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足音が近付いてくる。
左右で僅かに違うその音を聞き分けられるようになったのは、一体いつからだっただろう。
――― 魔法の言葉を、もう一度 1 ―――
足音がどんどん大きくなる。
あぁ、そのまま通り過ぎないかな、なんて一瞬だけ思う。けれども、あっけない程当たり前のように、この部屋の前でそれは止まった。そしてそのまま、動かない。
それは、最近顕著に見られるようになった傾向だ。以前はこんなこと、決してなかったのに。
一体、何を思巡する必要があると言うのか?
その訳の分からない沈黙に溜め息を零して、寝返りを打つ。扉の方に背を向けると、今の気分とは正反対な青空を、八つ当たり気味にキッと睨んだ。
この身体はまだ、あの下に数える程しか出たことがない。
それは、自由に歩き回れないというのは元より、免疫がどうとか体温調節がどうとか、外は危ないからと言ってあの人がいい顔をしないからだ。 だから世界は今のところ、全てが硝子越しだった。
そうやって、自分が守られているのはよく分かる。 けれどもそれじゃやっぱり、分からない。 外の世界の空気も、世の中の流れも、あの人の心も。
自分だけが蚊帳の外にいるようで、本当はちょっぴり寂しいのに。そういうアルフォンスの気持ちには、あの人はいつまで経っても気が付かないのだ。
「・・・・・・アル?」 ノックなんて上品なことを、あの人は殆んどしたことがない。しかしかといって、いきなり入ってくる、なんて無神経な真似もしなかった。
その理由なら、分かっている。
それはココが、“妹になってしまった弟”の病室、だからだ。
「・・・・・・どうぞ。」 声を出すのが億劫で、小さな返事になってしまったけれども、多分大丈夫だと思う。あの人、かなり耳は良い方だから。
それにしても毎度毎度、このやりとりが億劫だった。 声なんかかけないで、返事なんか待たないで、勝手に入ってくればいいのに。 本来のあなたは、そういう人でしょう?どうして今更、弟との間に壁なんか作るの。それともこの身体じゃあ、弟ではなくて妹だから?
静かにドアが、開いて閉まる。けれどもアルフォンスは動かない。扉に背を向けたままベッドに横たわって、上体を起こすことさえしなかった。 そんな妹の様子に気付いているのかいないのか、兄はベッドの側までやってきた。
「アル、今日の調子はどうだ?」 「・・・・・・昨日と変わらないよ。」 「そうか・・・。」 「・・・・・・・・・」
プツンと会話がそこで途切れる。最近はいつもそうだった。毎日毎日、同じことを繰り返している。それを苦痛だなんて思うようになったのは、一体いつからだっただろう。
少なくとも、自分が鎧の姿だった頃はそうじゃなかった。 あの頃は色々なことを語り合って話が尽きることなんて殆んどなかったし、あったとしてもそれはそれで居心地の良い沈黙だったはずだ。 言葉なんかなくても、雰囲気や表情や仕草なんかで通じ合っていたはずだ、少なくとも自分はそう、思っていたのに。 そんなのは全部こちらの、勝手なおごりだったのだろうか。
信じたくはないけれど、今の状況じゃそれを否定できない。 ともかく、自分と兄との間に何かしらの溝ができているのは確かな事実だった。そして恐らくその原因は、自分のこの身体にあるのだろう。 そうとしか、と言うよりそれしか、考えられない・・・。
背中越しに、兄が言葉を探しているのが何となく分かった。 「早く退院して、一緒に暮らそうな。」 「・・・うん、そうだね。」 「俺さ、ちったぁ家事もできるようになったんだぜ。」 「そうなの?」 「あぁ。今日も自分で晩飯作るつもりだしな。」 「・・・じゃあ、もう帰りなよ。ホントは仕事で疲れてるんでしょ?無理して毎日来なくていいよ。」
アルフォンスの放った冷たい言葉で、兄は随分と動揺したようだった。 「あ、いや、仕事の方はさ、軍人つっても研究書の解読とかそういう仕事しか回ってこねぇからさ、そんなに大変って訳でもねぇんだよ。」 「・・・それって、そういう仕事が回ってくるんじゃなくて、そういう仕事を回してもらってるんでしょう?」 「あー・・・、うん・・・そうだな。」 「つまりはマスタング大佐が、そういうコトで手配してくれてるんでしょう?」 「んー・・・、まぁ・・・そうなるな。」 「だったら、ちゃんとお礼はしたの?」 「えっと・・・、そうだな・・・」 「しなきゃ駄目だよ。」 「まぁ・・・、努力する。」
エドワードの嫌そうな返事を聞きながら、アルフォンスは内心溜め息を零す。
兄が大佐を苦手としているのは分かっているが、もう少し態度を改める必要があるとは思う。今となっては大変な恩人なのだから。 賢者の石を求めて旅していた頃は、情報提供やなんやらで世話になったし、今こうやって入院しているこの病院だって、大佐が手配してくれたものだ。
大佐は、性別の変わってしまったアルフォンスを見てもあっさり受け入れてくれたし、それどころか可愛いなんて感想まで零していた。 この秘密を口外しないことと、もしもの時のためにこれからも人体錬成の研究を続けることと、何かあれば協力するということの等価交換として、エドワードは軍人として大佐の下で働くことになってしまったが、国家錬金術師や軍人としての特権は今後のアルフォンスの身体のことを考えても手放しがたいというのが正直なところだ。 それに今まで世話になった分を返したいという思いもあるし、今度は自分達の為だけではなく、大衆のためになる錬金術についても研究するつもりだ。
「んー、でもなぁ・・・。アイツいっつも偉そうだし、嫌味ったらしいし・・・。」 「もう、兄さん子供っぽすぎ。もう十八歳でしょ、いい加減にしないと。」
たしなめるように言ったら、意外にも文句は返ってこなかった。
妙なタイミングで訪れた沈黙に戸惑っていると、エドワードがベッドの側の椅子にガタンと座った。それからふっと息を吐いたのが、何となく気配で感じられた。
「もう、十八か・・・」
呟かれた言葉に一瞬疑問符を浮かべて、すぐにあぁ歳のことかと思い当たる。
十二歳で旅を始めた兄はもう、十八になった。
昔に比べれば背も伸びたし、多少の落ち着きは出てきたと思う。顔もどことなく大人びて格好良くなった気がするし、鍛錬を怠らない身体は男らしくて綺麗だ。
それに比べて、今の自分はどうだろう。 アルフォンスはシーツの上に投げ出した自分の腕をまじまじと見た。 フフッと音にならない苦笑が零れる。いや、自嘲と言うべきか。 白くて細くて頼りない腕には、注射の跡がいくつも浮かんでいる。
真理の扉の向こう側で長い時を過ごしたこの身体は、まだ全てがうまく機能している訳ではない。
人体錬成を行ってから一ヵ月が過ぎたというのに、アルフォンスの身体は頼りないままだ。 食事は流動食がメインだし、自由に身体を動かすこともままならない。 リハビリの成果は徐々に現れてきているが、今の段階では誰かに支えてもらわねば歩くこともおぼつかない。 喋ることに関しては随分とマシになったものだが、まだ完全だとは言い難い。
まぁ、ほぼ寝たきりの状態だった最初に比べれば、マシにはなってきているのだが。
「・・・旅を始めてから、六年だね。」 「あぁ・・・。」 「・・・・・・ねぇ、それって兄さんにとっては、長かった?」 「あー・・・、どうだろうな。・・・やっぱ、長かったかな。俺は一日でも早く、アルを元の身体に戻したいって思ってたし。」 「そう・・・。」
アルフォンスは返事をしながら、そろそろいい加減にしなければ、と思う。 けれどもそんな心の内とは裏腹に、身体は動いてはくれなかった。
最近では、こうやって背中を向けたままで会話をすることの方が多いような気がする。
もしもこの場に自分達の母親がいたとしたら、きっと二人共を叱るだろう。人と話をする時は、ちゃんと相手の目を見なさい、って。 確かに自分達はそうやって教育されてきたし、その教えを実行もしてきた。それが正しかったと理解だってしているのに。
やっぱり駄目だ、とアルフォンスは思う。
今は駄目だ、そんなことできない。
・・・・・・・・・だってあまりにも、悲しすぎる。
ソレ、に気付いたのはいつだっただろう。
二度目の人体錬成をして、ここに入院して、一週間くらい経った頃だろうか。
最初は本当に、些細な変化でしかなかったのだ。 それこそ、アルフォンスが声でのコミュニケーション不全を補うために、いつも以上によくよく相手を見ていたからこそ気が付いたようなものだ。 だから最初は自分の勘違いなのでは、とさえ思った。
あるいは、そうであって欲しいと。
けれどもその思いは日に日に裏切られてゆく一方で、確信ばかりが降り積もっていった。
兄は、確かにアルフォンスに向かって話しかけているのに、その視線はいつだってアルフォンスを捉えてはいなかった。 自分の足元、手にした本、窓の外、天井、入口の扉・・・。 その視線がアルフォンスに注がれることはなく、偶然目が合ったとしてもすぐに逸らされた。そんな時のエドワードは大抵、黙ったまま俯いては、バツの悪そうな顔をするのだった。
アルフォンスには最初、そんな兄の行動の理由が分からなかった。 分からないから余計に不安で、さらに悲しくなったのだった。
けれども少しずつ考えを巡らせていくと、いくつかの事柄が浮かんできた。そしてそれらはアルフォンスに、厭わしい可能性を突き付けてきたのだった。
そんな中、その可能性を裏付けるような出来事が起きてしまう。
入院して二週間程が過ぎた頃だった。
とは言うものの、それ自体はアルフォンスにとっては別に大したことではなかった。 ただちょっと、着替えを見られてしまったというくらいで。 単なるタイミングの悪戯だった。
けれども兄にとっては、そんな軽いものではなかったらしい。
その時に限って不用意にドアを開けてしまったエドワードは、着替え途中のアルフォンスの姿を見るなりドアノブを握ったまま数秒固まった。 その時の兄の表情を、アルフォンスは今でもはっきり覚えている。 二人の目が合って、それからうるさいくらいに勢い良く、扉は閉められたのだった。
アルフォンスは呆気にとられてとっさに声をかけることもできず、駆け足で遠ざかっていく足音だけが静かな病室に響いていた。
それから兄が帰ってきたのは、二時間も後だった。
今度は慎重にノックをし、姿を現したエドワードは憔悴した様子でゴメンと一言謝ったのだった。
これ以降、兄は以前にも増してアルフォンスを見なくなったし、アルフォンスに触れるのを避けるようになった。
と言っても、態度が冷たくなったという訳ではない。 変わらずアルフォンスのことを想ってくれたし、優しかったし、リハビリの時だって辛いところでは手助けもしてくれた。
しかしそれは必要最低限だけで、家族のスキンシップのようなものは一切ない。 アルフォンスにはそれが酷く寂しかった。 だってようやく、兄の温もりを感じられる身体になったというのに。
兄は相変わらず、アルフォンスの側にいてくれる。けれどもそれだけだった。
そしてその代わりに、エドワードとアルフォンスの間には、アルフォンスにはどうすることもできない壁が存在している。
大好きな兄の側にはいられる。 けれどもそれ以上近くに寄ることは、許されなかった。
兄はアルフォンスを避けているし、触れることを躊躇っている。どんなに嫌がったとしても、それは認めざるを得ない事実だった。
それでは、何故・・・?と、疑問は後から後から湧いてくる。
自分が鎧だった頃には、けしてこんな風ではなかったのだ。 二人の関係が変わってしまったのは、二度目の人体錬成をして、アルフォンスがこの身体になってからだ。だとすれば、人体錬成、あるいはそれによって得たこの身体のどちらかが、兄に何かしらの影響を与えたのだろう。
しかし、今さら何が・・・?とも、思う。
着替えを見られた時のことだって、そうだ。アルフォンスにとっては大したことでは全然ないのに、兄にとっては何が問題だったのか。
確かに格好だけ見れば、異性の肌を見てしまったということで、羞恥や罪悪感が生まれたとしてもおかしくはない。一般的な男女の間ならば、それが普通の反応だろう。 けれども、自分達はそうではない。幼い頃から一緒に生活してきた家族だ。 それに加えて、今は身体的には違うけれども、心ではれっきとした男兄弟のままだ。互いの裸なんて気にするような間柄じゃないだろう。
兄がただ単純に、アルフォンスではなく少女の身体に戸惑っているという可能性もなきにしもあらずだが、それこそ、何を今さらという感じだ。 だってエドワードはこの病院へとアルフォンスを入れる前に、散々アルフォンスの少女の身体を調べているのだから。
それはアルフォンスの身体が本当に女性体になってしまったのか、また病院に入れても人として不自然なところはないか、ということの確認のためだったのだが、その時のエドワードの検査は徹底的なものだった。 体内の諸器官、その機能は勿論のこと、外見の様子から女性器まで、兄がアルフォンスの身体において触れなかった所はないだろうと言えるくらい。 さすがに、ベッドの上で足を広げさせられたのには抵抗があったが、兄の真剣な様子を目にしてしまえば何も言えなくなってしまった。 自分は満足に動くこともできないのだから兄にやってもらうしかないし、何より兄は、アルフォンスを心配してくれているのだ。 それを思えばむしろ、そんなことまでさせてしまったことを申し訳なく思ったくらいだ。
そんな訳だから、兄が今さら照れているなんてことは考えにくい。だとすればあの反応は、意識的に避けているとしか思えない。
とすれば、一体何を?
アルフォンス自身を、ということは恐らくないだろう。 自惚れなのかも知れないけれど、兄が向けてくれる根本的な優しさは変わらない。 現に、こうやって毎日様子を見に来てくれるし、退院したら一緒に暮らそうと何度も言ってくれている。さすがに嫌なら、ここまでのことはできないだろう。
だとすれば、残された選択肢はあと一つだけ。
それはアルフォンスの身体を、ということだ。
兄にとってアルフォンスの身体だけが忌まわしい存在なのだとすれば、その身体を見ないことにも触れないことにも納得がいく。 確かによく考えれば、この身体は失敗作だ。 人間にはなれた、けれども弟にはなれなかった出来損ないの器でしかない。
酷い言い草だけれども、自分でさえそう思うのだ。 細い手足、丸みを帯びた身体、高いままの声、膨らんだ胸・・・。これは一体、誰のモノなの、って。 自分で自分が気持ち悪い時もある。 この身からは、得体の知れない異様さが離れない。
そうやって、アルフォンスの思考がそこまで辿り着いた時、兄もそうなのかもしれないという予感が現実味を帯びていく。 そしてそこには、それで納得している自分が確かにいたのだった。
アルフォンスという魂はまだ、愛されていると。
拒否されているのは、この忌まわしい器だけなのだと。
せめてそう、信じさせていてよ。
この魂まで否定されたらもう、どうすればいいのか分からないから・・・。
「なぁ・・・」 「ぅん?」 「お前にとっては、どうだった?」 「・・・うん、そうだね。・・・どちらとも、言えないな。」 「・・・長くもあり、短くもあったということか?」 「うん、そうかな・・・。」 「そっか・・・。」
結局顔を合わせないまま、今日の会話はそこで途切れた。
わざわざ見舞いに来てくれているというのに、そんな風にしか話せない現状をおかしいとは思うけれども、アルフォンスにはどうすることもできない。
だって今、もし振り返ったとしてもエドワードはこちらを見てはいないだろう。
それどころか本心では、この距離感に安堵さえしているのかもしれない。
時が経つにつれ開き、えぐれていく溝。それはきっと、アルフォンスどうにかしようと思ってできる問題じゃない。 今も、この先もずっと、エドワードはアルフォンスを見てくれない。 例え心の中で繋がっていたとしても、それが目に見えて身体で触れ合って、そんな風に確かな感覚となって現れることはもうないのだ。
アルフォンスがこの、少女の姿である限り。
この、忌まわしい失敗作である限り・・・。
それからすぐ、午後のリハビリの時間となった。
まだ自力で歩くのは心もとないから、訓練室までの移動には車椅子を使っている。 この時ばかりは兄がアルフォンスを抱き上げて、車椅子へと乗せてくれる。
筋肉質の腕と機械鎧の腕とで優しく触れられると、あぁ確かに自分は人間の身体を取り戻したのだと実感できた。 それはそれは、幸せな時間だ。 そうやってアルフォンスは満足することができる。
何と言ってもかつては人外の鎧だった身だ、多少のことじゃあ動じない。実際、自分の身体女性体になってしまったと認識した時でさえ、あぁそうなんだと思ったくらいで大したショックもなかった気がする。
アルフォンスは多くを望んではいなかったし、望んではいけないと思ってきた。 ただ、人間の身体に――眠ったり笑ったり、食べたり触れ合ったりできる身体に、戻れるのならばそれでよかった。 外見よりも大切なものがあるのだと、気付かせてくれたのは兄だった。 鎧だった頃に兄が零した切なる言葉と思いは、今もずっとアルフォンスを支えている。それを思い出す度に、心の中は温かく、ずっと強くなれるのだった。
アルフォンスがリハビリに励む姿を、エドワードは部屋の隅で静かに見守っている。
この場合、距離が離れていることと、アルフォンスに確認するだけの余裕がないことから、エドワードが本当にアルフォンスを見ているのかどうかは不明だが。 それはともかく、病院に来ている間のエドワードは、絶えずアルフォンスと一緒に時を過ごした。
正式に軍属になるのはアルフォンスの容態が全快してからということになっているので、今は午前中だけ司令部へ赴き、マスタング大佐の手伝いをさせられているらしい。 本人があまり話さないので、詳しいことは分からないが、他にも色々と配慮してくれているらしく、こうやって午後は自由にしていいということになっている。
せっかくの時間なのだからもっと自分のために使えばいいのに、兄は毎日こんな風だ。
仕事が終わると大急ぎで病院へと駆け付け、面会時間が終了するまでずっと側に付いている。 午後のリハビリやアルフォンスが自主的に行っている色々な訓練には付き合って、それ以外の時間には本や雑誌を読んだりしている。 それらは暇つぶしにと、アルフォンスにも回された。 そうして時間が来ると、エドワードは病院の程近くに借りたアパートへと帰ってゆく。
毎日これの繰り返しだ。 もう容態も安定しているのだから、そんなに来てくれなくてもいいよと何度も何度も説得したのに、それを一向に止める気配は見られない。
兄は絶対に無理をしていると、アルフォンスは思う。
兄がアルフォンスの側にいてくれることは嬉しいけれども、それが罪悪感や義務感や憐憫からくるものだとすれば虚しいだけだ。 自分が生み出した失敗作を一生見続けて、背負い続けなければならない心の内の苦悩は、想像に難くない。 だから、無理して側にいてくれなくてもいいのに、とアルフォンスは思うのだ。
自分が鎧だった頃もまた、兄が罪悪感諸々を抱えていたのは知っていたけれど、今のこの苦悩とは次元が違うような気がする。 だってあの頃には、二人で元の身体に戻ろうという明るい希望と可能性があったのだ。 けれども今は、そんなものない。
明るかったはずの希望と可能性の結果が、これだ。
結果が出てしまったならもう、その先なんてない。 縋るものなどなく、ただこの現状を現実として受け入れるしかない。
こうなってみると皮肉なものだ。 今よりも人間の姿からかけ離れていた頃の方が、未来に希望があっただなんて・・・。
本当に、皮肉なものだ。 今よりも鎧だった頃を懐かしむ、・・・そんな自分がいるなんて。
そんなことを思いながら眠りについたせいか、昔の記憶が夢となって出てきてしまった。
精神的にも肉体的にもハードだったけれども、充実感と親愛に充たされていた、あの頃・・・。
一体どこの町だったか、確か東部の小さな町だったと記憶している。
いつものように賢者の石の情報を求めて、町中を歩いていた時のことだ。 目的の図書館まであと少しという所で、ふと囁き声が聞こえてきたのだ。それはいわゆる、余所者は早く出て行って欲しいという内容のもので、やはり目立つからだろう、すぐに話題はアルフォンスのことへと移っていった。
この姿を指して不気味だとか恐ろしいだとか、初めて見た人の反応としては仕方ないと納得しているし、悲しいことだけれどもそんな反応にも慣れてしまった。 聞かなかったことにすればいいと、そんな風に心を守る術も覚えたし。
そうやってアルフォンスがやり過ごそうとしていると、前を歩いていたエドワードが急に足を止めた。それを不審がってアルフォンスも立ち止まると、兄は弟を振り返って囁くように言ったのだった。
「俺は、お前の魂を愛してる・・・。」
身体が一瞬、動かなくなった。
きっと、吃驚しすぎたせいだろう。
まさか兄の口から、そんな言葉が零れるなんて。
聞き間違いか何かかと疑ってしまったが、兄はもう一度、その言葉を繰り返した。 兄の唇が形作った音が空気を震わし、アルフォンスの元まで届く。それはゆっくりと、鎧の中の心まで染み込んでいった。
それ以来、兄は時折その言葉を口にするようになった。
エドワードがそれにどれくらいの意味を込めていたのかは分からなかったが、アルフォンスの心を充たすにはそれだけで十分だった。
兄はきっと知らないだろう、その言葉でどれだけアルフォンスが救われたのか。鈍くささくれ立った心が、一体どれだけ癒されたのか。
そうして今だって、アルフォンスはそれにしがみ付く。 他には、拠り所になるようなものは持ってない。
例えアルフォンスの形を表すものが何であれ、この魂だけは変わらず、愛されているのだと。
この肉体の器よりも、アルフォンスという存在自体の方がより、大切なのだと。
――― ねぇ兄さん、
それだけは信じていてもいい・・・?
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短編にしようと思ってたのに、長くなったので二つに分けます。 状況説明だけでこんなにかかるとは・・・。 ネタとしてはありがちな話ですが、まぁ一回やってみたかったので。
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