にできるわけがない。 お前は大切な、たった一人の“弟”だから。
だけどもうすぐ、我慢できなくなるだろう。唇が、勝手に動くんだ。 それが音を伴うようになるのは、そんなに先のことじゃない。
・・・・・・愛してるよ、アル。
我侭な僕を、許して下さい。これ以上、あなたを束縛したくはないのに。 どうしても願ってしまう。ずっと僕の側にいて、と・・・。
血よりも濃い繋がりが欲しくて、それを形にして確かめたくて、交わることを望んでしまう愚かな僕を。
神様、どうか許して下さい。
あなたの幸せだけを願っていたいのに・・・。
鋼と鎧
精神混線。
それが今の俺達を繋ぐ、血より濃い絆。
堪らなく深いところで結ばれているという事実。 それがもたらす、家族愛以上の安心感。 離れられないようにもっと奥深くまでと乞う、浅はかな支配欲。 このまま独占したいと願う、狂気じみた愛情。
ひとつになりたいと、あんなにも望んだせいなのか。
これに関してだけは、真理の野郎に礼が言いたい。
二度目の人体錬成
“大好き”も、“愛してる”も言えないまま、死ぬわけにはいかない。
還るんだ、絶対に。兄さんの、腕の中へ。
“大好き”も、“愛してる”も言えないまま、逝かせるわけにはいかねぇ。
取り戻す、絶対に。お前の、優しい笑顔を。
Sleeping Beauty あと少しだけ、夢を見ていて・・・
「・・・アル?・・・いねぇのか?」
さっきまでそこにいたはずの姿が見当たらない。 ドアを開けて、庭に降り立つ。 あたりを見回した時、強い風がびゅうと吹いて目を細めた。 その視界の隅っこに、風になびく金髪が映る。
「・・・・・・・・・」
ふらふらと、引き寄せられるように側まで寄って、膝を折り覆い被さる。 薄く開いた唇に、自分のそれを重ね合わせた。
「・・・ぅん?・・・っ!!」
強い力で押し戻される。目の前の人は頬が真っ赤だ。
「・・・ちょっ、兄さん何?!人が昼寝してる時に・・・!!」
「・・・・・・・・・白雪姫かと思った。」
「・・・・・・・・・。」
頬がいっそう、赤くなった。
エド2〜3歳くらい
「あらあら、エドはまたアルのところにいたのね。」
「ん。」
「アルは寝てるから、一緒には遊べないわよ?」
「んーん。あるのこと、みてるだけ。」
「それで楽しいの?」
「うん。」
「エドは、よっぽどアルが気に入ったのね。」
「だって、ある、かわいいんだもん。」
「確かにそうだけど・・・。エド、アルは男の子なのよ。かわいいっていうのは、あんまり嬉しくないかもしれないわね。」
「でも、あるはかわいい。」
「うーん、そうだけど・・・」
「そうだ!おれ、あるをおよめさんにする!」
「えぇっ?!」
「ねぇ、いいでしょ?だからかあさん、あるをおれにちょうだい?」
「・・・・・・エド、アルはアルのものよ。母さんのものじゃないの。だから大きくなったら、それはアルに聞いてみなさい。」
「・・・うん。わかった!」
あなたのいる世界は
世界が変わる。
世界が色付く。
陽の光は温かくて、風も優しい。
あなたの隣はこんなにも、心地良い。
僕の世界を変えるのは、あなた。
あなたが隣にいるだけで、ただ、それだけで・・・。
僕はしあわせ、なんだよ。
ベッドの上で抱き合いながら
「なぁ、アル・・・俺、死にそう。」
「・・・え?」
「お前って、顔も身体も声も性格もかわいいくせに、お前の愛だけは何でこんなに危ないんだろうなぁ。」
「・・・なに、どういう意味?」
「お前の愛で、俺は死にそうになる。」
「・・・・・・・・・それって、僕が・・・重いってこと?」
「違ぇよ。殺傷力が半端じゃないっつうコト。」
「はぁ・・・?ホントにワケ分かんない。・・・・・・僕の愛は、凶器かなにかなの?」
「・・・だから、それが凶器だっつってんの。今の、お前の顔。」
「えぇ・・・?僕、どんな顔してるの?」
「・・・言葉じゃ言い尽くせねぇくらい、スゲーエロい顔。」
「・・・う、ウソだ!そんな顔してないもんっ!」
「あ、またエロ度が上がったぞ。」
「もうっ!からかわないでよ!」
「・・・お前にそんな顔されると、マジで死にそうになる。」
「・・・なんで?」
「なんだろうな・・・?愛おし過ぎて・・・?」
「・・・・・・っ!」
「お前にそんな顔で見つめられると、心臓が止まりそうになって、このまま死んでもいいなって気がしてくる。」
「・・・・・・そうなの。・・・僕、兄さんを殺す気は全然ないんだけど。」
「んなの、分かってるよ。だから、俺が言いたいのは、“死ぬほどお前を愛してる”っつうこと。」
妹と兄
この人の腕の中は、まるで硝子細工の檻のよう。
僕がどこかへ行ってしまわないように、取り囲んで拘束するくせに、その格子は光を受けて美しく煌き僕を惑わす。 なのに、少し力を込めればいとも簡単に壊れてしまって、粉々になった破片は容易く元には戻せない。 その裏腹な繊細さに困惑する僕は、細心の注意を払ってこの人を大切にしなければならなくなった。 僕だって、この人を失いたくはないんだもの・・・。
だからずっと、好きなようにしていればいいよ。 捕らえておかなくたって僕は何処にも行かないけれど、この人の檻の中は居心地がいいから、黙っているね。 ついでに、僕にはこの人の腕の中以外には居場所がないってことも、黙っている。
あなたが好きだというこの声と笑顔で唄い続けるから、ずっと捕らえて離さないでね。
軍属姉弟と大佐と中尉・公開恋愛相談
「姉さん、そんな話ならもっと小声でしてよね。仕事サボってるのがばれるじゃないか。猥談が楽しいのは分かるけど。」
「・・・アルフォンス君。注意すべき点はそこじゃないと思うのだけれど。」
「・・・無駄ですよ、中尉。この人に常識とかモラルとか求めても。」
「・・・アル?お前今、さらっと俺のことバカにしただろ?」
「ん?してないよ。姉さんの勘違いでしょ。」
「・・・・・・アルフォンス。常々疑問に思っていたのだが、君はこんなのの、一体どこがいいのかね?」
「・・・・・・それは、言えませんね。」
「アルッ?!言えないってどういうことだ?!俺ならお前の好きなトコ、いくらでも出てくるぞ?!」
「だから、大声出さないでって言ってるでしょう?ちょっと落ち着きなよ。」
「これが落ち着いていられるかー!!お前それでも、ホントに俺のこと愛してるのか?!」
「当たり前でしょ。」
「だったらなんで、キスより先には進まねぇんだよ!そんなに魅力ねぇのか、俺の身体は!抱く気もおきねぇくらい貧乳で悪かったな!!」
「・・・・・・・・・・・・じゃあ、今日スル?」
「は?」
「姉さんシたいんでしょ?だったら今晩してもいいけど?」
「・・・お前、なに言ってるか分かってんのか?シたいって、チューのことじゃねぇぞ。」
「分かってるよ。チューの先の、ベッドの上ですることでしょ。」
「おまっ・・・、それがナニするか知ってんの?」
「知ってるよ。色んな人が貸してくれたエロ本も読んだし。」
「・・・・・・アル、本気か?」
「うん。」
「・・・・・・・・・・・・っヤッター!!」
「・・・・・・アルフォンス、痴話喧嘩なら他所でやってくれ。・・・これ以上、独り身の私を傷付けてくれるな。」
「あ、すみません。お騒がせしてしまって。お詫びに今日は姉さんをバリバリ働かせますから。・・・ねえさーん、いつまでも感動に浸ってないでよ。真面目に仕事しないと、早く帰れないよ?」
「おぉ、そうだった!じゃあ、アル!さっさと片付けて、さっさと帰ろうな?」
「うん、そうだね。」
「・・・アルフォンス、私は今日、しみじみ思ったよ。いくら世界が広いといっても、アレを心から愛せるのは、君くらいのものだろうな。」
「それは、僕にとっては好都合ですけどね。恋敵がいないってことでしょう?」
「アレはともかく、君の方は随分とモテるのに、もったいないことだな。」
「そうですか?僕は姉さん一人がいれば、それで十分ですけどね。」
「・・・・・・・・・アルフォンス君!よく言ったわ!大佐、少しはアルフォンス君を見習ったらいかかですか?」
「うっ・・・!」
「そうだぞ、大佐!あんたもいい加減年なんだからさ。この先誰も相手にしてくれなくなったら、その先の人生真っ暗になるぞ。」
「・・・・・・そう、だな。」
「あ、姉さん。この間から溜まりまくってるそこの書類も、さっさと片付けてね。」
「おう!頑張ろうな、アル!今晩のために!」
ナースコスプレ・アルで
「あーるー、痛い、やだ。」
「注射くらいでなに言ってるの?ってか、まだやってないし。」
「なぁアル、終わったら痛いのガマンしたご褒美にキスして?」
「・・・いいけど。」
「・・・嘘、マジで?」
「う・そ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「はい、終わったよ。」
ちゅ。
「・・・・・・・・・っあ、アル!もう一回、して!」
「ヤ・だ。」
空っぽ同士の鎧と鋼は、互いにソレを充たし合う
あなたは僕のヒカリ。 あなたは僕のミチシルベ。
暗闇の中で迷いそうになると、いつだってその金色の目が、僕をちゃんと見つけてくれる。 その腕に沢山の愛情を抱えたあなたは、それを惜しみなく僕に与えてくれる。 あなたがそうやって、からっぽの僕に愛を注いでくれるから、僕は僕でいられるんだよ。
おまえは俺のヒカリ。 おまえは俺の優しくてあたたかいキボウ。
旅を始めてから、寂しいなんて思ったことは一度も無い。 その理由は簡単。 いつもおまえが隣にいてくれるからだ。 挫折しても、立ち止まるようなことは無い。 おまえが俺を支えてくれるから。 からっぽなんかじゃないよ、おまえという存在は。 沢山のものを、こんな、どうしようもない俺に与えてくれる。
罪と罰を分かち合い、互いが互いのヒカリとなる。 泣きそうになる夜毎、慈しみ合っては、その存在感を確かめ合う。
はたから見ればそれは、依存。 本人達にとっては、かけがえのない絆だった。
愛情は形を変えていく。時の流れは止められない。
・・・それを禁忌と知らないままに。 どうしようもなく、堕ちて行く・・・。
鎧と鋼
当たり前のことは確かなようで、脆いものだ・・・。
―――ねぇ、兄さん。・・・これからもずっと、僕の側にいてくれる?
―――当たり前だろ?俺達は兄弟で、二人きりの家族なんだから。
あぁ、兄さん・・・。 どうして、そんな笑顔で言い切れるの? どうして、何の疑いもなく信じられるの? 僕は不安でたまらないよ・・・。
あなたの言うその当たり前が、いつか壊れてしまうんじゃないかって。
兄さんは錬金術師のクセに、どうしてそんな根拠の無いことを信じているの? いつかは離れ離れになるかもしれないって、思ったことさえ一度も無いの?
僕達は大人へと、変わってく。 そうすると、当たり前だって、変わっていくんだよ・・・。
気付いてないの、兄さん? この世界には、当たり前なんてこと、ひとつだってありはしないよ。 だから僕には、あなたの言葉が信じられない。
とてもとても悲しくなって、僕はやっぱり、訊かなきゃ良かったと後悔をした。
寒い冬の、とある晴れた日。
人体錬成の代価
あなたは僕のために、何でも犠牲にしてしまう。 僕はただ、それが無性に恐ろしい。
ねぇ、兄さん。
僕の身体が元に戻った時、あなたの身体はそこにあるのかな?
何一つ欠けることなく、温かいままで。
一面に広がる、血の海。
・・・あぁ、また
ほら、いわんこっちゃない。 神様の高笑いが、聞こえた気がした。
兄さんは、とうとう命まで犠牲にしました。
鎧と鋼
痛い・・・? ――― ・・・痛くない。
つらい・・・? ――― ・・・つらくない。
苦しい・・・? ――― ・・・苦しくない。
泣きたい・・・? ――― ・・・泣きたくない。
嘘吐き・・・! ――― 嘘じゃない・・・。
泣いてよ・・・。 ――― 泣けない。・・・もう、泣かないって決めたから。
だんだん、でも確実に、狂っていく兄を見つめて鎧が思うこと
僕は、あなたのために死なない。 あなたのために、生きていてあげる。
それが僕に出来る、最大限の優しさだから。
狂っていくあなたを見つめて僕が絶望して、命を投げ出すのは簡単だ。 この血印を削ってしまえばいい。 幸い、痛みも衝撃も感じない便利な身体だ。
だけど、僕はそういう未来は選ばない。
僕は、生きるよ。だってそうしていれば、あなたも生きてくれるでしょう? 狂っていくことも、絶望が深くなることも、止められはしないけど。
僕が生きている限り、あなたも生きてくれるでしょう?
情事後・ベッドの中で
「ねぇ、兄さん」
「・・・なんだ、アル」
「・・・・・・僕達、一緒に死ねたらいいのにね。」
「・・・俺は、アルを残して死んだりしねぇよ。」
「・・・僕だって、兄さんを独りにして死ねるわけないよ。」
「・・・・・・・・・一緒に、か」
「そうだよ。死ぬ時は、一緒が良い。そしたら、淋しくないよ。」
「・・・あの世でも、一緒にいられたらいいのにな。」
「うん・・・。ずっと、一緒にいたい・・・・・・」
もう二度と、離れないよ。 そう、君に誓う。
人体錬成前日・大佐とエド
依存して、依存されたい。 だから、恐いんだ。 錬成が成功してあいつが普通の身体を手に入れたなら、俺の元からいなくなるんじゃないかって。 今みたいに、俺に依存してくれなくなるんじゃないかって。 ・・・そんなの俺は、耐えられない。 だから、考えたんだ。 もしも俺が、錬成のせいで傷付いたり、最悪死んだりしたら、あいつは一生俺の側にいてくれるんじゃないかって。 罪悪感と共に、この先もずっと依存しながら生きられるんじゃないかって。 ・・・ま、もちろん俺は、生きてアルの側にいたいんだから、死にたくはねぇんだけどな。
人体錬成3日前・大佐とアル
僕は、依存したくないし、して欲しくない。 兄さんが僕を大切にしてくれているのは嬉しいけれど、だからこそ、それが余計に恐いんです。 もし、錬成に失敗して僕が死んでしまったら、あの人は生きていけなくなるんじゃないかって。 僕のためにまた、自分の身体を犠牲にするんじゃないかって。 あの人は僕に依存しているから、ずっと僕の側にいたいと思ってるし、僕を一生自分の側に置いておきたいと思ってる。 それは別に構わないんですよ。 元々僕も身体が戻ったら、そうするつもりだったんですから。 昨日、兄さんが僕に訊いたんです。 「もし、人体錬成が失敗して、アルは元に戻れたけどその代わりに俺が死んだら、どうする?」 何があっても、結果がどうであっても、もう人体錬成だけはしないって約束してたから、僕は兄さんの分も一生懸命生きるよって言いました。 そしたら今度は、「俺が死んでも、俺のこと忘れたりしないか?」って訊いてきたんです。 僕は当たり前だよって、こんなにも大事な兄さんのことを忘れられるわけないじゃないかって答えました。 そしたらまた、兄さんは尋ねました。 「俺が死んだら、お前はずっと、俺を想いながら生きてくれるのか?」 僕は驚きました。 兄さんの表情が、あまりにも真剣だったから。 ・・・僕が生きていられるのは、兄さんのおかげだもの。 兄さんのことを考えない日は、きっと無いよ。 僕がそう言った瞬間、兄さんは満足そうに微笑んでいました。 その笑顔はあまりにも嬉しそうで、僕はとても恐くなりました。 そして、最後の質問は、こうでした。 「俺が死んだら、お前の心はずっと、俺だけのものになるのか?」 それはもう、質問じゃなくて、確認でした。 あるいは兄さんの願望で、もしくは絶対の命令でもあったんです。 僕には兄さんの考えていることがよく分かりました。 だから本当に、心から恐ろしかったんです。 僕も兄さんも、十分すぎるほど知っているんですよ。 死んだ人間が、どれだけ残された人間の心を捉えて離さないか。 それが大切な人であればあるほど、その力が強力なのか。
人体錬成に失敗して幽霊になったアルと、死にたがりのエド
「兄さんが死ぬことは許さない。これはそう、罰なんだ。兄さんは僕を殺した罰として、生きなきゃいけないんだよ。しかも、この上なく幸せにね。」
「嫌だ、アル・・・。俺はもう、死にたい。お前のところへ、逝きたい・・・。」
「駄目だよ、兄さん。死ぬなんて絶対、許さない。兄さんは僕の分まで生きなきゃいけないんだよ。しかも、この上なく楽しくね。」
「アル・・・。お前のところに逝かせてくれ・・・。・・・もう、耐えられない。」
「・・・駄目だよ、兄さん。これは罰だって、言ってるでしょう?・・・・・・僕は死んじゃったけど、兄さんは生きるんだよ。」
そう言って弟は、いつもにっこりと笑うのだ。
その笑顔で、こんなにも痛いセリフを吐くのか、お前は・・・。
俺は胸が詰まって、息が出来なくなりそうだ。 苦しくてそれこそ、死んでしまいそうになる。
分かっているはずだ、アルには。・・・その言葉がどれほど俺にとって、残酷か。 そして、俺だって分かっている、つもりだ。 ・・・その言葉に、どれだけアルの優しさが、込められているのか。
分かっている、分かっている、分かっている。
だけど・・・、
鎧の嫉妬
兄さん、知っていますか? 僕の中に巣食う、このどす黒い感情が、・・・嫉妬だってこと。
あぁ誰か、僕を助けて・・・!
早くしないと、この黒くて恐ろしいものに侵蝕されてしまう。 侵蝕された場所から錆付いて、この鉄の鎧はいとも簡単に、動かなくなってしまうんだ。 僕は、動けなくなってしまうんだ・・・。
多分、それほど遠くない、未来に。
あぁ、嫉妬に食い殺される鎧、なんて・・・滑稽だと思わない?
依存症兄弟
自分を見失っているんだ、俺達は完全に。
互いの存在自体で自分を認識していなきゃ、まともに呼吸もできやしない。 これが、この俺達の在り方が、“依存”以外のなんだって言うんだ?
病状にすれば、もはや末期。 誰にも、どうすることもできやしない。
それは当事者にとっても、だ。
しかしここでそれよりも問題なのは、 その当事者達が病状の回復を、これっぽっちも望んじゃいないってことさ。
もはや完全に末期、なんだよ。
兄と“彼女”の話
僕は、ゆっくり目を開いた。
最初に目に入ったのは白い天井。視線を動かすと壁も白く、カーテンも白く、今自分が横たわっている寝具も全てが白かった。
ベッドから上半身を起こし、自分の手を見る。細くて華奢な腕だった。 その手で身体を触っていると何だか骨ばっていて、自分の身体は健康な状態ではないような気がした。と、指がある一点に触れた時、僕の身体はビクンと跳ねた。 なんと、胸があったのだ。 というコトは、僕はどうやら女の子らしい。
だんだんぼんやりしていた思考がはっきりしてきて、疑問に思う。 この身体は女の子のものなのに、どうして僕は、自分の一人称を“僕”だと認識しているのだろう。 僕は、僕のことについて考えようとして、驚いた。
何も出てこなかったからだ。
僕はベッドを出て床に足を付いたのだけれど、この身体は立っているのが精一杯といったようで、上手く力が入らない。どうやら、僕の健康状態は随分とまずいようだ。 何とか壁伝いに歩いて、窓際にあった洗面台の鏡に自分の姿を映す。そこには、痩せた金髪の女の子が映っていた。 僕は初めて自分の顔を見て、なんとも言えない妙な感じがした。でもどことなく懐かしいような気もして、しばらく目が離せなかった。
そうやって鏡を見つめていると、ガチャリとドアが開いた。
反射的にそちらを見ると、金髪の男の人が入ってこようとしていて、僕と目が合うと動きを止めた。
互いが互いを凝視したまま時間が流れる。
その男の人は十代か二十代といったところで、少し小柄だが鍛えているのが分かるような体躯をし、目の色と同じ金色の髪を後ろで一つにまとめていた。僕から見ると、格好いい人に映った。 それから、誰だろうと考える。 私服を着ているので、お医者さんではないようだ。 だとすれば、僕の知り合いなのだろうか。
僕はかくんと頭を傾げた。 その行為は自然と出てきたので、もしかすると僕の癖かなにかなのかもしれない。
そんな僕を見て、男の人は弾かれたように僕の側まで来て、僕を抱きかかえてベッドへと横たえた。
「・・・あなたは、誰?」
僕は、自分の口から漏れた声に一瞬驚いた。そうか、僕ってこんな声なんだと感心していると、男の人の表情が歪んだ。
「・・・僕、自分のこと分からないんだ。」
だんだん不安になってきて、男の人をじっと見つめた。男の人がゆっくり口を開く。
「・・・記憶が、無いのか?」 「そうみたい・・・」 「自分の名前も、生い立ちも、家族のことも、どうしてここにいるのかも、全部か?」 「うん・・・」
そう言うと、男の人は黙り込んで何か考えているみたいだった。沈黙が流れる。
「・・・なぁ、知識に関しては問題ないだろう?こうやって会話ができてるんだし。」 「・・・ん、大丈夫だと思う。」 「じゃ、錬金術は分かるか?」 「・・・うん、聞いたことはあるけど、詳しくは分からない。」
そう答えると、何故か男の人はちょっと安心したように笑った。
「心配するな。記憶が無くたって日常生活に支障は無いんだから、大丈夫だ。記憶ならそのうち戻ってくるかもしれないし、分からないことは今から覚えていけばいい。」
男の人が慰めるように同意を求めたので、僕も少しだけ安心して頷いた。
「お前の名前は、アルフォンシーネ。17歳だ。俺はアルって呼ぶから。」 「うん。」 「俺はエドワード。エドって呼んでくれ。歳は18だ。」 「・・・エド。」 「そうだ。アルのことは全部俺が面倒見るから、明日にでも退院しよう。まだ療養が必要だけど、それは俺の家でゆっくりやればいい。」 「・・・どうして?どうして、そんなこと言ってくれるの?」 「それは、・・・アルが俺の、“婚約者”だからだ。」 「え?」
僕は、びっくりして目を見開いた。信じられない、という気持ちでいっぱいだ。 でもエドワードは、僕を慈しむような目で見ている。それはとても、嘘だとは思えなかった。
「僕達、もうすぐ結婚することになってたの・・・?」 「あぁ。・・・でも、お前が不幸な事故に遭って、その影響でずっと昏睡状態のままだったんだ。」 「・・・・・・・・・。」
エドワードは左手を伸ばし、僕の頭を優しく撫でてそっと頬に手をあてた。
「アルは嫌か?見ず知らずの男と、二人きりで過ごすなんて。・・・でもアルは天涯孤独だから、他に家族はいないんだ。」
その言葉に心が揺らいだ。こんな不安定な状態で、独りで生きていけるわけがない。 それに、エドの側にいるのは不快でもない。むしろ懐かしくて、安心するようだ。
「・・・エドは、いいの?・・・だって僕、エドのこと覚えてないんだよ?」
僕が気がかりを口にすると、エドはくしゃりと笑って、僕をぎゅっと抱き締めた。
「俺は、アルがアルでいてくれるならそれでいいんだ。それに、過去より未来の方が大事なんだ。俺とアルの思い出なら、今から二人で作ればいいだろ?」
その優しい言葉に、僕はぽろりと涙を零した。
「・・・なぁ、アル。・・・キス、してもいいか?」 「・・・・・・え?」 「あっ、もちろん、ほっぺでいいから!・・・なぁ、駄目か?俺、今嬉しくて仕方ねぇんだ。この一ヶ月間、ずっとずっとアルの意識が戻る日を、こうやってアルが俺を見てくれる日が来るのを待ってたんだ。」
エドワードの表情が、泣きそうに歪む。それを見て、僕は堪らなくなってしまった。
「いいよ、なんだったら口でもっ・・・」
そう言い終わらないうちに、僕の唇は塞がれた。初めてのキスは、酷く気持ちが良かった。
エドワードは国家錬金術師をしているそうで、セントラルの郊外にある一軒家が僕達の新しい家となった。 初めの頃はベッドで療養する僕を、エドが付きっ切りで看病してくれた。 一ヵ月ほど経つと身体もすっかり良くなり、僕は家事をして、エドは書斎で仕事をして時々司令部に赴くという生活になった。
エドワードは惜しみない愛情を僕に注いでくれ、僕も自然と彼を愛するようになった。
そんなある日、僕はとうとう、“今晩一緒に寝ないか”と誘われたのだった。
ベッドの上で抱き合って、幸せで心地いいはずなのに、何故か僕の心は騒いでいた。 どうしてだろうと考えるけれど、その思考はことごとく快楽の波に飲まれていく。
そして、身体の一番深いトコロで繋がり合った瞬間、僕の頭の中で何かがパアンと弾けた。
「・・・・・・っ、あぁ・・・」 「アル・・・?・・・・・・っ!?」
明らかに様子の変わった僕を見て、エドワードは動きを止めた。 僕の瞳を覗き込んで、それがさっきまでとは違うことに気が付く。
「・・・・・・・・・嘘付きっ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・僕は、」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・兄さんの、“弟”だよ?」
部屋がしんと、静まりかえった。
「・・・・・・・・・・・・。」
“兄”も、黙ったままだ。
「・・・このっ、裏切り者っ!!」
僕は咄嗟に、兄の首に手をかけた。 兄弟で、いや身体は兄妹になってしまったけれど、血の繋がった者同士でこんなことするなんて、許されるはずがない。 兄だって分かっているはずなのに、それでもこんな状況を招いた兄は、裏切り者以外の何者でもない。
まして兄は全てを知っていながら、嘘を吐いたのだ。
状況を利用して嘘を吐き、僕を騙し、僕達の関係をこんな風に無理矢理歪めたのだ。 なんて卑怯で最低なんだろう!
僕は、首にかけた手に力を込めた。
「・・・っいいよ、アル。俺を殺しても・・・。お前に殺されるなら、俺は幸せだ・・・」
兄は、笑っている。酷く、穏やかな顔で。
「・・・幸せ?・・・そうだね、今の兄さんは幸せだろうね。自分の願いが叶ったんだから・・・」
自然と顔が歪んだ。醜くて汚いものでも見るように、僕は兄を睨みつける。 二度目の人体錬成で僕の身体が女になったことも、記憶喪失になったことも、僕にとっては不幸以外のなにものでもないのに、それは兄にとっては最高の幸運とチャンスだったんだ。
「・・・なんだ、やっぱり知ってたんじゃねぇか。俺の、お前への異常な気持ち。・・・けど、俺も知ってた。ずっとお前も、俺とこうなることを望んでたってこと・・・」 「違うっ!!」
僕は腕に力を込めた。兄の顔が苦痛で歪む。
「僕は、僕はこんなこと望んでない!・・・望んでなんかいなかった・・・!」
ぽろぽろと零れ落ちる涙は、いくら掌で拭っても止まらない。 確かに知っていた、鎧の頃から。 兄が僕を家族愛以上に好きなことも、僕も兄と同じだということも。
そしてそれは禁忌であって、それじゃ二人とも幸せになんかなれっこないってことも、知っていた。 だから身体が元に戻って自由になれたら、そっと、少しずつ、離れていこうと思っていたのに。 まさか・・・、こんなことになるなんて・・・。
「アル、お前は俺が憎いだろう?だったら、俺を殺せ。お前の手で、この狂った兄を殺してくれ。・・・そしたら俺は、一生お前を縛れる。・・・一生お前は、俺を忘れない。・・・俺は、お前のものになれるんだ。・・・だから、殺して・・・アル・・・」
「・・・っ駄目、できない!僕に兄さんは殺せない。・・・殺せるわけないよ。だって僕は、・・・兄さんに・・・生きていて欲しいから・・・」
「・・・なんで?」
「・・・っだって・・・!僕、兄さんのことを・・・あいして、いるから・・・・・・」
兄さんは、至極嬉しそうに口の端を上げた。
「・・・俺も愛してる。アルのことだけを、愛してる。」
兄さんは笑って、悪魔の囁きのような睦言を僕の耳に残し、二人の身体は再び繋がれたのだった。
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