不安で心配してくれるなら、飽きるまでずっと僕の側にいればいいよ。

 

もう大丈夫なんだって分かるまで、僕の隣をあなただけのものにしてあげるから。

 

 

だからねその代わりに、誰かにさらわれちゃったりしないように、ずっと僕を守っていてよね。

いつかは、別々の道を歩いていくことになるかもしれないけれど・・・。

 

その時が来るまでは、僕があなたの一番でいてもいいよね?

 

 

 

――― 期間限定の王子様 1 ―――

 

 

 

ドキドキとはやる心音を抑えたくて、僕は深呼吸を一つした。

 

まだ小さな躊躇いは消えないけれど、意を決して一歩踏み出す。

目の前には、洗面台の鏡。

 

その中に映るのは、一人の女の子。

 

緩く波打つ金色の髪は胸元まで達し、同じ色をした目は少し大きめで丸い。胸の膨らみはささやかなものだけど、きちんとくびれなんかもあって、何より全体的に丸みを帯びていて柔らかい。紛れもなく、この身体は女の人の身体だ。

すなわち今の僕の身体は、本来とは性別が変わってしまっているのだ。

 

結局原因は分からずじまいだったのだけれど、僕がこの身体になってしまったのは二度目の人体錬成の結果によってだ。

本当に、目覚めた時はびっくりした。

いきなり自分の身体が十七歳の女の子のものになっていたんだもん。

この事態はさすがの兄さんにも予測不能で、もしかしたら僕よりショックを受けていたのはあの人の方だったのかもしれない。僕の身体を見て、呆然としたまま動けなくなっていたし・・・。

 

 

・・・・・・と、思い出に浸ってる場合じゃなかった。

僕は意識を目の前の鏡へと戻す。

今日の問題は僕の容姿じゃなくて格好の方だ。白いブラウスに黒いワンピース、白いレースの付いたエプロン。ざっと眺めて、曲がっていた胸元のリボンを結び直す。

クルリと一周してみた。その子供っぽい仕草にちょっと浮かれすぎかな、と一人で照れた。

 

この格好が自分に似合っているのかどうか、それが今の問題点だ。

男(今は中身だけ)の僕だって、洋服自体が可愛いのは間違いないと思う。けれど、それを着た自分がどのように見えるのかについては何とも言えない。

やっぱり主観だけじゃ無理だなぁと思って客観的意見を求めようとしたら、ちょうどそこに目的の人物がいた。

 

「あ、兄さん。」

僕は振り返って兄さんを呼んだ。兄さんは浴室の扉をちょっとだけ開いて、こちらを窺うようにして顔を出している。その扉の隙間から、ふわふわと湯気がこぼれた。

 

「ねぇ、これどう思う?」

スカートの裾をちょんと摘んで、少し可愛らしさを意識しながら尋ねた。

練習のかいあってか、最近では大分女の子らしい仕草にも慣れてきた。初めのうちはやっぱり抵抗があったものの、生来のおおらかさと器用さが手伝って、今ではすっかり女の子の身体と上手く付き合っていけそうだと思えるようになった。

そんな僕を見て兄さんは、お前順応性高すぎと半ば呆れていたが、ウィンリィには妹ができたみたいって喜ばれるし、一度挨拶に行った軍部ではみんなに可愛いと言ってもらえて素直に嬉しかった。

兄さんみたいにがさつで乱暴な性格じゃなくて本当に良かったなぁと心底思う。顔だって元々母さんに似ていたからあんまり違和感もないし。

 

「ねぇこれ、似合ってると思う?」

今度は首を傾げてみた。この仕草もウィンリィ曰く女の子らしい仕草の一つらしいが、これは元々の僕の癖だ。一向に浴室から出てこない兄さんは眉間に皺を寄せた。

「つーかお前、早く出てけよ。着替えらんないだろ!」

思いがけない兄さんのセリフに、僕はびっくりしてしまった。

「・・・気持ち悪っ!!女の子じゃあるまいし、なに言ってんだか。」

「だ、だってお前・・・」

しどろもどろで後が続かない兄さん。まぁ、言いたいことは大体分かるけど。

でもそれってちょっと変に意識しすぎなんじゃないかな?

もし、これが兄妹なら兄さんのセリフは変じゃないと思う。

けど、僕たちは・・・。

 

「兄さんは男で、僕も男。何の不都合があるわけ?」

「・・・・・・・・・。」

まだ納得しきれていない顔をしつつも、兄さんは浴室から出てこっちに背を向けて着替え出した。

僕は聞こえないように溜め息を零す。

やっぱり兄さんはちょっと変わってしまった。僕が女の子の身体になってしまってから。

僕が鎧だった頃は別に裸見られたって全然気にしてなかったくせに。

身体が女の子になったからって、僕自身は何も変わってないのに、変に女の子扱いするのは止めて欲しい。最近では、すっかり過保護で口煩い人になっちゃったし。心配してくれてるんだって分かってるから、別に嫌な訳じゃないけど。

 

「・・・つーか、何でそんな格好してんの?それバイト先の制服だろ?」

タオルでガシガシ頭を拭きながら、兄さんが僕の隣までやってきた。二人並んで鏡の中に映ると、兄さんの方が背が高い。まぁ、残念ながら大して差はないけど。

「うん、そうだけど。明日からバイト始まるから、それまでに一回着てみたかったんだ。ちゃんと着こなせるのか心配だったから。」

「お前なぁ、心配するトコ違うんじゃねぇ?見た目より仕事内容の方が大事だろ?接客なんかやったことないくせに。」

「ううん、駄目。あの喫茶店は店員さんと制服が可愛いって有名なんだから。僕が変な格好してお店の評判を下げるようなことできないよ。」

力説する僕に呆れた兄さんは、そーですかと投げやりな返事をした。

 

「で、可愛いと思う?ちゃんと似合ってる?」

「可愛いのかと似合ってんのかは別問題だろ。」

「屁理屈はいいから、ちゃんと真面目に答えてよ。」

もう、と怒った様な態度を取ると、兄さんはようやく僕の方を向いた。上から下までジロジロと眺める。

改めてそんな風に見られると、ちょっとこそばゆい。

女の子らしい格好にも大分慣れてきたと思ったんだけど、やっぱり照れてしまう。そういえばスカートは今まで何度か穿いたことがあるけれど、こんなに可愛らしいデザインのものは初めてだ。

 

「・・・・・・似合ってると、思うけど。」

「じゃ、可愛い?」

「・・・・・・それは主観の問題だろ?」

「じゃ、兄さんの主観だと、どうなの?」

 

兄さんの顔を覗いたら、すすっと気まずそうに目が逸らされた。ちょっとほっぺが赤い。

うーん、恥ずかしいんだろうな、多分。兄さんて不器用だから、人を褒めるのとか可愛いっていう単語とかに慣れてないんだよね。

 

「・・・・・・・・・か、わ、いいと・・・、思うけど。」

搾り出すように言って、とうとう兄さんは俯いてしまった。さっきよりもほっぺの赤さが増している。

・・・うわぁ、この人、本気で照れてるんだ。

それはそれでちょっと正直、馬鹿なんじゃないかと思う。これが女の子とか自分の好きな人が相手だったら、照れるのもまだ分かる。

けど、実の弟に対してその態度は明らかにおかしいだろ。

どうなってんの、頭ん中。大丈夫?僕が誰だか忘れてない?

兄さんはまたガシガシと頭を拭き始めた。

 

「・・・なぁ、アルは可愛く見られたいのか?」

「んー、せっかく女の子の身体になったんだから、なるべく可愛い自分でいたいとは思うよ。」

その方が人生楽しめそうじゃない?と同意を求めたら、何とも曖昧な声を返された。

「・・・・・・・・・まさか、男にモテたい、とか思ってないよな?」

「はぁ!?」

僕は素っ頓狂な声を上げた。タチの悪い冗談かと思って顔を覗き込んだら、兄さんの目はマジだった。

「だ、駄目だからな・・・!お前はようやく十七歳になったばっかなんだし、男と付き合うなんてまだ早い!俺は絶対許さないからな!」

「・・・・・・・・・・・・。」

 

兄さんが青ざめた顔をして頭を抱えている。あぁ、兄さん・・・、僕は弟だって何回言えば分かってくれるのかな?そろそろ本気で怒るよ?

「・・・だからー!僕も男だってば!同性にモテたって全然嬉しくないよっ!」

「ホントか・・・?」

「むしろ、どうせなら女の子にモテたいし。」

「・・・イヤ、それはそれで何か微妙だと思うぞ?見た目は女同士なんだし・・・」

「うーん、そうだよねぇ・・・。」

 

僕は思わず眼を伏せた。

そのことについては、何度か考えたことがある。

僕はこの先、どんな恋をするんだろう。それを思う度に、少し怖くなる。

外見がこんな風になってしまったから、服装や仕草はそれに合わせようと頑張っていて、そのことについては特に抵抗もない。

所詮は表面上のことだ。どんな外見をしていたって、僕が僕であることには変わりない。

だからこの姿になった今でも、僕の心は今までと何も違わない。心まで女の子になるつもりはないのだ。だから、男は同性としか思えないし、だとすれば僕はどんな人を好きになるのだろう?

見た目と心にギャップのある僕を受け入れてくれる人なんて、この先果たして現れるのだろうか?

 

黙ってしまった僕を見て、兄さんはうろたえた。

「ごめんな・・・。俺が失敗したばっかりに、またアルだけを辛い目にあわせて・・・。」

 

搾り出すような兄さんの声は、思いのほか重かった。

一瞬何のことだろうと疑問符を浮べて、すぐにあぁ二度目の人体錬成のことかと思い至る。それと同時にカチンと来たので、手加減なしでほっぺをつねってやった。

 

「イッ・・・!な、何すんだよ、アル!?」

驚いて見開かれた目は、僕が何に対して怒っているのか理解できていない。

その鈍さにまたムッとしたが、この人はそういう人なんだからしょうがないと諦めた。

そのかわり兄さんにも分かるように、自分の気持ちを口に出す。

黙っていれば何でも通じるほど、世の中上手くはできていない。

 

「僕はね、すごく怒ってるの。」

「そ、そうなのか?」

つねられた頬を押さえつつ、兄さんはまだ疑問符を浮べている。

「そう!しかも兄さんのせいでね。だから兄さんのほっぺをつねってやったの。」

「お、俺、何か気に障るようなこと言ったか?謝っただけだぞ?」

兄さんの本気で分かってないような声を聞いて、はぁーと僕は溜め息を零した。

「だから、謝ってること自体に対して怒ってんの。」

コレ、わりと何回も言ってるんだけどな、やっぱり伝わってなかったのかなと、ちょっとだけしょんぼりする。まぁ言い方が婉曲的だったから、あの鈍い人が気付くわけないか・・・。

 

「な、何で謝ってんのに怒るんだよ?」

「謝って欲しくないから!」

「でも、アルがその身体になっちまったのは、俺のせいだし・・・。」

「だから、根本的にそこが間違ってるんだってば!」

「はぁ!?」

「あれは兄さんのせいじゃないし、僕はこの身体でも幸せなんだって、何回言わせれば気がすむわけ?」

「・・・でも、」

 

しつこく食い下がる兄さんのほっぺを、僕はもう一回つねった。

ただし、今度は痛くないように力は入れていない。

 

「・・・そんなに言うんなら、僕も謝るよ?」

「は?何を?」

 

「・・・・・・・・・兄さんの右手と左足、取り戻せなくて・・・ごめんなさい。」

 

 

僕が口を噤むと、辺りは無音になった。

兄さんは目を見開いたまま、呆けたように動かない。

 

うわぁ、今更心臓ドキドキしてきたかも。

だって人体錬成ついてこんなこと言うの初めてだし、今まではあえて言わないようにしてきたことだから。けれどもう言っちゃったもんは仕方ない。

・・・とか一人で葛藤してたら、兄さんがバッと僕の両肩を掴んだ。

その意外な力強さにビクリとする。顔を覗き込まれて、異様に二人の距離が近い。

兄さんはおもしろいくらいに真剣な表情をしていた。

 

「・・・アル、それはお前が謝ることじゃねぇ。」

兄さんの顔が苦しそうに僅かに歪む。

「・・・違うよ、僕のせいだもん。兄さんは何も悪くなかったのに。」

「ッだから、お前のせいじゃないって!」

「そんなことない。兄さんはずっと機械鎧のままになっちゃったのに、僕だけが戻してもらって・・・、本当にごめんなさい。」

 

しゅんとした僕を見て、兄さんは盛大に顔を崩した。

・・・とか見ていたら、あっというまにガバッと抱き付かれた。その勢いに負けて後に倒れそうになるが、何とか踏ん張る。

兄さんは僕の身体を抱き締めたまま、さらにぎゅっと力を込めてきた。

うわ・・・、正直ちょっと苦しい。

それにしてもこの反応は、全く持って予想外だ。

 

「・・・ッだから、アルのせいなんかじゃないって言ってるだろ!何で分かんないんだよ、馬鹿アル!」

必死な声が今にも泣き出しそうで、ちょっと可哀想になった。それと同時に、本当に僕のこと大事に思ってくれてるんだと実感して嬉しくなる。

僕は逞しくなったその背中へと、自分の両手を回した。なだめるようにぽんぽんとあやす。

 

「・・・ほーら、兄さんだって怒った。」

「・・・・・・はぁ?」

何とも拍子抜けした声を聞いて、思わずふっと笑ってしまった。

「だから、さっき僕が怒ってたのは、そういうことなんだよ。」

「・・・っと、つまり・・・・・・、俺がアルに自分のこと責めて欲しくないのと同じで、アルも俺に自分のせいだなんて思って欲しくない・・・ってこと?」

腕の力を抜いて少し距離を作り、兄さんが僕の顔を見る。僕は背中に回していた右手を兄さんの頭に持っていって、よしよしと撫でた。

「ハイ、正解。よくできました。」

僕が満面の笑顔を向けると、兄さんは一気に肩の力を抜いた。

「お前なぁ・・・」

「兄さんって、本当バカなのか天才なのか分からないよね。自分は僕のこと微塵も責めないくせに、何で僕が兄さんのこと責めてるって思うかなぁ?」

「だって、俺とお前じゃ全然状況が違うだろ。」

「違わないよ。何が起こったとしても、ちゃんと受け入れようねって、罪も罰も同じだけ背負っていこうねって、約束したじゃないか。」

「・・・あぁ。」

 

兄さんがまた、ぎゅっと僕を抱き締めた。

きっと二度目の人体錬成の日を思い出しているのだろう。錬成の直前に僕がこの約束を言い出した時にも、兄さんは今みたいに不安そうに鎧の僕を抱き締めていた。

同じだけって約束したのに、どうしていつもこの人は自分ばっかり頑張ろうとするんだろう。

それが僕にとってどれだけ悲しいか、何で気付いてくれないの?

僕のほうが年下だからとか女の子の身体だからとか勝手に理由をつけて、同じ場所に立たせてくれないのは卑怯だよ。

僕ってそんなに頼りない?

あなたが僕を守りたいのと同じ強さで、僕だってあなたの支えになりたいって思ってるんだよ?

 

「・・・・・・ねぇ、僕ってそんなに可哀想?だから兄さんはそんなに色々気遣ってくれるの?」

思わず硬くなった声音を聞いて、自分でもちょっと意地の悪い質問かなと思う。

でもいつまでたっても兄さんの心配の種でいるのはイヤだ。僕のことばかりに気を取られていないで、兄さんには兄さんの世界を大事にしてもらいたい。

僕のことなんか気にしないで、兄さんの好きなように生きて欲しい。

もう僕は一人でも大丈夫なんだって、あなたに庇護されるだけの子供じゃなくなったんだって分かって欲しい。あなたの隣を同じ速さで歩けるようになったんだって。

 

「・・・・・・可哀想、とかじゃねぇよ。お前のことそんな風に思ったことはない。俺はただ、アルのことが大事だからいつも心配なだけで・・・」

だからそんな風に自分を卑下すんのは止めろ、と強いけど優しい口調で言う。

その声と兄さんの体温が心地良くて、自然と頬が緩んだ。こうやって人の温もりを感じることができる自分を、心から幸せだと思う。

 

「・・・大丈夫だよ、ちょっと言ってみただけだから。自分が可哀想、だなんて思ったことはないよ。」

「・・・そっか。」

「うん。それに兄さんだってそうでしょう?」

「・・・そだな。俺の右手も左足ももう戻らないけど、それを嘆いてばかりじゃ前には進めないもんな。」

兄さんが自分の右手を持ち上げて眺めた。僕は両手でそれを包み込むようにしてぎゅっと握る。指先からひんやりとした鋼の冷たさが伝わってきた。

 

「・・・・・・・・・僕は好きだよ、兄さんの右手。」

「こんなの冷たくて硬いだけだろ?どこがいいんだよ?」

ウィンリィじゃあるまいし、格好良いからとか答えんなよ、と冗談めかして言うので、それには一緒になって笑った。

「・・・そんなんじゃないよ、もっと個人的な理由だから。」

「じゃ、何?スゲー聞きたい。」

「やだよ、恥ずかしいもん。」

僕はプイとそっぽを向いた。今更ほっぺが熱くなる。うっかりしてたな、子供っぽくて恥ずかしいから、それはこの先もずっと言わないでおこうって思ってたのに。

「アールー、そんなこと言われたら気になるだろ。潔く白状しろよ。」

「やーだー。」

 

ふざけていると兄さんがどうだと言わんばかりにくすぐってきたので、子供のようにはしゃぎながら逃げた。居間までやってきて、何だかおかしくなってクスクス笑う。人の気配を感じて振り返ったら、兄さんも笑っていた。

「・・・アル、気が向いたら、さっきの理由教えてくれよ。」

「・・・気が向いたら、ね。」

悪戯っぽく言うと、また兄さんが柔らかく笑んだ。

それは僕が一番好きな類の笑顔だ。

強がっている訳でもない、歳相応の無邪気な笑顔。それを見ることができて、少しほっとする。

 

「・・・ねぇ兄さん、ちょっとは元気出た?」

「へ・・・?俺、何か変だった?」

兄さんがきょとんとした顔をしたので、あれ、無自覚だったのかとその鈍感さに呆れてしまう。

「兄さん、最近元気なかったよ。僕から見てる分には、だけど。」

「・・・・・・そっか。そう言えば、そうかも。」

「僕のバイトが決まった頃からだったから、また僕の身体のこと気にしてるのかなって、思ったから・・・」

「それでさっき、あんな話したのか。」

「うん、そう。・・・余計なお世話だったかもしれないけど。」

そう言ったら、兄さんが寄ってきて僕の頭を優しく撫でた。

「そんなことねぇよ。さっきアルの気持ち聞いて、だいぶ楽になった。」

「そっか、よかった。兄さんっていっつも一人で抱え込みすぎなんだよ。僕の気持ちとかも、勝手に決めつけるの止めてよね。」

「うん、ごめんな。」

「僕達って確かに他の人達よりは以心伝心できてるけど、やっぱり別々の人間なんだからさ、口に出して言わなきゃ伝わらないことだってあるんだからね。」

「分かった、これからは気を付ける。」

 

兄さんが神妙な顔をして頷くので、これじゃあどっちが年上なんだか分からないやと呆れそうになる。

けれどもすぐに、こうやって至らないところを互いに補いながら生きていくのもいいなぁと正直思った。

それは日頃の、早く独り立ちして兄さんに心配をかけないようになりたいと思う気持ちとは正反対で、少し戸惑う。

こんなこと思うなんて、僕ってまだまだ子供なのかな・・・

 

 

「アル、明日ほんとに一人で平気か?」

「うん、大丈夫だよ。」

「緊張とかしてないか?」

「全然平気だよ。この間、採用しますって電話がかかってきた時から、ずっと楽しみにしてきたんだから。」

 

僕の正直な返事を聞いても、兄さんの表情は曇ったままだ。

今でもまだ反対してるのかなぁ。あれだけ一生懸命説得したのに、兄さんってホントに頑固だ。

まぁそれは僕だって一緒だけどね。

 

「ねぇ、まだ反対してるの?」

普通に聞いただけなのに、兄さんは無駄に慌てた。

「や・・・、別にそういうんじゃなくて、やっぱり心配だから・・・」

「うーん、僕さ自分では結構しっかりしてる方だと思うんだけどなぁ。」

 

何がそんなに心配なのか分からない。

とんでもない兄を持ってその面倒を見ている訳だから、むしろ同い年の子たちよりは世渡りとか人付き合いとか上手いと思うんだけど・・・。

解せないというような顔で兄さんを見たら、またすいっと目線が逸らされた。

 

「あー、いや・・・そうじゃなくてだな。・・・俺が心配なのは、変な虫が付いたりしないかってことの方だよ。」

一瞬言っている意味を図りかねて、その単語を脳内で繰り返した。・・・変な虫って・・・

 

「はぁ?・・・だから、女の子扱いすんの止めてって話をさっきしたばっかでしょ!」

「それとこれとは話が違うだろ?店に来る客には、お前は完全に女に見えるわけだし。」

「・・・まぁ、そりゃそうだけど・・・」

うーん、一理あるなと思って言葉に詰まったら、迂闊にも兄さんを勢いづけてしまった。

 

「そうだぞ、外の世界は危ないんだ!この前だってそうだったろ?」

「えぇ?いつの話?」

「軍部に挨拶に行ったときだよ!野郎共みんなお前のこといかがわしい目で見てたぞ!」

「イヤ、それはおかしいって。」

一応突っ込んでみたけど、兄さんの勢いは止まらなかった。つうか、こんな思考回路した人だったっけ?絶対どっか頭のネジ外れてるよ。

 

「それにマスタングの野郎なんかサイアクだった!デレデレしやがって!最近ではまたお前のこと連れて来いとか言うんだぜ?下心があるに決まってる!」

「・・・・・・うーん・・・」

まぁ確かにあの時一番可愛いとか言ってくれたのは大佐だけど、姿見せろってのは元気にしてるか心配してくれてるんでしょ、多分・・・。あ、そういえばあの時お茶にも誘われそうになったけど、それはキレた兄さんのせいでうやむやになてしまった。

 

「大体、お前が知らない奴とかにも愛想振りまいてっから・・」

「ああ、分かったって!ちゃんと気を付けるから!」

「ホントに?」

「うん。体術だって錬金術だってあるんだから大丈夫だよ。そこらへんの男なんかより、僕の方がよっぽど強いって。」

それで兄さんはようやく納得してくれた。これは確かに女の子扱いとは違うけど、兄さんが確実に過保護になったのは間違いない。

まぁ、変に女の子扱いしないでっていうのと、僕は兄さんの弟で何も変わってなんかいないんだってことは分かってもらえたみたいだから、ソレで良いやってことにしておく。

 

「あ、もうこんな時間だ。兄さん明日はいつも通りに起こせばいいんだよね?」

「あぁ。・・・お前はバイト昼から夕方までだよな。」

「うん、兄さんが仕事終わる頃には家に帰ってるよ。」

「・・・そうか、じゃあオヤスミ。」

そういって兄さんは自分の部屋じゃなく、書庫の方へと足を向けた。多分明日の準備かなんかがあるのだろう。

僕もおやすみと言って、二階への階段を上り始める。

すると、一つ頭に浮かんだことがあって兄さんの方を振り返った。

 

「あ、兄さん!」

「んー?」

「女の子の身体って、抱き心地良かった?やっぱ柔らかかった?」

「はあっ!?」

兄さんがスゴイ形相でこっちを見た。

 

「僕、あんな風にぎゅって抱き締められたの初めてでびっくりした。」

「・・・おまっ・・、なに・・・」

もうすでに兄さんの顔は真っ赤だ。さっき抱き締めたのも、無意識のうちだったんだろう。

「あはは、兄さんって案外うぶだよね。そういう可愛いところも、たまには外で見せたら?きっと彼女なんてすぐにできるよ!」

 

ふざけんなっ!とか兄さんの怒鳴り声が聞こえるけど、気にしないでさっさと自室へ向かった。

 

とにかく気になってたことは一応解決したし、これで明日からはすっきりした気持ちでバイトに励めそうだ。

 

 

 

 

***************

 

この話、分けるつもりなかったのに本編が始まらないままここまで来てしまった・・・。何故だ・・・?

当初の予定では、数十行で終わるはずのわりとどうでもいい感じの絡みだったのに。

何でこう長くなるんだろう?これでもう一個の話として完結してる感もあるし・・・。

あぁ、ふたりはただの兄妹ですよー。

 

 

 

 

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