――― 離れられない、運命だから 7 ―――

 

 

 

「よう、大佐!久しぶり。」

ノックと共に笑顔で入ってきた鋼の錬金術師に、さすがのマスタング大佐も面食らってしまった。

 

「・・・あぁ、調子はどうかね?」

「・・・なんだ、心配してくれてたのか?」

いつものからかう様な調子ではなく曖昧な表情で尋ねてきた大佐に、エドワードは余裕の笑みを見せた。そんな様子に、大佐はほっと肩を撫で下ろす。もちろん、それを表に出すような真似はしないが。

「一応な。ほら、これが資料だ。・・・それで鋼の、これからどうするつもりなのだ?解読に時間がかかりそうなら、あちらに帰ってゆっくりやってもかまわんが・・・」

「いや、もうこっちに部屋を借りようと思ってる。」

もっと悩んでいるものかと思っていたが、エドワードの答えははっきりしていた。

「・・・そうか。・・・それは軍人になる覚悟ができた、ということか?」

「あぁ。」

 

大佐の目を見て答えたエドワードの瞳には、力強い焔が灯っていた。けれどその焔は、以前と少し違うように思えた。荒々しいけれどそれは揺るぎなく、見方によっては穏やかで美しい。以前は見え隠れしていた、不安定な揺れがなくなった様に見える。

ついこの間まで子供だとばかり思っていたのに、いつの間にやら成長したものだなと大佐はひとりごちた。

「・・・そうか。」

「それでさ、大佐・・・」

「なんだね?」

「俺、結婚するから。」

「・・・・・・・・・は?」

大佐が口を開けたまま、固まってしまった。その顔は、ひどく間抜けだ。

「だから、結婚するっつったんだよ!ったく、耳が遠くなったのか?」

「・・・・冗談だろう?大人をからかうのは止めたまえ。」

エドワードの声で正気に戻った大佐は、エドワードの言葉を鼻であしらう。

「だーもう!何で信じらんねぇんだよ!!」

エドワードは両手を戦慄かせて、絶叫した。

 

 

そんなやりとりが繰り広げられる中、ドアが勢いよく開き、ハボック少尉が入ってきた。

「大佐!中庭の騒ぎ、聞きましたか?」

「・・・は?いきなり何の話だ?」

少尉はエドワードの存在には気付かないまま、大佐の机へと歩み寄った。その顔にはにこにこと言うよりは、でれでれした笑みが浮かんでいる。

 

「今、中庭にすんごい美少女がいるんスよ!」

「・・・美少女?」

少尉は窓から中庭を見下ろして、大きな木の側を指差した。そこにはベンチが置かれており、そのベンチを取り囲むように軍服の人だかりができていた。美少女と言う単語で、さっきの会話がとんでしまったマスタング大佐も、席を立ってハボック少尉の隣に並んだ。

「ほら、あの子ですよ。ベンチに座ってる金髪の子。あぁーあいつら、親しげに話しかけやがって!」

少尉が、悔しいんだか羨ましいんだかよく分からない声を出した。

「ここからじゃ、顔がよく見えんな。一般人が何故こんなところにいるのかね?」

「あぁ、連れがここに用があるらしくって、帰ってくるのを待ってるみたいっス。」

「どれ、私も挨拶しに・・・」

「あれ、大将来てたのか・・・」

顔が見えなくても少女が美人だと、長年の勘で判断した大佐がドアへ向かおうとしたのと、独特の気配を感じて少尉が振り返ったのは同時だった。そして二人同時に動けなくなってしまった。

「・・・・・・!!」

 

肩を震わせて恐ろしい殺気を放つ鋼の錬金術師は、無言で窓へと歩み寄り、乱暴にそれを開けた。

そして中庭に向かって、絶叫する。

「てめえらっ!!俺のアルに気安く話しかけてんじゃねぇよ!!」

そう言うなり、エドワードは窓から飛び出した。ちなみにここは三階である。

「・・・・・・あ、・・・」

部屋に取り残された二人は、固まったまま間抜けな声を出した。

 

エドワードは落下する途中で壁を錬成し、所々足場を作りながら地面に着地した。そんな様子を呆気に取られて見ている軍人達の方へと走り寄りながら、エドワードはパンッと両手を地面に着いた。錬成反応を帯びた地面が盛り上がり、バリアーのように金髪の少女の周りには土の壁ができていく。少女の周りを取り囲んでいた軍人達は驚いた声を上げながら、近くの木々の後へと避難していった。

 

「大丈夫か、アル!ごめんな、俺がお前を一人にしたばっかりに・・・。何も変なことされてないかっ?!」

心配そうに駆け寄ったエドワードは、少女――アルフォンスにキッと睨まれてたじろいだ。知らない軍人達に囲まれて、怯えているものだとばかり思っていたのに、予想とは正反対の反応だ。

「・・・このバカっ!全然大丈夫じゃないよ!!地面こんなにしちゃって、どういうつもりなの!?すぐ直して!!それにこの人達にも謝って!みんな心配してくれただけなんだからっ!」

あれ、予想ではありがとうって言われて抱きつかれるはずだったのに、俺いま怒られてる?

「心配ってなぁ、そんなの下心があるからに決まってるだろ?!」

「いいから早く直して!!」

少女の目は笑っていなかった。有無を言わせないその形相に、エドワードができると言えば・・・。

「・・・はい。」

大人しく頷くことのみであった。

 

 

 

 

 

大人しく後片付けをしたエドワードは、少女を連れて再び大佐の部屋へと姿を現した。部屋の中には、先ほどの騒ぎを聞きつけたエドワードの顔馴染み達が揃っていた。

 

「つー訳で、これが俺の結婚相手のアルフォンシア。」

「は、初めまして・・・アルフォンシアです。」

アルフォンスは緊張した面持ちで頬を赤くし、ぺこりとお辞儀をした。

 

「・・・・・・冗談ではなかったのか?」

「だから違うっつってんだろ!!」

長い沈黙の後で漸く放たれた大佐の言葉に、エドワードは間髪いれず怒鳴り返した。

 

「・・・エドワード君、おめでとう。」

落ち着いたホークアイ中尉の声に、エドワードは笑みを零した。

「ありがとう中尉。あ、俺達こっちで一緒に住むんだけど、アルはこっちに知り合いとか全然いないからさ、なんか困ったときは相談にのってあげて欲しいんだけど、いいかな?」

「ええ、もちろん。よろしくね。」

「はい、ありがとうございます・・・。」

にこりと笑んで手を差し出すホークアイ中尉に、アルフォンスも嬉しそうに笑って応える。

 

「で、みんなには聞いといて欲しいんだけど、アルは記憶喪失なんだ。1ヶ月前、ウィンリィが行き倒れてたアルを見つけて看病したんだ。そして目を覚ましたアルにはそれ以前の記憶が全くなくて、自分の素性どころか名前さえも覚えてなかったんだ。」

エドワードは汽車の中で考えた言い訳を口にした。女の子になってしまったアルフォンスのことを弟だと言う訳にはいかないし、戸籍もないのだから記憶喪失というのが一番無難だということになった。

 

「・・・では、その名前は・・・」

「俺が付けたんだ。アルって俺にとって大事な名前だし、呼びやすいからさ・・・。」

「・・・君の弟のことを、彼女は知っているのかね?」

尋ねてくる大佐の声が、少し硬くなった。

「知ってるよ。人体錬成のことも、何もかも全部話した。」

「その話を聞いてなお、結婚に同意したのか?・・・まさか、無理矢理ではないだろうな?」

大佐の声は少し不安そうで、きっと自分達のことを心配してくれているのだろうなと思った。アルフォンスはそんな大佐の優しさが嬉しくて、はっきりとした声で答えた。

「いいえ、これは私の意志です。この人と一緒にいたいから、一緒にいようと決めたんです。」

「そうか・・・。おめでとう、鋼の。」

「あぁ、ありがとな。これからもよろしく頼む。」

エドワードは、漸くいつもの彼らしい笑みを浮べた。

 

 

顔馴染みたちが、口々におめでとうと声をかけてくれた。ハボック中尉はお前に先を越されるなんてなぁとぼやきながらも、しっかりやれよと励ましてくれた。

「・・・そうだ、鋼の。昼食の予定はあるかね?」

「いや、別にないけど・・・」

そろそろ帰ろうとしていたエドワードは、振り返って答えた。

「なら、今日は私がおごってやろう。とりあえずの結婚祝いだ。」

「サンキュー。なに、高級レストランにでも連れてってくれるのか?」

途端に、エドワードが子供っぽい表情になる。

「よし、そうと決まれば諸君、食堂に移動したまえ。」

「食堂かよ、シケてんなぁ。」

偉そうな口調のくせに大したことなくて、エドワードは呆れるように言った。けれどその気持ちが嬉しくて、素直に食堂へ向かおうとする。アルフォンスもそれに続こうとしたのだが・・・。

 

「・・・アルフォンシア、少しいいかね?」

後からかけられた静かな声に、アルフォンスの体がびくりと震えた。エドワードの表情がさっと曇る。

「・・・っ大佐!」

「心配するな、少し話がしたいだけだ。」

「エドワード君、私もいるから大丈夫よ。」

困惑した顔で二人を見てから、エドワードは部屋から出て行った。パタンとドアの閉まる音がして、部屋に残った三人の間には、僅かな沈黙が訪れた。

 

 

 

「まさか結婚するなんて、思いもよらなかったよ。」

独り言のように、大佐が口を開いた。それはアルフォンスに向けられた言葉であるはずなのに、返答がないことを気にも留めず、次の言葉が紡がれていく。

「いい目をしていたな。・・・それは全て、君のおかげなのだろう?」

アルフォンスはきゅっと口を結んだまま、大佐を見つめていた。さっきまでの嬉しそうな表情は、欠片も見えなくなってしまった。

「鋼の錬金術師に弟がいるのは、知っているだろう?私も一度写真を見たきりだが、彼も金髪金目で、君と同じようにとても可愛らしかったよ。」

「・・・・・・何の話ですか。」

アルフォンスは、震える指先をぎゅっと握り締めた。

「本当に鋼のは、君を愛しているのだね。・・・今も、昔も変わらず。」

「・・・・・・。」

 

けして強調する様に言われた訳ではないのだが、耳に残った“今も昔も”という言葉に、アルフォンスはもう駄目だなぁと観念した。

「それから、君も・・・。本当に運のいい男だよ、鋼のは。君のような素敵な人と出逢えて、愛されて。」

「・・・・・・。」

やっぱりこの人を欺こうとするなんて、最初から無理だったのかなと諦めに似た感情が沸き起こってくる。それに伴い、これからどうなっちゃうのかなという思いが頭をもたげた。

「正直なところ、今日君たちが一緒にいるのを見て、ひどく安心したのだよ。やはり君たちは、一緒にいるのがお似合いだ。」

 

大佐の言葉を遮るように、アルフォンスは口を開いた。

「・・・・・・・・・どうしますか、マスタング大佐。僕を研究室にでも、連れて行きますか?」

硬い声が“僕”というのを聞いて、マスタング大佐は微笑む。素直な性質は外見が変わっても変わっていないようで、そのことに安堵する。

「まさか。私はあんな厄介な男を敵に回すほど、馬鹿ではないよ。」

大佐の答えに、アルフォンスはふふっと笑みを零した。

「・・・・・・そうですか、そうですよね。あんな人敵に回さなくても、厄介ですけど。・・・でも、それでも、好きなんです。離れることなんて、出来なかったんです。あの人はこんな身体の僕を、愛してくれるって言ったんです。だから、みんなに嘘をついてでも、一緒にいたいと思ったんです・・・。」

 

せきを切ったように言葉が溢れてきた。僕達の周りにいてくれる人は、どうしてこうも優しいのだろう。

「私は君たちに、おめでとうが言いたかっただけだ。もう行きなさい。鋼のが心配しているだろう。」

「・・・はい。ありがとうございます。」

泣いてしまいそうな目元を掌で覆っていたら、肩に暖かい手が置かれた。そっと顔を上げると、優しい目が見つめ返してくる。

「・・・アルフォンシアちゃん、お帰りなさい。」

「・・・・・・ただいま、リザさん。」

「・・・二人で、幸せになりたまえよ。」

大佐の穏やかな声が、心の中に沁みこんで行く。

「・・・はい、必ず。」

 

 

 

楽しくみんなと昼食をとった二人は、ホテルに向けて大通りを歩いていた。

「・・・兄さん、大佐にばれちゃった。」

アルフォンスが言うと、エドワードはやっぱりなと顔を歪めた。

「・・・あいつ、何て?」

「うん、おめでとうって、言ってくれた。リザさんはお帰りなさいって。」

「・・・そうか。」

「本当、みんな優しいよね。」

その声が震えているのに気付いたエドワードは、ぎゅっとアルフォンスの手を握り締めた。

「・・・幸せになろうな、アル。」

「うん、絶対に・・・。」

 

 

 

 

 

 

―――そして月日は流れ、一年後。

 

中央司令部の廊下を、軍服を纏わぬ一般人の少女が歩いている。

軍服の青に囲まれる中、その姿はひときわ浮いていた。

けれど当の本人はそんな事には一向に構う様子もなく、慣れた足取りで目的地へと向かっていた。

時折擦れ違う人々に笑顔で挨拶をし、相手も笑ってそれに応えている。

やがて目的地の扉の前に到着すると、少女は足を止めて軽くノックした。

 

「こんにちはー、アルフォンシアです。」

そう言うや否や扉は勢いよく開き、アルフォンシアは中から飛び出てきた人物に抱きつかれた。

「アールー!会いたかった!」

「ちょ、止めてよエド!ここをどこだと思ってるの?」

抗議の声を上げながら、アルフォンシアは抱きついてきた自分の夫を引き剥がした。

怒られたエドワードは一応謝罪の言葉を述べるものの、頬は緩みっぱなしだ。

「三日も家に帰れなくてごめんな。全部あの無能上司のせいだからな、恨むならあいつを恨めよ。アル、ずっと家に一人で淋しかっただろ?」

「ううん、別に。」

笑顔で即答され、エドワードはショックのあまり固まった。

それをそばで見ていた同僚たちは、いい気味だとばかりに忍び笑いをしている。

夫婦の仲がいいのは結構だが、毎度そのラブラブっぷりを見せ付けられる周囲としてはたまったものではない。

さっきまでだってエドワードはずっと惚気たり、アルに会いたいと愚痴ったりしながら仕事をしていたのだ。

その様はまあ平和だと言えなくもないが、独身者にしてみれば結構辛いものがある。

 

「はい、エド!これ頼まれてたやつね。」

アルフォンシアは笑顔で封筒を夫に渡すと、今度は夫の上司のデスクへと向かった。

「マスタング准将、あの資料の解読終わりました。」

分厚いレポートを差し出すアルフォンシアに、エドワードは怪訝そうな顔をする。

「さすがだな。やはり、君に頼んで正解だったようだ。」

レポートを大まかに確認して、准将はアルフォンシアに微笑んだ。笑顔を向けられて、アルフォンシアも照れたように笑っている。

「おい、アル!これ何だよ!?」

「見ての通り、錬金術関係の資料の解読だ。本当は君に頼もうかと思ったんだがね、君のレポートは読みにくくてかなわんから彼女に頼んだのだよ。」

不機嫌そうに詰め寄るエドワードに、准将はさらりと言葉を返した。

「アル、何でそんなの引き受けたんだよ?!お前は軍とは何の関係もないのに!」

「勝手にごめんなさい。でもこれで、休暇がもらえるよ!」

嬉しそうなアルフォンシアとは対照的に、エドワードには言葉の意味が分からない。

「・・・交換条件だ。」

「そうなの!これ引き受けたら、エドに休暇をくれるって!」

「アル・・・!俺のためだったのか・・・?」

 

そういえば、最近忙しくてまとまった休みが取れていなかった。一日中ずっと二人きりで過ごす、ということも減ってしまった。

さっきは軽くあしらわれてしまったけれど、アルだって本当は淋しかったんだな。そうか、気付かなくてごめんな。休暇が始まったら、二人で旅行にでも行くのはどうだ?最近は行ってないし。そうすると何処がいいだろう。いやでも、二人っきりで過ごせるなら何処でもいいか!うん、そうだな。俺はアルさえいてくれれば、それでいいし。

そんなことを考えながら、感激したエドワードはアルフォンシアに抱きつこうとしたのだが・・・。

「休暇が始まったら、お掃除頑張ってね!」

「・・・・・・掃除?」

ぽかんとした表情で、エドワードが聞き返す。

「エドの部屋、すごく汚いじゃない?だから掃除してね。自分の力でちゃんと全部きれいにしてよね、私は手伝わないから。」

「え?何でそうなるんだ?」

「だって私は、お庭のお花の入れ替えしたいんだもん。エドの手伝いしてたら終わらないじゃない。」

「・・・・・・掃除のための休暇なのか?」

「うん。多分三日くらいかかるんじゃないかな、あの汚さだと。だからね、まとまった時間がある時にやらなきゃと思ってね。」

「・・・せっかくの休暇を、掃除のために使うのか?」

「・・・じゃあ、ウィンリィが色々直して欲しいものがあるとか言ってたから、リゼンブールに帰る?」

「俺は錬金術師だ!修理屋じゃねえ!」

「いいじゃない。エドは錬金術意外には取り柄ないんだから。」

・・・エドワードは、また固まってしまった。

アルフォンシアは笑顔を崩さず、にこにこしている。

その場にいた誰もが、この中で最強なのはアルフォンシアだと思わずにはいられなかった。

 

 

 

国家錬金術師で軍人のエドワードと、その妻アルフォンシア。

 

二人は軍部の中でも仲の良い夫婦として有名だ。

けれどそれ以上に・・・。

エドワードは優秀なくせに所かまわず惚気まくる迷惑な人として、アルフォンシアはそんな暴走するエドワードを食い止めることができる唯一の人物として有名だったりもする。

 

 

―― E n d ――

 

 

 

 

 

 

〜〜 あ と が き 〜〜

 

拙くはありますが漸く、この話を完結させることができました。一つの形にすることができ、嬉しく思っています。

思えば、この話の元ネタを思いついたのは、2〜3年も前のことです。その時は紙に書いていて、このようなことになるとは思いもよりませんでした。

読んで下さった方に、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

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