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!!! 注意 !!!
* 現代の高校生パラレルです。 * かなり好き勝手やっているので、苦手な人は戻ったほうがいいです。
* 兄弟はマンションで二人暮らし。 * 兄は駄目な高校三年生、美術部。 * 弟は頭も顔も性格も運動神経もいい高校二年生、帰宅部。
夢を見た・・・。 それはそれは、甘美な夢を・・・。
――― 残夏、ある午後 ―――
ゴンっという鈍い音と共に、俺は目が覚めた。
いきなりの衝撃に驚いて瞼を開ければ、視界に広がる木目の床。そして一瞬遅れた痛みがじわじわと襲ってきて、思わず呻く。
「・・・痛ってぇ」
覚醒してきた頭が、ベッドから落ちたらしいことを理解する。ついでに肩と背中を打ち付けたことも。 とにかく起き上がろうとして、下半身の異変に気が付いた。その途端、さっきまで見ていた夢の内容がフラッシュバックする。かあっと頬が上気するのが自分でも分かって、思わず掌で口元を覆った。
つまりは、そういう類の夢を見ていたのだ。裸の相手とベッドの上で抱き合うという夢を。いや、どっちかって言うと押し倒していたような気もするが。 いや、今そこはどうでもいい。そういうイヤらしい夢を見たのも、まぁ悪いことじゃないよな。俺だって健全な男子高校生だし。今のところ彼女がいる訳でもねぇから、欲求不満なんだといえば否定はできないし。正直そういうコトにも興味はあるし。
・・・ここまでは別に変じゃねぇよな、男としては普通のことだ。 そう、問題なのは、その夢に出てきた相手の顔だ。
まだ、脳裏に残像がチラついている。 赤く染まった頬だとか、潤んだ目元だとか。少し苦しそうなのに手を伸ばしてくる、健気な姿。それを見て、優しくしたいのに苛めたくなるような気持ちまで。全部、リアルに覚えている。 俺に組み敷かれたその人物が、俺を呼ぶ。
・・・兄さん、と。
「・・・何で、アルだったんだ?」
床の上に座り込んだまま、頭を抱えた。顔がまた熱くなる。 ・・・夢に出てきたのは、間違いなく俺の弟だった。似ているとかそういうんじゃなくて、アルフォンスそのものだった。あの金色の目と髪、白い肌や俺を呼ぶ声は、アルフォンス以外にありえない。
「・・・訳わかんねぇ。」 おかしいだろ、弟が出てくるって。こういう夢に出てくるのは好きな女とかだろ、普通?でもアルは間違いなく男だし、そもそも俺達は兄弟だし!イヤ、確かにアルはそこらへんの女よりずっと綺麗だけど・・・。でも、夢の中のアルも間違いなく男だったし!・・・あぁ、どうなってんだよ俺は!?
「兄さーん!」 声をかけながら近づいてくる足音に、びくっと心臓が跳ねた。俺は慌てて扉の方に背を向ける。それと同時に、何の躊躇いもなくドアは開いた。
「凄い音がしたけど大丈夫?ベッドから落ちたの?」 「バカ、勝手に入ってくんなよ!」 「もう、人が心配してあげてるのに!お腹出して寝てるから、そんなことになるんだよ!」 「それは関係ねぇだろ!」
さっさと追い出したいけど、アレな事情がバレそうで動けない。そんな自分がみっともなくてどうしようもないが、こんなことがアルにバレる方がもっと最悪だ。兄貴の面目丸潰れじゃねぇか!
「もういい。兄さんなんか放っておいて、僕は先に学校へ行くからね。」 「は?もうそんな時間か?」 少し不機嫌そうになった声音に、慌てて顔を上げた。目覚まし時計の方を見ると、いつも起き出す時間よりもずいぶん早い。 「違うよ。来週のバスケ部の試合、僕が助っ人で参加することになったって言ったでしょう?だから今日からは皆と一緒に朝練にも出ることにしたの。」 「そっか・・・」 もう、昨日言ったのに。また上の空で聞いてたんだね、と弟が膨れたのが背中越しにも分かった。
「あ・・・、兄さん」 足音が近づいてきて、俺のすぐ後ろで止まる。 「首のとこに絵の具が付いてるよ、ほらここ。」 首筋に温かい指先が触れて、ビクンと心臓が跳ねた。 「指ならまだしも、普通こんなとこに付かないと思うけど・・・。また遅くまで描いてたの?」 「あ、あぁ・・・。まだ全然完成してねぇし。」 もうアルフォンスは触れていないのに、首筋が熱い。また、さっきの夢が頭をよぎった。 「兄さんのそういう集中力って凄いと思うけど、あんまり無理しないでよ。」 あぁ、と気のない返事をする。そうだ、夢の中でアルが、ここにキスを・・・。 「ほら、だらだらしてると遅刻するよ?じゃあ、僕は先に行くからね。僕が一緒に登校しないからって、サボろうとか考えないでよ!」 弟の足音が居間の方へと消えて行った。
あぁ、危なかった。俺はようやく肩の力を抜く。 玄関の方から、パタンとドアの閉まる音が聞こえてきた。アルはもう、行ってしまったらしい。 「・・・・・・とりあえず、トイレに・・・」 俺は情けない声を出した。
寝間着代わりのTシャツと短パンのまま居間に顔を出すと、ダイニングテーブルの上にきちんと朝食が用意されていた。それを見て、あぁと苦笑のようなものが零れる。
アルは本当に、よくできた弟だ。 今週は俺が朝食を作る番なのだから、自分の分だけ作ればいいものを。ついでだしとか言いながら、朝は弱い俺の分まで用意する姿が目に浮かぶようだ。
二人きりで生活するようになって4年、アルフォンスは高校生らしくない程しっかりした少年になった。 それは面倒見の良かった母の性質を受け継いだせいなのか、ただ単に俺が頼りないから世話を焼かねばなららかっただけなのか。後者ならば、兄として反省するべき点が山ほどある。
アルフォンスの顔を思い出していたら、自然と頬が熱くなるのを感じた。心臓がまた、煩く騒ぎ出す。 本当に今日の俺はどうかしてる。何でこんなに、たかが弟のことを意識しなくちゃならないんだ?今朝の夢のせいなのか?だとすれば、俺はどうしてあんな夢を・・・。
唐突に、昨夜のことを思い出した。 それで納得する。多分アレのせいだ、こんなことになってるのは。 でも、そんなの別に大したことじゃないはずだ。よくある日常の一部、特に一緒に住んでいるならなおさら。 ・・・ただ、弟が風呂上りに熱いからと言って、上半身裸で部屋ん中うろうろしてただけだろう?そんなことが俺の夢に出てくる必要なんて、どこにある?
確かに弟のそういう無防備な姿を見るのは久しぶりだった。両親が中学生の時に死んでから部屋は別々になったし、弟の身だしなみはいつも完璧だから。
夏だというのに白いその肌は薄く色付いて、中性的な印象をより強くしていた。運動神経がいいくせに帰宅部の弟は、スポーツ部によく助っ人を頼まれているから、適度に鍛えたその細い体には無駄がない。惹き付けられるように見つめながら、凄く綺麗だと思った。 そんな風に思った時点で、俺はもうおかしかったのか?普通の人間は、家族相手にそんなこと思ったりしないのか? それなら、俺がアルに抱いている感情は何だ・・・?
もちろん、弟として大事に思っている。たった二人きりの家族だし。今までずっとそうだと思ってきた。それだけだと、思っていた。 けれど夢を見ながら心に渦巻いていたのは、もっと違う感情だった。家族愛なんかよりもっと鮮烈で、焦燥感が胸を締め付けるように心が求めた。堪らなく、アルが欲しい・・・と。 俺は確かに、欲情していた。 実の弟に対して。
俺はアルが好きなのか? 実の弟なのに? いや、そんなこと、あるはずがない。 だって俺達は家族で、しかも男同士だ。生まれた時からずっと一緒にいて、笑ったり喧嘩したりしながら、二人で支えあって暮らしてきたんだ。それが今さら、好きだなんて。有り得ない・・・。 第一そんなこと、絶対に認められない。
きっと疲れているんだ。 昨日の夜も、作業部屋にこもって遅くまで起きていたし。そのくせ作業は全然進まなかったし。そろそろ十月だっていうのに、こんなに暑いし。身長は伸びなくなったし、隣のウィンリィは相変わらず小っさいわねーとかからかいに来るし。・・・あー、ホントに頭痛くなってきた。
とぼとぼと自室に戻って、ベッドに身を沈める。
小さい頃から泣き虫で俺や母さんの後ばかり付いてまわっていた弟は、これからは二人きりで暮らさなきゃいけないんだと分かった時から、泣かなくなった。 あんなに熱中していた部活もあっさりと止めてしまい、僕も家事を手伝うと言って聞かなかった。全くできなかった料理も二人で競い合うようにして練習し、上達していった。 親がいないからと言って、アルに不憫な思いをさせる訳にはいかないと、俺はそれを第一に考えながら生きてきた。立派な親代わりになろうと、時には背伸びしながら。
そうだ、俺にとってアルは、養い保護する対象だ。 それが恋愛の相手、なんかになるはずない。
微かな音に促されて、瞼を持ち上げる。 いつの間にか眠り込んでいたらしい。サイドテーブルの方を見ると、その上のケータイが振動していた。手に取って時間を見れば、ちょうど一時間目が終わったところだった。また、頭を抱えそうになる。 「ヤベっ、寝過ごした・・・。」 さっき届いたメールを見ると、アルフォンスからだった。
『兄さん、ちゃんと学校に来てる?』
俺は苦笑を一つ零して、どうしてこんなに勘が鋭いんだろうなぁと半ば呆れる。いつもは、頭が良いわりにちょっと鈍感なのに。とりあえず、学校に行ってないのがバレたら、怒られるな。どうしよっかなぁなんて考えて、とりあえず無難そうな答えを送信する。 『ちゃんと来てる。』
すると、即刻返事がきた。 『じゃあ何で教室にはいないんだよ?どうせ屋上とか美術室にいるんでしょう?授業はサボっちゃ駄目だって、いつも言ってるじゃないか!』
うわぁ、もうバレてたのか・・・。それにしても、俺の弟はよく出来た弟だ。すでに証拠を握っているのなら、もう誤魔化しようがない。 けどそんな弟も、さすがに教室にじゃなくて学校自体にいないとは思ってないらしい。まぁそれは、たまに授業をサボったとしても大抵はさっきアルが挙げた場所にいたし、普段は一緒に登校するから朝から欠席とか遅刻はしたことがないからだけど。
どうしようかと、もう一度考える。今からでも行った方がいいんだろうけど、きっと何も手に付かないだろうな。こんな調子じゃ。それに、何だか体もダルイし行く気が起きない。最近徹夜ばっかりしてたからな、疲れが溜まっているのかも知れない。
『ごめん、本当は家にいる。頭痛いから、今日は休む。』 送信ボタンを押したら、ちょうど休み時間が終わったところだった。次の休み時間までは返事も来ないだろうと、ケータイを机の上に置いてもう一度ベッドに横になった。
目を瞑っていると、家の中の静かさが身に染みる。 そしてふと、アルが風邪で学校を休んだ日のことを思い出した。
あれは二人で生活し始めてすぐのことで、その日俺は何ともなかったのにアルの看病をすると言って一緒に学校を休んだ。 アルフォンスは寝てれば大丈夫だよと言って俺には学校に行くように言ったけど、俺はそれを聞かなかった。実際、症状はそんなに酷くなかったし、隣のばっちゃんが看病してくれると言ってくれたからそれほど心配だったわけじゃない。 だからそれよりも俺が嫌だったのは、アルを一人で家に残して行くことだった。アルを一人きりにすることが酷く恐ろしく思えて、俺は学校に行かなかった。 今思えば、感覚的に分かっていたのかもしれない。この家に一人でいると、寂しくなるってこと。特に、弱っている時には・・・。
再び目を覚ました時には、もう昼近くになっていた。 ケータイを手に取ると、アルからメールが届いていた。ちょっと怒られるかなと思って恐る恐る開くと、そこには想像以上に優しい文面が。
『兄さん大丈夫?薬飲んで大人しくしてなきゃ駄目だよ?早くよくなってね。』
普段の弟は、真面目でしっかりしているからこそある意味で厳しい。 けれどそれとは裏腹に、こうやってしょっちゅう優しさを零していく。そして俺は、その優しさに滅法弱い。 あぁこれじゃ逆だな。俺が甘やかされてどうする。俺の方がアルを甘やかしてやりたいし、そうしなくちゃいけないのに。 いつもそう思う。二人きりで暮らしていこうと決めた、あの日から。何も不自由がないように、寂しくなんかないように、俺がアルを守ろうと。
・・・それにしても弟は、さっきのメールを完全に信じたのだろうか? まぁ、気分が悪いのは本当だし、別に嘘付いてるわけじゃないけど。でもきっかけは単なる寝坊だし、微妙だよな・・・。 つーか、朝からあんな夢を見たせいだ。こんなことになってんのは。だから、あの夢が悪いんだ。・・・でも待てよ、夢は願望の現われとか言うし。ってことは、俺が結局悪いのか?けど、あんなの俺の願望じゃねぇよ。どこの世界に弟と寝たいなんて思う兄貴がいるんだよ。
変な方に向かいそうな思考回路を無理矢理ショートして、もう一度文面を見た。
泣き虫だった弟は、非常に優しくて素直な子に育った。 それはそれで良かったのだが、時々あまりにも無邪気過ぎて心配になる。悪い女に引っ掛かったりしないか、とか。 見た目も麗しい弟はよくモテるらしいが、まだ彼女は一人もいない。何故そんなことを知っているのかというと、思春期という言葉をどっかに置いてきたらしい弟が何でも喋るからだ。夕食の間とか、休みの日に一緒にいる時とか、学校へ行く間とか。色々と楽しそうに教えてくれる。まぁ、二人っきりの家族なんだから、コミュニケーションのつもりなんだろうけど。 今は同じ学校にいるから、見守るくらいのことはできるけど、卒業したらそうもいかなくなる。だから今のうちに、少しは人を疑うことも教えてやらなきゃいけない。
ふとそう思って、俺達はあとどれくらい一緒にいるんだろうなと考えた。 高校を卒業するまで?大学生になってもまだ? 案外短いのかもしれない。俺達はもう、随分と大きくなった。あと数年もすれば、保護者が必要って歳でもなくなる。そうなれば、兄弟だって自然と離れていくのだろう。
俺はもしかしたら、寂しいのかもしれない。 ずっと一緒にいるのが当たり前だと思っていたから。知らない間に随分と過保護になってしまったみたいだ。これじゃ子離れできない親と変わらない。
だとすると、今朝の夢もこれが原因なのかも知れない。 寂しかったから・・・っていう理由のわりには、かなり過激だったような気もするが。 もういい、そういうコトにしておこう。考えたって仕方ないし、所詮夢だ。多分なんかの手違いだ、よりにもよって弟が出てきたのは。
自分の部屋を出て、隣の部屋へと入る。 扉を開けると、空気に混じる絵の具の匂い。部屋の隅には色とりどりのキャンバスが適当に片付けられ、床の上には絵の具や筆が散らばっている。資料代わりの雑誌やら本やらを拾い上げて歩ける場所を確保しながら、部屋の奥まで進む。
ここは以前物置だったものを片付けて、俺が絵を描くスペースにしたものだ。 元々狭い上に、年々増えていく作品と資料を一緒に置いているせいで、今ではかなり凄いことになっている。部屋の両サイドにキャンバスやスケッチブックなどを置き、奥の壁の周辺を作業スペースにしているのだが、いったん引っ張り出したものをなかなか片付けないので、すぐに足の踏み場もなくなってしまう。おまけに今は、あと一週間程である文化祭で展示するための作品が大詰めを迎えているから、一層汚い。
部屋の中央でいったん立ち止まり、奥の壁に立てかけた100号のキャンバスを睨む。 カラフルに彩られたそれは、いわゆる抽象画というやつだ。まあ弟に言わせれば、単なるよく分からないものになってしまうのだが。けれどそんなことを言いながらも、兄さんらしくて好きだと、優しい弟は毎回フォローを忘れない。 床の上に転がった筆を取り上げようとして、やっぱり止める。 いまいちそんな気分になれなかった。ここ数日、ずっとそんな調子が続いている。キャンバスの前に座っていても、一向に手を加える気が起こらない。 溜め息をこぼして、隅の方に隠すように置いた20号のキャンバスを手に取る。しばらく眺めた後で、側のイーゼルにそっとのせた。
描かれているのは、アルフォンスの肖像だ。こちらは抽象じゃなくて、なるべく本人に近づけようと、あるいは二割増くらいで可愛くしてやろうと画策している。
人物画を描く時は、大抵自分か弟をモデルにする。だから部屋の中には、アルを描いたデッサンが積み上げられている。 一緒に部屋の掃除をする度にそういうものを発掘しては、僕の成長記録みたいだよね、と弟は笑う。 アルを描く時はいつも、金髪と白い肌と透き通った瞳を引き立たせることに、全神経を集中させる。そんなことだから、いつのまにかイエロー系の絵の具ばかりが増えていく。 当の本人はと言うと、俺がこんな絵を描いていることをまだ知らない。 文化祭当日に展示されているのを見せてびっくりさせてやろうというちょっとした悪戯を企んでいるから、教えるつもりもないのだが。
やっぱりそちらにも手を入れる気は起きなくて、部屋を出ようと踵を返す。 また隠しておいた方がいいかと足を止めて、まぁ覗かれることはないだろうとそのままにして部屋を出た。 別に入るなと言っている訳ではないのだが、集中したい時は一人になりたがるという俺の性格を熟知している弟は、用事がある時にしか近付かなくなった。 その代わり、モデルをやってもらう時や片付けを手伝ってくれる時には、物珍しそうに入り浸っている。こんな所にいても何がおもしろいのか、俺にはいまいち分からないが。
アルが帰って来るにはまだ時間があるし、適当に昼食をとって洗濯でもすることにした。 こうやって自分達で家事をするようになって、もう随分経つ。 最初の頃は隣に住んでいるウィンリィの両親やばっちゃんに色々助けてもらっていたが、今ではほとんど二人でできるようになった。反抗期という言葉もどっかへ忘れてきたかのように、弟は素直に何でもこなす。家事が面倒だとか、両親がいなくて寂しいだとか言って、俺を困らすこともない。
洗濯物をベランダに干し終わってから、そこに置いてある椅子に腰を下ろした。 その椅子は俺達が子供の頃に、母さんが買ってきたものだ。そこに座って夕焼けを眺めていた母さんの姿を、今でもよく覚えている。 俺達のマンションは高台にあるため、街を一望できるベランダからの夕焼けはいつも綺麗に見える。 母さんが死んでから、そこは弟のお気に入りの場所になった。 紅く染まる世界を見ながら弟は綺麗だと言うけれど、どことなく寂しそうな横顔を見るのはいつも辛い。
ようやく秋めいてきた風が、ゆるく肌を撫でていく。瞼の裏にアルフォンスの笑顔がふわりと浮かんで、すぐに消えた。
「・・・さんっ!・・・兄さん!」
体を揺さぶられて、ハッと目を開いた。驚いて顔を上げると、すぐそこに弟の顔があった。 その表情が泣きそうな程歪んでいるのを見て、さらに驚く。
「アル・・・?」 「もう!びっくりしたじゃないか!部屋にいなかったから家中探したのに、どこにも姿が見えないし!玄関の鍵が開いてるのにどこにもいないから、何かあったんじゃないかって心配したんだからね!」 怒ったように言う弟の声が僅かに震えているのに気が付いて、俺は椅子から立ち上がって咄嗟に弟を抱き寄せた。 「ごめん、アル!なんか洗濯物干した後、そのままここで寝ちまったみたいで・・・。」 うろたえた俺の声にアルは俯いていた顔を上げ、それから洗濯物を見た。
「兄さん・・・、ずっと寝込んでたんじゃなかったの?洗濯する元気があったってことは、もしかして・・・!」 さっきまでの表情を盛大に崩して、アルフォンスがキッ、と俺を睨んだ。一瞬顔が引きつる。うわぁ、こいつを怒らせると怖えんだよなぁ。どうする、俺?!
「ち、違うぞ!断じて今日のはサボリじゃない。昼過ぎた頃には治ったんだって!朝は本当に気分が悪くてだなぁ・・・」 慌てる俺をじっと見つめた後、アルはふいっと顔を逸らしてさっさと部屋の中に入ってしまった。 「何だよ、もう!心配して損した!」 照れ隠しなのか、声を荒げる弟の背中を見ながら、ふと気付く。 「・・・そういえばお前、随分早いな。」
そう言いながら外を見ると、まだ空は明るい。ここ一週間程はバスケ部の練習に参加していた弟が帰宅するのは、日が暮れ始める頃だった。この時間だと、授業が終わってからすぐに帰ってきたというコトになる。
「心配だったから練習休んで帰って来たんだよ!だって兄さんが病欠するなんて、有り得ないだろ?馬鹿は風邪引かないって言うのに。」 「・・・・・・最後の一言は余計だけど、そんなに心配してくれたのか。お前、案外ブラコンなんだな。」 「はぁ?!兄さんだって人のこと言えないだろ!僕が風邪引いた時、心配だからとか言って一緒に休んだの誰だよ!」 「あぁ、そんなこともあったな。」 弟には分からないように、ふっと笑みをこぼした。 「それにさ、お前何で俺が学校にいないって気付いたんだ?」 アルフォンスが振り返る。その顔が少しだけ赤い。 「・・・・・・・・・なんか、兄さんが近くにいないなぁって気がしたんだよ!だから心配になって、兄さんのクラスまで見に行ったの!」 「あはは、お前スゲーな。俺達ってそんなに通じ合ってたんだ。」 何だ、俺って結構大事にされてんだなぁと嬉しくなって笑ったら、つられたように弟の膨れっ面も笑顔になった。
「ごめんな、心配かけて。お詫びに今日は俺が夕食作るからさ、それで勘弁してくれ。」 「・・・分かった。じゃあ、おいしかったら許してあげる。」 「うわぁ、お前の採点、厳しいんだよなぁ。ちょっとはハードル下げろよ。」 「えー?どうしようかなー。」
アルフォンスが悪戯っ子のように笑う。 それにつられて俺も微笑を浮べた。そして、ほんの僅かな違和感を覚える。
いつもなら、アルが笑顔でいてくれるだけで俺も安心できるのに、今日は何だか少し違う。 安堵感に紛れて、胸の奥が僅か、痛んだような気がした。
世間では、相手が笑っていてくれるだけで幸せな気持ちになることを、恋だとか愛だとか名付けるらしい。
それなら、俺とアルフォンスの間にあるこの感情には、どんな名前を付ければいい? 家族愛、だなんて温い範疇はとうに過ぎてしまっている気がする。
・・・・・・少なくとも、俺の中では。
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ついにやってしまいました、ね・・・。こんな兄弟、いかがでしょうか? 当初の予定では、もっと普通の兄弟にしたかったんですが、いつのまにやら仲の良い兄弟になってしまいました。 私の書くエドは、どうあがいても弟好きになる。 アルは完全に無自覚ですけど。 ええと、ヒかれてないようなら、後日談的な話を書きたいと思ってます。 「残夏」は「ざんげ」と読みます。私の造語です。
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