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――― 離れられない、運命だから 5 ―――
結局、核心に触れられなかったエドワードは、もう一度アルフォンスと二人っきりで話す機会を窺っていた。 けれど当のアルフォンスはウィンリィやばっちゃんの手伝いをしたり、長いこと散歩に出かけたりと、エドワードを避けているかのようにも見えた。 そしてエドワードも先日の後ろめたさから、真っ直ぐ顔を見ることができずにいた。 そんな日々が続いていたある日。 ジリリリリ・・・と、電話が鳴った。
「はい、ロックベルですけど・・・」 「・・・っ鋼のか?!私だ!」 エドワードは思いがけない人物からの電話に目を見開いた。 「マスタング大佐?!何であんたが・・・」 「君を探していたのだよ。だめもとでかけてみたのだが、私は運が良い。」 受話器の向こう側の声が、意外そうにしながらも少し笑っている。 「実は、君に仕事を頼みたいのだ。ある錬金術師が残した資料の解読だ。資料は今、私の元にあるからセントラルまでとりに来て欲しい。・・・どうだ、できそうか?」 「・・・・・・・・・それ、急ぐのか?」 「急いでくれると、こちらとしてはありがたいのだがね。」 「・・・・・・分かった。近いうちにそっちに行く。」 「そうか、すまないね。」 「いや、じゃあな。」
ガチャンと受話器を置いて、大佐は息を吐いた。 「・・・エドワード君はいたのですか?」 声のしたほうに目を向けると、自分の優秀な補佐官が立っていた。表情はいつもと変わらず冷静だが、心の中ではきっと心配していたのだろう。 「あぁ。・・・それに、意外と元気そうな声だった。」 「それは良かったですね。」 上司にはめっぽう厳しいのに、彼らのことに関して幾分甘い補佐官は、少しだけ表情を緩める。 「・・・何か、あったのかも知れんな。」 「その何かが、彼にとって喜ばしいことならいいのですが・・・。」 「そうだな。」 ふと、窓の外を見上げる。 太陽のように眩しい彼の笑顔を、最後に見たのはいつのことだっただろう? 今度会うときは、その表情が少しでも晴れやかであれと、窓の外の青空に祈った。
「・・・兄さん、大佐から?」 急に声をかけられて、エドワードの心臓はびくりと跳ねた。慌てて振り返ると、さっきまで外にいた筈の妹が扉の側に立っていた。 「あ、あぁ。なんか錬金術の資料を解読して欲しいらしくて、それをセントラルまで取りに来いって。」 ただ話しかけられただけで、こんなに動揺してしまったことを誤魔化すようにエドワードは笑って見せた。 「そう・・・。いつ、出発するの?」 扉の側から動こうとしないアルフォンスの問いに、少しだけ考える。 「・・・んーそうだな。2、3日のうちには・・・」 「そんなこと言ってないで、明日すぐに行ってきなよ。」
律儀な妹の答えに、エドワードは軽く苦笑した。 正直に言うと、仕事とはいえあまり乗り気ではない。なんせ自分は今、アルフォンスのことで頭が一杯なのだ。寝る暇さえ惜しいと思うほど、離れていた一ヶ月間の隔たりを埋めるためには、少しの時間も離れたくなどない。 けれどそれでも引き受けたのは、恐らく自分を心配して電話をかけてきてくれた上司への素直な感謝の思いだった。 「・・・しょうがねぇなぁ。・・・あ、アルも一緒に行くか?」 「ううん、僕はいい。」
簡潔なアルフォンスの答えには抑揚がなく、声も小さくて聞き取りづらかった。 けれどそのことをエドワードは気に留める様子もなく、またその意味にも縮まらない二人の距離の理由にも気付かない。 「そうだよな、まだ体が万全じゃねぇのに・・・。それじゃあ、なるべく早くこっちに帰ってくるから。」 「ねぇ、兄さん。わざわざこっちに帰ってこなくてもいいんじゃない?・・・兄さんこれから軍に入るんでしょ?だったらそのまま、セントラルに残りなよ・・・。」 エドワードの答えを遮るように話し始めたアルフォンスであったが、最後のほうになるとその勢いがなくなってしまった。 エドワードはと言うと、その言葉の意味を図りかねて眉をひそめた。 そこへ、外から戻ってきたウィンリィが姿を現した。 さっきのアルフォンスの言葉が聞こえたのだろう、その表情は戸惑っていた。 「ちょっ、エド!あんた軍人になるの?」 「あぁ。いろいろと世話になったからな。」 そういえばウィンリィにはまだちゃんと言ってなかったななんて思いながら、エドワードは頷きつつ答える。 「アルは?アルはそれでいいの?」 「ウィンリィ、心配してくれんのは嬉しいけど・・・。アルとは人体錬成する前から何度も話し合ってたんだ。今でも、納得してくれてるよな?」 「・・・うん。」 困惑した表情で覗き込んでくるウィンリィから逃れるように、アルフォンスは俯いた。 「じゃあ、アルはどうするの?一緒にセントラルに連れて行くの?」 ウィンリィの問い掛けに、僅かな沈黙が訪れた。
エドワードは開きかけた口をいったん閉じ、思い悩むように少しだけ俯いた。 それについては、アルフォンスと再会してからずっと考えてきた。 そして今でも、明確な答えは出ていない。 つい一ヶ月前までは、一緒にいるのが当然で離れるなんて考えたこともなかった。 けれど今ではどうだ? 自分の前には自分の人生が、妹の前には妹の人生が行き先を知らない道のように伸びている。 そしてその先はどうだ? 今までのように交わることなどなく、全然別の方向を向いているのかもしれない。 そう思うと、胸がぎゅっと痛むのを感じた。
「俺は・・・、一緒に来て欲しい。けど、アルがこっちにいたいなら、それでもいい。・・・なぁアル、どっちにするか決めてくれ。セントラルに来るのなら、別にすぐじゃなくたっていいし・・・」 「・・・僕は、兄さんと一緒には行かない。」 その甘く艶やかな唇から零れたのは、自分の切実な願望とは間逆の言葉。 アルフォンスの硬く冷たい声音に、胸がえぐられる思いがした。
「あら、じゃあこっちにいてくれるの?」 アルフォンスまで軍人になるなんて言い出すんじゃないかと心配したウィンリィは、幾分ほっとして肩の力を抜いた。 けれどそんな彼女をよそに、アルフォンスはなおも言葉を続けた。 「・・・ううん、もうすぐここも出ていくつもりだから。」 「はぁ?!じゃあこれから、どうするんだよ?」 エドワードはアルフォンスの側へと駆け寄り、その華奢な肩をいささか乱暴に掴んだ。 ぐいと自分の方へと体を向けさせるが、依然としてその顔は俯いたままだ。 アルフォンスの言っていることが、うまく飲み込めない。
「どこかいい街を探して、一人暮らししようと思ってる。」 「・・・っ!じゃ、じゃあ、それでどうするつもりなんだ・・・?」 「何か仕事を探して、空いた時間に錬金術の研究をしようと思ってる。」 「は?それなら俺と一緒に暮らしててもできるじゃねぇか!セントラルにいる方が、研究だってやりやすいし・・・。俺達が離れて暮らさなきゃいけない理由がどこにあるんだよ・・・?!」 「・・・っ!だって、もう・・・僕達、一緒にはいられないじゃないか・・・!だって、もう・・・僕と兄さんは、血の繋がった家族じゃないんだよ?他人なのに一緒に暮らすなんて変だよ・・・!」 アルフォンスはエドワードを突き飛ばして、睨むように自分の兄を見た。 けれどその目は涙で滲み、声には微かな震えが混じっていた。 後ろに二、三歩よろけたエドワードは、呆然としたまま妹を見つめている。
「・・・アル?なに言って・・・」 「・・・ねぇ、覚えてる?小さい頃僕の身体には、ここにほくろがあったでしょう?でも今の身体にはそれが無い。おまけに性別まで変わってしまった。・・・つまりこの身体は、僕の本当の身体じゃないんだ。それってもう、僕と兄さんは、兄弟じゃないってことでしょう?僕の身体には今、得体の知れない血が流れてるんだ。・・・母さんとも父さんとも、兄さんとも違う血が。・・・だったらもう、一緒にはいられないよね。だってもう、家族じゃないんだから。」 「何言ってんだよ?確かに体は変わっちまったけど、気持ちは何にも変わってないだろ?」 「違うんだよ、兄さん。今僕が言ってるのはそういう事じゃなくて・・・。ちゃんと分かってるから大丈夫。ウィンリィもばっちゃんも兄さんも、以前と同じように僕に接してくれて、すごく嬉しかった。でもそれは、3人とも僕が“アルフォンス・エルリック”だって知ってるからだよ。このままここでずっと暮らすなら、僕と兄さんが一緒にいても何の問題も無い。けど、現実にはそうもいかないでしょう?兄さんはこれから、セントラルで暮らすんだから・・・。」 「・・・?お前が一緒だと、何が問題なんだ?問題なんてひとつも・・・」 エドワードにはアルフォンスが何を言いたいのか、分からない。 そんな兄の様子を見て、アルフォンスは微かなため息を零した。
「・・・・・・じゃあ聞くけど、兄さんはみんなに何て説明するつもりなの?・・・こんな姿になった僕の事。妹ですとでも言うつもり?そんなの誰が信じると思う?・・・疑われるに決まってるよ。分かってるの兄さん、僕はもう、みんなの前ではあなたの弟にはなれないんだよ?」 「・・・あ・・・・・・」 やけに冷静なアルフォンスの言葉が、頭の中で波紋のように広がっていく。 「だから他の人から見れば、僕らは他人なのに一緒にいることになる。そんなの不自然だろ?・・・悪いけど兄さんは、素性の知れない他人を無償で面倒見るようなお人よしには見られてないんだよ。誰だって僕らの関係には、何か裏があるって思うよ。分かってるよね、僕達のしたことは絶対に秘密。誰にも知られる訳にはいかない。ばれたらそこで終わりなんだからね。」 「・・・そう、だよな・・・」 エドワードは力なく頷いた。 そんなことを一度も考えたこともない自分の愚かさに、嫌気が差す。
「・・・・・・生きた人体錬成の成功例なんだよ、今の僕は。禁忌を犯したことを軍が知ったら、僕らをそっとしておいてくれるとは思えない。研究所に連れて行かれたら、恰好の実験材料にされるのは目に見えてる。そうなれば僕に自由なんて無い。一生外には出してもらえないかもしれないし、もう誰にも会わせてもらえないかもしれない。・・・・・・最悪、実験材料として解剖されて、死んじゃったりしてね。」 「・・・・・・ア、ル・・・」 最後の方でアルフォンスは自嘲気味に笑った。 エドワードには、そんな彼女にかける言葉を見つけられない。 「それに兄さんだって無事で済まされるとは限らないんだよ?脅されて酷い事させられるかもしれない。僕はそんなの嫌だ・・・。だから、僕らは無関係を装っているほうがいい。そのほうが安全だから。兄さんと離れて暮らすのは、僕だって淋しい。でもそれより、人体錬成がばれる事の方が恐ろしいんだ。・・・僕ね、これからは自分なりに錬金術の研究をしようと思ってるんだ。兄さんには及ばないだろうけど、今度こそは、大衆のための研究をね。」 そう言って、アルフォンスは笑みを零した。 その瞳には揺るぎない覚悟が刻まれていて、エドワードはもう彼女の出した結論を変えることはできないのだと悟った。
彼女も自分と同じで頑固だ。一度言い出したことを、途中で変えたりもしない。 そしてその結論を出すまでには、何度も何度も一生懸命考えたはずだ。
そうしてエドワードは、自分と妹の歩む道が完全に分かれてしまったことを知った。
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