漆黒の闇を纏うかの様なそのいでたち。

今すぐ消えてしまうかの様な儚く白い肌。

誰をも惹き付け魅了するかの様なその金色の髪と瞳。

清廉たるその姿、――と呼ぶにはあまりにも神々しすぎて・・・。

 

 

 

――― ある青年と死神の話 1 ―――

 

残りあと 5日

 

 

 

辺りを漆黒が包む、静かな夜に・・・。

“その男”は、いきなり俺の前に姿を現した。

 

俺は驚きのあまり、目を見開いたまま声も出せずにいた。と言うのも、その男は壁をすり抜けて俺の部屋に入ってきたのだ。まるでそこには元から壁などなかったかのように、平然と。

自室で寝る用意をしていた俺は、ベッドサイドに突っ立ったまま呆然としている。

そんな俺を気にかける様子もなく、部屋の中央まで進んだその男はどこか遠くを見ていた。

サイドテーブルの明かりだけで薄暗い室内に、その姿が浮かび上がる。

白く整った顔立ちに、その瞳と髪は綺麗な金色をしている。

俺と同じ金色だが、その印象は全く違う。まるで冴えた月のようだ。

すらりとしたその身には、窓の外の闇で染めたかの様な外套を纏っている。

 

「何なんだ、あんたは・・・」

やっとそれだけ絞り出すと、男はゆっくりとこちらに目線を動かした。

 

「・・・へぇ、あなた僕が見えるんだ?」

 

男は少しだけ口元を緩めて俺を見ている。

「珍しいね、見えるなんて。」

その声は少年の色を残すかのように少し高めだが、落ち着いている。何故だか心地よくて、俺はいつの間にか聞き入っていた。

滑るように音もなく、男が俺の前まで近づいてくる。

傍で見れば見るほどその姿は綺麗で、堪らなく惹き付けられた。男に対してそんなことを思うなんて自分でも驚いたが、本当に心からそう思えた。

それは突然現れた、得体の知れないものだと言うのに、何の警戒心も抱かせない。理屈抜きで、その存在に手を伸ばさずにはいられないような、何かがある・・・。

けれど同時に、その存在感はどこか近寄りがたくて、傍にいることが恐ろしくもあった。目線の高さは同じくらいなのに、まるで見下ろされているかのような威圧感がある。

しかしそれは不吉な禍々しさではなく、むしろ澄み切った神々しさに似ていた。

 

人間、なんかじゃない。そんなものは軽く超越している。

だったら、一体なんなんだ。

瞬間、混乱した思考が直感的にある答えを導き出した。

無意識のうちに、それが俺の口から零れる。

 

「あんたは、神様なのか・・・?」

俺はそんなもの信じてなかったけど、その存在を言葉にするなら、それが一番相応しいように思えた。

 

そう言った途端、男は動きを止めた。

それからぱちくりと目を見開いた。

その仕草は、先程までの冷淡な雰囲気とはうって変わって、男を随分と幼く見せた。

そして驚いたことに俺は、そんな様子を可愛いなんて思ってしまった。

一体、どうしたって言うんだ俺は。何だかもう、自分がよく分からない・・・。

余計に混乱し始めた俺をよそに、男はおかしそうに笑った。

「あなた、錬金術師なのに、そんなの信じてるんだ?意外だね。」

「・・・・・・」

「そうだね、半分正解ってところかな?・・・僕らは“仮にも、神”だしね。」

「・・・・・・?」

男は顔から笑みを消し、じっと俺を見据えた。

 

「初めまして鋼の錬金術師、エドワード・エルリック。

僕の名前はアルフォンス、職業は死神。・・・あなたの命、貰いに来ました。」

 

そう言って男――自称・死神は、ニコリと微笑んだ。

その笑顔と言葉に、俺は軽く眩暈を覚える。

 

・・・・・・・・・あぁ誰か、冗談だと言ってくれ。

 

こうして、金色をたたえた死神の来訪により、俺の運命の5日間は突如として、幕を開けた。

 

 

 

 

「・・・嘘だろ」

思わず俺の口から零れたのは、そんな呟きだった。

「あっ、ヒドーイ!神様は信じるのに、死神は信じないんですか?」

少し拗ねたような表情で、死神が俺の顔を覗き込む。

急に近くなった距離に、どきりとした。

本当に、心臓に悪い。

 

立ち話もなんだし、との死神の提案で俺達は今、2人並んでベッドに腰掛けている。

「だーかーらー、あなたは5日後に死ぬんですってば。で、僕はあなたの魂を回収する為に来たんです。」

「いや、でも急にそんな事言われても・・・」

 

俺の目の前の男は、明らかに異常だ。それは分かる。

だから死神だと言われて、信じられない訳じゃない。どちらかと言うと、納得してしまったくらいだ。

つまり俺はただ単に、突然の事に呆気にとられているだけだ。

それにもうすぐ死ぬなんて言われても、いまいち実感がわかない。

 

「分かりました。そんなに信じられないんだったら・・・」

神妙な面持ちでそう呟くと、死神は軽く右手を上げ、掌を俺のほうに向けた。

「ここにあなたの掌を合わせてみて下さい。」

 

俺は恐る恐る自分の手を死神のそれへと近づけた。

その細くて綺麗な指に、またしても見とれてしまう。自分のとは違って柔らかそうだなんて考えていたら、そんな期待はあっけなく崩れた。

というのも視覚的にはぴったりと合わさっているのに、掌には何の感触も無いのだ。

そして訳の分からない俺の前に、もっと不可解な光景が広がる。

死神の手が俺の手をすり抜け、目の前へと差し出された。その光景は、まるで俺の腕から違う手が生えているみたいだ。でもやっぱり、何の感触も無くて、空気に触れているようにしか感じられない。

よほど俺は変な顔をしていたのだろう、死神はまた、くすりと可笑しそうに笑った。

 

「どう、これで信じる気になった?少なくとも僕が、人間じゃないっていうのは分かってくれたよね?」

狙っているのか天然なのか、死神は可愛らしく首を傾げる。

けれどすぐに、今度は少し難しい顔に変わった。

「でも、どうしよう・・・僕が死神だっていうのは、どうやって証明すればいいんだろ?」

考え込んでしまった死神に、俺は慌てて声をかける。

「分かったって!ちゃんと信用する。」

俺の言葉に、死神はぱっと顔色を変えた。

「本当ですか?よかった。じゃあ、これから5日間、よろしくお願いしますね。」

にこりと浮かんだ笑みは、まるで天使のそれだ。

さっきとは違う意味で、本当に死神なのか疑ってしまう。

 

「・・・あっ、あのさ・・・その」

何と呼びかければいいのかと迷っている俺に、死神は薄く笑みを浮かべた。

「僕のことはアル、でいいよ。」

「・・・アル、か。じゃあ俺のことはエド、でいい。」

「うん、分かった。じゃあね、おやすみエド。」

もう一度にこりと微笑みながら立ち上がった死神は、薄暗い窓際の方へと歩いていく。

「・・・っアル!?もう行っちまうのか?」

「・・・・・・また明日、来るよ。」

 

そう言って死神――アルは、漆黒の闇の中へと溶けるように消えていった。

 

 

 

 

 

―――俺の名前は、エドワード・エルリック。

今年で26歳。

国家錬金術師で、今は軍人でもある。

現在はセントラル司令部勤務、地位は大佐だ。

軍人と言っても今はどことも戦争はしておらず、危険な任務はあまり無い。

時々小競り合いの処理に向かうこともあるが、それ以外は概ね平穏と言っていいくらいだ。

そんな日常の中、無能な上司と気の合う仕事仲間に囲まれて、けっこう楽しくやっている。

 

そう・・・楽しく、やってるつもりなんだけどな・・・。

 

昔から俺の心には何か引っ掛かるものがあって、それはいつも俺の心に影を落としていく。

最近じゃそれが酷くなってきていて、いつもどこにいても漠然とした不安が俺の心に付きまとう。

心から楽しいと思うことも、なくなってしまった。

だんだんと空気が薄くなっていくかのように焦燥感が募り、心が苦しい。

・・・・・・それがいつから始まったのかと思考をめぐらせれば、俺の心には鮮烈過ぎて忘れられない一片の記憶がよみがえってくる。

・・・・・・それは幼いあの日の、残酷過ぎる真理との遭遇だ。

 

 

 

 

幼い頃、大好きだった母親を病気でなくした。

その時すでに父親は行方不明となっており、兄弟のいなかった俺は突然一人きりになってしまった。

その寂しさに耐えられず、また幸せだった昔を取り戻したくて、俺は人体錬成で母親を蘇らせようとした。

けれど結果は失敗。俺は左足を失くした。

その当時の記憶はあいまいで、看病してくれた幼馴染によれば随分と錯乱していたらしい。

やっと精神的にも落ち着いてきた頃、俺の噂を聞きつけたらしい軍人が尋ねてきた。

それが現在の俺の上司である、マスタング准将だ。

彼は国家錬金術師になることを薦め、生きる目的を失くしかけていた俺はそれに縋ることにした。

そして機械鎧の手術を受け、俺は12歳で最年少国家錬金術師となった。

初めの頃は自分の知らない世界を見てみたかったし、人体錬成についてもっと研究してみたくて各地を旅してまわった。

けれど人体錬成についてはすぐに諦めがついて、16歳になった俺は軍に入った。

そして十年が経ち、現在へと至っている。

 

 

 

・・・これが俺の人生。

これが俺の二十六年分の人生、全てのはずだ。

 

けれどやはり俺の記憶には・・・。

得体の知れない欠落感が、付きまとって離れない・・・。

 

 

そんな事を意識した日は特に、子供の頃のことを夢に見た。

けれど、それも断片的で曖昧なものばかりで、いっそう俺の世界を揺るがす・・・。

 

夢の中で俺は隣にいる誰かに、自分でも信じられないくらい幸せそうな笑顔を向けていた。

あれは、誰だっけ・・・?

僅かによみがえる残像は、陽だまりのような金色。

あれは、ウィンリィだったっけ・・・?

分からない。

分からない、分からない・・・、分からない・・・。

・・・・・・それなのに、泣きたくなるほど懐かしいのは、どうしてなんだ・・・。

 

 

 

 

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