――― ある青年と死神の話 4 ―――

 

残りあと 2日

 

 

 

「・・・エド、起きて。もう朝だよ。」

「アル・・・?」

薄く瞼を開くと、そこにはぼんやりとした金色がたたずんでいた。

「そうだよ。他には起こしてくれる人なんて、いないんでしょう?」

その柔らかい声音を聞きながら、俺はゆっくりと体を起こす。

けれど目線はその姿を捉えたまま、瞬くことすら忘れたように見入っていた。

 

「・・・もう、会いに来てくれねぇと思ってた。」

俺は掠れた声で、やっとそれだけを零した。

自分の目の前にアルフォンスがいる。ただそれだけのことなのに、心の底から歓喜が震え上がるようだ。

「どうして?」

落ち着いた声で、アルが尋ねてくる。その様が、俺の心を穏やかにした。

きっと今日は絶望的な気分で目を覚ますんだろうな、なんて考えていたのが嘘のようだ。

そして俺は昨日の酷い失言を思い出して、柄にもなくうなだれた。

「だって昨日、俺が変なこと言ったから・・・。嫌な気持ちにさせたんじゃないかって、思って。・・・急にあんなこと言って悪ぃ。」

「いいよ、別に。・・・僕、今は他に仕事抱えてないから暇なんだ。エドの方こそ、死神なんかに付きまとわれて、嫌じゃない?」

「全然そんなことねぇよ!むしろもっと一緒にいたいくらいだし!」

思わず力いっぱい否定してしまって、ハッと気付いた時にはもう遅かった。アルが、きょとんとした顔をしている。あぁ、どうしようか、また変な奴だって思われてるに違いない。

「・・・それは例の、一緒にいると落ち着くから?」

俺の予想とは違って、アルは少しだけ笑っていた。その声の中にも、俺を軽蔑するような色は見られない。

その事に俺は酷く安堵して、いつものように笑ってみせた。

「あぁ。なんたって俺は、アルのこと押し倒したいくらい大好きだからな。」

「そう?僕もエドのことは嫌いじゃないよ。」

「・・・好きでもねぇのかよ?」

「・・・さぁね。」

アルは少しだけ意地悪そうに笑って、そう言った。

 

 

 

 

着替えて朝食の準備をしている間に、アルはまた勝手にいなくなってしまった。

何も言わずに行ってしまったアルに、俺は少なからず腹が立った。それが自分勝手な感情だということを、頭の隅では理解していたけれど・・・。

 

・・・アルが側にいないと、不安になる。

 

出逢って数日の、しかも死神に対してそんなこと思うなんて、自分でもどうかしてるって分かってる。

けど、アルに置いていかれることが俺には、何故だかとても恐ろしかった。

 

そんな正体の分からない、もやもやした気持ちを抱えたままで仕事に集中できるはずもなく、俺は自分の机に肘をついてただぼうっと時間を過ごした。

以前にもこういう状態になったことがあるし、こういう時の俺には何を言ったって無駄だと周りも分かっているので、上司も何も言ってはこなかった。

 

 

 

気が付くと、いつの間にか昼休みになっていて、部屋にいるのは俺一人になっていた。

 

「アル・・・、アル・・・、アルフォンス・・・」

俺はさっきからずっと、その名をぶつぶつ囁いている。しかも半分、無意識のうちにだ。

そんな自分が、少々気持ち悪い。まぁ、他人から見たら、少々どころじゃないとは思うが・・・。

それでも、口にすると何故だか心地良くて、また呟いてしまう。

その響きはどこか懐かしい感じがして、口に馴染んだ言葉のように自然と零れ落ちていく。

「アル・・・」

また、呟いた。

すると今度はどうしてだか胸が、痛い。

 

何で・・・?

 

理由も分からないのに、涙が流れた。

滲んだ視界を閉じると、不意に瞼の裏で、金色の少年と死神がこっちを向いて微笑んだ。

やがて二人は溶け合って混ざり合い、一人になった。

「アル・・・」

その名を呼びかけると、溶け合って一人になった金色の青年は唇を動かして何かこちらに話しかけてきた。でも、途端に目の前が霞んできて何も聞こえなくなる。

白い靄が辺りを包み込み、その姿を消していく。

俺は必死になって腕を伸ばしたが、その手は虚しく空を切った。

 

・・・また置いていかれた気がして、胸が苦しくなった。

けれど一方では、二人が一つになったことにひどく安堵感を覚えていた。いや、それともこれは、そうであって欲しいという俺の願望なのかもしれない・・・。

俺は、アルのことが・・・・・・

 

 

 

「・・・ねぇ、僕のこと呼んだ?」

 

突然聞こえてきた声に、俺は勢いよく目を開けた。いつのまにか眠りに落ちていたらしい。

がばっと体を起こして振り返ると、そこには可愛らしく首を傾げたアルが立っている。口を開けて呆然としている俺を見て、アルはちょっとだけ眉を寄せた。

「エド、お仕事サボって昼寝なんかしてたの?駄目だよ、ちゃんとしなくちゃ。」

「あ、・・・いや、これは・・・」

「そんなに眠かったの?」

そう聞かれれば、確かに眠かったかもしれない。なんせ昨日はろくに眠れなかったし。

「・・・昨日、あんまり寝てない。」

「夜更かしでもしてたの?」

「・・・いや、お前のこと・・・」

そこまで言いかけて、ハッと口を噤んだ。危ない、もうちょっとで恐ろしいことを言うところだった・・・。

しかし、ほっとしたのも束の間で、アルは可愛らしく尋ねてくる。

「僕が、どうかしたの・・・?」

「あ、いや・・・大したことじゃないから・・・」

「駄目、そんな風に言われたら気になる。」

アルが顔を近づけてきた。その金色の大きな瞳でじっと見つめられる。

あぁ、駄目だ・・・、逃げられない。

「・・・アルのこと、考えてたら・・・眠れなかったんだよ!」

叫ぶようにしてそれだけ言うと、真っ赤になった俺は急いで俯いた。もう恥ずかしくて死にそうだ。

「・・・どうして?」

「・・・アルに嫌われたんじゃないかって、・・・ずっと不安で・・・」

あぁ、信じられない・・・。これが二十六の男が言うセリフか?

「何だ、そんなこと気にしてたの?大丈夫だよ、嫌いになんかなってないし・・・。まぁ、ちょっと変な人だなぁとは思ってるけど。」

・・・・・・やっぱり、変人だと思われてたのか・・・。結構、ショックだ・・・。

でもまぁ、別にいいか。何たってアルは、相変わらず俺に笑いかけてくれるし。

今の俺は、それだけで十分幸せだ。

 

 

 

 

 

一人で夕食をとった後、俺は意を決して電話をかけようとしていた。

しかし受話器を握って突っ立ったまま、すでに五分前が過ぎようとしている。

 

たかが電話をかけるだけなのに、こんなに緊張しているのは初めてだ。

脳裏に電話の相手の顔が浮かんできた。最後に会ったのはいつだったっけ?確かあまりに連絡しなかったせいで、心配したあいつが訪ねてきたのがそうだったような気がする。一年くらい前だっけ?

久しぶりに会った幼馴染は、記憶の中のその姿とは全然違っていて、随分大人びていた。けれどその性格と小言の多さは変わっていなくて、少し安心したのを覚えている。

軍に入ってからは、ほとんどリゼンブールには帰っていない。

ばっちゃんの後を継いだあいつがたまには帰ってこいと連絡してきたこともあったが、やっぱりそんな気にはなれなかった。

そこは自分の故郷だと言うのに、おかしな話だが・・・。

でもやはり、あそこにいると何かを思い出しそうで・・・怖いのだ。

 

そんなどこかが不安定な俺を、ウィンリィはよく支えてくれていたものだと今になって思う。

明るく振舞い、叱咤激励し、時には俺の代わりに泣いてくれた。

今までは自分のことに手一杯で、そのウィンリィの優しさには本当の意味では気付けていなかった。

だから自分がもうすぐ死ぬと分かった今、せめて謝罪と感謝だけは伝えておきたかった・・・。

最後に声が聞きたい。

それにそうしておかなければ、またウィンリィに小言を言われそうだ。

苦笑しつつそう思うと少しだけ肩の力が抜けて、俺はやっとダイヤルを回すことができた。

 

「・・・もしもし、ウィンリィか?」

受話器の向こう側が静かになった。

『エド・・・?あんたが電話してくるなんて、珍しいこともあるものね。』

「そうか・・・?」

久し振りだというのに、ウィンリィの声からは懐かしさよりも訝しさの方が感じられた。

まぁ無理もないだろう。俺はふっと笑みを零しつつ、適当に返事をする。

『で、どうかしたの?』

「いや、別に用事はねぇんだけど・・・。元気にしてるかなって・・・」

一瞬返事に詰まりそうになってどきりとしたが、何とか取り繕う。余計な心配をかけたくはないので、ウィンリィには何も話さないつもりだった。だから変に勘繰られないようにするために、気まぐれで電話をかけてきたと、そんな風に演出しなければならない。

 

『・・・・・・エド。』

「ん・・・?」

ウィンリィの声が、急に硬くなった。

『・・・まさか、危ないことしてるんじゃないでしょうね?』

「はぁ・・・?」

思いがけない言葉に、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。

『連絡しろって言ってもしないあんたが掛けてくるなんて、変なのよ!まさか、これで最後のお別れとか言わないでよ!冗談じゃないんだから!』

ウィンリィは俺が戦争にでも行くのだと思ったのだろうか、その声には怒りとも恐怖ともつかない感情が滲んでいた。僅かに声が震えているようにも聞こえる。

その憶測はあながち間違ってはいない。全くウィンリィの勘のよさには、いつも驚かされる。

「・・・・・・はは、んな心配すんなよ。そんなんじゃねぇって。」

『・・・本当に?』

動揺してしまったのを悟られないように、俺はわざと明るい声を出した。

それでもなお、ウィンリィの声は心配そうだった。

「あぁ・・・。ありがとな、心配してくれて。」

『・・・まったく、世話がやけるんだから。・・・あんたみたいな駄目な男は、さっさといい人見つけて面倒見てもらいなさいよ。』

素直な俺の言葉に、今度はウィンリィが動揺していた。それを隠すように、いつもの軽口が飛び出した。

「・・・結婚、ねぇ。」

そう呟いてみると、俺は結婚できなかったなぁなんていうことが改めて思い出された。

俺には無理だったけど、ウィンリィには幸せな結婚をしてもらいたい、なんて感慨にふけっていると、またウィンリィの声が低くなった。

『・・・エド。あんたこっちに帰ってくる気は無いの?』

「何だよ、お前が俺の面倒見てくれる気になった訳?」

『馬鹿、違うわよ!』

へらへら笑いながら言ったら、思いっきり否定された。心配しなくたって、ちゃんと冗談だっつうの。

「もったいねぇな・・・。俺ってすげぇいい男なのにさ。」

 

そう、こっちは冗談のつもりで言ったのに、沈黙の後に返ってきた答えは真面目なものだった。

『・・・・・・悪いけど、あんたとは嫌。・・・あたしは、結婚するなら自分を一番愛してくれる人じゃなきゃ嫌なの。そんなの、あんたには無理でしょ。』

何故かその言葉がぐさりと刺さって、暫く返事もできなかった。

でもそれは、間違ってはいない。

「・・・・・・。あはは、そりゃまあそうだな。お前のことはすごく大事だけど、一番には愛せない。」

『・・・・・・。あんた、何か変わったわね。ちょっと、明るくなった。』

「そういえば、そうかもな。・・・今、結構しあわせだから。」

そう言って一番に思い出されたのは、アルフォンスの顔だった。

アルと一緒にいる時の、あの穏やかな気持ちを、しあわせだと言うのだろう。

あんな気持ちは、久しく忘れていたものだ。

・・・いや、あんなに幸せな気持ちになったのは、初めてかもしれない。

今頃そんな事に気付かされて、自然と笑みが零れてくる。

そんな俺の様子が受話器越しにも伝わったのだろう、ウィンリィも安堵したようだった。

『・・・・・。そう、よかったじゃない。』

「あぁ、じゃまたな。・・・もうすぐしたら、そっち帰るから。そん時はよろしくな。」

『・・・変なエド。まぁいいわ、シチュー用意しといてあげるわよ。』

「サンキュー。」

『はいはい。』

ウィンリィは気の無い返事をしたけれど、きっと照れているに違いない。

俺は深呼吸を一つして、口を開いた。

「・・・元気にしてろよ。お前は元気なのがいいところなんだからさ・・・。」

『・・・エド?』

「・・・今まで、いっぱい迷惑かけてごめんな。ありがとう。・・・俺のことは気にすんなよ、今は結構、幸せだからさ。じゃあまたな。」

そこまで一気にしゃべると、返事も聞かずに電話を切った。

それ以上何かを聞いてしまったら、泣いてしまうんじゃないかと思った。

 

 

 

 

3  *  novel top  *  5