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――― ある青年と死神の話 3 ―――
残りあと 3日
今朝もアルは俺を起こしに来てくれた。
あんな可愛い声で起きて、なんて言われたら誰だって起きるだろう。 俺は昨日みたいな失態は犯さずに、ちゃんとおはようと言うことができた。 アルもにこりと笑って、おはようと返してくれた。 そんな訳で、今日は朝から気分がいい。 いつもはめんどくさくて適当に済ましてしまうが、今朝は朝食のメニューを考えるのさえ何だか楽しい。
「・・・アル、朝飯なにがいい?・・・・・・あれ、アル?いないのか?」 さっきまで側にいたアルの姿が見当たらない。 きょろきょろと辺りを見回してから、俺は唐突にハッとした。 「・・・って、何言ってんだ、俺は。死神が朝飯なんか食うわけねぇのに・・・。」 本当に何を言っているんだろう、俺は。思わず自嘲がこぼれた。 あまりに自然にその言葉が出てきたことに、動揺を隠せない。
今でも、アルフォンスが死神だなんて実感がわかない。 それどころか、アルと一緒にいると何だか落ち着く。 これから自分の命を取られるっていうのに、何も危機感が湧いてこない。 さっきだってそうだ、一緒にメシを食うのが当たり前のような気がしていた。 そしてそれが、懐かしいような気も・・・。
・・・ズキンと、頭の中を鈍い痛みが走った。 これは、あの時と同じだ。 俺が子供の頃のぼんやりとした記憶を、思い起こそうとする時の痛みと同じだ。 なぁ、アルフォンス・・・。 お前は俺の欠けた人生に、何か関係があるのか・・・?
・・・俺には小さい頃の記憶が、あまり無い。 小さい頃と言うよりは、母親の人体錬成を行った頃までのと言う方がより正確か。 記憶力は人より何倍も優れているのに、その頃の事だけは、全てが霞がかっている様で上手く思い出すことが出来ない。 大好きだった筈の母親の事も、大嫌いだった筈の父親の事も、それどころか何故、人体錬成をしようと思ったのかさえ・・・曖昧だった。 自分はそんなにも母親に執着していたのだろうか・・・? 今となっては、それも分からない。 俺の幼馴染は錬成のショックで混乱しているだけだと言って、俺が無理に思い出そうとするのをいつも心配そうに止めた。 まるで、俺が何か思い出すのを恐れているみたいに・・・。
記憶の中の俺は感情豊かで、子供らしい賑やかな日々を過ごしていた。 それは、禁忌を犯してまでも取り戻したいと願うような生活だった筈なのに、思い出そうとすればするほど俺は言いようの無い虚無感に襲われた。 ・・・・・・何かが足りない、何か大切なものを忘れていると、魂の奥底が叫んでいる。 だからと言って、俺にはどうすることも出来ない。 俺の幼馴染は、多分何かを知っているのだろう。 もっとも尋ねてみたところで、俺の記憶について意図的に触れないようにしている彼女が、正直に教えてくれるとは思わないが・・・。
・・・そう、尋ねるだけでこの不安が解消されると言うのなら、事は簡単に解決するはずだった。 でも俺は、未だにそれを実行していない。 ・・・正直に言ってしまえば、怖くて実行出来ないのだ。 不安の根源を求める心と、それを頑なに拒否する心が争い、最終的にはいつも拒む心の方が勝る。 恐らくこれは、自己防衛なんだろう・・・。
何もかも全て、思い出してしまったら・・・俺は。 どうしようもないくらい壊れてしまうんじゃないかって、そんな気がしている。
いつものように出勤して、いつものように仕事をこなす。 アルフォンスは現れない。 そのことが酷く、俺を不安にさせた。何故そんな風に思うのか、その理由さえ俺には分からないのに。 仕事を片付けてから、重たい気分を引きずったまま帰路についた。 少々ぼろいアパートの階段を上っていく。 狭いしきれいとはいえない俺の部屋は二階の一番はじにある。 軍人になった頃からずっとそこに住んでいて、自室の日当たりがいいのを気に入って借りたものだ。 金には困っていないのだから、もっといい所に引っ越せばいいのにと周りは勧めたが、俺にとっては自分の生活なんてどうでもいいというのが正直なところだ。 食べる物にだってこだわりはないし(牛乳だけは絶対に飲まないが)、着る物だっていつも適当だ。 仕事には一応やりがいを感じてるから、別に自暴自棄に生きている訳じゃないけど、俺には欲とか望みとかそういうものがあまりない。 ・・・と思いかけて、一つだけ例外を思い出した。
思い出したところで、自分の部屋の前に着いた。 鍵を開けた後、久しく覗いていなかった郵便受けを開けた。溜まっていた手紙を持ったまま狭いリビングへと入り、机の上へと置く。 重要なものだけより分けると、机の上には色とりどりの封筒がいくつも残った。その可愛らしい封筒の裏を返せば、知らない女の名前ばかりが並んでいる。 あぁまたか、とうんざりした気持ちで俺はそれらを全部ゴミ箱に捨てた。 ため息を一つ吐くと、俺は後ろに気配を感じて急いで振り返った。 「・・・それって全部、ラブレターでしょ?」 少し離れた場所に、いつの間にかアルフォンスがいた。
「ねぇ、どうして彼女作らないの?こんなにもてるのに。」 その仕草は癖なのか、また首を傾げている。あぁそれは、天使のように可愛らしい。 「・・・別にそんなもん、いらねぇよ。」 さすがに読みもしないで捨てたことが後ろめたい感じがして、俺は少し目線を逸らした。 「好きな人とかいないの?」 「・・・・・・・・・」 「・・・じゃあ、どんな人が好きなの?」 その質問を聞いた途端、俺は少し可笑しくなった。 なぜならそれは、さっき玄関扉の前で考えていたことだったからだ。 どんな人が好きなのか、それは俺が持つ唯一と言ってもいいこだわりだった。
「んー、・・・金髪で金目。」 「・・・何それ?」 簡潔な俺の答えに、アルは訝しげな顔をした。 「今まで一緒に寝たことがある女は、全員そうだったんだ。・・・俺は別に意識してる訳じゃねぇのに、結局は金髪で金目の女ばかり抱きたくなる。」 「・・・どうして?」 尋ねてくるアルの声に、特に感情は感じられなかった。 急にいかがわしいことを口にした俺に、何の動揺もないようだ。 それが少し意外だった。何となくアルは純粋そうだから、その手の話題にはついてこないだろうと勝手に思っていたから。 ・・・つうか俺は、死神相手にそんなイメージ抱くなんてどうかしてる。 頭の中だいぶ壊れてるんだろうな、こんな様子じゃ・・・。
「・・・昔から、同じ夢を見るんだ。金髪で金目の子供が出てくる夢・・・。その子供と一緒にいるのはスゲー心地良くてさ、心も体もどんどん満たされていくんだ。だから俺は、こっちの現実でもそいつの事、無意識のうちに探してるんだと思う・・・。」 「・・・・・・・・・」 アルフォンスは特に反応を示さなかった。じっとこっちに視線を向けたまま立っている。 そんな姿をまじまじと見つめていた俺は、今さらながらに気付いた。
「あぁ、そうか。・・・やっと分かった。」 「なにが・・・?」 「アルも金髪で金目。だから一緒にいて落ち着くし、いきなり死神だなんて言われても、すぐに信じられたんだ。」 俺は胸のつっかえが取れたようで、思わず薄く笑っていた。 けれどアルフォンスは、さっきと同じく無表情のままだ。 「そう、・・・でも残念だね。僕は男だし、あなたが探してる人じゃないと思うよ。」 「そうでもねぇぜ?・・・俺の夢に出てくる子供は、男なんだ。しかもよく見れば、アルに似てるし。」 アルフォンスのあまりに淡々とした物言いが胸に突っ掛かって、俺はわざと意地悪そうに笑いながら言ってやった。 あっさりと否定されたのが、気に入らなかったのかもしれない。 少なくとも俺は、夢の中の子供とアルフォンスに同じような感情を抱いているのだから。 「じゃあ、相手は男でもいいわけ・・・?」 「そうだな、実際男を抱いた事もあるし。」 「じゃあ、僕はあなたの好みなの?それなら、僕にも・・・欲情する?」
・・・アルフォンスが今、少し切なそうな顔をしたのは俺の見間違いだろうか・・・?
「今、ちょっと押し倒したいかもな・・・。って、触れねぇんだから、無理だけどさ。」 苦笑して言う俺に、アルは困惑したような動揺しているような・・・複雑そうな顔を向けた。 「・・・エドって、随分壊れてるんだね。初めて会ったときから、変わった人だなとは思ってたけど。」 「そうかもな。・・・壊れてる人間じゃなきゃ普通、あんなことしねぇよなぁ・・・。」 独り言のように呟いて、俺はあまり記憶のない母親の人体錬成を思い起こした。 そうだ、壊れているんだ・・・ 俺という人間も、俺の人生も。 何もかもが、あの日から・・・壊れてしまっているんだ。
眩しいくらいの黄昏色が、俺とアルを静かに照らしていた。
しばらくぼうっとしていた俺が気付いた頃には、アルはいなくなっていた。 俺は美味くも無い夕食をとって、早めにベッドに潜り込んだ。 そのまますぐに、夢の中へと浸っていく。 ・・・夢の中で瞼を開けると、眩しいくらいの白が瞳に映る。 真っ白な世界だ。 その中に、・・・誰かがいる。 ・・・子供だ。10歳くらいの・・・男の子。 ふわふわした金髪に、優しげな金色の目をしている。 こっちに近付いてきたその子供は目の前で立ち止まり、俺を見上げ・・・。 そして、・・・微笑んだ。
俺はゆっくりと、現実の瞼を開けた。時計を見れば、その針はたいして進んでいない。 夢はいつも、そこで途切れる。 もう何度と無く、繰り返し見る夢だ。 いつも同じ内容で、あれ以上は声を交わすことも肌に触れ合うことも無い。 初めてこの夢を見たのは、もう十年以上も前のことだ。 それ以来、特に辛い時や淋しい時にはこの夢を見るようになった。
夢の中で俺に向けられる笑顔があまりにも優し過ぎて、俺は時々泣きそうになる。 そうやって眠りの中でまみえる度に、金色の少年は俺の中でかけがえのない存在へと変化を遂げた。 それは恋にも似た感情だと、自分で気付いた時には自嘲が零れていた。 馬鹿げていると自らを非難してみたところで、その思いはいっそう募るだけだった。 もう自分では、止められない。
それは愛しさと切なさが入り混じっていて、こんな気持ちを誰かに対して抱くのは初めてだったし、これから先もありえないと思った。 俺の想いは日毎増え続け、夢の中の少年さえ自分の傍にいてくれればそれで良くて、もう現実の世界には恋愛対象を見出せない程になっていった・・・。
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