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身体が、焼ける様に熱い。
重ねた唇から、熔けてしまいそうになるくらい・・・。
――― 背徳の途と禁忌の恋 ―――
あなたのキスは、いつでもそうだ。
まるで熱に浮かされたように、訳が分からなくさせる魔力を持っている。
あなたはいつでも、唐突にそれを開始する。僕の意向なんかお構いなしに。
今回のそれは、僕が居間で朝食の後片付けをしている時に起こった。 ・・・別に何をしていたわけでもない。日常によくある風景だったはずだ、少なくとも僕には。
その中で、何が引き金を引いたのかはついぞ分からない。 でもそれは毎度のことだから、あまり深くは考えないことにしている。もしかしたらあなただって、分かっていないかもしれないのだし。
例えるのなら、発作のようなものなのだろうか。以前、どうしてこのタイミングでキスをしたのかと尋ねてみたら、アルに餓えてたから、という答えが返ってきた。
つまりあなたは、自己の欲に忠実に従っているという訳なのだ。ただそれが、衝動的に、かつ自分中心に行われているというだけで。
だからいつも、強引だった。・・・今だって、そう。
掴まれて壁に押付けられた手首が痛い。 でもその痛みは、僕の理性を繋ぎとめてくれるのだから有り難かったりもする。 そのことに、あなたは気付いているのだろうか。もっとも、あなたにとってその事実は皮肉以外の何物でもないのだろうけど。
キスをしている間、僕は息を殺すようにして身体を固くする。あなたが与えるものに対して、何も返さないようにと努めながら。
そんな一方的な行為を、果たしてキスなんて甘い言葉で呼べるのかと、いつも考える。 あなただって、一度くらいはそれについて考えたことがあるはずだ。けれども一向に止める気配がないということは、もうどうでもいいことなのかもしれない。
重なっていた唇が僅かに離れる瞬間、あなたは閉じていた瞼を薄く開けて僕を見た。 二人の間は今だ、濡れた銀色の糸で繋がっている。
見つめてくる金色の目はただ真っ直ぐに澄んでいて、そこには罪悪感も背徳感もありはしない。そんなものはとうの昔に捨ててきたのだと、脅迫めいた自己主張を繰り返す。
だから僕は、いっそうその目を逸らさない。あなたとは正反対に、罪悪感と背徳感を滲ませて。 ただ見つめ返す、それだけで僕の気持ちは全て伝わる。あなたはとても、繊細な人だから。
キスをする度に繰り返される、説得力を含んだ駆け引き。
けれど、いつも結果は同じだ。キスをする前と後で、状況は何も変わりはしない。 それは僕の想いとあなたの想いが、同じだけの強さを持っているから。 何も変えることなどできないと分かっていながら諦めきれないのは、多分お互いの愚かさ故。 そんな意味のないことを、僕の身体が戻って以来、・・・もう半年以上は繰り返している。
僕の瞳を覗き込んだままのあなたの顔が、僅かに歪んだ。 どうやら、今回も失敗したのだというコトを認めたらしい。
再び唇を重ね合わせて、その深さが増していく。
きっとあなたは、その綺麗な瞳を瞼の裏に隠してしまっただろう。僕も眼を閉じてしまったから、確かなことは分からないけれど。
この間、ぽつりと呟いていたよね、俺を拒んでいるお前の眼なんか見たくない、って。 あなたが普段好きだと言ってくれるこの眼が、結果的にあなたを傷付けてしまうことになって心が苦しかった。でもね、やっぱり譲れない・・・。
この想いだけは、どうしても。
手首を掴んでいたあなたの左手が、僕の後頭部にまわされる。頭を包み込むようにして力を込め、もっと深く繋がりたいと要求する。 今だに機械鎧のままの右手はしっかりと僕の腰を抱いて、よりいっそう二人の身体を密着させる。一分の隙間さえ許さないと言わんばかりに。
僕の両手だけが、力なく行き場を失くしている。 あなたにしがみ付けたら、どんなにか楽だろう。でもそれは、即ち僕の敗北を意味する。 だから、・・・絶対に許されない。
先ほどまでのとは違うキスを受ける。 そこに、意図も駆け引きも感じられない。あるのは、ただの欲情。 あなたが僕を欲しいと思う、その心だけ。
その心に僕が応えないと分かっていながら、繰り返される一方的なそれは自慰に似ている。だから僕は、あなたの気が済むまで、好きなようにさせてあげるんだ。 身体という器だけなら構わない。でも僕の心だけは、何があろうと差し出せないから。
息苦しくて、頭がぼうっとしてくる。 身体が、熱い。 一方で、こんなことをいつまで続けるつもりなんだろうと、身体とは正反対に冷え切った理性が思案する。
僕の気が逸れていることに気付いたのか、僕は唐突に解放された。弾んだ息を静かに整える。 この時ばかりは、目線を合わせられない。それはあなたも同じことで、何も言わずに足音が遠ざかっていき、すぐに玄関の戸が閉まる音がした。
そんな風にして、あなたのキスは突然に始まって、唐突に終わる。
こんな風に、互いの身体だけを熱くして。
この熱を冷ます術を知りながらも、あなたは僕を放置する。
そしてその度に、僕の心は氷を纏うんだ。もうこれ以上、決して熔かされないように、と・・・。
ぼうっとした足取りのまま、僕は側に置いてあった鏡を覗き込む。 その中には、頬を上気させ唇を紅く濡らした少女が映し出された。はたから見れば、その表情は恋をしているようとでも形容されるだろう。 けれどもその表現とは不釣合いに、実際には眼の奥が冷え切っていることに安堵する。
こんな風に、キスだけはもう何度となくしてきた。好きだの、愛しているだのは一度も言いやしないくせに。 でもそんなこと、口に出さなくても分かっていた。
僕達がまだ旅を続けていた頃から、あなたは僕が好きで、僕はあなたが好きで。 それは、空気を媒介にして静かに染み入るように互いの間を行き来していたのだから・・・。
口に出さずとも分かっていた。 ・・・それは禁忌と呼ばれる感情、なのだと。
だから二人とも、何も言わなかった。ただ、それだけのことだった。 気付いているけれども、触れないようにして、その想いには蓋をして生きていこうと。 それはこれから先も変わらないと、思っていたのに・・・。
今もそう思っているのは僕だけで、あの日、あなたの中では何かが酷く変わってしまった。あんなにも踏み入ることを拒んでいた禁忌の扉を、いとも容易く壊して・・・。
あの日の人体錬成で、僕は女の子の身体になってしまった。
そのことが原因だったのか、何があなたを変えてしまったのか、今でも僕には分からない。 身体に異常がないことを一通り確認した後で、あなたがキスしてきた理由も、やっぱり分からない。 暫くして尋ねてみたら、その身体ならキスできるから、という答えが返ってきたので、やはり肉体があるということが何らかの要因になっているのは確かだろう。
それから何度かキスをした。いつもあなたから、少しだけ強引に。
そしてすぐに、聡いあなたは気が付いてしまった。
キスをする度に、身体ばかりを熱くする僕の心が、本当は冷え切っているんだってことに。そしてその先の理由にさえ、いとも簡単に辿り着いてしまう。
それからあなたは、僕を放置するようになった。
あなたは、キスより先を求めなくなった。僕にも分かるように、わざと。 あれだけ密着していれば、あなたの身体だって僕と同じように熱いことには気が付ける。心に忠実で正直な身体が、キスより先を求めているってことにも。
けれどあなたは、自分の劣情に反して僕を放置した。 僕の手を少し強引に引いて、連れ込んでしまうコトだってできたのに、そうしなかった。
それは何故か。
僕がその理由を知ったのは、ふいに我慢できなくなったあなたに押し倒された時のこと。
少女の身体をした僕が、遅い成長期を迎えて逞しくなったあなたに敵うはずもなく、僕の抵抗はあなたにとっては何でもなかったに違いない。 もう少し、あとちょっとだけ強引になれば、確実に僕を手に入れることができただろう。
けれどもあなたは結局、僕に何もしなかった。
この時ようやく、僕はその理由を理解した。
――あぁこの人は、強姦の加害者じゃなくて近親相姦の共犯者になりたいのだ。
だから、無理強いは決してしない。 無理強いして手に入れたって、意味などない。 心の底では愛し合っているのだと分かっていても、それじゃただの強姦に過ぎないのだと。
だからあなたは、僕との間に微妙な距離を取って、誘うように手を差し出しているだけ。 その差し出した手を、僕が取るまで待つつもりなんだろう。
僕があなたを受け入れるのではなくて、僕からあなたを求める形でなくてはいけないのだ。 あなたは僕が、近親相姦の共犯者に自らなることを求めている。 僕だけが被害者には、なれない・・・。
結局は言い訳が欲しいんでしょう、兄さん?
『だってアルが、シたいって言ったから。』
その理由さえあれば、あなたは強姦の加害者にはなりえない。僕と手を繋いで、二人で禁忌の門をくぐることができるよね。
・・・でもそんな理由、僕はあげないよ。
残念だけれど、僕はそんなにお人好しじゃないんだ。自分の願いのためなら、あなたに背くことだって厭わない。僕が意外と頑固なのは、あなたが一番良く知っているでしょう?
だから僕らは、いつまでたっても膠着状態のまま。 これから先もあなたが僕を求め続ける限り、僕の心はあなたを拒み続ける。
滑稽だよね、兄さん・・・。 あなたは僕を愛していて、僕もあなたを愛しているのに。 ・・・あなたは僕の心を、手に入れられない。 あなたの望むように、僕はなれないんだよ。
だってこれは背徳の恋で、僕にはどうしても叶えたい望みがあるから。
そのために僕は、あなたの道連れにはならないって決めたんだ。だからあなたと一緒に禁忌の門をくぐるなんてこと、できないんだ。
・・・ねぇ、兄さん。
僕が望むのは、たった一つだけ。 凡庸でありきたりな、誰もが願うようなことだけど。・・・あなたが聞いたら、笑うかも知れないようなことだけど。・・・僕にとっては、この上なく大切なことなんだよ。 それはね・・・。
『あなたが天国に、逝けますように・・・。』
僕が願うのは、たったそれだけ。
だからもうこれ以上、禁忌を犯さないで。・・・神様だって、今ならまだ、許してくれるかもしれないよ。
あなたはよく、僕と一緒なら地獄に堕ちても構わないって口にするけど、僕はあなたと一緒に地獄へ堕ちる気はないんだよ。 だってね、地獄へ逝くのは、僕一人で十分だから。 罪も罰も、あとは僕が背負っていくから。
あなたはどうか、母さんのいるところへ。
僕が願うのは、それだけ。 たったそれだけ。
あなたは天国なんて信じていないけれど、それでも願わずにはいられない。
あなたのその綺麗な魂が、死した後も安らかであることを・・・。
あぁ・・・、母さん。
どうか僕の願いを叶えて・・・。
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分かりにくかったらスミマセン。背徳感に苛まれる兄と妹の擦れ違いみたいなものが書きたかったのです。 元ネタは一年以上前に考えた十行くらいのものだったんですが、今回それにいろいろつけたしてったらこうなりました。 二人でいちゃいちゃしてるのも好きですけど、こういう雰囲気のもいいなぁ、と。 この二人にとっては、神様=母さんなのかな、と思います。
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