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――― ある青年と死神の話 2 ――― 残りあと 4日 カーテンを引き忘れたらしい部屋の中に、朝日が柔らかく差し込んでいる。 その光は狭い部屋の中のベッドにまで届いていて、その上で眠る人物の金髪を煌かせていた。 その様を綺麗だなぁなんて思いながら、僕は中々起きないその人に何度も声をかけた。
「・・・・・・ェ・・・ド・・・、エド・・・!」 「・・・ん、・・・もうちょっと・・・」 エドはころんと寝返って、僕の方に顔を向けた。 その寝顔は昨夜受けた印象よりも、少し幼いように思える。 「そんなこと言ってると、遅刻するよ。まったく、国軍大佐がそんなだらしなくてどうするの?」 「・・・・・・っえ・・・ぅわあっ!?」 ぱちっと目を開いたエドは僕を見るなり、勢いよく身を引いた。 「・・・・・・折角ひとが善意で起こしてあげたのに、そんな嫌がらなくてもいいだろ。」 不機嫌そうにした僕を見て、エドは慌てて声を上げた。 「あっ、別に嫌だったんじゃねぇよ!びっくりしただけなんだ!・・・その、誰かに起こしてもらうのなんて、久しぶりだったから・・・。」 「・・・・・・いつも一人で寝起きしてるの?」 「・・・あぁ。ご覧の通り、一人暮らしなもんでね。」
その答えを聞いて、僕は少しだけ首を傾げる。 「ふぅん、彼女とかいないの?・・・エドって結構寂しい生活してるんだね、可哀そうに。」 「・・・っ待て!何でいきなり彼女の話に飛ぶんだよ?」 僕は変なことを言ったのだろうか、エドが何故か慌てている。 「だって普通、彼女がいたら一緒に寝たりするでしょう?・・・それとも、まだ清い関係のままなの?」 「・・・・・・っ、今は彼女なんかいねぇよ。それどころか、今まで女と真面目に付き合ったこともねぇし。」 「・・・ふぅん、そうなんだ。なんか意外だね。」 僕は何故か眉間にしわをよせて俯いてしまったエドを見た。 男の僕から見ても、エドは綺麗な容姿をしている。 精悍な顔立ちに、髪と目は人を惹き付けるような金色、適度に鍛えられた体はバランスが取れている。 そんなエドに彼女がいないなんて不思議だと、僕は素直にそう思った。
「・・・っア、アル・・・」 「・・・なぁに?」 突然勢いよく顔を上げて話しかけてきたエドに、僕は首を傾げた。 「その、お・・・おはよ、アル・・・。」 「・・・おはよう、エド。ほら、早くしないと遅刻しちゃうよ?」 「あぁ・・・。」 思いがけないことを言われて僕は一瞬ぽかんとしてしまった。 けれどすぐに、死神にそんなことを言うエドがおかしくて笑ってしまった。 それを見たエドも、つられたように笑っていた。
お昼を過ぎた頃、僕は中央司令部のある一室でエドの姿を見つけた。 他に人がいないのを確認して、そっとエドの背後へと降り立つ。 「・・・っわ、アル?!」 何気なしに振り向いたエドは、僕の姿を見て驚いた。 「ちゃんとお仕事してる?」 そう言って僕はエドの手元を覗き込んだ。 死神は本来、その人間の死際に現れるものだ。だからこんな風に、その人間の日常を垣間見ることはほとんどないし、興味も持たない。 今まで担当した人間の中にも軍人は何人もいたが、僕が現れる場所は大抵病院だった。それなのでこんな死神とは無縁そうなところに来たことはなく、何だか物珍しい。
「お前、急にいなくなるからびっくりしたぞ。」 「あぁそう?昨日事故にあった子供が死んじゃったから、仕事しに行ってたんだ。」 淡々とした僕の答えを聞いて、エドは一瞬動きを止めた。 「・・・そうか、お前・・・死神、だもんな・・・。」 エドは少し辛そうにそう呟いた後、僕の方を見た。
「なぁ、アル。昨日から考えてたんだけどさ・・・。」 「ん、何を?」 「その、死因ってヤツ。・・・色々考えたんだけど、何も思い浮かばなくてさ。・・・ほら、身体は鍛えてるから健康だし、今のところ戦争が始まる様子もねぇし、誰かに命狙われるような恨みも・・・かった覚えは・・・ねぇしな?」 「・・・何で最後だけ疑問形なの?」 尻すぼみの答えに、一応つっこんでおく。 「うっ、それはだな・・・。」 色々と思い当たることがあるらしいエドに、僕は首を竦めてみせた。 「まぁ、どうでもいいけど、僕はあなたの死因なんて知らないからね。」 「へ、そうなのか?」 驚いたエドは、軽く目を見開いた。 「うん。死神に知らされてるのは、最低限の情報だけ。死ぬ日付は知ってても、その正確な時間までは知らないし、死因も場所も、その人が死ぬまで分からないんだ。」 「死神でも、そういうのって分からないものなのか?」 「・・・死神なんて言っても、所詮は神様の使いに過ぎないからね。」 「・・・そうなのか。」 神様という言葉を口にして、何だか棘のある言い方になってしまったがエドは気付かなかったようだ。 「エド・・・。」 「ん?」 「・・・残り、4日間。悔いの無いように生きてね。」 「・・・ん、あぁ。どうした、アル・・・?」 少しだけ雰囲気の変わった僕に、エドは心配そうな顔をした。 「・・・なんでもない。」 それだけ言い残して、僕は姿を消した。
青空の中を、ふわりと駆けてゆく。 人間の住む街は眼下に随分と小さくなった。 「・・・・・・っん・・・痛ッ・・・」 急に襲ってきた頭痛に、僕は思わず頭を抱えた。 そして、この痛みが何を意味するのか分かりすぎている心が、ささやかな拒絶反応を示す。
――・・・アルフォンス、聞こえますか? 頭の中で、声が響く。 僕はこれ以上ないくらいに不機嫌な声を出した。 「・・・っ、うるさい。ちゃんと聞こえてる。」 ――フフ、酷い口の利き方ね。それ、どうにかならないの? 「あなたこそ、この通信方法どうにかならないの?毎回、頭の中ガンガンして、気分悪い。」 ――・・・・・・それはお前が、私を受け入れていない証拠だよ。本当は認めたくないのだろう?・・・“神様”などという存在を。 僕はその言葉を聞いて、目を見開いた。 僕が“神様”の存在を、認めていない・・・? まさか、そんなはずはない。だって自分では、そんなこと欠片ほども思った事はない。 なんたって、自分の存在はその神様によって作られたものなのだから。 自分が今ここに存在している以上、僕は神の存在をも認めずにはいられないのだから。
「・・・どう、して?」 ――それはお前の前世が、錬金術師だったから。・・・あいつらは神なんて、信じていないからね。その前世の影響が出ているのだろう。 僕はその言葉に耳を疑った。 死神とは元々は人間だった魂が、何らかの障りがあって生まれ変われないでいる状態のことだ。 しかしそのままの魂の姿では不安定すぎるため、神によって力が与えられているのだが、その時前世での記憶は消えてしまう。 そして死神となった魂は、仕事を与えられながら、障りが無くなって生まれ変われるようになるまで待つのだ。 なぜ記憶がなくなるのかというと、人間界に余計な影響を及ぼさないようにするためらしい。
「・・・何でそんな事、教えてくれるの。死神が前世を知るのって、禁忌なんでしょ?」 ――構わないよ。お前はもうすぐ、死神ではなくなるのだから。 「・・・え?」 これで三回目。さっきから驚かされっぱなしだ。 多分今、僕は随分と間抜けな顔をしているに違いない。 ――今回の仕事が終わったら、お前は生まれ変わるんだよ、アルフォンス。 「・・・僕、生まれ変われるの?・・・どうして?」 ――死神はね、人間界に対する執着心、心残りがなければ務まらないの。それが無くなってしまったら、魂は自我を失って、ただの生まれ変わりを待つ魂になる。・・・そんなもの、死神としては何の利用価値も無いんだよ。 「僕はもう、用無しって訳?・・・酷いね、今まで散々あなたのために働いてきたのに。」 神様の冷たい言葉に一瞬体が震えたが、それを隠すように僕はおどけたような調子で言った。 すると、今度は嘲るような神の声が頭の中に響いた。 ――私のため?・・・それは違うよ、アルフォンス。お前たちは、人間界に関わっていたいから死神をやっているんだ。人間界に執着があるから、生まれ変われないだけなんだよ。 「・・・・・・じゃあ、あの人が・・・、自分自身をこんな姿にしてもなお、僕が執着せずにはいられないような存在なの・・・?」 僕は呆然としたように言葉を零した。 脳裏に昨日出逢ったばかりの金色の錬金術師の姿が、ありありと浮かび上がってくる。 ――・・・さぁ、どうだろうね? 「・・・・・・僕はあなたのそういうところが、嫌いなんだ。」 明らかにおもしろがっている声に、僕は隠しもせずに舌打ちをした。 ――嫌いで結構。とにかく最後の仕事なのだから、きちんと片付けて下さいね? 「・・・僕はいつでも、真面目に仕事をしていたつもりですけど?」 今、神様が目の前にいたら、凄い剣幕で睨んでやるのに・・・。しかし残念ながら、相変わらず声しか聞こえてこない。 ――フフ、あなたと話をするのもこれで最後でしょうね。 さっきの僕の言葉は完全に無視して、神は一人で感慨にふけっているような声を出した。 あぁ、やっぱり最初に会ったときから気に食わなかったけど、それが今日確信に変わった。 「・・・・・・僕はあなたのそういう、人をおちょくってる所も嫌いでした。」 ――さようならね、アルフォンス。私は天からあなたの幸せを、祈っていますよ。
神はまたも僕の言葉を無視して、最後に少しだけ優しい声音で、そう言った。
―――僕の名前は、アルフォンス。 神様が与えてくれたのはそれだけで、名字は無い。 この姿も神が勝手に作ったものなので、本来の姿は自分でも知らない。 僕の仕事は、人間の命を奪いに行くこと。具体的には、死人の魂を神様のところまで連れて行くこと。 いわゆる、死神っていうやつ。 もう10年くらい、そんなことをしている。
別に好きでやってる訳じゃないから、楽しくはない。 でもだからといって、不思議と止めたいとは思わない。 それは神様に言わせれば、死神が人間界に執着している存在だから、なんだって。
死神っていうのはほとんどの場合、元々は人間らしい。 未練があって生まれ変われない魂が、死神になるのだ。 といっても、人間だった頃の記憶は消されていて、何も覚えてはいないのだけれど。 それでも、人間界にいるとどことなく懐かしいから、その話は本当なんだろうなと思う。
僕の場合には、懐かしいと同時に悲しくもなってくる。 だから僕の生前は、不幸だったのかもしれないと、勝手に想像している。 それにしても、何だか変な気分だ・・・。 死神は大抵、その人間の死に際かその後に現れるものなのに、今回は何で五日も前に会いに行ったんだろう? 確かに、渡されたあの人の資料を読んでどんな人なのか気にはなっていたけれど、会いに行くつもりなんてなかったのに。 凄く、不思議な気分だった。 まるで惹き付けられるかのように、自然とあの人の部屋へと向かっていた。
それに、あの人自身も変な人だ。 死神が見えること自体も珍しいのに、その上怖がりもしないなんて・・・。 今まで何人か見える人はいたけれど、ほとんどは怖がったり信じなかったりして、あんな風に会話なんてできなかった。 そして僕は、そんなあの人の態度を嬉しいと思っているみたいだ。 あの人はまるで、僕が普通の人間であるかのように接してくる。 ついついつられて僕もそんな態度をとってしまったが、今思い出すとやたら微笑みかけたりしていて結構恥ずかしい。 普段なら、絶対そんな風に笑ったりしないのに・・・。
あの人の前でなら、自然と笑みが零れてしまう自分が不思議でならない。
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