・・・・・・  言葉ノ箱 100題  ・・・・・・

 

                                      配布元→ SWEET DOLL

 

 

 

 

 

 

 

 

―――  001.  永遠の少女

 

※ 兄と鎧妹  旅の途中  どっちかっていうと不健全

 

 

 

満月に照らされたベッドの上で、はぁ、と大きく息を零した。俺はきつく、瞼を閉じる。

 

眠らない妹は、夜の散歩に出かけたまま戻らない。

それがいつもは不安でたまらないのに、今夜はむしろ有り難かった。こんな俺の穢れた姿を、妹にだけは見られたくない。

 

 

俺が恋をしているアルフォンスには今、肉体がない。無骨な鎧に、穢れなき魂をのせている。

 

それに比べて、俺はどうだ?

浅ましい肉体を持つ、この俺は。

 

 

アルフォンスに、街で見かけるあの少女達の、柔らかな肉体を与えたい。けれど同時に、ずっとこの鎧に閉じ込めておきたいとも思うのだ。

 

柔らかな肌を持った妹を想像して、背筋が震える。あぁ、だけど、それは駄目だ。だってあまりにも、恐ろしすぎる。

そうなるくらいなら、俺はお前の柔らかな肉体など欲しくない。けして穢されることのない、鎧に守られた、綺麗な魂のままでいて欲しい。

そうすれば、俺はお前を、ずっと独り占め出来るだろう?

 

こんなに狂おしい程、愛しているのに。他の男なんかに、奪われてたまるか。

アルはずっと、俺だけのもの・・・。

 

 

 

そうやって、浅ましい肉体を持つ俺は今夜も、淫らな想像の中でお前を穢す。

 

 

 

 

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―――  002.  君と僕と、二人だけの秘密

 

※ アル:高校生、17歳  エド:化学教師、26歳  兄弟ではないです

 

 

 

体育館裏は、校舎側から死角のため、一人になりたいときには都合が良かった。

ついでに言えば、夜な夜な幽霊が出るとの噂の場所で、昼間に近付く者は殆んどいない。

 

だからアルフォンスは時々、昼休みのクラスの喧騒を抜け出しては、ここを訪れるようになった。実際に来てみれば、幽霊に出会うなんてこともなく、心地良い陽だまりがあるだけだ。

 

今日も壁にもたれてうとうとしていると、何か温かい塊が擦り寄ってきた。

アルフォンスは微笑んで、目を開ける。

 

「また、会えたね。」

 

優しく撫でると、その白くて美しい猫は返事をするかのように一声鳴いて、アルフォンスの膝の上で丸まった。時々何処からともなく現れて、一緒に昼休みを過ごすようになったこの猫に、アルフォンスは勝手に名前を付けている。

 

「エディ・・・」

呼びかけると、喉を鳴らした。

 

それは、自分の好きな人の名前をもじったものだ。

叶わない恋だと分かっているから、せめてもの慰めにと思ったのだけれど(あとは、普段は絶対に呼べないファーストネームを口にしてみたかったという理由もある)、結局は余計に切なさが募っていくだけだった。自分と同じ、金髪金目の美しい人。生徒よりも実験に夢中になってしまって、授業を自習にするような変わった教師だ。

 

「エディ・・・、エドワード先生・・・」

にゃあ、と呑気に猫が鳴く。内緒の気持ち。相手は男の人なのに。

 

「エルリック先生、・・・好き、です・・・・・・。」

 

 

 

アルフォンスは今、恋をしている。

 

 

 

 

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―――  003.  憧れの、後ろ姿

 

※ 遊郭パラレル  エド:男娼  ウィンリィ:遊女

 

 

 

「・・・ウィンリィ、お前また泣いてんのか?」

 

背後からかけられた静かな声に、あたしは急いで振り返った。

その呆れたような声の主は、この店で一番人気の男娼、エドワード。幼い頃からここで一緒に暮らしてきた、何だかもう家族のような腐れ縁。

 

「勝手に人の部屋に入ってこないでって、何回言わせれば気が済むの?」

あたしが不機嫌そうな声を出しても、エドは構うことなく隣まで来て、ハァと小さく息を吐いた。

 

「で、今度は何だって?」

「・・・・・・・・・戦争に行くから、もう会いに来れないって。」

 

「この前言ってた軍人か?」

「そう・・・。」

 

「1ヶ月前にそんなこと言ってた奴はどうなった?」

「・・・・・・分からない。」

 

「その前に言ってた奴は、どっかの令嬢と結婚したらしいぞ。」

「・・・・・・・・・。」

 

「お前はさ、いちいち客に感情移入しすぎなんだよ。俺達がやってるのは、ビジネスなんだ。客だって、それを分かって来てんだよ。恋愛感情なんて、必要ないだろ?」

「・・・・・・別に、全部が恋愛ってわけじゃないわよ。せっかく親しくなった人のことを、心配してるだけで。」

 

あたしがそう言うと、エドは黙った。その、綺麗な横顔を見る。

エドの客達は皆、恋をしているようだと口々に言う。エドはこの店でも一、二を争う程、手練手管に長けていた。

 

「お前はさ、娼婦にしちゃ優しすぎだな。今いる中ではお前が一番、この仕事に向いてねぇ。」

「・・・・・・そうかもね。」

「・・・・・・ま、客はお前のそういうところが、いいんだろうけどな。」

 

慰めるように、いつの間にか男らしくなった掌が頭を撫でた。

エドが相手をする客の中には、男娼に男を求める人と女を求める人がいる。だから普段のこいつは、その少し小柄な体躯も相まって、どこか中性的な感じがする。だけど、こういう時には、あぁやっぱり男の子なんだなと、改めて思うのだ。

 

「恋をするな、とは言わねぇけどよ。その気にさせて金をしっかり貢がせて、さっさとこんなとこ出てく方が賢明だと思うぜ?恋なら、外の世界ですればいい。」

「・・・・・・あんたは、恋とかしたことないの?」

「ねぇよ。いいカモなら一杯いるけどな。」

「はぁ?」

 

あたしは心底呆れた声を出した。こいつは、いつだってこういう態度だ。客を客としてしか見ていない。

でもそれが、エドなりの自分の心の守り方なのだろう。

元々真っ直ぐでプライドの高いこいつが、自分の身体を売って生きていくことを受け入れるまでには、計り知れない苦悩があっただろうから。

 

「そういえば、一昨日もいいのを見つけたんだ。マスタングの野郎の部下なんだけど、俺と同じ金髪金目で可愛い顔してんだ。いかにもウブそうだったから、陥落させるのも楽そうだったし。」

 

はは、とエドは笑っている。そこにはもう、この仕事を嫌がって、何度も逃げ出そうとしていた頃のあいつはいない。

あたしは隣を歩いていたつもりだったけど、エドはいつの間にか先へ行ってしまったみたい。

あいつはもう、前だけ向いて、ここから一刻も早く出ることだけを考えている。

 

 

 

この欲望と虚無が渦巻く場所でも、エドは気高いまま穢れない。

 

こいつがもしも恋をしたなら、どうなるんだろうと、今夜の仕事へと向かう背中を見つめてあたしは思った。

 

 

 

 

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―――  004.  行方不明になります、探さないで下さい

 

※ 軍部兄弟  二人ともマスタング准将の部下

 

 

 

「うわぁーーーっ!!」

 

その声によって、静かな朝は破られた。

バターンと、これまた大きな音をたててドアが開く。姿を現したのは問題児の部下、エドワードだ。

しかも寝起きのままらしい、よれよれのシャツとぐしゃぐしゃの髪。ついでに言えば、すでに一時間の遅刻である。

 

エドワードは息を切らして恐る恐る自分の弟の席を見、そこが昨日帰った時のまま空っぽなのを確認して、とうとう膝を折ってうなだれた。

そこには、普段のあのふてぶてしさは欠片もなく、憐れ同情すら引いた。

 

「アル・・・・・・」

 

今にも泣き出しそうな声で呟いて、最年少で少佐の地位に着いた青年は、握り締めてぐしゃぐしゃになった紙をこちらに差し出した。

アルフォンスの綺麗な字で、たった二言。

 

「・・・これは、まごうことなき家出だな、鋼の。」

 

決定打を与えてやったら、とうとう撃沈した。

ここまでくるとさすがに可哀想な気がしてきて、つい口を滑らせそうになる。

しかし、そんなことになれば彼の方が機嫌を損ねるのは目に見えているし、本当に怒らせて恐いのは一見派手な兄ではなく、彼なのだから仕方がない。

ここは日頃の行いの悪さを反省させるためにも、兄にはしっかり犠牲になってもらおう。

 

「鋼の、ケンカでもしたのか?」

「・・・ん、まぁ。」

「アルフォンスも、もう18だ。子供じゃないんだから、気が済んだら帰ってくるさ。」

「ん・・・。」

「お前はへんな気を起こさんように、反省しながら大人しくしていたまえ。」

 

自分に非があると認めているのか、エドワードはかくんと頷いた。

 

 

 

定時を過ぎ、兄が抜け殻の状態のまま帰宅した後、彼等の上司はとある資料室を訪れていた。

扉を開けると、山積みだった資料がほぼ片付いている。

 

「ご苦労、アルフォンス。」

「いえ、准将。僕こそ、兄弟ゲンカに皆さんを巻き込んでしまってすみません。」

 

ケンカして家出中とは思えない、恐縮した様子の部下に苦笑が零れる。

 

「家出していても、こうやってきちんと仕事に来るあたりが、実に君らしいな。」

「いえ、当然のことです。仕事に私情を挟むわけにはいきませんから。・・・ただ不都合だったのは、あの人の仕事場が僕の隣の席だったってことですね。でも、ここでの資料整理なら、あの人に会うことなく仕事ができますから助かりました。」

 

アルフォンスは、にこりととろけそうな笑みを溢す。

空っぽの席を窺っては一日中落ち込んでいたエドワードはまさか、数十メートル離れた資料室に弟がいたなんて、夢にも思わなかっただろう。

 

「ところで、今夜はどうするのかね?」

「あ、ハボック少尉の家に泊めてもらいます。今朝、兄さんが来る前にお願いしたら、僕の手料理と等価交換してくれました。」

 

何だか楽しそうなアルフォンスは、やっぱり家出中とは思えない。これでは少々、兄の方が気の毒だ。

 

「しかし、明日には帰るのだろう?」

 

この様子だとアルフォンスはあまり怒っていない様だし、この騒動もすぐに鎮静化するだろう。

だが、しかし。そう踏んだ准将の読みは、少々甘かった。

 

「いいえ。兄さんがしっかり反省するまでは、意地でも帰りません。」

 

そう宣言したアルフォンスの、笑っているようで恐い笑顔を前にして、兄が一体何を仕出かしたのかは聞けずじまいとなってしまった。

 

 

 

結局、アルフォンスは同僚達の家を手料理を振る舞いながら転々とし、ようやく自分の家へと戻ったのは、実に1週間後のことだった。

 

 

 

 

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―――  005.  あたたかい雨にうたれて

 

※ お伽話風味  アル:人魚姫  エド:王子

 

 

 

あの日と同じ、雨の夜だった。

 

アルフォンスは幼馴染みから受け取った短剣を握り締め、眠る王子の側で立ち竦む。これで王子を貫けば、泡にならずに済むのだという。

 

けれどアルフォンスには、そんなこと到底できそうにない。その証拠に、短剣を振りかざすための力はいつまでたっても出てこなかった。

 

そしてとうとう、震える足は逃げ出した。

 

 

声にならない叫びを上げながら、砂浜へと走ってゆく。

あの嵐の夜、アルフォンスが王子を海から引き上げた場所。

そして、人間になったアルフォンスが初めて王子と出会った場所。

 

砂浜で、かくんと膝を折る。

 

人間となって声を失ったアルフォンスはあの日、指で砂に自分の名前を綴った。それだけが、アルフォンスの知る唯一の人間界の文字だった。

王子はそれを見て、アルフォンスの名前を呼んでくれた。その甘い声と優しげな笑顔は、ずっと心の中に焼き付いている。

 

雨は容赦なく降り続け、頬を伝うものが雨なのか涙なのかも分からない。

 

「・・・アルフォンス・・・・・・」

 

声が、聞こえてきた。あの、甘い声。

 

そんな・・・、と思いながらも振り返ると、確かにそこに王子がいた。幻聴ではなかったらしい。

王子はもう一度名前を呼ぶと、アルフォンスをぎゅっと抱き締めた。

 

「あの日、俺を助けてくれたのは、本当はお前なんだろう?」

突然のその言葉に、アルフォンスは戸惑った。

 

「あの日、お前は俺の身体を温めるためにずっと抱き締めていたんだろう?」

ハッとしたように目を見開いた様は、内心の動揺を隠し切れてはいなかった。

 

「この前、アルを抱き締めた時、体温とか肌の感触とかに覚えがあるような気がしたんだ。」

王子は、両腕にいっそう力を込めた。

 

「俺を置いて、アルはどこに行くつもりだったんだ?」

低くなった声のトーンにびくりとして、アルフォンスは俯いた。

 

どこ、と聞かれても分からない。王子に愛されなかった愚かな人魚は、一体どこに行くのだろう?

いっそのこと、この人の腕の中で、泡になろうか・・・・・・。

 

 

そう決意すると、アルフォンスは王子の手を取って、掌にゆっくり文字を綴り始めた。

 

まだ難しいことは分からないから、たった五文字を心を込めて。

 

 

― あいしてる ―

 

 

ゆっくりと顔を上げると、目が合った。王子は、なぜだか微笑んでいる。

 

 

「俺も、あいしてる。」

 

聞き間違いかと一瞬自分の耳を疑ったアルフォンスの唇に、熱くて優しい口付けが降ってきたのは、すぐだった。

 

 

 

 

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―――  006.  蜜蜂条約

 

※ 幼少期  リゼンブールにて  兄妹とウィンリィ

 

 

 

アルフォンスの今日の午後の予定は、ウィンリィと一緒のお茶会だった。

 

普段は兄や男友達と遊ぶことが多いアルフォンスだが、たまには女の子同士でお話しましょと誘われて、ロックベル家を訪れている。

 

ウィンリィの母親が、いつものかわいいマグカップではなく、綺麗なティーセットを用意してくれたため、何だかちょっとお姉さんになったような気分でドキドキしてしまう。

添えられていたおやつは、ハニートーストだ。

 

身体を動かすのが好きでよく男の子に間違われるアルフォンスも、たまにはこういうのもいいなと思う。

 

「ねぇ、ウィンリィ。何のお話をするの?」

「あら、アル。そんなの決まってるわ。お茶会でする話といったら、女の子同士の秘密の話よ。この間、映画で見たんだから。」

 

ちょっぴり興奮気味のウィンリィに、アルフォンスは首を傾げる。

 

「秘密の話って、なぁに?」

「そうね、例えば・・・、好きな人の話とか!」

「好きな、ひと?」

 

アルフォンスは、またもや首を傾げる。男の子のように短かく切り揃えた金髪が、その拍子にさらりと揺れた。

 

「そうね、好きな人の話にしましょ!で、アルは誰が好きなの?」

「ぅん?だれって、みんな好きだよ?お母さんも兄ちゃんもウィンリィも!」

 

にこにこと笑みを浮かべる幼馴染みに、ウィンリィは1つ年上のお姉さんらしく、今日は色々と教えてあげなくちゃと心に決めた。

 

「アル、そうじゃなくて、男の子の中で一番誰が好きかってことよ。例えば、この人となら結婚してもいい、とかね!」

「・・・けっこん?」

 

アルフォンスはぴんとこないらしく、再びきょとんと首を傾げている。

 

「じゃあー、男の子の中でずっと一緒にいたいと思うのは?」

 

ウィンリィの問いかけにしばらくうーんと考えた後、アルフォンスはぱっと笑顔を見せた。

 

「兄ちゃん!」

「あら、エドなの?」

「うん。僕、兄ちゃんとずっと一緒にいたいから、兄ちゃんと結婚する。ウィンリィは?」

「そっか、あたしも今のところはエドがいいかな。」

「・・・?いまのところ、ってなぁに?」

「それはね、明日はそうじゃないかもしれないってことよ。・・・だってこれから、あいつよりいい人が現れる可能性って、かなり高いと思うのよね。」

 

ウィンリィは一人で頷いた。自分と同い年の幼馴染みは、確かに顔はいい方だけれど、あまり期待できそうにない身長はやっぱり気になるところだ。このところ、女の子のアルの方が背が高いんじゃないかという気もするし。

 

「・・・ウィンリィも、兄ちゃんとけっこんしたいの?けっこんって、いっぱいできるの?」

「ううん。結婚は一人だけとよ。だからアルとあたしは、恋のライバルってことね。」

「・・・らいばる?」

「そうよ、抜け駆けはなしだからね?」

その時の、大人びて微笑んだウィンリィの顔を、アルフォンスは今も覚えている。

 

幼いアルフォンスには、“結婚”も“恋のライバル”も意味がよく分からなかったけれど、ウィンリィとの間に何か新しい関係ができたのが嬉しくて、うんと元気よく頷いたのだった。

 

 

 

それから数日後、母の口から兄妹は結婚できないのだと聞かされた時の衝撃は、それから先もずっとアルフォンスをさいなむこととなった。

 

 

 

 

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―――  007.  向日葵が枯れた夏

 

※ 死にネタ  エド:50代独身で、軍の研究所に勤務  アル:鎧のまま

 

 

 

賢者の石を探し続けた俺達の旅は、十五年でいったん終わりを告げた。いや・・・、見切りをつけた、の方が正しいか。

結局、先人達の知識の中に手掛かりはなく、残された道は自分で術式を生み出すことだけだった。

 

 

俺はマスタングの野郎のはからいで、軍の研究所で働くこととなった。

それから二十五年、表向きは医療に関する生体錬成を研究し、裏では完璧な人体錬成について探ってきた。

 

この歳にもなると、いつの間にやら室長なんて地位にもいて、さらに最近では所長になってくれと頼まれる始末だ。まぁ、当然断ったがな。

 

俺には、地位も名誉も金もいらない。

俺の望みはたった一つ、自分のこの手でアルの身体を取り戻すこと。

 

ただ、それだけだ。

 

 

旅を終えてからは研究所の側で家を借り、二人きりで暮らしていた。

俺が仕事に行っている間、アルは家事をしたり、俺の研究を手伝ってくれたりもした。アルは料理に興味を持ったらしくて、いつも栄養のバランスを考えたものを作ってくれた。アルの手料理は本当に美味くて、帰る家のある喜びを感じては幸せに浸っていた。

 

けれど、そんな生活を送って十五年くらいが過ぎた頃。

ある日、いつものように仕事を終えて家に帰ると、居間でアルフォンスが倒れていた。俺が慌てて駆け寄ると、アルは動けなくなったと泣きそうな声で呟いた。以前から何度か急に体の自由がきかなくなることがあったのだが、今日はとうとう起き上がることが出来なくなったと言う。

 

しばらく様子を見てみたが、結局それ以来アルが再び動くことは二度となかった。

 

 

体の自由を奪われたアルフォンスを家に一人ぼっちにしておくわけにもいかず、俺は鎧ごとアルを研究所に運び込んだ。

幸い、すでに広い個室をあてがわれていたため、特に問題も起こらなかった。

時々部屋を訪れていた部下によると、鎧に向かって独り言を言う俺は、随分奇妙に映ったらしいがそれはまぁ仕方がない。

 

アルは俺が集中している時には静かにしていて、行き詰ると一緒に討論をしたりした。

アルはいつでも俺のことを見てくれていて、時間を忘れて食事や睡眠を疎かにしがちな俺の体調管理もしてくれた。

どうしても外食ばかりになりがちなのを見て、アルは前みたいに自分が料理を作ってあげられなくなったことを残念がったが、俺は仕事中もずっと二人で一緒にいられて幸せだった。

 

しかし、毎日アルを抱えて出勤するわけにもいかず、必然的に家には帰らなくなった。アルのいない所に帰ったって意味などないし、アルの鎧の側にベッドを構えてそこで眠るようにした。

 

 

俺が40を過ぎた頃、アルはしばしば結婚を勧めたが、その度にアルと二人きりの方がいいのだと零すと黙ってしまった。

 

 

そんな生活を五年ほど送った頃から、俺が呼びかけてもアルが答えない、ということが起こるようになった。

それは時間が経つにつれ頻度が高くなり、アルはその時のことを、まるで眠っているみたいだと表現した。目や耳からの周りの情報がふっと途切れて、自分の意識もなくなってしまうのだと言う。

 

そのうち、起きている時間の方が短くなって、アルはそれに対する恐れを口にしては、早く結婚して欲しいと懇願するようになった。

そうやって不安がるアルに俺は、例え会話できる時間は少なくなっても、アルの魂はずっと俺の側にあるんだから心配するなと声をかけたのだった。

まず、最優先にするべきことはアルのことで、自分の結婚相手なんか探している時間などないというのに、結婚のことばかり気にするアルの真意が俺にはさっぱり分からなかった。

 

それにもまして困ったことに、見た目だけではアルが起きているのか眠っているのか判断できず、タイミングを合わせなければ会話をすることが出来なくなってしまった。

これは案外難しくて、一週間に一回会話できる時もあれば、一ヵ月も話せない時もあった。

一年ぶりにアルが答えてくれた時などは、嬉しくて泣いてしまったくらいだ。

俺は仕事の合間合間に話しかけては、返事のないことに寂しさを覚えつつ、アルはずっと側にいるのだから大丈夫だと自分を励ました。

 

俺は、アルに向かって喋り続ける。

 

この前返事が返ってきたのは、もう三年も前の話だ。

 

俺はアルに向かって喋り続けながら、一刻も早くアルの身体を取り戻さねばと気持ちが焦った。

いつの間にか50を過ぎ、寝る間を惜しんで研究に没頭していったけれど、今だ期待するようなものは得られない。

 

 

「アル、ごめんな・・・」

 

今日も、答えてくれるあの優しい声はない。

 

「アル、好きだ・・・」

 

そう零すと、アルが笑ってくれたような気がして嬉しくなった。

ソファに座らせた鎧に抱き付くような格好で、俺はゆっくり瞼を閉じた。

 

 

そして、目覚めることは二度となかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

マスタング大総統は、主のいなくなった部屋を訪れていた。

 

数日前彼の部下が、眠るように死んだ彼を発見して大騒ぎとなったため、この部屋は今もそのまま残されている。

部屋の隅に置かれたソファには、錆付き古ぼけた鎧が一体。

ロイはゆっくりと、その頭を外した。

 

長い年月をかけ錆に侵蝕され、傷付いた鎧の中。

すでに血印は、跡形もなく消え去っていた。

 

 

小さく息を吐いた後、自分よりも随分若くして先に逝ってしまった彼らを、ロイは心の中で小さくなじった。

 

 

 

 

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―――  008.  零距離射撃、そして笑った人

 

※ 近未来のヨーロッパ辺り?  アル:科学者  エド:アルが亡き兄に似せて作ったアンドロイド

 

 

 

体内で小さな起動音がして、彼の意識は作動を始めた。人間の、声がする。

 

「・・・さぁ、目を開けて。」

 

指示されたその行為を行うためには、瞼を持ち上げればいい。簡単なことだ。

そうして、真っ暗だった彼の意識が一番最初に認識することとなったのは、逆光で煌く金色だった。

 

「おはよう。H-A.P.type/ED」

 

かけられたのは朝の挨拶だったので、僅かに違和感があった。体内に組み込まれているプログラムは、24時35分47秒を告げている。けれど、目覚めの挨拶としてはそれでいいのだろう。

 

「おはようございます、マスター。」

 

自分を覗き込んでいる人物に答えると、金髪の青年は小さく笑みを零した。

 

「そうだよ、僕が君のマスター。でも、僕のことはアルフォンスと呼んで。それから君には、識別番号の他にエドワードという名前を付けるからね。」

 

分かった?というように、白衣を着こなすには幼く見える青年は首を傾げた。

 

「了解しました、アルフォンス。」

 

返事をすると、今まで横になっていた寝台から降り、二人が向かい合う形で椅子に座った。

 

「それじゃ、今からエドのことについて説明するからね。」

「はい。」

 

頷いたものの、アルフォンスは少し瞼を伏せたまま、二人きりの室内に沈黙が流れる。

 

「・・・・・・・・・君は、アンドロイドに個性を与えるための実験用に作られたんだ。」

「個性、ですか?」

「そう。もっと、人間に近いアンドロイドを作るため、とも言い換えられる。」

「・・・・・・。」

「エドにはね、二つの思考回路を埋め込んであるんだ。一般的なアンドロイドと同じもの、これは今の状態ね。それと、ある特定の人間の思考回路を模したもの、これは今は働いてないけど。」

 

アルフォンスは、いったんそこで言葉を切った。

 

「・・・個性、なんて言っても所詮は曖昧なものだから、実在の人物をモデルにしたんだ。下手に抽象的な性格付けするよりも、その方がこちらとしても分析しやすいしね。」

 

アルフォンスはポケットから手帳を取り出し、その中から写真を一枚抜き取った。そこには今よりもやや幼いアルフォンスと、エドワードと同じ外見をした青年が写っている。

 

「僕の兄だよ。君のモデルは。」

「よく、似ていますね。」

「うん・・・。顔もそうだけど、性格や仕草、癖、嗜好、その他諸々。僕が兄について認識していること全てを、君には組み込んである。」

「・・・そうですか。」

「じゃあ、・・・今から思考回路を切り替えるよ。」

 

メインコンピュ―タを繋げると、エドワードはいったん力なく目を閉じた。アルフォンスは駆け寄って、その

顔を覗き込む。数秒後、ゆっくり瞼が開かれた。

 

「エド、気分はどう?・・・ちゃんと機能してる?」

 

アルフォンスの問いかけに、反応は返ってこない。

 

「・・・やっぱり、駄目なのかな。数字なんかには置き換えられないものを、機械に望むだなんて・・・」

 

再びメインコンピュータの方へと向かおうとしたアルフォンスの身体は、不意に強い力で引き戻された。

驚いて振り返ると、触れ合いそうなくらい近く、エドワードの顔がある。

その表情は、さっきまでとはまるで違った。

 

「アル。」

 

その声も抑揚も目付きの悪さも意思の強い瞳も緩く上げた口角も、一瞬、兄だと・・・見紛う程。

 

「問題ねぇよ。ちゃんと、機能してるぜ。」

 

 

 

不敵な笑みを浮かべたその表情は、確かに兄のものなのに。

 

悲しいくらいに間違いなく、それは、自分が作り出したアンドロイドにすぎないのだった。

 

 

 

 

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―――  009.  ローレライの歌声

 

※ お伽話風味  エド:ある村の青年  アル:船を惑わす精霊

 

 

 

そこは、恐ろしい精霊が船を惑わし、川の底へと引きずり込むことで有名な場所だった。

 

 

満月の夜、一人の青年を乗せた船がその川岸に停泊した。辺りは静まりかえっている。

 

「おーい、こら、アルフォンス!!さっさと出て来ーい!」

 

青年の苛立った声が辺りに響き渡るも、水面に変化は現れない。

青年はいっそう声を苛立たせ、もう一度叫んだ。ついでにいくつか、暴言を加えて。

 

辺りの反響音が収まらないうちに、ザバンと水面から何かが飛び出した。それは宙を舞い、軽々と青年の船の船首に降り立つ。

 

波打つ豊かな金髪の少女。

髪だけでなく全身が淡く発光する様は、それが人間ではないことをはっきりと物語っていた。

 

「お前がアルフォンスか?ここらを通る船を沈めて遊んでるっつう、傍迷惑な精霊は。」

「さっきの暴言は何だ!?僕はブスじゃない!!」

 

アルフォンスと呼ばれた精霊は、随分と機嫌を損ねたらしく恐ろしい剣幕だった。

 

「俺、あんたのせいで迷惑してんの。こっちだって腹立ってんだよ。」

「・・・はぁ?」

「俺、エドワードっつうんだけど、あんたに生け贄として差し出されたんだよ。俺に身寄りがいねーからっつう理由でな。」

「・・・そう、なの?」

 

エドワードの態度の理由を聞かされて、アルフォンスは一瞬怯んだ。その隙を突いて、エドワードは精霊の腕を掴み、船底へと押し倒した。

小さな船が大きく揺れる。

 

「へぇ、精霊ってちゃんと触れるんだな。そりゃ、好都合だ。」

 

組み敷いた身体を見下ろして、エドワードはにんまりと笑った。

 

「やだ!何するの!?」

「お前、元々は人間だったんだろ?」

「・・・・・・っ!!」

「けど、男に振られた怨念でこんな姿になったんだろ、アルフォンス?だからお前は男への腹いせに、船を襲うようになったんだろ?」

 

そう言うと、暴れていたアルフォンスの身体が大人しくなる。それは肯定しているも同然だ。

 

「俺だって、みすみす殺されるのは嫌だからな、色々と考えたんだけど・・・。お前、ホントは今、男に餓えてんじゃねぇの?誰かに愛されたいって、思ってんじゃねぇの?」

 

アルフォンスは、返事の変わりに身体をビクリと震わせた。エドワードはまた口の端を吊り上げて、アルフォンスの耳元で甘く囁く。

 

「なぁ、俺が、お前を愛してやるよ。これ以上ないってくらい、満足させてやる。・・・だからその代わり、俺のことは見逃す、村の奴らにももう手を出さないってのはどうだ?悪くない話だろ?」

 

エドワードはアルフォンスの顔を、唇が触れそうな距離で覗き込んだ。右手はすでに、なめらかな肌の上を這い回っている。

 

「・・・やベーかも、俺、本気でお前に惚れそう。まさか、あの恐ろしい精霊が、こんな美人だったとは思わなかっ・・・」

 

 

 

エドワードの言葉は最後まで音にならず、アルフォンスの唇の中に溶けていった。

 

 

その後、あの場所で精霊を見た者も、青年を見た者もいないのだという。

 

 

 

 

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―――  010.  蜜を吸い、捨てられる花

 

※ エド、アル:吸血鬼の父親と人間の母親のハーフ

 

 

 

日が暮れると、ようやく僕達ための時間が始まる。

 

僕はどちらかというと人間に近いため、多少の陽の光は大丈夫だ。

だから、いつも夕暮れ時に目が覚める。

 

日没までに身支度を整えて、完全に日が暮れてから兄を起こしにいく。兄は自力で起きるような人ではないので、それが毎日の僕の日課だ。

兄は目覚めると、毎度飽きもせず、僕におはようのキスとやらを求めてくる。それにどんな意味があるのか、僕はよく知らない。

今日もキスをねだるので、ほっぺにちゅっとしてあげた。けれどそれでは不満だったらしく、今度は兄からのキスを唇に受ける。

 

兄が“お腹空いたか”と聞くので、僕は少々躊躇いつつも頷いた。

 

 

兄の着替えを手伝って、僕は夜の街へと向かう兄を玄関口で見送った。

昔は兄に付いて行って人間達の街を見てみたいと駄々をこねたものだが、今ではすっかり諦めてしまっている。

 

その代わりに最近では、屋敷の中で行っている研究の方に夢中だ。

兄が出かけない日は二人で研究書を読み解いて、議論して、時には新しい術式を生み出したりして何とも楽しい。

分野も様々なものを扱っているから、人間より寿命が長いこの身体でも、時間は足りないくらいだろう。

その研究結果を匿名で人間の研究者に売ったりして、僕達はお金を稼いでいる。

兄はそれをいつも高値で売りつけるから、すでに一生遊んで暮らせるくらいの蓄えはあるのだけれど、人間よりもゆっくりと外見が変化していく僕達はしょっちゅう引っ越さなくてはならないので、資金はたくさんあるにこしたことはない。

この屋敷で暮らし始めてもう五年以上は過ぎたから、そろそろまた引っ越すかもしれない。

 

 

 

真夜中を過ぎた頃、窓越しに兄が女の人を連れて帰ってきたのが見えた。

 

屋敷の中に入って来た二人分の足音は、いつも通り奥の部屋へと消えていった。

 

 

 

僕は小腹が空いたので、キッチンでサンドウィッチを作る。兄はさっきの女の人と何か食べてきているだろうから、自分の分だけ用意して一人で食べた。

僕達は人間のようにたくさん食べ物を食べなくても生きていけるのだけど、僕と兄はより人間に近いから、さすがに一晩中何も食べないでいるとお腹が空くのだった。

 

 

 

数時間後、研究書とにらめっこしていると、兄が音もなく部屋へと入ってきた。

コト、と手にしていたワイングラスを机に置くと、僕の身体を膝の上に乗せて座った。

 

「・・・召し上がれ、アルフォンス」

 

僕は赤い液体がなみなみと注がれたワイングラスを手に取り、コクリと口に含んだ。

 

「・・・どうだ?美味いか?」

「うん、おいしいよ。兄さんは?」

「あぁ、俺も美味かった。・・・先月捕まえてきた女のは、ちょっとクセがあったからな。今日は美味そうな女をじっくり選んできたんだ。」

「・・・だから、いつもより帰りが遅かったの?」

「あぁ。」

 

僕はゆっくりと味わいながら、ワイングラスを飲み干した。

 

うっとりと、餓えて渇いていた心とが満たされるような幸福感に支配される。恍惚とした表情の僕を、兄は嬉しそうに見つめている。

 

「・・・アルがこの味を気に入ってんなら、あの女、ここで飼おうか?」

「はぁ・・・?」

「月に一回、血を貰って。それ以外はあの部屋で自由にさせとけば、文句ないだろ?」

「ばか。そんなこと駄目に決まってるだろ。」

 

僕が怒ったような声で言うと、うーんと唸った。“でも、毎月女を探しに行くのはめんどくさい”などとぼやいている。

 

「・・・僕にも牙、生えないかな?」

 

指で自分の歯に触れる。僕には何故か、兄や父のような牙がない。だから自分では吸血できないため、いつも兄が“食事”をする際におこぼれを貰っているのだ。

 

「あのクソ親父が言ってたぞ、もう諦めた方がいいって。」

「でも、それじゃずっと兄さんに迷惑かけちゃうよ・・・」

 

それだけが僕の憂鬱だった。

僕達の場合は少量で済むのだけれど、それでも定期的に血を飲まないと、僕達は死んでしまうから。

 

「俺の食事のついでなんだから、迷惑って程のもんじゃねぇよ。アルが俺のすぐ側にいる限りは。」

「じゃあ僕は、ずっと兄さんと一緒じゃないといけないんだね。」

「あぁ、勿論。」

「兄さんは、それでいいの?」

「勿論、大歓迎だ。」

 

兄はにいっと、嬉しそうに笑っていた。

 

 

夜明け前に、兄は女の人を送るためにまた出て行った。

血を吸っている時、牙からは麻薬のような成分が分泌されるらしくて、その時の記憶は曖昧になるそうだ。今日の女の人も、兄に屋敷へと誘われて抱かれたということしか覚えていないだろう。

 

 

空が白み始めた頃、一緒にベッドに潜り込む。

おやすみのキスはいつも兄から、唇に。

今日はいつもよりも深く、長かった。

 

血の味の、キス。

 

 

 

 

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別名、何処までパラレル設定が思いつくか篇。本人はとても、楽しい。

学パラと遊郭は、この先のお題のどっかで続きを書きたいです。設定が同じってだけの短編だけど。

あと、吸血鬼は設定変えてまた出てきそう。

アンドロイドは、そっち方面の知識がないためあんま深く書けなかったよ。

ローレライもちょっと違うかな。

 

 

 

 

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