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二人が元の身体を取り戻したのは、今から3年前。
エドワードは時々、あの頃に戻りたいと、思ってしまう。
何もかも光に包まれ、ふたりで手を取り合って歩いてた。 温もりを確かめるよう、互いに何度も何度も触れ合ってた。 これからもずっと一緒だと、欠片も疑うこと無く信じてた。
・・・あの頃。
――― 願いはひとつだけ、なのに擦れ違う僕ら 1 ―――
がちゃりと玄関のドアが開く音がして、エドワードは伏せていた顔を勢いよく上げた。 急いで玄関の方に目を向ければ、アルフォンスがダイニングへと姿を現す。
「ただいまー。うわ、すごいねコレ、姉さんひとりで作ったの?」 エドワードの目の前には、ダイニングテーブルいっぱいに豪勢な食事が並べられている。 それを見て、アルフォンスは思わず感嘆の声を漏らした。 食器は二人分用意されており、一組はエドワードの前に、もう一組はその向かい側に置かれている。 「・・・・・・っあ、あぁ。」 夢でも見ているかのような表情でアルフォンスを見上げたまま、エドワードはどこか気の抜けたような返事を返す。 「どうしたの、そんな顔して?僕、何か変?」 いつもと様子の違う姉に対して、席に着きながらアルフォンスは尋ねた。 「っあ、いや・・・今日は帰ってこねえのかなって思ってたから、ちょっとびっくりして・・・。」 エドワードはハッとして目を逸らした。 声が尻すぼみになっていくのが自分でも分かって、変に思われないか心配になる。 「ふぅん、変な姉さん。帰ってくるに決まってるだろ?誕生日は必ず、何があっても二人でお祝いしようねって約束したじゃないか。」 「あ、けど・・・ほら、今年は・・・か、彼女と過ごすのかなって・・・思ってたから。」 何でもないように返すアルフォンスとは対照的に、エドワードの声は少ししどろもどろだ。 「・・・・・・あ、彼女にはね、僕の誕生日は明日だって言ってあるんだ。」 「・・・・・・は?」
明るい弟の声に、エドワードは思わず顔を上げてアルフォンスを見つめた。 弟の誕生日は間違いなく今日だ。一体何を言っているのだろう。 困惑するエドワードをよそに、アルフォンスはいたずらっ子のような笑顔を浮かべている。 「だからね、今日は姉さんとお祝いして、明日は彼女とお祝いする事にしたんだ。だって仕方ないでしょ?僕は一人しかいないんだから。二人ともと一緒にはいられないし、かといって3人で一緒に祝うのも何か変でしょ?」 「・・・別にそんな事言わなくても・・・・・・・俺のほう、断ればいいじゃねえか。」 そう言って、エドワードは少し寂しそうな顔をした。
実際そうだと思っていたのだ。 アルフォンスは今日という大事な日を、自分ではなく彼女と過ごすのだと、ずっとそう思っていたのだ。 それでもこんな風に料理を用意して、家に帰ってくるかどうかも分からないアルフォンスを待っていたのは、本人からそのような話がなかったから。 そしてそこには、どうか帰ってきて欲しいという、エドワード自身の願いも含まれていた。
「断るなんて、そんなこと出来る訳ないでしょ?12歳の時からの大事な約束じゃないか。・・・僕は我侭なんだよ。どっちかなんて選べない。だから彼女にも姉さんにも、二人きりで祝って欲しかったんだ。」 「・・・・・・いいのか、彼女に嘘ついた事になるんだぞ?」 「しょうがないよ。姉さんはもう、僕の誕生日知ってるんだから、誤魔化せないし。ばれなきゃ平気。」 そう言って、アルフォンスはまたいたずらっ子のように笑った。
「それよりコレ、見た目は美味しそうだけど、本当に大丈夫なの?」 料理を覗き込んだアルフォンスが訝しげに問う。 エドワードはあまり料理が得意な方ではないし、その出来上がりはいつも個性的だった。 けれど今、食卓に並んでいるのはどれもおいしそうなものばかり。 「・・・どーいう意味だ、コラ!」 眉間にしわを寄せて、エドワードがくってかかる。 「だって、去年のは味が天才的だったじゃないか。」 去年の惨状を思い出して、思わず苦笑が零れる。そんなアルフォンスに、エドワードは拗ねたように言葉を返す。 「・・・一応、食えただろ。」 「・・・まぁね。でもやっぱり、美味しいのが食べたいよ。」 「心配すんなって!今年のは任せろ、スゲー自信作だ!!」 「どうだかね。」 アルフォンスの訝しげな声に対して、にぃっと笑ってエドワードは胸を張る。 そして、自分がいつものように笑えていることに安堵する。
「・・・・・・でも、もしマズかっても・・・ちゃんと食ってくれるんだろ?」 本人は気付いていないが、遠慮がちに尋ねる声には、少しだけ切なさが込められている。 そして、その答えを待つ心には、浮き立つような期待と絶対的な信頼感が・・・。
「・・・まぁね。姉さんを不機嫌にすると、後が面倒なんだもん。」 「何だよそれ、人をガキみたいに!」 エドワードは子供っぽく頬を膨らませ、それを見たアルフォンスはしょうがないなぁと微笑む。 「はいはい、早くしないと冷めちゃうよ?」 「・・・ったくどいつもこいつも子供扱いしやがって!大体なんでお前はそんなに背が高いんだ?俺のが年上なのに!」 「・・・年と身長は関係ないと思うけど。姉さんは女なんだから、別に低くてもいいんじゃない?」 「ヤダ!」
他愛ない軽口をたたきながら、エドワードは立ち上がって冷蔵庫の中からバースディケーキを取り出す。 そんな姉の姿を目で追っていたアルフォンスは、エドワードが身に着けているスカートを見て声のトーンを少し下げた。 「・・・姉さん。」 「・・・ん?」 「・・・そのスカート、やっぱりよく似合ってる。僕のために着てくれたんでしょ?すごく嬉しいよ。料理は全部食べるから安心してね。」 「・・・あぁ、ありがとな。」 急に褒められて、エドワードは頬を染めた。 このスカートはアルフォンスが去年の誕生日にプレゼントしてくれたもので、普段スカートを履かないエドワードにとっては特別なものだ。 気配り上手の弟なら何か言ってくれるだろうとは思っていたが、実際に言われるとやっぱり照れてしまう。 ケーキのろうそくに火をつけて電気を消すと、二人の周りは宵闇に包まれた。 「・・・誕生日おめでとう、アル。」 「ありがとう、姉さん・・・。」 ろうそくの柔らかい明かりに照らされて、アルフォンスは嬉しそうに笑った。 エドワードはその自分が大好きな笑顔を心に焼きつけて、このまま時が止まってしまえば良いのに・・・と、らしくないことを思った。
二人で楽しくしゃべりながら、意外においしくできていた料理を平らげた。 自分の誕生日だと言うのに、優しいアルフォンスは後片付けまで手伝ってくれた。
そんな様子を思い出しながら湯船に浸かったエドワードは、自然と笑みを零していた。 けれどすぐに、絶望的な気分が押し寄せてくる。 アルフォンスにとって自分は、所詮ただの家族に過ぎないのだから・・・。
こんなの自惚れだって、分かってる。
アルは俺を選んだわけじゃない。これは、ただの成り行きだ。 スカートを褒めてくれたのも、料理を全部食べてくれたのも、俺に特別な感情があるからじゃない。 それはみんな、アルが優しいからだ。
けれどそれでも、嬉しくて仕方ないんだ。 あんな風に、あの頃のように、アルが俺に笑顔をくれたのは、一体何ヶ月ぶりだろう。 残像が瞼に焼き付いて、アルフォンスの事が頭から離れない。 理性で蓋をして、押さえつけていた想いが零れ始めた。 擦れ違ってろくに会話もできなかったこの数ヶ月間の間に、やっとの思いで決心した気持ちが、あっという間に萎えていくのが分かる。 いい加減に弟離れして、アルの幸せを見守ろうという気持ちが薄らいでゆき、代わりにアルを独り占めしたいという気持ちがぶり返ってくる。
一緒にいたいと、ただそれだけを願うのに、・・・それは絶対に叶わない。 こんな運命を押し付けて、そんなに俺が憎いのだろうか。 出来るならいっそのこと、神様を呪い殺してやりたいくらいだ・・・。
浴室のドアが閉まるのを確認してから、アルフォンスは電話のダイヤルを回した。
『・・・はい。』 「もしもし、大佐・・・?」 アルフォンスは自分の声が思いがけず震えているようで、びくりとした。 『今は准将だよ、アルフォンス。』 マスタング准将は、普段親しいものにしか見せない柔らかい声音で返事をした。 「あぁ、そうでしたね。」 『随分と久しぶりだね。近頃はすっかり軍部にも顔を出さなくなったからな。』 「すみません、いろいろ忙しくて。」 『鋼のも、最近は君の話を滅多にしなくなったしな。少し前までは、君の事ばかり気にかけて仕事にもならないし、騒がしかったものだが、こうも静かだと寂しいくらいだよ。』 「そうですか・・・。」 姉の話が出た途端、アルフォンスは声を落とした。 『ところで、君がわざわざ私に電話をかけてくるなんて、よっぽど凄い事でも起こったのかね?』 「あの・・・・・・大佐にお願いが、あるんです。」 『・・・私に?』 いつもの穏やかな調子とは違うアルフォンスの声に、准将の声もいくぶん硬くなる。 アルフォンスは相手に気取られないように深呼吸をしてから、用件を話し出した。
「はい。・・・大佐に、姉さんの事をお願いしたいんです。これから先、姉さんが無茶しないように、守ってあげて欲しいんです。」 『・・・それは、君の仕事だろう?』 予想外のことを言われて、さすがの准将も少したじろいだ。アルフォンスはほんのちょっと考えてから、わざと明るい調子で答える。 「・・・・・・・・・僕、明日あの家を出るんです。そしたら、今までみたいにはいかないでしょう?だから僕にはもう、無理なんですよ。」 『家を出る・・・?それはまた、随分と急な話だな。何かあったのかね?』 「・・・いいえ、何も。ただ、いつまでも姉さんに頼ってるのもカッコ悪いし、バイトのお金も結構貯まったから、そろそろ出て行こうかなって、思ってたんですよ。そしたら、僕の彼女が一緒に暮らそうって言ってきて、丁度いいかなって思っただけなんです。」 『・・・鋼のは、それを許したのかね?とても信じられないな・・・。』
准将にはそれが有り得ない話のように聞こえた。あの鋼のが、どれだけ弟のことを大事に思っているかは一目瞭然だ。そしてもっと深く付き合っていれば、あの少女が弟に対して家族愛以上のものを持っていることに気付くのはそう難しくない。そんな彼女が、弟と離れるなんてこと、できるのだろうか・・・? 「・・・・・・姉さんには、まだ言ってません。どうせ、反対するだろうから。・・・あっ、でも心配しないでください。ちゃんと説得しますから。・・・黙って出て行ったりしたら、それこそ大騒ぎになっちゃいますからね。」 アルフォンスは冗談めかして言ったが、その声に力は無い。 『本当に、出て行くつもりなのだね?』 「はい。だから姉さんの事、よろしくお願いします。」 『・・・そんな大事な役目を、何故私に?』 「大佐は僕の中で、4番目に頼りになる人ですから。」 『・・・4番目か、微妙だな。』 「そんな事ないですよ。2番目はリザさんだし、3番目はウィンリィですから。」 『・・・成程。それでは、1番目は?』 「・・・ぁ、えっと・・・。」 呆然と声を詰まらすアルフォンスは、自分の迂闊さを呪った。どくどくと心臓の音が煩い。
『鋼の、なんだろう・・・?そんなに頼りになるなら、わざわざ私に頼む必要は無いと思うのだがね。』 准将の大人びた声を聞いて、自分の幼さに嫌気が差した。 「・・・ッ。・・・駄目なんです、あの人は。見かけよりずっと、脆い人なんです。・・・誰かが傍にいないと、本当に危うい人なんですよ。・・・・・・今までは僕がその誰かだった。でも僕は、彼女を選んだ。だからもう、僕じゃ駄目なんです・・・。」 『・・・しかし、君は本当に、それでいいのかね?』 「・・・・・・姉さんの事、幸せにしてあげてください、大佐。わがまま言ってごめんなさい。」 『アルフォ・・・』
ガチャンと、電話を切った。 もっと冷静に話をするつもりだったのに、最後の方は随分と感情的になってしまった。 だからこれ以上、何かが溢れ出す前にと、急いで電話を切った。 やっぱりあの人は苦手だ。 こちらの本心を見透かされているようで、少し怖い。 いつの間にか汗をかいていた自分の掌を見て、思わず自嘲の笑みが零れた。 どうやら自分は、まだまだ子供のようだ。 けれど、早く大人にならなくてはならない。
・・・・・・自分のためにも、姉さんのためにも。
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